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2008年6月

2008年6月29日 (日)

忙しい忙しい

それにしても工房に居りますと、忙しいこと忙しいこと。

朝、閑馬に行って直ぐに、レースの染め。
求められた色は、「濃いめの縹」というのですから、ちょいと難しい。
幸い、丸甕が明るい青を出すので、それで染めました。
難しいのは、染め上げるタイミング。
「これでよいだろう」と思った色に、カミサンのOKが出て一安心。

その間、下の工場の社長と礒さんがみえた。
磯さんは、親父殿の工房からのお付き合いで、古い古いお客様。
この辺りで取れた鹿のルイベを持ってきて下さった。
私の大好物。
おにぎりと蕗とジャガイモと小梅を付けた物もおみやげに頂き、お昼はこれで大満足。
その上、絞りの反物を、解く仕事までしていって下さった。

蝋燭の教室に、東京からお客様がいらしたので、ついでに藍染めもお見せした。

「閑馬農業部」の太田さんも、奥様と友達を連れて来て下さり、蝋燭を見学し、藍染めも初めて説明いたしましたね。
まだまだ話すことはありますが、まあ、少しずつやっていきましょう。

明日、日本橋三越で開催される日本の職人『匠の技展』」の出荷作業をその間にやりました。

ヤマトで出しましたが、「今後は、こんなに沢山の荷物は、引き受けられないかも知れません」と、信じられないことをドライバーは言う。
訳を聞けば、こんな田舎には、回る車は一台しかないので、大きな荷物は乗せきれない場合があるとのこと。
営業所に一度戻りますと、往復で40分から1時間くらい掛かるので、お客様に迷惑を掛けるかも知れないという。

なるほどと納得はしましたが、黒猫ヤマトは変わりましたね。
自分の都合ばかりを言うようになった。

仕立て上がってきた絞りの着物が気に入らない。

納めたくないので、お客様に連絡し、納得していただいた上で、やり直しをさせていただくことにしました。

絞りの職人の家に着いたのが夜8時半。
打ち合わせして、その家を出たのが9時半近く。

夕飯抜きだから、腹の減ること減ること。
カミサンに作らせるのも酷だから、本当に珍しく外食。
食べたのは牛のしゃぶしゃぶ。
これまた珍しく、不味い!
美味くないのならともかく、不味い!!

しかたない。
これは、私を太らせたくないという、神様の思し召しだと諦めて、大量の肉と野菜を残して帰って参りました。

それにしても、忙しかったなぁー。
ひろこさんが呆れておりました。

ぴょんぴょん堂のただみつからのメールに、一度もレス出来ないくらいだった。
勘弁して頂戴。

「花宇宙」のイベントは、午後、まことに賑やかになりました。
あと一日、明日も予約があるそうで、結構なことです。
それにしてもきれいな蝋燭だと、改めて思いますね。
ご覧になるだけでも、紺邑にいらっしゃいませな。

 
夕方、真っ黒なワンボックスカーが入ってきて、「おーい!」と子供の声が聞こえる。
京都の紙屋「ぴょんぴょん堂」の社長一家の到着です。
夫婦に男の子三人。

一昨日電話がありまして、「其所って、蛍でます?」と聞くから、「出るよ」と答えると、「え!」とちょっと絶句!
まだ幼い子供達に、蛍を見せてやろうと思い、手頃な田舎と言えば紺邑だから、気楽に聞いてみようと思ったら、ズバリだったというわけでしょう。

「いつ来る?」
「土曜日です」
という、簡単なやりとりがあって、一家で来た。

まだ明るいから、庭の梅の木に連れて行って「梅狩り」。
(写真を撮りましたが、どうも工房に忘れて来たようで、後でアップします)

社長のただみつが、親になって子供と遊んでいるのが不思議。
そんな古い付き合い。
バケツ一杯に梅を採り、田舎育ちの奥さんが、梅干しやら梅酒を作るそうです。
こんな事は観光地では「でけしまへんえ!」ってなもんだ。

蝶が飛んでいるのを見て、子供達は大騒ぎ。
いつのまにか、虫取りのネットを取り出して、追いかけ回す。
庭の草刈りまで始まり、賑やかな物だ。

ようやく暗くなってきたので、村井さん、大山さん、ひろこさん、岡本一家に私たち夫婦という総勢10名で、奥の久保さん家(ち)へ。
先ずは、手料理を目一杯頂き、蕎麦とうどんを頂き、私とただみつと久保さんのご主人の三人は、ビールと酒。

