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2007年12月 2日 (日)

名馬磨墨(するすみ)

 いつぞや次女から、「源氏物語」と「平家物語」について、メールが入ったことがある。「源氏」を奇跡、「平家」を最高のエンターテインメントと言うような表現をしていた覚えがあります。「カンペ(カンニング・ペーパー)無し」とも書いてありましたが、携帯で書いたメールとしては、大作でありました。

 彼女には、「カンペ無し」で書ける教養があるが、これから書くことは、いわゆる「受け売り」で、「カンペ有り」であります。そのカンペも、地元の民話集程度の物。私には教養がありませんのでね(本当です)。

 源平の時代のある時、この辺り(飛駒、閑馬)の人達は、頼朝に献上する馬を見つけるために、馬狩りをしたそうな。深山から二頭の馬が現れ、それが飛ぶように走っていたので、その原野を「飛駒」と呼んだ。

 一頭は飛駒で捕らえられ、「生食(いけずき)」と名付けられた。

 もう一頭には逃げられたが、それを追いかけて行くと、ある沢の池で、疲れて水を飲んでいるところを捕まえた。馬が閑(しず)かになった所なので、其所は「閑馬」と呼ばれるようになったそうな。

 その馬の名を、「磨墨(するすみ)」と言います。

 「生食」には佐々木高綱が乗り、「磨墨」には梶原景季(かげすえ)が乗ったのが、平家物語で有名な「「宇治川の先陣争い」ですね。

 この物語が史実かどうかなどと問うことは、エンターテインメントですから野暮なことで、調べてみますと、こういう伝説は、日本中至る所にあるらしい。でも、閑馬の謂われの一つとして語り伝えられてきたという事は、地元の史実ですね。

 このブログに出て来るお蕎麦屋さんの近くに、磨墨が捕まった池が残っています。今でも其所を「するすみの池」と、地元では言っております。その内写真を撮って参りましょう。

 何故こんな事を書いたかというと、詩人の舘内尚子さんからお電話を頂いて、そんな話題になったからです。彼女はこのブログをご覧になっているらしい。赤面の至りですが、仕方ありませんね(^_^;)

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