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2008年5月23日 (金)

蕎麦屋のお話

わが地元は食文化の町。
特に蕎麦が良いのですが、我が工房の近辺で、良い蕎麦が採れるのです。

麺の文化の土地柄でもある。

お隣の桐生市はうどん。
消費量は讃岐に匹敵する。

足利市は蕎麦。
ご存じ片倉さんの「一茶庵本店」もあるけれど、足利の蕎麦は昔からあり、信州の蕎麦も食せる。

佐野は近年、「佐野ラーメン」で売り出している。

館林は関東人ならお馴染みの「館林うどん」。
うどんの乾麺の産地。

この四市を結ぶ路を、「麺街道」と今は呼ぶのですが、これはある人の独断でね、最初は「麺麺街道」と名付けられたのです。
この方が余程リズムが良いなと、私は思う。

名付け親は「「九一そば」のご主人。
九一の蕎麦を極細にして、出汁の利いた汁をたっぷりつけて食う、足利の蕎麦。
一口入れただけで、麺を細く切る意味が分かる。
今の主人は我が後輩だが、インテリで謙虚な良い男。
蕎麦好きで、店の休みの日も蕎麦を食いに行く。
私が「良い蕎麦屋があるよ」と言うと、連れて行けと言う。
そこでも美味そうに蕎麦を食っていたな。

何時だったか、お酉様に行ってべろべろに酔っぱらってこの店に入り、食した蕎麦は絶品でありました。
運が良ければ新蕎麦が食える。

これもある日あるところで、この後輩に久しぶりにあった。
日本の政界をリードする人が来るってんで、私も呼ばれたパーティ。
そこでこれから蕎麦を打つという。
それも、十割。
私は十割が良いとはちっとも思わないけれど、「それをいつもの細切りで食わすのか?」と聞くと、「そうですよ!一茶さんも来てますけど、私が打ちます」と、いとも簡単に言う。

来ている「一茶さん」は、片倉さんのお孫さん。
まだ無理だったのでしょうね。

味はどうだったかって?
私は時間が無くて、食せずに帰ってきてしまったのですよ(涙

一茶庵は東京の蕎麦。
ですから、付け汁にさっとつけてするっと食する。
なんと言っても“さらしな”でなければなりません。
田舎蕎麦なんていう、黒いものを頼むのはいけません。

私は、子供の頃から一茶庵で蕎麦を食べていた。
もちろん、片倉さんの打った蕎麦。
我が祖父が、片倉さんの友達だったのです。
当時は鰻の寝床のような蕎麦屋で、片倉さんの金蕎麦なんて物を食っていたらしい。

年越し蕎麦も、毎年一茶庵に取りに行ったものだ。
簡単に書いていますが、我が家は足利のはずれでね、街中の一茶庵に行くのは容易では無い時代のお話です。

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