暗くなって子供達が外に出る。
「蛍がいたぁー」と、興奮して戻ってくる。
みんな外へ。
私も外へ。

真っ暗な田舎の川沿いに、いやいや、驚いたことに久保さん家(ち)の庭にも、蛍がいるではありませんか。
どこかの「蛍祭り」などという、作為のあるイベントではない、本当に自然の中の蛍です。
私たち以外に誰もいやしません。

この辺りの農業が、無農薬の証拠みたいな物ですが、それにしても懐かしい光景でした。
日本の原風景と言っても良いでしょうね。

帰りはカミサンが運転。
帰って来て、案の定バタンキュー。

このブログはまたしても、朝早くに書いております(^^;)

2008年6月27日 (金)

良い一日

今日は、「花宇宙」イベントの初日です。

朝早くから閑馬に行き準備。

村井さんと大山さんもいらして準備万端整え、っと言うわけにも行きませんでね、紺邑の方の飾りがまるっきり出来ておりません。

カミサンは、お母さんの用で、昼過ぎから閑馬に参ります。

どうにも私には手に余るので、「お客様が来なければいいなぁ~」なんて不遜なことを思いながら、それには手が着かず、しかし実は、立派な仕事を私はやっていたのです。
それは、アトリエの内装工事。
大の苦手、大工仕事。

しかし、小林さんと菅沼さんには大好評。
後から来たカミサンにも大好評。
明日も続きますが、ギャラリーの方もやる予定です。
ようやく、閑馬の工房の中身に、手が着き出しました。

なんで今頃とお思いでしょうが、これには理由があるのです。
その内、書けるようになるかも知れません。

思わせぶりで申し訳ありませんが、お会いしたときでも質問してください。
ブログには書きにくいのです。

さて、肝心のお客様はどうだったかというと、校長先生と、例の酒屋さんに来ていただき、酒屋さんに大きな買い物をしていただいた。
金曜日としては、めでたしめでたしです。

明日は予約が沢山入っていますので、きっと忙しい一日となるでしょう。

その間、村井さんと大山さんは庭の手入れ。
二人が庭に手を付けますと、見違えるようにきれいになりますね。

社長としては野暮用が続きます。

新しいベストも出来上がったと言うので、仕立ての金井さんの所に。
男女兼用なのですが、今回の品は、女性が好みそうだとカミサンは言う。
満足な出来らしい。

桶川の中村さんから電話が入った。
セーターやブラウスやTシャツの染めを頼まれた物を、昨日発送したのですが、大変気に入っていただいたとのこと。
あまりにうれしかったので、携帯に電話を掛けてくださった。
辛い電話もありますが、こういううれしい電話や知らせの方が圧倒的に多い。
私たちの粮(カテ)ですね。
名和さんからも手紙が届いた。
ありがとうございます。

今日は家に帰ってきたのが夜の9時。
夕飯がたった今始まり、10時を過ぎております。

でも、良い一日でありました。

野暮用

帰って参りますと、野暮用が多い。

朝早く、当日便とやらの宅急便を出し、銀行を回り、工房の備品の買い物をし、イベントの準備をし、藍の調子を見、デザインを決め、染まった生地を縫製やさんに持って行き打ち合わせし、直しをしている商品を取りに行き、夕飯の食材を買い、酒を買えばもう夜の八時を過ぎておりました。

まあ、一日の経つことの早いこと。

私は夕飯の支度をしませんからまだしも、カミサンはその上に夕飯の支度だから大変だ。
だから、いつも「美味しい」と声に出し、感謝しながら頂いております。

昨晩は、京都のギタリスト・岡本さんから送られてきたミンチカツとコロッケ。

カミサンのカツは、いわゆるカツレツで、揚げると言うより、油で焼くというのに近いのですが、衣がカリッと揚がり、サクッといただけて真に結構。
大変美味しくいただきました。

さすがに疲れ気味か、ワインを半分で就寝。

また叱られそうですが、朝、このブログを書いておりますです<(_ _)>

2008年6月26日 (木)

偽装問題

また肉と鰻の偽装表示があきらかになりましね。
とくに、「肉」の社長は狂っちまったようだ。

秋葉原の様な事件が起こると、刃物屋は必ず問題視されるが、刃物は道具に過ぎない。
問題は、道具を使う人間だ。
鍛冶屋の武田が、「秋葉原での凶行の話題がお客さん達の口から何度も出てきます。『金の亡者が造って、金の亡者が売っている品だから亡者が引き寄せられるんでしょうね』と応えています」と書いているが、その通りだろうな。

