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2019年8月14日 (水)

正藍染で染まらないものとニットの藍染

 正藍染は、天然繊維なら何でも染まります。綿・麻・毛・絹など。毛(ウール)も綿と同じように染まる。

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私の弟子の染めたウールセーター。
濃紺と紺。
染め方と仕上げ方法はある。

 ところが、化繊は染まらない。または、染まったふりして色が落ちて抜けて行く。

 そう話はするけれど、実際には染めない。なぜなら染まらないことが分かっているから、時間と労力の無駄。
 という当たり前のことをしている贅沢な動画です。

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動画を見るには画像かこちらをクリック

 追記
 あるテキスタイルデザイナーの展示会に行ったとき、久しぶりなのでご挨拶すると、「あそこにポリエステルの藍染があるから見て行って」と云われたことがある。まあ、この方の藍染の理解はそんなものだろうな。とは思った。世界的な人だけれど・・・(-_-;)

 

2019年8月10日 (土)

正藍染 Tシャツの下染

 Tシャツの下染の動画です。

 綿にしろ絹にしろ、Tシャツを無地に斑なく染めるのは非常に難しい。だから動画でも「とても難しい」と云っている。これは染め手の実感。

 藍染め体験行くと簡単に染まるそうだけれど、それは、そういう染め液だってことで、これは本建ての染め液で染める正藍染のお話し。

 この動画の行間に、色々深いことがあるのは、正藍染を染めている人は理解するだろう。

 そう思いながら御覧じろ。

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動画は写真かここをクリック


 追記:斑が気にならない染めをするには、何処か一か所に、絞りなどの柄を入れると、斑が気にならなくなります。だから、世の中に、本染めの無地が無いのです。Tシャツに限らずです。そもそも本染めの藍染が無いか(笑)

2019年8月 8日 (木)

藍染と歴史と

 《伝統の藍建てに出会ったら、是非、自国の歴史を振り返って頂きたいと切に思う。明治維新後、日本に入ってきた社会進化論とイデオロギーに侵されている限り、藍染めの本質を見ることはない。》

 日本人が日本人であるためには「大和心(やまとごころ)」を持たねばならず、それを侵すのが「漢意(からごころ)」。だから、それを排除しなければならないと、本居宣長は言います。
 その思想の上にあるのが「もののあわれ論」であり、「古事記伝」。私が度々言って来た「かむかふ」というのもその一つ。

 藍染めも、日本人は、平安時代のやり方を変えて蒅を発明し、加温の方法を思いついて、現在、私のしている藍建てと藍染になった。

 何故日本人は、蒅を作り出したのか?
 作らなければならなかったのか?
 作り出せたのか?

 それはたぶん、醗酵という言葉も知らない当時の人々の、継承されてきた知恵の発露だったに違いない。そう、歴史は私に語り掛けて来たからこそ、蒅と灰汁だけの藍建てになった。それが、藍染の本質を見る事なのではないかと、私は考えるわけです。

 それを侵したのが、明治の後半に入ってきた化学藍と、そういうものの思想的背景にある社会進化論と歴史を科学としてとらえるイデオロギー。それこそ漢意(からごころ)そのもの。そして、日本の藍は、ほぼ滅ぼされた。

 ヨーロッパをみれば、ウォードの藍染がインド藍に侵され、そしてついに化学藍に侵されて、ほぼ完全に伝統の藍染は滅ぼされた。100年も前の事です。今、そのノウハウは無いという。

 振り返って日本は、真の醗酵の藍染が何とか生き残っているけれど、私をはじめ、数人が継承しているに過ぎなかった。

 だから、私は藍建てを伝えだしたわけだけれど、幸い、私の気づきに気が付き始めた人たちが、それを継承しだしている。
 しかし、漢意の呪縛から逃れられない人もいる。漢意は、藍の本質に近づくことを妨げる。
 だから、「伝統の藍建てに出会ったなら、是非、自国の歴史を振り返って頂きたいと切に思う。」とわたしは言うわけです。

 社会進化論とイデオロギーが何故漢意かということは、随分前に書いたことだけれど、いつかまた改めて紹介したいと思う。

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本居宣長の自画自賛
しき嶋のやまとこゝろを人とはゝ朝日ににほふ山さくら花

2019年8月 7日 (水)

秘すれば花

 世阿弥は「風姿花伝」の中で、「秘する花を知る事。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」と書いています。私が藍建てを語り伝えることに、「秘すれば花なんじゃないの」と反対する方もいらっしゃいました。秘するからこそ、花は花としてある。秘さなければ、花として存在し得なくなる。

