フォト

紺邑のホームページ

  • 紺邑のホームページ
    職人の手づくりのホームページです。 紺邑について、藍染めについての情報は、こちらをご覧ください。

ネットショップ

  • G.i-Japan
    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

他のアカウント

2020年3月28日 (土)

学問

 私は、ちょいと事情があって、学問が出来なかった。「19才から働きづめだった」というと、「そんな話は初めて聞いた。イメージが壊れるから、そんなこと話さないで」と、私の歌の世界の、元後援会長のような女性に言われたものだが、それが事実。

 それを埋め合わせてくれたのが、読書体験。時間があれば、本をむさぼるように読んでいた。

 つまり、私には学問がない。

 学問がないと、理解力に乏しくなるのか、読書経験が、なかなか理解までたどり着かなかった。二十歳前後に読んだものが、齢50にして理解できたものが沢山ある。そこから糸が解れるように、様々のことが見えてきた。
 その間30年、私は何をしていたのだろうかと思った。私には学問がないから、理解に30年も掛かったのではないかと。

 学問をするところは大学だから、これから入り直すか、通信教育でもうけるか、はたまた放送大学に入学してみようかと、本気で考えた。そして、ラジオで放送大学の授業を本気で聞いた。様々な大学の資料も取り寄せた。

 その上で、「はて、学問とは何だろうか?」と考えてしまった。どれを見ても聞いても、ピンと来ないし、面白くない。よくよく考え、今の「学問」の質に気付いた。

 そんなときに、私に勇気を与えてくれたのが、本居宣長の「うひやまぶみ」の一節。

《詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦ず怠らずして、励みつとむるぞ肝要にて、学びやうは、如何ようにてもよかるべく、さのみかゝはるまじきこと也、いかほど学びかたよくても、怠りて努めざれば、功なし》と宣長は書き

《されば才のともしきや、学ぶ事の晩きや、暇のなきやによりて、思ひくづれて止むことなかれ、とてもかくても、つとめだにすれば、出来るものと心得べし、全て思ひづくをるるは、学問に大いにきらふ事ぞかし》と、学問の無い私を励ましてくれた。

 さて、この宣長の文章はいわば古文で、現代人には親しくないけれど、これをどう読むか。それも、宣長は教えてくれている。

《いづれの書をよむとても、初心のほどは、かたはしより文議を解せんとはずべからず、まづ大抵にさらさらとみて、他の書にうつり、これやかれやと読みては又さきに読みたる書へ立ちかへりつゝ、幾遍も読む内には、始めに聞えざりし事も、そろそろと聞ゆるやうになりゆくもの也》と。これは、私がしてきた読書体験そのものでもあった。

 「うひやまぶみ」というのは、本居宣長が、弟子達に頼まれて、学問について、その学び様について書いたものらしい。「うひ」とは「初」。つまり「初めて」ということ。「やまぶみ」とは「山踏」で山に分け入る事。つまり、学問という山に分け入る初心者に向けての、本居宣長の助言のようなもの。どうも、好んで書いたものでは無いらしいが、そんなことはどうでも良い。


《されば才のともしきや、学ぶ事の晩きや、暇のなきやによりて、思ひくづれて止むことなかれ》という言葉だけでも、ありがたい。

2020年3月27日 (金)

ゴッドハンド

 「湖畔の宿」は胸の痛みだが、私は肩の痛みに耐えかねていた。昨年の12月からだ。未だに横になって寝られていない。

 それでも少しずつ良くなって、耐えかねる程でもなくなっていたが、昨日から今日にかけては、ちょいと酷い痛みになっていた。
 もう耐えられなくなって那須の林先生に連絡。わざわざ来ていただくのを遠慮していたのだけれど、もうダメだとSOSを発信。今日、治療をしていただいた。


 林先生は、那須高原で「那須・林療術院」をなさっている、なんていうのか整体師というのか、そういう人。私はゴッドハンドとお呼びしている。

 2014年2月14日、足利市でバレンタインコンサートなるものをしたとき、私の体調は自分史上最悪で、声などでない状態だった。その時、何故か那須から林先生が来てくださった。

 私はどういう方かも存じ上げず、ただ「具合が悪い」とこぼすと、ピアノの前に座ら去れ、ヒョイヒョイと5分ほど身体を触られたらあら不思議、声が出るようになって、二時間以上のステージをこなすことが出来た。

Photo_20200327184001

 それ以来のお付き合い。

 今日、お陰様で痛みが無い。先生がお帰りになった後、久々の爆睡。今、ボーっとしながら書いている。感謝してもしきれないな。



2020年3月21日 (土)

尾崎紀世彦さん

 語れば長いことながら、十九で歌の世界に入って思い悩んだことはただ一つ、声を前に出すこと。これだけの為に、一日中練習していた。毎日走り、柔軟をしていた。
 十代の終わりから二十歳前後は、声帯が未熟で、訓練しただけじゃダメだという肉体的な問題もあった。だけど、練習した。だって、仕事だったから。

 仕事にする前の一時期は、「面白い声をしているね」と云われていた。チェット・ベーカーのような、ちょいとハスキーな感じでスタンダードを歌っていたからかもしれない(実は今でも、その方が好き)。人間も暗くて、人と話もせずに、酒とたばこばかりを飲んでした。

 歌が仕事になって、そんな技術的なことに思い悩んでいると、「あぁ、かなわないなあ」という人が私にも出てきた(それまで、私は日本で一番歌が上手いと思っていたのだ)。

 その第一の人が、尾崎紀世彦さん。車に乗って仕事場(米軍キャンプ)に行くとき、初めてラジオから流れてきた尾崎さんの声を聴いて、その余りの凄さに、同じ日本人として絶望的になった。それが、「また逢う日まで」。