肉屋も鰻屋も、金の亡者に成り下がってのことなんでしょうかね。
「肉」の人は、たたき上げだったらしいですが、もったいないことだ。
 

振り返って、我が伝統工芸の世界はどうだろうか。
それはそれは小さな世界だから、世間にそれ程影響を及ぼさないからと言って、同じようなことをしてはならないとは考える。
いや、それだからこそ、正直であるべきだ。

藍染めの世界なんて、恐ろしいほど、それが見受けられる世界です。
悪意は少ないと思いたいが、しかし、中には、「金の亡者」の如きものも、なきにしもあらず。

目的と手段の問題だと考えておりますが、何時になったらこのブログに書けるようになります事やら。

2008年6月25日 (水)

食って飲んで 鳥つね佐々木

町田の最終日は淡々と過ぎ、6時に終了して6時20分には店を出て、娘と二人で打ち上げ。

気になっていた、「洋風居酒屋」という看板の店に行ってみた。

この後、末広町の「鳥つね」で、鍛冶屋達と一緒だから、食事は控えめにしなければならない。
先ずは、私の大好きなギネスを頼んで一口。
美味い!
結局4杯飲んでしまった。
樽酒ではあるけれど、やはり、入れ方なんだろうな。
そう思って壁を見ると、なんとかという資格をもったバーテンダーでありました。
つまみも、ハム、チーズ、ローストビーフの切り落としを頼んだが、これもいける。
牛すじの煮込みが、これまたすばらしくて、しかし、辛い!
これはギネスに合いませんから、コロナに変えたらピッタリだった。

娘もしっかり楽しんで、電車で一緒に帰りました。
あいつは下北沢で下車、私は代々木上原経由、表参道乗り換えで末広町へ。

「とり常」に着くと、鍛冶屋が一人で待っていた。
直ぐにまたビール。
料理を平らげていると、浜松から中村君が到着。
そこから、日本酒の品評会の如き趣になって参りました。

「鳥つね自然洞」の店主佐々木君は、日本酒にこだわる。
美味いと言われる有名な日本酒を、只単に揃えているわけではない。
蔵元に通い、杜氏と話し合い、良い酒を良い時期まで寝かせ飲ませる。
値段は一合数千円という値段になるが、それでも利益はわずかな物らしい。

中村君は、開店20周年を迎える百貨店の、酒の担当者。
百貨店では手に入らない酒を、お客様に提供したいと、私に相談があった。
私には、そう言う趣味がないし、日本酒も分からない。
そこで想い出したのが、佐々木君。
佐々木君の兄貴分が鍛冶屋で、ちょうど先週、中村君の店に出展していたので、相談するように言っておいたのです。
そうしたら、「鳥つね」で話をするから私にも来いと言うので、「鳥つね」に私が居るわけです。

まあ、佐々木のしゃべるまいことか。
ものすごい数の日本酒の物語を語るそれは、刃物について語る鍛冶屋と、藍について語る私みたいだったな。
中村君も、メモを取りながら感心しきり。
私も感心しきり。
試飲をしながら味を確かめるのですが、私は米を削った酒の良さが解らないから、遠慮させていただき、唯一飲める大吟醸の「東一」だけを頂いておりました。
中村君は最後に、賄(まかな)いの鳥のすき焼きを食べて、「これは旨い!来て良かった」と宣い、弟さんの家に帰っていきました。
朝一番の新幹線で帰るそうです。

さて、これだけしゃべる佐々木だから、「講演会でもやって貰ったらどうだ」と私が提案したら鍛冶屋が、「これが本番に弱いんですよ」という。
一度やって、散々だったらしい。
しょっちゅうテレビに出ているが、きっとしゃべらないのだろうな。
漫画の「美味しんぼ」というのにも、この店も佐々木も紹介されているが、じいさんの様な姿で書かれておりましたね。

私はそのまま、店の2階の座敷に鍛冶屋と泊まってしまって、ブログも書けませんでした。
朝早く起こされ、従業員全員と日本橋は水天宮近くの洋食屋へ。
洋食を朝から食わせると言う話だったので、ステーキだビーフシチューだと勇んで行ったら、さすがにガセネタで、朝の定食しかやっていない。
仕方なく、キャンティーとボルドーの赤を一本ずつやっつけて、ベーコンエッグを頂き、サンドイッチが出てきたので、白に変えてそれもいただくという、昨日から食べて飲んでと言う繰り返しでありました。

鍛冶屋と佐々木達に、浅草の駅まで送ってもらい、ようやく家にたどり着き、これを書いております。
ワインを飲んでいるし、寝不足だし、さすがに電車の中では爆睡。
危うく乗り過ごすところでしたが、何とか自宅に無事到着!
これで乗り過ごせば、鍛冶屋と佐々木の話の種になって、喜ばせるだけですからね。

