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2020年7月 4日 (土)

古代布の事

《独創性とは起源に 戻ることである。》アントニオ・ガウディ

 古代布を今に生かそうとしたある人の藍染は、化学建てだった。古代布を生かすと言うなら、その技法も古代に倣わなければならない。それを間違えれば、嘘を伝えることになるのが何故解らないのかと私は思った。その人は亡くなった。
 
 大麻、藤布、しな布、葛布など、古代布と呼ばれるものは縄文時代からあった。その基本的な技法は、日本に連綿と続いていた。それを探ることが、古代布を今に生かそうとする事だと私は考えるが、今は、現代の技法をそれに当てはめようとするから違ったものになってしまう。一例として顕著なのは「灰汁」の使い方。
 
 古代布は、植物を繊維にする時に、古来から灰汁で炊いて硬い繊維を柔らかくして使えるようにしてきた。灰汁は強アルカリ性だ。だから今は、苛性ソーダなどを使う。これが「現代の技法を古代布に当てはめる」という事。結果、繊維の質が変わり、使い勝手が違ってしまう。人類が追い求めて来たものと違うものになる。古代布本来の感触を失うのだ。だから灰汁を使わなければならないが、そうしている人達は少ない。
 
 起源に戻ろうとすると、長い間人類が追い求めて来た感触に出会う。人類の知恵と対話できる。それを基にすることによって創造性が育まれる。
 
 アントニオ・ガウディはこう続けている。

世の中に新しい創造などない、あるのはただ発見である。
創造的たろうとして脇道にそれてはならない。
通常なされていることを観察し、それをよりよくしようと努力すればそれでよい。
 
 「基本的な技法は、日本に連綿と続いていた」と私は書き、その例として灰汁の使い方を書いたけれど、日本でも灰汁を使う古代布を扱う人たちもいる。いや、いたからこそ、技法が今に続いて来た。

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新潟県村上市山北地区で行われている「しな布」の繊維を灰汁で煮る「しな煮」。

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丹後の藤布づくりの「灰汁炊き」。

 このように、古代からの技法で古代布を作っている人たちが日本にいる。しかし、冒頭に書いたように、古代を謳い、現代の技法で古代布を扱っている人たちも多い。前者の藍染は正藍染を使うか藍染を扱わない。後者の人々は藍を扱い、その藍染は化学建て。なぜそうなるのかと言へば、現代の技法を古代布に当てはめようとするからだ。もう一つ言えば、現代の技法から古代布を見ているからだ。

 藍染めの世界も、灰汁を使うのは絶対だ。灰を扱っていると、縄文の人たちと会話をしているように思われる。それこそ、起源に戻ろうとすること。私はそう考え、生徒たちにも伝えている。

 

《(神の)「創造」は継続し、創造主は被造物(人間)を利用する。自然の法則に従い作品を作ろうとしてその法則を探求するものは創造主と協働する。模倣者は協働しない。それゆえ、独創性とは起源に戻ることである。》アントニオ・ガウディ

 ガウディのこの言葉に出会ったのは、半世紀も昔。その意味に気づいたのは、それから40年後。「私は晩生だ」と、いつぞや書いたことを思い出した。



2020年6月28日 (日)

紅花染めの事

 長く長く気になっていたこと、それが紅花染め。技術的な事ではない。今の紅花染めがどうして在るかということについて。

 私は若い頃、所用があって毎月の様に山形県に行っていた。滞在先で山形新聞を手に取り、そこで、米沢の元教師の鈴木さんという方が、紅花染めを復活なさったことを知った。「うちの親父の藍染のような人が居るんだなあ」と思った。だから、紅花染めは、米沢の鈴木さんなくして語れないはずなのに、今、鈴木さんのお名前と功績、歴史を語る人が居ないのはどういうわけなんだろうか?これが、気になっていたこと。

 私の周りに紅花染めをなさる方が増え、日本には昔から紅花染が伝わっていたかのようなので、彼らに鈴木さんのお話しをしようと思うけれど、上記したようなことくらいしかわからず、語る材料を持たなかった。

