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2009年7月 3日 (金)

ジャガー

今日も染めの日。
紺屋ですから、これも当たり前のこと。
「当たり前」という言葉を、最近頻繁に使いますが、ちょっと意識的なんです。
最近は、当たり前のことが当たり前じゃなくなってきていると思うからです。

そんなことはともかく、藍染に勤しみ、夕方は庭の草刈を始めますと、ジャガーKJの新車が入ってきた。
「車を買い換えたな!?」と思えば、案の定、千葉の沢田さんご夫妻。
もう一台ホンダが入ってきて、夕方に四人のお客様だ。

せっかく沢田さんがお友達をお連れしたのだから、藍染の実演でハンカチを染めましたが、皆さん大喜び。
お買い物も沢山して頂いた。
ありがたやありがたや。
いつもなら私の唄をお聞かせするのだけれど、忘れたかのように、急いでお帰りになった。
千葉と大宮からいらして頂きました。

それにしても、ジャガーKJは良いですね。
ブリティッシュグリーンのボディカラーも、室内のベージュの雰囲気も大好きだ。

私は、家も家具も庭も車も、イギリスのものが大好き。
老後、そんな書斎で勉強することになっております。
最初に購入した車もイギリス車で、名をシンガーと云いましたが、車体を直ぐにブリティッシュグリーンに塗り替えた。
スポーツカーもMGが良いし、モーガンも良いし、出来ればジャガーが良いな。

なんてことを久しぶりに想い出しましたが、沢田さん達を羨んでいるわけではありません。
そんな欲望が、私にもあったと言うだけのお話しでございます。

皆さんお帰りになった後、汗びっしょりになって暗くなるまで草刈。
今の私には、これがお似合いのようだが、庭にはジャガーならぬ猪の遊んだ後がありました。
やはり、草は刈らねばなりません。

2009年7月 2日 (木)

1001回

前の記事で、このブログも1000回となりました。
続いてますねぇ~!

疲れ果てて書いたので、読み返すと「てにをは」がなっておりません。
ちょいと書き換えておきましたが、まだ変かもしれない。
今も疲れていて、よく分からないのであります。

それでも今日は、染めの疲れだから、心地よいものだ。
日本橋、高松、札幌、浜松と続きましたから、もう品物が少なくなった。
だから、一生懸命染めに励んだ。

紺邑の藍染は紺邑の色ですから、OEMにしてもなんにしても外注は出来ません。
全て、紺邑の染めだし、そうでなければお客様も自分も裏切ることになります。
まあ、こんなことは当たり前ですけれど、世の中そうもいきません。
民主党の鳩山さんみたいに、小ずるいことをする人も世の中にはいますのでね( ̄ー ̄)ニヤリ。

心地よい身体の疲れは、きっと心地よい睡眠をくれることと思う。
酒飲んで寝よヽ(´▽`)/

2009年6月30日 (火)

09/06浜松通信vol.7

浜松最終日。

今朝は昨夜の酒が祟って起きられず、散歩はなし。
結局、浜松城へ行ったのは、たった一回だけという体たらくでございましたね。

帰りがけに、今回から5階の文具・おもちゃ売り場で初めて行われるイベントに出展される、江戸独楽の重鎮広井さんと、このブログでお馴染みの江戸張り子の田中さんのお二人が、わざわざ7階のクリエイティブ工房まで来て下さり、ご挨拶されてしまいました。
私は後輩の身で、こちらから伺わなければならないところですが、片付けを急がねばならず、大変失礼をしてしまいました。

何故急がねばならないかというと夕方5時に終わり、直ぐに片付けして、次回の人の展示を早く終わらせて、社員が残業をしなくてもよいようせよ云う指示が出ているからなんです。
無理からぬ事だと思いますが、遠鉄もこの半年で随分変わりました。
以前なら、ギリギリまで仕事をして、閉店後の遅くまで展示していたのに、これも経費の削減の一環でしょうね。

隣の有田焼のセールの人は、焼き物だから片付けに時間が掛かる。
午後にはいると、もう本格的な片付けモードに突入しておりました。
こうなると、売り場に落ち着きがなくなりますね。
ですから私も早めに片付けに入ってしまったと云うことですが、お陰で、18:10発のひかりに乗ることが出来ました。
次女から連絡が入り、閑馬に帰ると言うので、東京駅から一緒に、高速バスで佐野まで帰って参りました。

車中、日本人には、不老不死の考え方や欲望が見あたらないのではないかと言う話しになった。唯一見られるのが竹取物語の帝(ミカド)が出て来る物語にあるけれど、かぐや姫との別れ際に、帝は不老不死の薬をもらう。それを帝は、富士山の山頂で燃やしてしまうわけですが、この辺りにも、日本人の死生観が伺えるし、富士(不死)山という名の由来があるなんて、実に面白い話しをしてきました。

