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2008年1月24日 (木)

米子通信vol.3

私が何故米子に来ているのか、その意味は、おぼろげに見えて参りました。
そして、様々な出会いや気づきもありますね。

 

米子のお客様は、藍染めをよくご存じだし、また、そのつもりの人もいる。
それはやはり、弓はま絣の産地だからでしょう。
これを地元の方々は皆様、「はま絣」ということも、今回初めて知りました。

 

後藤さんの事はここに書きましたが、やはり地元だけあって有名だし、お客様が皆お知り合いの様です。
お会いできるかと思ったら、お客様が、「今、どこかのデパートに行っているみたいだよ」とおっしゃるので、直ぐに調べてみたら、名古屋タカシマヤの伝統展に出展なさっていました。

 

今回は残念ながら、会えないようです。

 

しかし事情通はいるもので、機織りの名人が後藤さんの所にいらっしゃり、後継者と言われる人も、修行中だとのこと。
弓はま絣も、当分は大丈夫なようです。

 

昨日一番の男性のお客様は、紺邑をねらったようにご来店。
説明しようとすると、「いや、分かっているからいい」といって、私を牽制する。
「この辺にも、○○さんという本染めをやっている人がいるからね」と。

 

そんなことはどうでも良いのにと思いつつ、怒るなと言う鍛冶屋の忠告を思い出し、「作用でございますか」とだけ言っておきました。
ジャージーの上下を着こなしていたこの方は、服飾デザイナーだそうで、無遠慮に商品を見て行きましたが、こんな人がどんな物を造れるというのでしょうか。

 

岡さん夫妻が尊敬する和尚がいらした。

「栃木県から参りました」とご挨拶すると、「へぇ、栃木のどこ?。私の母も栃木なんだ」とおっしゃる。「佐野です」と答えると「え!母も佐野だよ。植野と言うところだ」とびっくりなさった。
「前の工房が七軒町と言うところにあって、植野から市駅に向かったあの踏切を渡りましてね・・・」なんて、実にローカルな話題となった。
遠い米子に来ていることを忘れる一瞬でありました。

 

山陰では、子供が生まれますと、母方の里から子供の物一式を送る風習があり、その中に、藍染めの産着や湯上がりがあったと、私は説明してきました。
その話でお客様と盛り上がったのですが、そんな話は次回に。

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