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2007年4月27日 (金)

進歩と民工芸の衰退

 さて、朝から大げさなお題ですが、既にこのブログでも、民工芸の衰退の具体例を紹介させていただいていますが、衰退どころか滅んでしまったものも数多い。これにはやはり、明治という時代を見なければならないと私は思うし、また、私が勝手に書いていることの説明にもなろうかと思う。「明治を見る」というのもこれまた大げさなようですが、私は少しは考えてきたし、今後もそうしたいものなのです。

 さて、明治政府は西欧列強の強大な力を前に、富国強兵策を取るわけですが、「富国」のなかには教育も含まれていました。ここが日本の凄いところだと私は思う。
 
 そこで明治十年、帝国大学をつくり、大森貝塚の発見で知られるエドワード・モースが教授の一人として来日し、ダーウィンの進化論をもってきた。これが日本人の、「進化」という概念との初めての出逢いです。
 彼は一年で帰国しますが、その後釜がアーネスト・フェノロサで、我々日本人に多大な影響を与えることになります。当時若干25歳。それは、ハーバート・スペンサーの社会進化論を持ち込んだこと。文明は混沌から秩序へと動き、人間は未開から文明に進むってなことです。

 現代に当てはめれば、世の中はより便利に効率的になり、進歩する。過去は未開であるから振り返らず、未来を見据える、といった教えです。相手は日本の役人や国の行く末の舵を取ろうとするエリート達ですから、それが今でも日本人の考えの芯に生きていて、環境問題や我々民工芸の衰退の原因にもなっている。その考え方で言えば、民工芸など過去の遺物ですから。

 ダーウィンの進化論とハーバート・スペンサーの社会進化論がどれだけ急速に日本に広まっていたかという例を、1878(明治11)年に来日し、日本を旅したイザベラ・バードの「日本紀行」に見ることが出来ます。

Img_20180815_0001

 旅を始めたイザベラ・バードは、新潟に着き、しばらく滞在。そこで、本屋の店主と親しく話をするようになった。

 《この店主はことのほか話し好きで、またとても事情通らしく、日本の歴史、地理、植物に関する日本人の作品には以前ほど需要が無いと私に語りました。(中略)店主はハクスリー、ダーウィン、ハーバート・スペンサーの作品の訳書を何冊か持っており、上級学校に通っている若い男性が買っていくとのこと。》

 こう、イザベラ・バードが書いています。この時既に、新潟でもダーウィンとハーバート・スペンサーは読まれていたという事です。

 ところが、社会進化論を持ち込んだフェノロサ自身は、社会進化論では解決できない物、またはそれを否定してしまう物に日本で出会ってしまった。それがほかならぬ工芸です。古い物に、新しいものよりも優れている物が数多くあったからです。しかし、社会進化論に侵された日本人は、過去の遺物のような民工芸品を振り返る事はしなくなった。これが現代の、我々民工芸衰退の大きな一因です。つまり、民工芸の衰退は、明治から始まっていたわけです。

 そしてフェノロサが、日本の美術品工芸品を二束三文で買いあさって出来上がったのが、ボストンの「Museum of Fine Arts,Boston」、ボストン美術館。日本人が古くて良いものに出会おうとしたら、アメリカまで出かけなければならなくなっています。

 その後のフェノロサと岡倉天心との関係や、東京美術学校の設立に関わり合ったことなどを見て、彼が東洋の美術工芸の理解者のように思われているし、事実そうであったにしろ、反面、彼こそ、日本の民工芸の衰退の原因をもってきた事も事実なのです。

 このことは、民工芸一つの問題ではないと私は考えています。農業や林業や教育や生き方やアイデンティティの問題にまでなるのだろうと。 
 
 私が藍染めに携わり、それも伝統にこだわり、催事に出てお客様とふれあう事や催事を主催することや、職人の仕事に関わり合うことの最大の意味が此処にあるのです。

 まあ、これも、私のブログだから、勝手に書いていると思って頂いてもちろん結構なのですが、ちょいと説明をしたくなりまして、書いておくことにいたしました。

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