 意を決して、いや、暇を持て余して、いや、たまたま一人になったので、調べてみることにした。

 こんな文章があった。

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日本家政学会研究発表要旨集
第36回(1984) B被服 B109「江戸時代の紅花染について」
鈴木紅花研米沢紅花資料館 鈴木孝男

 これをお書きになった「鈴木紅花研究所」の鈴木孝男さんが、私の探していた鈴木さんに違いない。そう思った。そこで、ネットで「紅花 鈴木孝男」で検索すると、別の鈴木孝男さんが出て来て、紅花染めを復活なさった鈴木孝男さんがなかなか見つからない。ちょっと苦労をして探したのが家政学会のものだが、「これでは肝心の鈴木孝男さんの功績が分からなくなるな」と、余計なことも考えた。

 もう少し探してみたら、紅花染をなさっている方のブログに、鈴木孝男さんについての記述を見つけた。

 【「紅花染め教室」(1) 紅花うんちく】

 《私にとって、紅花といえば鈴木孝男の名が思いうかぶ。紅花を今日あらしめた人である。(今「鈴木孝男 紅花」で検索すると最初に全く別人が出てきて驚いた。河北町で紅花染めをやっている人で、私にとっての「鈴木孝男」とは同姓同名の別人。)今でこそ山形と言えば紅花だが、戦後ずっと紅花は忘れられた花だった。》

 どういう方が書いているのかわかりづらいブログですが、とても参考になったし面白かった。
 この中で、鈴木孝男さんの昭和50年代の自歴が紹介されています。ご興味ある方はご覧いただきたい。

 この方のブルグの次のページ「紅花染め教室」(2)には、《山形における紅花生産の役割は紅花餅出荷までで、実際の染めを行うのは京に届いてからのことだったが、その染めの技術もすっかり忘れられていた。それを苦心惨憺の末復活させたのが米沢の中学教師鈴木孝男(昭和2年生)だった。》という記述がある。おっしゃる通りだろう。

 長い間気になっていたことがようやく書けた。紅花染は、山形県米沢市の元中学校教員鈴木孝男さんが復活させたものだと。紅花染にしろ藍染にしろ、こういった人知れずの努力で、継承、または復活がなされたのだと。このブログの作者に、感謝。

 

 このブログはとても勉強になった。特に・・・

◎紅花の染め方
 紅花には、水に溶ける多量の黄色の色素(サフロールイエロー)と、水には溶けないがアルカリに溶ける少量の紅色の色素(カルタミン)の二つが含まれています。黄色の色素は絹には染まりますが、綿や麻などの植物繊維には染まりません。一方紅色の色素は両方に染めつきます。そのため絹を染めると、黄と紅の色素の案配でいろんな色が出ますが、綿や麻を染めるといわゆる紅色一色で、濃さの違いだけです。

 ようやく紅花染の一部が理解できた。

 因みに、鹿児島県にある「山形屋」という会社は、鹿児島に山形の人が紅花を売りに行って始めたのだとか。

 

2020年6月21日 (日)

千客万来

 紺邑は、3月に入るとボチボチお客様がお見えになるのがいつもの常。今年は新型コロナ騒ぎで、全くどなたもお見えにならない状況が続いていました。

 ようやく移動の自粛が解除されてから初めての土・日曜日。数多くのお客様がお見えになるようになった。「千客万来」とは大げさにしても、今までに比べたら夢のようです。


 それにしても、日本人は健気。自粛要請に素直に従う。それが、新型コロナウイルス被害の拡大を抑えた一番の要因のように思えるほどです。

 皆様、どうぞご遠慮なく安心してお越しください。栃木県は結局、新型コロナウイルスに侵されなかったといっても良いところですから。

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2020年6月20日 (土)

常識

 SNSは、正しい情報も誤った情報も、どちらも勝手に流す事が出来る。では、情報が正しいか正しくないかを判断するにはどうしたらいいのだろうか?と、ふと考えることがある。それは多分、常識からものを見る目が必要なんだろうと思う。この場合の常識とは、本来の意味の常識のこと。それさえ言葉の混乱があって、「私の常識」だの「常識を覆す」などと云われる。「私」という個人的な事や、覆されるようなものじゃないから「常識」というはずなのだが。