2008年6月23日 (月)

08/6町田通信vol.6 あい

町田六日目。

百貨店の通路を、ボーリングのレーンに例えるときがあります。
余程、お客様が少ないときです。
しかし、それ以上に少ないときは、「ボーリングのレーンにもならない」と表現します。
何故なら、ピンの姿も見あたらないからです。

そんな出足でした。

今朝は、珍しく朝食を抜きました。
だから、腹が減ってたまりません。
11時過ぎに三女が来てくれて、やれ、飯だぁーっと勇んで食事に行こうとしたら、お客様が商品をご覧になっている。
ちょっと説明したら、「これ頂戴」と、簡単にお買い物なさってくださった。

これで心置きなく昼飯だ。

大戸屋で美味しい塩鯖の炭火焼きを食べて、ゆっくり帰ってきたら、三女が慌てるように手招きする。
なんだ!?と思ったら、お客様が大きな買い物をなさり、その上、作務衣が欲しいとのこと。
ちょっと説明しましたら、「じゃぁ、頂戴」となり、合わせて大した売り上げ。

これで、一日ゆっくり焦らず過ごせます。

皆、三女の力。
この子は、親が苦労を掛けたから、働きながら学校を出た。
ある大手のスポーツ用品店でアルバイトしていたとき、入って一ヶ月で、北関東で10本の指に入るほどの成績を収めた位で、辞めるときの引き留めが大変でした。
この子は、販売だけでなく、接客にも才能があるようです。

現在は美容師ですが、厳しい学校に入り、厳しい美容室に入り、良く修行をしてきた。
ただいま面接中らしいが、あの歳でスタイリスト希望も珍しいが、経験が一年半あることも珍しいでしょうね。
23才になります。

最近まで努めていた美容室は、大きな店だったらしいのですが、お客のリピート率は第二位だったらしい。
それも、老人のカツラ作りのボランティアをしながらですから、お店の評価も高かったようで、なかなか辞めさせてもらえませんでした。
そんな風だから、娘に付いているお客様も多いとのこと。

親ばかのようですが、さもありなんと思う。

リーダシップも持っていて、高校時代は、日本で二番目に大きな高校の生徒会長をやり、十年に一人の逸材と評価され、今でも母校の職員室に遊びに行くという変わり種です。

名を「あい」といいます。
「藍」では如何にもだし、「愛」は私たちにふさわしくない。
そこで、「あい」と名付けました。

出来れば、販売の主戦力になって欲しいと思うが、彼女には彼女の人生がありますから、「待てば回路の日和あり」でありますよ。

今日は、珊瑚の宮本君と三人で夕飯を食べて帰ってきました。
あいつも母親の血を引いて、結構のんべぇーだな。

2008年6月22日 (日)

08/6町田通信vol.5

町田4日目。

お昼頃から大雨。
天気予報では、「梅雨らしい雨」と言いますが、大雨はいけません。
そのお陰かどうか、静かな一日を過ごしました。

朝はジョナサンで朝食。
とろろに納豆にご飯に漬け物に焼き海苔にみそ汁に温泉玉子を付けて貰ったら、元気いっぱい。
あまりに元気になったので、昼寝をたっぷり取ってしまいました。
三女が来ていましたから、安心したのかも知れません。
それでもまだ眠い。

全く、何となく一日が過ぎ、夜はお好み焼きを食べて、帰ってきましたが、まだ眠い。

眠いだけの一日で、もう、起きている自信がありません。

2008年6月21日 (土)

08/6町田通信vol.4 知恵 感性

町田四日目。

何故か良くない。
雰囲気もあるのだろうが、どうもピンと来ない。
紺邑がフィトしなのですね。
それは、場所もあろうし、お客様との相性もあるかもしれません。
未熟な私ですから、それが態度にも表れるのです。
だから、余計にフィットしないのかなぁー。

解りづらい表現でしょうが、日々そんな感じで過ごしております。

成績は、お取り置きを入れれば、こんなものかな?という感じ。

工房の、甕の調子が良いと書きましたが、「ひょっとして?」と勘が働いたので、カミサンに夜電話いたしました。
「新しく建った甕の調子が良いらしいけれど、染め具合がどうかな?」と聞くと、やはり難しそうだという。
旅先ですから、よく分からないが、そうなる予感がしたのですね。

