熊谷から宇都宮へ
私の住んでいる所から熊谷に電車で行くには、足利市駅から埼玉県の羽生(はにゅう)に出まして、秩父線に乗り換えるしかありません。
幸い最近、羽生に止まる「特急りょうもう号」が出来たので、随分楽になりました。
17:05足利市駅発に乗り、熊谷に着いたのが18時ちょっと過ぎ。
それほど遠くはありません。
八木橋の会場に入って行くと、さすがに知り合いばかりだから挨拶が忙しい。
そんな中で、大きな声でみんなに挨拶回りしている私を、「誰だ?」ってな顔をして見ていたのが、催事のご担当。
私はお会いしたことがない。
鍛冶屋が紹介してくれたが、名詞交換をしながら、「この催事は私が始めました」なんて余計なことを言うのが、私の悪い癖だな。
でも、本当のことです。
その事情をよく知る甲府水晶業界の名門店「大森水晶」の大森社長が、久々に出展しております。
彼は第一回から、私が手を引くまで出展しておりました。
「大分様変わりしたね」とは、大森君の弁。
その通りです。
夜七時閉店という、実に健康的なお店で、直ぐに皆で、通称オモニの店の「民族村」に繰り出した。
熊谷駅の直ぐそばにある、オモニがたった一人で切り盛りしている朝鮮料理店ですが、まことによろしい。
以前にも書きましたが、私は毎日通っても良いな。
朝4時まで営業している店ですから、この時間は暇。
貸し切り状態で約二時間、酒を飲まない大森君に、「酒飲みと付き合うと、こんな美味い物が食えて良いだろう!」なんて嫌みを言いながら馬鹿騒ぎ。
八木橋の催事担当者は私を知りませんでしたが、女性社員達は皆昔なじみで、「ホテルとっておきましたぁー」ってな具合のお付き合い。
そのホテルに泊まり、今日は宇都宮東武百貨店に挨拶に行って参りました。
熊谷から宇都宮へのアクセスは、最短距離を行こうとしますと実に複雑になります。
先ずは秩父線で羽生に出て、東武伊勢崎線に乗り換えて久喜に行き、JRに乗り換え栗橋に行って東武日光線に乗り換え、栃木で東武宇都宮線に乗り換えると、東武宇都宮駅に着く。
乗り換えもすごいが、三時間以上時間も掛かる。
そこで、JR高崎線で大宮に戻り、湘南ライナーの快速宇都宮行きに乗れば、ちょうど二時間で行けることが分かったので、それにいたしました。
東武宇都宮百貨店の会場にはいると、これまた知り合いばかり。
会場入り口に、甲州印伝の山本さん、長崎べっ甲の田川弟さん等の重鎮達。
ちょっと行くと、今度は大阪の念珠の「師匠」こと元村さんまでいる。
一番奥というか駐車場からの入り口に、江戸手書き友禅の内山先生が電卓をたたいていた。
「電卓をたたく姿がよく似合いますね!」と言ったら、百貨店の担当の酒見君に肩をたたかれてしまいましたね。
「そんなこと言っちゃーいけません」という事でしょうが、なに、遠慮は要りません。
福右衛門窯の福ちゃんのご両親がいらして、丁重にご挨拶させていただいた。
私の大好きな窯なのです。
私が酒見君に話をしたことがあって、それを覚えていた彼が、オンセの高江さんに頼んでもらって出ていただいたという次第ですが、よくぞ宇都宮に来て下さったし、酒見君の執念だな。
正直、ここだけ別世界でしたね。
熊野の化粧筆の泉ちゃんと、ぴょんぴょん堂の米(よね)さん、翠宝堂の弟と、面倒掛けた職人達にも挨拶し、これまた我が儘言って出展していただいた、マイミクの四代目にも挨拶。
百貨店もチラシなどでしっかりと宣伝してくれて、良い成績のようでホッと致しました。
そんなこんなで帰りがけ、大島紬の原さんの所へ行ったら、「大川さんは新しく工房も建てたし、メジャーデビューもするし、運が良くなりましたね」とおっしゃる。
メジャーデビューという意味が分からない。
そりゃー業界的には、出展している百貨店や催事は、メジャーと言えるかもしれません。
そんなことは昔から何も変わっていないのですが、工房を新しくすると、見られる目も変わるのでしょうね。
原さんには、良い勉強をさせていただきました。
久しぶりに長いブログとなりました。
最後まで読んで下さった方には、ご苦労様でした。
今年は良い年となりますよ。
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