彼女はあと一日閑馬にいるそうなので、また古(いにしえ)の話しをしたいと思います。
良い息抜きだ。

2009年6月29日 (月)

09/06浜松通信vol.6 北島紺屋のことなど

浜松6日目。

久々のピーカン!
暑いくらいの朝を迎えました。
こういう日は、藍染がありがたい。
藍染めを着ることは、日陰にいるのと同じ事ですからね。
でも、終わる頃は雨になった。
やはり、梅雨の真っ直中なんでしょう。

お仕事も、午前中は実に忙しく、松本さん親子が賑やかにお買い物してくださった。

途中、「私も藍染をしていたの」というお年寄りにお立ち寄りいただいた。
「本藍染だと思うわ」とおっしゃるから話しをお聞きすると、どうも20年以上も前のことらしい。
「上野から電車に乗って行って、川で洗った覚えがあるわ。染織家の先生に連れて行ってもらったのだけれど、古いお家で、甕が一杯並んでいたのよ。三越で展示館もやったの」と、東京弁でおっしゃる。
「それは北島さんのところですね。川は小貝川でしょう」と申し上げると、「そうそう」と想い出された様子だ。

茨城の北島紺屋は、今はありません。
私が藍染を始めた頃は、まだご健在でしたから、一度は伺おうと思っていた紺屋ですが、噂に寄れば、跡継ぎがいらっしゃらなかったと言うことです。
戦後、一度は廃業をお決めになったらしい。
それを惜しんだ東京の染織家達が支えて、存続が出来たと云います。
この方の先生は、その内のお一人だと言うことでしょうから、「型染めでしょ?」お聞きすると、「そうなの、型染めよ。とても力のあった先生で、だから三越で展示館が出来たの」ということでした。

北島さんは、戦後の藍染を支えた人です。
今、私が使っているようなコンクリートの大甕を考案なさったのも、北島さんではなかったかと思います。
そう言う意味では、私も間接的にお世話になっている紺屋ですね。

私の親父殿は、藍染を広めた人だとは、わがカミサンの言葉だけれど、その工房も今はありません。
跡継ぎがいなかったから?
じゃあ、私はなんなの?(笑)

さて、お商売ですが、天気と同じで、それ以来待てど暮らせどお客様がいらっしゃらないという、泣きの涙の雨空だ。
終わり頃、昨日も来て下さって「今回は合う物がないから秋ね」と言っていたTさんがいらして長話。
昨日は歯が痛くてこらえ性がなかったのか、一着も試着なさらなかったのに、今日は歯医者さん帰りで痛みが和らいだのか、機嫌が良い。
ファッションショーが始まって、あれやこれやとご試着。
最後の一着で、「なんでこれを昨日着せてくれなかったの?」というお似合いの品があって、めでたくお買い物。
これでなんとか格好が付いた。
これも梅雨の晴れ間か。

終わってから、人事と食品と三人で一杯。
こんなご時世だけれど、将来のここをしょって立つだろう二人と楽しく会話。
酒も魚も話しも旨かったな。

昨日今日と、二晩だけの宴会でしたが、こんな閑かな浜松の夜は初めてです。
これもご時世か、私もみんなも年取ったのか。

2009年6月28日 (日)

09/06浜松通信vol.5

浜松5日目。

朝一番で、先日お買い上げ頂いたお客様が再度御来店。
このブログもお読みいただいたようだけれど、お母様に紺邑のTシャツをお召し頂いているうれしい写真を見せていただいた。
またご注文頂きましたが、一生懸命お作りしますんで、お待ち下さいな。

日曜日で、私が何を言おうが書こうが、沢山のお客様が御来店。
紺邑も、前年を越えさせて頂いた。
さすが遠鉄と言うところでしょうか。

今日は、今回初めての宴会。
担当の男衆三人と私。
止せばいいのに、また政治談義だけれど、次回の衆議院選挙で、日本国民がどういう選択をするのか、大変大切なことだと思います。
崖に落ちることを選ぶのか、崖っぷちから少しでも離れることを選ぶのか。

私は、離れると思う方に、一票入れます。
今回は、冗談じゃありません。
国民がいい加減な選択をした場合は、戦前のようなことにもなりかねないとも思っております。
マスコミに扇動されたという意味でもね。

まあ、そんな話しになって申し訳なかったと思いますが、勘弁してください、って、三人に謝っておりますです。

大変疲れが出てきた。
ユンケルで、なんとか繋いでおりますですよ。

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