朝早く、風間君に電話して様子を聞く。
色々考えるところもあり、多少、サジェスチョンしておきました。
しかし、ハッキリ解りませんが、「焦ってはいけない」がキーワードでしょうね。

染められるから、色があるから、強いからと言うだけで、染め出してはいけないという事。
「止める」と言うことの必要性もある事。
「ふすま」の使い方。
色々あります。

環境が新しくなりますと、結果も変わる。
こちらも、それに対応して行かねばなりません。

変わらないこともある。
それは、藍の性質です。
新しいことなど、本当は何もないのです。
それがまた、ありがたいことなのですけれどね。
これまた、解り難い表現だったかも知れませんが、つまり、「知恵」をいうものがあると言うことなのです。
藍建てをしたり、染めたりすることは、その「知恵」を感じる感性が必要だと言うことです。

2008年6月20日 (金)

08/6町田通信vol.3 Burke's Law

町田三日目。

出勤しますと開店前に、お掃除のおじさんが、「やー、久しぶりだね」と、声を掛けて下さった。
この方は先回、2着ほどお買い求め下さったお客様。
この時間はお掃除が仕事。
午後になると、すきっとしたおしゃれな格好で現れる。

昨年は、余りの変貌振りに、「これからどちらかへお出かけですか?」なんて質問すると、「午後は某国立大学で教えているのだ」とおっしゃる。
「え!」てなもんで、よく理解できない。
「どういうことですか?」と聞くと、「大学で教えているという、唯それだけのことだ」とのこと。
そう見ると、大学の先生に見える。
「何を教えているんですか?」と聞けば、「物流だ」とおっしゃるから、「これはつまり、フィールドワークと言うことなんでしょうか?」なんて、解りもしないのに質問漬けしたのが去年のことでした。

大きな買い物をなさっていただき、ありがたいことでした。
「今回は気に入った品物が一つある。これだけれどね」と、新作の作務衣をお示しになった。
さすがに、お目が高いですね。
とは思いますが、世の中には、変わった方がいらっしゃいます。

その昔、「バークに任せろ」というテレビドラマがありました。
ロス市警の警部が大金持ちで、ロールスロイスに乗っているという奴。
あんな感じですね(ちがうかな!?)。

 
お仕事の方は、ボチボチでんなぁーというところ。
 

工房から電話があって、今度建てた藍が、ものすごい勢いだという。
久々の朗報ですが、灰を変えて良かった。
灰の力は、すごいですね。

その話は、閑馬に帰ってからいたします。

2008年6月19日 (木)

08/6町田通信vol.2 藍染めする人 回転寿司食う人

町田二日目。

 

三女が手伝いに来てくれました。

と言っても、ちゃんとしたアルバイト。

しかし、その甲斐もない一日となりました。
 

今日は主にしゃべりの日。
 

チラシに「実演販売」なんて書いてあるものだから、藍染めする人ばかりがお見えになりました。

染め方を勉強に来るなんて、ここはカルチャーセンターじゃありませんよ!っての。

昔なら怒っていたけれど、最近は丸くなりましたから、皆様に、じっくりと説明して差し上げました。

 

しかし、簡単な藍染めをやっている人は、だいたい常識に欠ける人が多い。

つまり、お礼と挨拶が出来ませんね。
 
職人の私に説明させたなら、礼ぐらい言っても良さそうだと、いつも思います。

 

そりゃ確かに、ここは百貨店だから、来るもの拒まずだけれど、実は、物を販売している所なんですね。

そして我々は、物を作り、販売していて、それは根本的に、食うためなんだと言うことも、理解していただいておりません。

 

しかし、最後の方だけは、そうではありませんでした。
 

「実演はなさっていらっしゃらないの?」とおっしゃるから、「いえいえ、いつでもやりますからどうぞ」と、藍甕の前にお連れすると、足が弱いと言うことなので、椅子に腰掛けながら、私の藍染めの説明を聞き出した。
 