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 しかし、藍染が滅べば、秘すべき花そのものが無くなるわけですから、それこそ元も子もありません。私が藍建てと藍染を伝えだしたのは、本建ての藍染が滅びに向かっているという自覚があったからです。

 このブログに紹介してきた染め師の渡辺庄吉さんは・・・

 《(紺屋は)秘伝やなんやという、そんなこんなが藍を廃らせてまったと思うんです。》と語っています。それを踏まえて
 《「藍染が廃れようとするときに、全部投げ出したって、もともとやと思っとります。》と(泰流社「正藍染」p112)。だから私も、伝えなければならない。

 問題は、どう伝えるべきかという方法です。

 技術的な事をただ伝えると、物事の表面だけしか伝わらない。
 修行や年季のいることを伝えることは難しいから、技術的な事をとりあえず教える。すると出来るようになる。
 出来るようになったところで、それは単に出来るだけのことで、そこから深く掘り下げ、高みに上る修行、訓練、努力をしなければならない。
 
 難しいのは、この道理を教える事。

 この道理が分からない人は、単に出来るだけで終わる。深い理解も、高みに上った景色も見ることが無い。
 私が「出来る事なんて大したことじゃない」と口を酸っぱくして言っても、そういう人はそれで終わるしかない。これは、資質とこころざしの問題でもある。

 伝えだして3年経ち、「秘すれば花」とはやはり、真実だと思わないわけではない。

2019年8月 6日 (火)

阿波藍と本藍と地藍と

 「阿波藍(あわあい)」とは、阿波の国(徳島県)で作られる蒅(すくも)の事です。蒅とは藍染めの原料の事。それ以外の何物でもない。それは本来、言わずもがなの当たり前の事。

 「本藍(ほんあい)」とは、阿波藍の事を、阿波の人達自らが称した言葉。つまり、阿波藍こそ本当の藍(すくも)なんだぞ!という、今で云うところのブランディングをしたわけです。付け加えれば、他の評価ではありません。阿波の人達の自称です。

 「地藍(じあい)」とは、阿波藍・本藍に対して、それ以外の蒅(すくも)の事を、阿波の人達が呼んだ言葉。「あれは地藍だ」というのは、「本藍ではない」という事。地藍とは、阿波の人達による蔑称。つまり、「良いもんじゃないよ」という、今で云うレッテル張りをしたわけです。

 現在、徳島県は「阿波藍」という言葉を曖昧にして、徳島県が藍染めの産地・本場であるかのようにふるまっていますが、藍染は、沖縄から北海道まで、日本中当たり前のようにあった染です。だから古来、藍染めに産地はありません。藍染めの技術も、絣、絞り、型染、縞、無地など、日本各地で様々に受け継がれて来た。
 それが日本の藍染の文化ですが、徳島県は今、日本の染めの文化を混乱させ、破壊しつつある。
 もっというと、戦後の徳島県に藍染はありませんでした。ですから徳島県には、藍染の技術の継承がありません。

 このことを、今の人達は知りませんが、よくよく知ってほしいと私は思います。知らないから混乱させられ、下手すると騙されることになる。お気を付けください。

 これについては、史料を使って詳しく考証もしていますので、いつか再録しようと思います。 

 (面白いことに、徳島県在住の私の友人の藍農家と染め師によれば、吉野川河北の藍染も、阿波では「地藍」と呼ばれ、差別されてきたようです。)

2019
街中で育っている今年の地元の藍草。
つまり、地藍の元(笑)
阿波藍の衰退が激しい今、
日本各地で藍草の栽培と蒅(すくも)作りが始まっています。


 徳島県が、藍染の産地・本場と言い出したことによって、日本の藍染自体が衰退していることを、染め師として実感し、十年以上、それについて様々に遠慮がちに書いてきた。
 それが、東京オリンピックのエンブレムに藍色が使われたことによってより、徳島県では気が狂ったように激しくなり、増々日本の藍染が衰退している。

 私はそれを憂うわけですが、藍染の日本最古記述は出雲だし、最古の紺屋は栃木県にあり、唯一の人間国宝は宮城県の千葉あやのさん。千葉さんは、蒅もご自分で作っていらっしゃるから、徳島とは何ら関係もない。阿波藍が無くとも、日本の藍染の文化は続きます。

 消費者諸兄、藍染めが好きな人達、それを良く知っていただきたいと思う。

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