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2007年2月10日 (土)

教育としての手仕事

 テレビを見ていたら、ゆとり教育のせいで、「図画工作」の時間が少なくなったという。家庭科も同じような物でしょうね。

 私が小学生の頃は、両方ともしっかりとした授業があった。家庭科では、ぞうきんを縫い、その洗い方も習い、ミシンも針の使い方も教わり、それが今でも実生活の中に生きています。一方の図画工作は、私は全く才能が無く、ゴミ箱を作る宿題を、簡単な設計図を書いて建具屋に持ち込み、作ってもらった。それを告白したばっかりに、今でもそれが、カミサンにバカにされるネタになっています。でもそのゴミ箱は、家が焼けるまで使っておりました(さすがプロが作った物だ)。

 話は古くなりますが、終戦直後の物の無い時代。世のお母さん方は、古布を自分で絞り、染め、縫って子供や自分の服を作ったそうな。百貨店で実演をしていますと、「あら懐かしい」とおっしゃるお年を召した女性が沢山いらっしゃる。藍染めではなく、染めるという行為がそう言わせるのでしょう。「女学校時代習ったのよ」とたいていおっしゃる。戦前のお話ですから、女学校と言えば高等教育です。染料も色々だったことでしょうが、たいしたものでしたね。

 ですから、学校教育の中で、是非とも、染めも織りも編みも組みも教えて貰いたいものだと、つくづく思っておるのです。そうすれば、自分の素質や資質にも気づく事が出来ますし、出来る事と出来ないことも分るし、実生活にも役立つ。体育や音楽の授業も、そういう面があるのかもしれない。

 私の生まれ育った地域には、染めはともかく、手織りや手絞りの出来る人が、当たり前のようにいた。それどころか、糸を繰り、紡ぐのさへ日常だった。いや、お蚕を飼うことから始っている。我が家の奥には、「寄宿」と呼ぶ十畳の部屋が三間ありまして、そこにいた女性達は、それが仕事でもあったわけです。

 親父殿の工房にいたときは、当然の如く、そういう方々に助けていただいた。「島田のおばさん」は90歳を過ぎても現役でしてね、針に糸を通すのに眼鏡を必要としなかった。彼女の手絞りを染めたTシャツやブラウスやなんやかやは、今でもお召しになっているお客様もいらっしゃる。フデちゃんも、二十年くらい前に60歳過ぎでしたが、機を織らせればもちろんプロ。アイロン掛けも絞りもなんでも出来た。

 でも、彼女たちは、家庭科で習ったわけではないのですね。それこそ生業として、子供の頃から訓練されてきたものだから、商品として成り立つ。家庭科で習ったものは、それはそれなりで、価値も然りだ。その区別も、実は教育だと、私は思っておるのです。

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