 染めの世界に、椿の灰伝説がある。ある染色家が「椿の葉っぱの部分の灰が一番良い」と書いている。これを見て直ぐに分かるのは、この人は木を燃やしたことも無く、灰を扱った事も無いなという事。それは、木を燃やして灰を作れば直ぐに分かる。木の葉から染に使う灰なんて取れやしません。これが常識です。

Photo_20200620161102
植物染めに使う灰は、色を決める為。
藍染に使う灰は、醗
酵させるため。
用途は違うが、良い灰を作ることで良い灰
汁が取れる。
だから、灰汁の取り方はとても大切なのだ。

Photo_20200620161101これが一番灰汁。
空の雲が映る程に透明で美しい。
美しい灰汁から美しい染めが出来る。
だから灰汁の取り方を覚え
なければならないのだ。

 藍建ても藍染も同じで、醗酵させて建てていると、醗酵ではない藍建てが分かる。醗酵で建てた事のない人は、醗酵の藍建ては分からない。これも常識。

 しかし世の中には、分かってもいない事を分かっているように言う人が居る。そして、その言葉に惑わされる人も。それを「賢しら」と日本語で云うのだけれど、それも死語になりつつある。それは「キザ」と表現しても良いかもしれない。

 もっともらしいキザな言葉には要注意ですが、そういう事を言いたがる人がいて、それを真に受ける人が居て、そういう人やものが持て囃されるから困ったっものだ。たとえその人が人間国宝だとしても・・・。

2020年6月 7日 (日)

藍染の原料の薪づくり

 藍染の原料は、藍草の葉と木灰。 
 
 日本では室町時代辺り以降から、藍草の葉を天日で乾燥させたものを水を打って醗酵させた「蒅(すくも)」を使いだした。それ以前はどうだったかは想像は出来るけれど、それが何だったかを証明するものは無いが、蒅ではなかった理由は想像できる。日本列島が鎌倉・室町時代辺りに寒冷化したからだと。多分、平安時代は暖かかったのだろうと。だから、蒅にする必要が無かったのだろと。
 
 藍染や植物を原料とした染めの方法らしきものが書いてある最古の 文献は、10世紀半ばに表された「延喜式」の「縫殿寮雑染用度」。そこに、藍染や植物染めの事が書いてある。
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 例えば「深縹(ふかきはなだ・濃い紺色)」は《 綾一疋藍十圍薪六十斤 帛一疋藍十圍薪一百廿斤 絲一絇藍四圍薪卅斤 貲布一端乾藍二斗灰一斗薪卅斤》と書いてある。これらが、役所から染め手に渡る用度だったのだろうが、何をどう使うかは書いていない。それは、染める職人の仕事だったからだろうし、「餅は餅屋」だから、役人に分かろうはずもないから書けるはずもない。

 さて、この一文に「乾藍二斗」と書いてあって、それがいろいろ論議を呼んでいるのは置いておいて、その次に「灰一斗」と書いてある。では、何の灰かと云うと、種類はともかく、堅木の灰でなくてはならない事は分かる。なぜなら、堅木でないと染め液は出来ないからだ。
 
今でも灰は堅木の灰を使う。今日はその原料の薪づくりに汗をかいた。私ではない。ご近所の長島さんと家内。私は身ながら写真を撮った。体力が無いのだ。木が硬いから割るのも一苦労。だから、機械を使った。
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薪にする木はまだまだたくさんあって仕事は終わらないが、こんな量で藍の染め液が十分に出来るわけでもない。
 
 因みに藍染め以外の植物を原料とする染めは、古来色は灰の灰汁で出して来た。この場合の灰は、樹の種類によって出る色が違うから限定される。例えば「深緑」は、藍と苅安で出す。苅安で出す色を決めるのは、灰の灰汁。それは何か?というお話しは、随分前に書いた。

 延喜式には深綠綾一疋藍十圍苅安草大三斤灰二斗薪二百卌斤 帛一疋藍十圍苅安草大二斤灰一斗薪一百廿斤 絲一絇藍三圍苅安草大九兩薪六十斤 と書いてある。

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