フォト

紺邑のホームページ

  • 紺邑のホームページ
    職人の手づくりのホームページです。 紺邑について、藍染めについての情報は、こちらをご覧ください。

ネットショップ

  • G.i-Japan
    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

他のアカウント

« おぼろ月夜 | トップページ | 久々 »

2007年4月 2日 (月)

二藍(ふたあい)

 さて、表題の二藍(ふたあい)とは・・・

 その昔(平安時代のころ)、「藍」という言葉は染めの総称(惣名)でもありました。

 守貞満稿(もりさだまんこう)という、江戸時代の百科事典の第19巻は、織物と染物の巻ですが、そこに・・・

 《芝屋随筆云 紅ヲクレナヰト訓ズルハ呉ノ藍ト云義也 藍トハ元青藍ノ色ノ事ノミニアラズ 物を染ル物ノ総名也》

 「紅を『くれない』と読むのは、呉(くれ)の藍という意味だ。藍とは青い藍の事だけでなく、物を染める物の総称だ」と書いてあります(写真右)。

Photo

 彼の時代の紅花は、中国の呉から輸入された。だからこれを、「呉藍」、または「紅藍」と書き、これを「くれあい」と読んだ。
 これがなまって、「紅(くれない)」という言葉が出来るわけです。

 お客様に時折、「紅(あか)い藍があるそうですが、どういう事ですか?」と質問されることがあるのですが、紅(呉藍(くれあい))の事ではないかと答えております。

 守貞満稿に、藍は「元青藍ノ色ノ事」とありますから、当然ですが青い藍染もあった。その青と紅の呉藍(くれあい)の二つを染め重ねた色を、二藍(ふたあい)と言います。
 その色調は、枕草子の四十に「薄二藍」という言葉が出てくるように、各々の色の強さ、深さで変化するわけで、これを平安時代は貴族が好んで身に着けていたことが、源氏物語や枕草子などに出てきます。 

 例えば「枕草子四十二 小白川といふ所は」に・・・

 《左右のおとどたちをおきたてまつりては、おはせぬ上達部(かんだちめ)なし。二藍(ふたあい)の直衣(なほし)、指貫(さしぬき)、あさぎの帷子(かたびら)をぞ、透(す)かし給へる。少し大人(おとな)びたまへるは、青鈍(あおにび)の指貫、白き袴もいと涼しげなり。》

 「左大臣、右大臣をお除き申し上げては、おいでにならない上達部はない。上達部がたは、二藍の直衣、指貫といった姿で、薄青色の帷子を透かしていらっしゃる。すこし年のいっているお方は、青鈍の指貫、白き袴という姿なのも、涼しそう。」

 この短い文の中に、二藍、あさぎ、青鈍と藍の色が出てくるほど、藍染はこの時代も日本人には親しい染めであったことが分かります。

 当時の役人の位を色で表した。しかし、二藍はそれに囚われなくともよかったようで、貴族の普段のおしゃれにも使われていたようです。

 

 紅(くれない)を歌った和歌は沢山あるようですが、藍染めと関連して面白い歌が古今和歌集にあります。

  紅に 染めし心も たのまれず 人をあくには うつるてふなり

 「紅に染めたと言ったあなたの心も今では頼みにはできません 紅も 「灰汁(あく)」で色褪せると言いますから 飽きたら他人に心が移るでしょう。」

 「人をあく」の「あく」は、「飽く」と「灰汁」をかけたもの。紅は灰汁で色あせる。藍染は灰汁を使うから、紅を染めて藍で染めると、紅が色褪せます。だから二藍を染める場合は、藍染を先に下染する。それを「藍下」というわけです。

 このように「灰汁」は、当時から当たり前に存在するものでした。

« おぼろ月夜 | トップページ | 久々 »

藍染め」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 二藍(ふたあい):

« おぼろ月夜 | トップページ | 久々 »