「無地は私でも出来そうだから、段染めをしてみて」なんて言う。
 
あらあら、いつもの図々しい藍染めをなさっている方かな?なんて思いながら、丁寧な説明を始めると、実に熱心にお聞きになる。
 
だけど、時折質問なさるが、どうもトンチンカンだから聞いてみると、インド藍を苛性ソーダとハイドロで建てて染めているとのこと。
 

いつものことなので、また詳しく根気よく、藍建てについてお話しさせていただいた。
 
すると、「私の友達で、徳島に行って藍染めを習ってきて、染め場まで作って本藍染めに凝っている人がいるのよ。

藍は毎日攪拌しなくてはならないから、旅行へも行けないっておっしゃるの、その方。

本藍染めは大変ね」とのこと。
 

「藍はね、攪拌してはいけないのです。

だけど、攪拌しなくてはならない。

この矛盾が、藍の面白いところなんですよ。

だから、攪拌しなくてはいけないから旅行にも行けないなんて言うのは、唯の格好付けですよ」と教えて差し上げた。
 

藍染めをしている人は、なんでああも格好をつけるのでしょうね。
 

藍染めなんて物は、当たり前の染めだった。

だけど、職人仕事で、専門家のやる物だったと言うのが藍染めです。

それを、素人がやろうなんて思うから、間違える。

藍染めは、するものではなく、使うものだ。

そこが、賢くない消費者には、解らないのだな。

 

なんてことを縷々説明しながら、私はハンカチを染めて説明をしたのですが、この方、「そのハンカチを下さる?」とおっしゃる。

「こんなに勉強させていただいたのだから、是非、その染めてくださっているハンカチを売ってくださいな」とね。

「時間はたっぷり取ってきてありますから、しっかりと染めてください」なんて、職人泣かせのこともね。
 

私は喜んじゃいましたね。

「ありがとうございます。説明しても説明しても、ハンカチさへお買い求めにならずに、ありがとうも無くお帰りになる方が多い中、ハンカチを買って下さるなんて、恐縮です」なんて言ってしまった。

それから染めに没頭しまして、丁寧に一枚を染め、洗い方をお教えしてお渡しした。

気持ちが良かったですが、この間数時間。

売り上げはハンカチ一枚1500円でございました。

仕方ない(涙
 
 

終わりまして、娘と回転寿司へ。

回転寿司で、初めて寿司らしい物を食した所なので、連れて行った。

この子も、小さいときから寿司を食わせておりますので、慣れた物だし、食い方は私が教えてある。

やはり、ここは好評でありましたね。

もちろん、回転寿司としてです。

 

回転寿司には滅多に行きませんが、行きつけが2軒ありまして、北千住の駅の構内と、東京駅の構内。

とにかく腹が減ったが時間が無く、なんか入れなきゃ持たないとき、便利なのです。

ものの5分もあれば、腹をごまかせるってなものだ。

だから、美味い不味いもありません。
 

回転寿司にはいると、食い方がめちゃくちゃな人が多いな。
 

箸で寿司を切って食う人。

ネタを箸で取って、醤油をつけて、また戻して食べる人。

にぎりからはみ出ているネタを、箸で切って醤油につけ、つまみ代わりにしている人。

醤油皿があるのに、寿司に直接醤油をかけている人etc
 .

私たちの隣に座った若いカップルが、4番目のことをやっている。

それを見た娘が、私が何か言うかと思って気を遣うから、「あのな、回転寿司は寿司屋と思ってないから、人がどんな食い方をしても、気にしないから大丈夫だよ」と言って安心させました。

この間一緒に寿司を食ったときは、付き合っている奴を連れてきたので、そいつに口うるさく寿司の食い方を教えた物ですから、骨身にしみているのでしょうよ。

寿司屋であんな食い方をしたら、それは許しませんし、許すような寿司屋じゃ、ろくなもんじゃありません。

 

どうも、文句が多くなりそうな一日でしたが、我慢した一日でもありましたね。

2008年6月18日 (水)

08/6町田通信vol.1

町田の初日。

町田は4軒出展しているのですが、隣の高知の「宮本珊瑚」とは、親父殿の時代からの古い古い付き合い。

昨晩、準備に会場に着くと、懐かしい宮本親子が居るので御挨拶をしました。
息子の方は、偶に会うこともありますが、お母様とは十年振りくらいになるだろうか。
ところが、妙によそよそしい。
どうも私のことが解らなくて、「あの人誰?」と息子に聞いている様子だ。
「大川さんだよ!」という息子の声が聞こえるやいなや、「あらぁー久しぶりやねぇ」と、私に声をようやくかけて下さった。

さもありなん。
首回りも袖丈も変わったように、私の体型は大きく変わりましたからね。

ある日、地元で、高校の同級生が経営している喫茶店に、久しぶりに入った。
奥さんがテーブルに来て注文を聞いてくれたのですが、どうしたことか、挨拶がない。
珈琲を持ってきてくれても、挨拶がない。
30分ほどしてその奥さんが、私の所に飛んできて、「ひょっとして大川さん?」と言って絶句。
「あまりに変わったので、解らなかったのよぉー」ですって。

これだもの、宮本のお母さんが解らなくても仕方がないのです。

若い頃は身長172㎝、体重51㎏。
現在、身長172㎝弱、体重68㎏。
元が痩せ過ぎなのであります!