 同乗していた人達の一人が、たまたま尾崎さんを良く知っていて、「この人は飛び抜けた人だ」と語り、また、私を絶望させた。

 それから長く歌い続けていると、「人間が違う」という事に気が付いて、絶望からは解き放たれたけれど、尾崎紀世彦さんは、私をこんな思いにさせた唯一の日本人歌手。

 その後、横浜のナイト&デイというナイトクラブに出演したとき、たまたま尾崎さんがお客で来ていて席に呼ばれ、少しお話をさせていただいた。出会いを大切に出来ないのが私の悪い所で、それ一度で終わってしまった。

 何故か夢に尾崎さんが出て来て、朝起きてその声を久々に聴くと、なるほど若かった私が絶望した理由が良く分かった。やはり、凄い。

 根っからハワイアンとカントリーの人で、日本人離れというのは、尾崎さんみたいな人を言うのだろう。

 だから、「人間が違う」(笑)
 だけど、「凄い歌い手だなあ」と心から今でも思う。

2020年3月20日 (金)

藍草の発芽

 現在藍草は、苗を育ててから定植させます。地蒔きよりも安定して育ちますし、収穫も望めますし、良い藍草に育ちますから。

 そこで問題となるのは、発芽率です。種を蒔いても発芽しなければ定植も収穫も出来ません。

 発芽率をよくするのも、土作り。それだけではありません。色々やる。それこそ、農家の腕。
 もちろん、化学肥料だの農薬を使っては元も子もありませんから、そんなことをしないで色々やる。

 発芽率は、ほぼ100%が目標だし、そうならなければウソです。それだけなく、勢いの良い、しっかりとした苗づくりもできる。そう言う苗で作る藍草は、優れた良い藍草になる。良い藍草で作った蒅は、良い蒅になる。

 写真を見ていただきたい。

Photo_20200320122501 Photo_20200320122502

 ある藍農家が作った今年の苗。勢いが良くて見るからにしっかりしているのが、色々やった苗。弱弱しいのが、やらなかった苗。

 これを無農薬で化学肥料も使わずに育てるわけですが、種をまけばいいってもんじゃない事は分かる。色々やるんです。

 この「色々やる」ことを、江戸時代の二宮尊徳は「人道」と云いました。だから、自然に任せた農法などは、人がやる限り存在しません。そういう農法があったとしても、ちょいと飢饉が来れば作物が出来ないだけの事です。その話は、またいつかしましょう。

2020年3月16日 (月)

良い蒅とは

 某地方の蒅(すくも)の質の低下を嘆く知らせが、全国から入ってきている。大ベテランの本建てをしている染め師からも、「色が出ないし、色が直ぐになくなる」と嘆きの報告があった。「藍サミット」なんてやっている場合では無い。根本を考えないと何とか藍はダメになるぞ!と、私は云いたいが、誰も声を出さない。それには理由がある。

  良い蒅とは何か?

 醗酵が良く、藍分(らんぶん・蒅に含まれる藍の量)が多く、色が青味に優れて良く、長持ちをする蒅が良い蒅。 

 良い蒅作りの最初の条件は、良質な藍草を作る事。その為には土作りが肝心。土作りは一朝一夕にできるものではない。育てる藍草の特性を知り、畑の土と親しく接しなければできないものだ。だから、藍農家という専門家が必要なのだ。それが昨今、激減している。
 
Img_0669-2015_11_28-12_04_14-utc
我が家の藍畑
 
 藍草を育てるだけなら、難しいことはない。野菜を作っているある人に言わせると「容易」の範疇だそうだ。だから、誰でも育てられる。ネットを見ても、藍草を育てているという人は多い。
 
 
 しかし、良い蒅にするには、育てれば良いというものではない。ここが、藍農家が減り、藍草が手に入り難くなっている今、「蒅が出来れば良い」という考えの藍師には分からなくなっているようだ。だから、藍農家を大切にせず、やめられたらその辺りの専門ではない農家に依頼して藍草を作ってもらう事になる。 
 
 某地方では、高校生が藍草を栽培し、蒅作りをしている。そんな蒅は、プロの使用に耐えない。だから長い間、専門家たちが必死に良い蒅を作ろうとしてきた。
 
 先ずは、高校生にできる、専門の藍農家でなくてもできるという意識を捨てなければ、某地方の蒅の質は上がることはないだろう。そんな意識があるから、藍農家を大切にせず、専門家ではない農家に依頼して質の悪い藍草を作る事になるのだ。そんな藍草で、質の良い蒅など出来る訳もない。
 
 次に、蒅の作り方がある。それは、葉の乾燥のさせ方、茎と葉に分ける作業、藍こなし、水打ち、切り返し、寝かせ方などだ。それらの一つにも手を抜けば、良い蒅は出来ない。それは、結果に現れる。
 
Dsc_0036_1
講習生たちの蒅作り見学
 
 結果を知るのは、藍師ではない。染め師、紺屋だ。つまり、我々だ。良い蒅かそうでない蒅かの判断は、我々染め師・紺屋がするもの。だから、上記したような嘆きの報告が私に入ることになる。では、何故その嘆きが藍師に届かないかと云えば、染め師や紺屋が、藍師に何も語らないからだ。何故語らないか。ここに、難しい問題がある。

 今、日本中で蒅作りが始まっている。少なくとも私に関係している藍師たちは、良い蒅を作ろとしている。
 土作りからの成果が、そのうち出てくることだろうが、某地方の方々、是非、基本に帰っていただきたい。そして、良い蒅を作っていただきたい。こころからそう思うが、手抜きを覚えると、元に帰れない事も私は知っている。
 
 ある農家は、「一度辞めたら農家は戻らないよ」と語った。問題は深いのだ。

«春の藍建て講習参加者募集