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2012年5月27日 (日)

桶屋の松っちゃん

先ずは、このキリリとした姿を見ていただきたい。
Mainimg

囲碁将棋盤の最高級品は、宮崎県日向地方の榧(カヤ)の柾目のもの。
それを扱う老舗が、松川碁盤店
写真は当主の松川高士氏。
私が「氏」と付ける風格を、感じさせます。
囲碁4級の私が見ても、それはそれは美しい碁盤を作ります。

世はバブルが崩壊した頃、松川氏から嘆き節が出はじめた。
毎日のように「売れない、売れない」と言う。
世はITの時代。
囲碁を打つ人達はネットを利用し始め、碁盤が必要なくなった。
そして嘆き節は続き、遂に私たちは、氏をマッチャンと呼ぶようになった。

この写真を見ていただきたい。
01
松川氏から鋭さが消えている。

マッチャンは、木を扱う専門家。
見る目は確かだし、扱う腕もある。
宮崎には榧だけでなく、宮崎杉、霧島杉という優れた桐材がある。
これに目を付けたマッチャンは、遂にそれらを利用して漬け物桶を作った。
なんと一本を切り抜いて桶を作るという、何処にもない独自の漬け物桶です。

様々な特徴があるけれど、先ずは漬け物が暖まることがない。
杉材の特徴で、気化熱で中の温度を下げる効果があるために、夏でも冷蔵庫に入れなくて済む。
そして何より、漬け物が美味しい。

20120527101008
写真中央にビールが何故あるかというと、この漬け物桶に入れておくだけでビールが冷えるという実演をしているのです。

これが好評を博し、以前は碁盤の端に置いてあった桶が、今や碁盤を追い出し、中央に鎮座ましますようになった。
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(左隅にちょこんとあるのが碁盤。立っているのは、最近まぶしくなくなったアケビ細工の古川(こがわ)さん)

以前は、レジに行くマッチャンの姿を滅多に見ることがなかったのに、最近はしょっちゅう通うようになった。売れているんです。
「大川君の前を通ると悪いから、ぐるっと回ってレジに行ってるよ。これでも気を遣っているだぜ」。なんて言う台詞も吐くようになった。

これも企業努力ですね。

碁盤に目を入れることを「目を盛る」と言い、日本刀で盛る事を「太刀盛り」と言います。
碁盤を扱う松川氏は、日本刀を持つ。
だからその目は、最初の写真の様に鋭い。

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その手を包丁に替えて、松川氏はマッチャンとなった。


この漬け物桶は、ネットショップでも扱っています。
美味しい漬け物を作りたい方には、お勧めです。
ホームページをお訪ね下さい。

2012年5月26日 (土)

名古屋4日目

今朝は、何故か時間が無くて朝食抜き。

それが祟ってか、リズムを壊したようで、どうも調子に乗れない1日でした。

 
しかし朝礼に寄れば、昨日から成績も盛り返しているらしい。

この状況では素晴らしいことだけれど、やはり、全員で力を合わせると、パワーが出て来るようです。

この辺りを、百貨店の方にはご理解いただきたいものだ。

調和を崩す奴が一人いると、それが蟻の一穴ともなる。

 
ホテルに帰るまで、客引きが喧しい。

それも「オッパイパブはどうですか?」なんて、太い細野とべっ甲岳野が喜ぶようなことばかり。

きょうはそれを避けて、大通を歩いて帰って参りました。

2012年5月25日 (金)

名古屋3日目

朝食を取るために街場の食堂にはいると、茶髪で唇にピアスをしている様な若者達がたむろして、大きな声でしゃべっている。酔っぱらっているようだ。

私の若い頃はどうだったろうかと思い出すと、ああではなかったけれど、ひょっとするとああでもあったかと思う。

なにも朝からこんな感慨にふけることもないのに、繁華街にホテルを取ったばっかりに・・・。

 
さて3日目開店。

非常に静かに始まり、ちょっと不安になってきた。

朝ご飯を食べているので、根気良くお客様を待っていると、なんとか昼過ぎに目が開いた。

今日はどうなるだろうかと思いきや、やはりご常連の存在は大きく、岡崎市から太田さん達がお見えになったりで、三日間で一番良い成績で終了させていただいた。

 
耐震工事でメインのエスカレーターが使えないなど色々あって、お客様の数は少ないようだけれど、我々も座して待つわけではなく、レイアウトを変えたりなんだりと、工夫をしながら仕事しております。

回りのみんながそれを手伝う。

それが60人いるわけですから、そのパワーが後半生きてくることでしょう。

One for all,All for one の精神ですね。

 
つい最近、One for One,All for Oneになってしまった催事の話しをしましたが、その評判が聞こえて参りました。

聞きしにまさる酷さだったようだけれど、要は精神の問題。

担当者は晩節を汚しましたが、汚させた人間の罪は深い。

2012年5月24日 (木)

名古屋2日目

ホテルを一人離れたところに取っていて、ちと不便。栄の繁華街にあるために、客引きが昔の札幌すすき野の様でうるさくて仕方ない。

皆さんが泊まっているところは、おとなしくて静かで結構なところ。来年はそこにしようかなとも思う。

三越は夜八時まで営業。お昼を早めに取ると、1日持ちません。

ですから、朝食をたっぷりと取る必要があるのですが、皆さんが泊まっているホテルは豪華な朝食付きだそうだけれど、私のホテルにはない。

仕方なく、朝の繁華街で朝食を取っていると、酔っぱらいがうるさい。どうにも環境がよろしくありません。

自分が選んだことですから、泣き言言っても始まりませんが、そんな中で2日目も始まりました。

 
忙しいこともなく、さりとて全く暇だと言うこともなく、今日も又夕方7時頃にお客様がついて下さった。

あきらめちゃいけませんね。

2012年5月23日 (水)

名古屋初日

準備が終わっていませんでしたから、朝早めに入り、そのまま本番。

朝一番にお客様がついて、新作のジャケットが売れて幸先良いスタート。

お馴染みの高木さんにも来ていただき、夜の7時頃にもジャケットが出て、まあまあのスタートとなりました。

 
三越では、東海沖地震が予測されるためか、耐震工事が行われています。

そう言えば三越本店では、昨年の3/11は江戸職人展が開催中だった。

やはり耐震工事のお蔭か、何ともなかったようですから、必要な事なのでしょう。

 
しかし、お客様が最も頻繁に使用するエスカレーターを止めて工事している為か、少し来場者数が少ないようには感じられます。

それはそれで三越ですから、なんとかしてしまうところが自力でしょうか。

 
この催事は、第5回となっていますが、冬を入れれば10年経っています。

私は2回目の出展で新参者。

おとなしく、小さくなってお仕事に励んでおります。

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