宮本珊瑚のお母さんとお父さんとは、我が家は真に親しい間柄で、弟の結婚式にも出席していただいているほど。
社員のサッチャンも、親父達の飲み仲間。
毎晩のように一緒に遊んでいたのです。

ここで再会できたのも、何かの縁。
またお互い、協力し合えれば良いなと思う。

並べている商品を、じっくりと見させていただいたが、どんな珊瑚屋さんにも負けない商品力を身につけましたね。
随分変わりました。
ぼけ珊瑚のすばらしいネックレスを見させていただいたが、今時、あれほどの品物を持っている珊瑚屋さんは、そうは居ないでしょう。
企業努力をしているのがよく分かります。
私の宮本珊瑚に対するイメージも、大分変わりましたね。


さて、肝心の商売の方ですが、町田としては上出来v
文句ありません。

明日からは、三女がアルバイトで販売の手伝いに来てくれる。
これは、商売を別にして、楽しみなことだな。

2008年6月17日 (火)

町田へ

町田に来ております。

明日から小田急百貨店町田店7階「匠の技」のコーナーでお仕事。
今日はその準備の日なのです。

朝はいつものように、風間君のお迎えで閑馬へ。
直ぐに2階に上がって、「花宇宙展」のチラシとポスターを印刷し、工房のお客様へのDMを作っていたら、あっという間にお出かけの時間。

担当の高原君に電話したら、「夜の7時頃から準備できます」というから、慌てて特急に乗り込んで町田に19:25に着いた。
ところが待てど暮らせど、什器の準備が出来ない。
終わってみればもう夜の10時だ。
慌ててホテルにチェックイン。

「博多ラーメン」と看板に書いてあるラーメン屋で、太麺のラーメンを食べて、部屋で赤ワインの安酒をやっつけながら、ほっと一息ついております。
果たして明日からどうなりますやら。

ここは三度目。
過去の二度は惨敗。
今回は、少しお客様が出来ましたから、過去の成績は超えるだろうと思っています。

6月は、いつも長崎と鹿児島に行っておりました。
二つとも止めてしまった。

理由は、売り上げもある。
最大の理由は、大好きな長崎には、藍染めが2社出店していたこと。
鹿児島は、嫌いになったことです。
いや、大嫌いになった。
あの百貨店には、二度と参りません。

因みに、長崎では、2軒とも止めて、新しい藍染め屋さんが出展しているらしい。
業者はいくらでもおりますね。

2008年6月16日 (月)

紺邑イベントのご案内

花宇宙展

押し花を埋め込んだキャンドルの展示と教室

期日:平成20年6月27(金)~29日(日)
時間:午前10時~午後5時
場所:紺邑2階ギャラリー

押し花キャンドル教室
時間:午後2時より約2時間
会費:3,990円(税、材料費、レッスン料含む)
(かわいいクローバーのフローティング・キャンドルのプレゼントがつきます)

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こんなかわいらしい、オリジナルのキャンドルを作りませんか!

作者・講師:村井逸久真
武蔵野美術大学講師等を経て、1990年10月《花宇宙》設立。スコットランド・スカイ島で習得した押し花キャンドルの技法を独自で開発・改良を加え現在に至る。

申込先
紺邑
〒327-0321 栃木県佐野市閑馬町1010
℡0283-65-8884 Fax0283-65-8885
mail:kon.yu@mbc.nifty.com

紺邑の新作展も同時開催いたします。
どうぞ、気楽にお越し下さいませ。

東京から閑馬へ

東京は原宿の表参道で開かれている、知り合いの個展に行って参りました。
八月辺り、紺邑でも展示会をしていただこうかと思っている、ビーズ細工の方。
また改めてご紹介します。

そのまま、染める素材探し。
久々に、歩きに歩きました。

お昼も食べずに帰ってきて、閑馬へ。

Dscf1755_2 この間風間君が踏んだ藍甕が、ものすごく良い感じです。

やはり藍建ては、「すくも」と「水」と「灰」が肝心だと、つくづく思いますね。

その様子は、まとめてご紹介しようと思っております。

東京から帰り、駅を出ましたら、向こうから村井さん達が駅に向かってくる。

これから池袋三越で展示会だそうな。

入れ違いですが、
帰ってきたら、紺邑で展示会とお教室を開催します。

これも、追ってご紹介しますので、参加できる方は是非紺邑までお越し下さいませ。

楽しい一時と作品作りをお約束いたします。

2008年6月15日 (日)

