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2019年1月 9日 (水)

出逢い

 先に紹介した藍の「地獄建て」をしているのは、会社にお勤めの女性。東京のマンション暮らしだけれど、本染めを、お部屋でこれからなさって行く。仕事になさるかどうかは、ご本人次第。お若いから、まだまだ先がある。
 その他、様々な人がこの藍染め・正藍染めをお始めだ。昨日相談されたのは、歯医者さん。形成外科医もいらっしゃる。
 
 カルチャーセンターで藍染めを教わり、それを家で建てて楽しんでいた専業主婦がいた。しかしご主人が、「教室が終わったら藍染めは辞めてくれ。臭くてたまらない」とおっしゃる。藍染めが大好きなので悩んでいる時に、私の何かの記事をお読みになり、講習会にいらした。今、ご主人が嬉々として手入れを助けてくださっているとのこと。臭くありませんから。
 
 中にはプロフェッショナルな染色家が、それも藍染めをおやりになっている方が講習会に参加なさっている。それは、藍染の本質的な事に気づいたからなのだと、私は思います。
 では、藍の本質的な事とは何か?それをお伝えしているのが「藍建て講習会」なのです。
 
 さて、本建て・地獄建てによる正藍染をする、出来る人たちが、今年中に100名を超すでしょう。彼らは日本だけでなく、海外にも広がりつつある。そして、藍染の本質に気づく人たちも増えるに違いありません。そうなれば、私はもう本望なのです。
 
 しかし、私の所に来ているのに気が付かない人たちがいる。彼らは何かに邪魔されているのだと私は考えています。その「何か」とは、「縁」というものだとも。
 
 私の畏敬する相田みつをさんは、「その時の出逢いが人生を根底から変えることがある 良き出逢いを」と書いた。

 
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 良き出逢いがあったとしても、気づかなければ良き出逢いとはならない。
 出逢いは人生を根底から変えることがあるのだから、「良き出逢いを」と相田さんは言う。しかし、それが「悪しき出逢い」だったらどうなるというのか。それが「縁」。
  
 相田さんの言葉は、優しいようだけれど、怖いと私は思う。それこそ、本質をついているからだと。
 
 だけど相田さんは、「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」ともいう。これは苦労人相田みつをの優しさかな。救いが無ければ仏の教えじゃありませんから。
 
Photo_2  こんなことを書くのも二度目。
 本当のことが広がると、嘘がバレる。
 バレた時、嘘ごとは、ただただ虚しいものとなる。多分、人を騙していた分、もっと酷い事になるだろう。
 「気づけ!」と、秘かに私は言っているのです。
 

2019年1月 7日 (月)

地獄建て

 ご挨拶しておりませんでしたが、皆様、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお付き合いくださいませm(__)m
 
 新年早々言葉は怖いけれど、藍建て(染め液を作ること)に「地獄建て」という方法がある。これは私のやっている「本建て」の事。

 志村ふくみさんや白洲正子さんは、これを「地獄だし」と書いているのを読んだことがあるけれど、白洲さんは、蒅(すくも)を使う藍建てを「ふすま建て」と間違える人だから気を付けないといけません。しかし、蒅(すくも)を灰汁だけで建てるという事には変わりはない。

 「地獄建て」は、色々材料を使う藍建てと違ってこれ以上は無いというほどにシンプルな藍建て。志村さんも白洲さんも、最も難しい染め液の作り方だと書いています。シンプルだけれど難しい。しかし、この染め液で染めれば、色も良いし強いし人間を守る藍染めになる。これが本来の藍の染め液の作り方。
 

 さて、日本中の講習生達から、藍建ての報告があります。南の某列島の島からもありました。そう言えば、佐渡島で始まりますから、本建ての正藍染は、島に広まっています。これから小笠原にすくもを送ります。四国各地でも始まっています。

 新しい所では、年末に送った蒅を正月二日に建て始め、七日の朝に藍が出ていたという報告がありました。東京のマンションです。嵩上げが終わっていませんが、焦らなければ完全に建ちます。そして、長く生き続けることでしょう。

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 なぜマンションの一室で藍染が出来るかと言えば、正藍染の染め液は臭くないからです。すくもと灰汁だけの本建て、これをまた「地獄建て」とも言います。

 日本酒やふすま(小麦の皮)などの余計な有機物を加えず、石灰のアルカリも利用せず、貝灰も入れず、もちろん、蜜やブドウ糖やグルコースが含まれた水飴なども加えず、蒅(すくも)の力を灰汁で引き出して醗酵させる藍建てを「地獄建て」というのです。

 特徴は、美しい色味、染めの丈夫さ等々さまざまで、良いことばかりです。人間が藍染めを使い続けてきた訳、理由がそこにあります。それは、人が生まれてきた分けにも通じると、私は考えています。

 
 

 追記 建てている人たちへ。

 私はまだ建たないなどと、比較して考えませんように。人それぞれ。環境が違えば経過も違う。それが個性。長く付き合うのですから、焦らない事、ゆっくりやること、為すべきことを心を込めて為すこと。それを心がけてください。

2018年12月30日 (日)

2018年 年末の近況雑感

 今年一年を振り返り、今、家内が「良く生き延びたね」と私に言ったけれど、その通りだなと思う。
   
 大阪から来た講習生が、「大阪では、大川さんはそろそろ命がないと言われていますよ」と言っていたけれど、噂になるだけでもありがたい。しかし、その寸前だったことは、会ったことのある人はお分かりだろう。
 
