フォト

紺邑のホームページ

  • 紺邑のホームページ
    職人の手づくりのホームページです。 紺邑について、藍染めについての情報は、こちらをご覧ください。

ネットショップ

  • G.i-Japan
    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

他のアカウント

« 札幌通信vol.3 | トップページ | 職人の技展 »

2007年4月23日 (月)

札幌通信vol.4

昨夜は、小懇親会。
ブラシ屋の旦那を中心に、組紐、かばん屋、化粧ブラシ、だじゃれブラシ屋、絹屋に、誕生日を迎えた菅原さんを加え、駅そばの東急から、福島のカバン屋が加わって、小汚いジンギスカンの店で楽しいひとときを過ごさせて頂いた。

 

菅原さんとは一年に一度、この札幌でお会いするだけです。
ですから、思い出話にも花が咲く。

 

思い出すのは、当時(15年から20年くらい前かな?)お手伝いしていた弟さんと二人で売り場に座っていて、お客様がなにやら話しかけている。
どうもそれが、お二人には気に入らない内容の様子。
名古屋だから、値切られていたのかもしれない。

突然、二人ともそのお客を無視し、イタヤを組むことに専念しだした。

そのお客様は、値の高い衝立がどうしても欲しいらしく、「売ってくれ」という。
それを二人とも、「いんや、売んねぇ!」と言って売らない。
それが何度も繰り返され、とうとうお客はあきらめて帰っていきましたが、その様子を目の前で見ていた我々は大笑い。

 

でも、菅原さんはその癖がまだ直っていないようで、「如何ですか?」という、商品のお薦めが出来ないらしい。

 

当時の催事は余裕がありました。

あご(食事代)足(交通費)まくら(宿泊費)を百貨店がもってくれて、その上、実演者には日当(ギャラ)も出ていたのですから、売れなくても困らなかった。
いわゆる「文化催事」という位置づけだったのです。

菅原さん達は、催事が始まるとすぐに、その晩の宴会の相談に勤しんでいたものですが、それが出来た時代だったのですね。

 

酷い、いや、もっと待遇の良い催事になりますと、会場に出展者達の休憩室が作られ、冷蔵庫の中にはビールが入っていたといいます。
それが日本最古の「伝統展」、今でいうところの「職人展」。
良い時代でありました。

 

菅原さんのお父様は、4年前に亡くなられたそうです。
人の二倍は働く人で、その代わり、人の三倍は遣う人だったそうな。

その血は菅原さんに流れているようですが、奥様という手綱を持つ人がいますから、何とかなっているのでしょうね。
きっと私も同じだな。

« 札幌通信vol.3 | トップページ | 職人の技展 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 札幌通信vol.4:

« 札幌通信vol.3 | トップページ | 職人の技展 »