 この秋口に、親しいお客様が恐る恐る来てくださり、人間らしい顔つきになっていた私を見て、「安心しました」と言ってくださった。それが、今の私の状態を現わしていると思う。
 
 来年は、ちと動きたい。やることは沢山ある。花は咲かせなくとも、せめてその基礎作りをしたい。ものづくりも少し復活させたい。
 
 こんな小さな欲が出てきたから、まだかな?などと思っています。たぶん、まだでしょう(笑)

 ただ、誤解のないように一言付け加えるなら、私は死を決して悪いこととは思っていないのです。それは、ソクラテスやギリシャ神話を紹介した通りです。その上でのお話し。


2018年12月29日 (土)

「守破離」のこと

 ちょうど一年前の今日、ネット上の某所に・・・

 《「すくもで藍を建てるのはコストもかかるうえに難しい」と、乾燥葉を糖分と石灰で還元(けっして醗酵ではない)させて藍を染めるなんざ、正しい道からの逃避に過ぎません。藍染に全く意味がない。意義もない。
 ところが世間は惑わされ騙される。正しい道だと。問題は、それが善意、勘違い、功名心に覆われている事。現代日本は、真偽の見分けがつかない時代だということ。それが自然を語り、神を語る恐ろしさ。》
 
 と書いた。

 一年経つが、何も変わらない。蒅を使う人が出てきただけのことだ。
 
 最近、他の工房で藍染めをしている染め師が、何人も私の所に来て藍染めをして行く。何かを確かめに来ているのだろうけれど、私は語れるだけ語っている。そしてまた、次のようにも書いた。
 
 《他の工房の染め師が、私の所に染めに来ている話は書いた。今、ある人の工房で藍染めしている動画がアップされていたので見たけれど、何といったらいいのか、訓練されていないんだなぁという印象。教えている人がだ。これは仕方ないのだな。
  

 今日来た染め師にも話したことだけれど、伝統工芸の世界には共通したものが伝わっている。それらは、伝統の世界では当たり前のことなんだけれど、新しく始めた人たちは教わっていないから知らない。だから、藍染に取って当たり前のことが出来ていないのだ。その意味で、仕方がないというわけだ。
 
 
だけど、それを「本当の藍染め」と言ってはいけない。なぜなら、誤解が広がるだけだからだが、修正はもう無理だろう。誤解したまま終わるしかない。》

 

  
 さて、
「守破離」という言葉が、武道や能楽や茶道などの芸事にある。「守」とは基礎とか型、「破」とは「守」を基にした個性、「離」とは「破」の上の客観、とでも言いましょうか。

 
 「本当の藍染め」と主宰者が自ら称している工房で染めている動画を見て、「訓練されていないんだなぁ」という印象を持ったのは、「守」がないという事です。「守」が無ければ「破」という個性も実は無い。「守」のない人は「破」を発揮する力も見分ける力も持ちません。だから、ものの見分けが出来ない。判断が出来ない。
    
 日本の戦後文化は、ある面では薄っぺらなものになっていると思われるのは、「守」をおろそかにしているからだろうと私は長く考えてきました。そして、なにか仰々しく、重々しく、偉そうな振舞や態度に惑わされる。それが嘘でまやかしで破廉恥であることに思いも及ばない、気づかない。
  
 それがこの頃、気が付く人が出てきた。私の弟子もそろそろ100名を越し、全国に、海外にと広がりつつある。彼らに私が教えているのは「守」です。これから彼らの個性が培われて発揮されるでしょうが、正藍染めを知った人たちはもっともっと多い。それは、染め手も使い手も、上記したような、嘘やまやかしに気づくこと、破廉恥に気づくこと。
  
 <「意味への意思」を持つことが、最も人間らしいことである。何を考え、何を行動するにも、意味・意義を考える。それでこそ人間である。生活・行動に意味・意義を感ずれば感ずるほど、感激し、感激を持つことが、その意味・意義を得ることの一番真剣で、情熱的な事である。>安岡正篤
 
 藍染めするにも意味・意義を考えること。私の長年の主張です。意味・意義の無いものは、人間らしいものでは無いと。

2018年12月27日 (木)

冬の藍建て講習会参加者募集のお知らせ

恒例「冬の藍建て講習会」参加者を募集します。
 
期 間:平成31年2月16日(土)から2月23日(土)の8日間。
 
時 間:午前10時~午後5時まで
 
費 用:1人1日1万円(+税) 材料費など1万円(+税) 合計97,200円(税込み)
 
内 容:藍の本建てに関すること全て。藍染の基本。
 
人 数:若干名 (6名ほど)
 
申込先:honzome@kon-yu.jp または  gijapan@mbr.nifty.com

    上記メールアドレスにお名前、住所、電話番号、性別を添えて送信頂ければ、お振込
   み先等の案内メールを送らせて頂きます。
    入金確認後、参加確定とさせて頂き、当日の集合時刻、持ち物など、詳細の案内を改
   めて送信させて頂きます。
  
宿 泊:基本的にはご自分で手配していただきますが、ご希望の方には民泊の用意があります。ほとんどの皆さんが、民泊を利用されています。合宿のようですが、好評です。
  
食 事:お昼はご用意ください。近くにコンビニと食堂はあります。 民泊の方々は、自炊して次の日のお昼も作っていらっしゃいます。

«醗酵の藍建ての合理性