閑馬の日曜日 「逝く人来たる人」

ただいま帰宅。
時刻は23:58。

沢山の出来事があって書ききれませんので、明日の朝といたします。
これから寝酒v

さて、改めまして…

日曜日は原則として、藍を休ませるために、染めはいたしません。
しかし、私たち夫婦は、休むことを休んで、働くことにしております。
幸い、ひろこさんが工房に居るので、遅い出社で済むのがありがたい。

お世話になった人の葬式のため、喪服を持って閑馬に行きました。
普段、ネクタイをつける生活から縁遠いので、気が付いたらワイシャツがない。
買えばいいや!って気楽なもので、私たちの住まいの目の前に、紳士服の「コナカ」があるのです。
サイズを測ってもらったら、首回り41㎝、袖丈82㎝のLサイズ。
その昔は、首回り37㎝、袖丈80㎝でありました。
成長の跡が歴然であります。

カミサンを閑馬に残し、一路斎場へ向かう。

須花峠を超え、名草の峠を超え、松田に入り、その沢沿いに左折すると、目指す斎場に着くのですが、峠越えをせずに町の中を行けば、多分50分以上掛かるところが、峠越えですと20分掛からない。
この辺りに昔から、峠越えの交流と文化があることが頷けます。

斎場につき、受付に参りますと、さすがに皆さん知り合いだらけ。
当たり前のことで、私の生まれ育った所の隣組の方々ですからね。
到着が遅かったらしく、親族の席の一番後ろに座ることになり、焼香も最後になってしまいました。

訳あって、私が現れることは、なんといいましょうか、意外と思われなくもない。
しかし、世話になった人と私の関係は、個人的なことでもあり、葬儀に行かない理由などありませんから、駆け付けたわけです。

久しぶりに会う人達は、故人の家族を始め、懐かしい限り。

本家の進君に何十年ぶりにあっただろうか。
面影は変わらない。
葬式なのに、「昔から思っていたけれど、コーちゃん(私のこと)はポール・アンカに良く似ているねぇー。年取ったら年取ったように似てきた」なんて言う。
その昔、ポール・アンカがスーパーニッカのコマーシャルをしていた頃、電車の中吊りの写真を見たある人が、「大川さんの写真があった」と言うくらいなものでありましたね。

とにかく親戚始め、ご近所の方々と親しくお話も出来た。
皆さん、「貫禄が付いたね」とおっしゃる。
私は、「太っただけですよ」と申し上げたが、やはり私自身にも、彼らにそう言わせる変化があったにちがいとも思っております。
やはり、自分の藍染めを実践しているという確信の様なものが、私にはありますからね。
そう思える自分にも、気が付いた。
やはり人は、我が身を映す鏡かも知れません。

お客様がご来店とのことで、急いで閑馬に帰りました。

宇都宮から、お馴染みの近嵐さん親子がお見えになっておりました。
それも親子三代。
若いおばあちゃんに、若いお母さんに、幼子。
Dscf1738_2_2 この子の名は、「心々絆」と書いて「ここな」と言います。
私たちには未だに孫がない。
それでも四人育てましたから、子供のことがだいたい解るつもりですが、この子はすばらしいな。
キリッとした表情。
明るい笑い声。
強い身体の動きと大きさとバランス。
よい子を授かりましたねぇー!

葬儀から帰り、新しい命に出会えた事は、すばらしい喜びでありました。

土曜日から「閑馬農業部」が泊まり込みで田んぼ仕事をしている。
Dscf1735_2_2 葬式に行く前に、この間と同じように陣中見舞いに行って参りました。
今回は大勢でしたから、二反歩の田んぼを手植えしたらしい。
一所懸命ですが、楽しんでいる様子。Dscf1739_2_2
部長の太田さんの姿も見える。

紺邑にも来て、一番上の段の畑に、大豆を植えていった。
それを指導している人は画家で、なんと青森から、それも高速道路を使わず、一般道を走って車で閑馬まで来たとのこと。
理由を聞けば、「高速道路は何も見えないから」と言う。
なるほど、画家らしい言葉ですね。
高速道路を運転して移動することは、時間は縮まるが、薄まることでもあろうかと私も思う。
藍染めに通じるお話でもあり、感性だろう思います。

その間、栃木市からのお客様もお見送りし、気が付けばもう夕方の7時だ。

実は、カミサンも私も、ご飯を食べておりません。
私はともかく、さすがのカミサンも空腹を訴えている。
こんな事は滅多にないのです。
ところが、来週の小田急百貨店用の荷物の出荷をしなければなりません。
体力が無い、気力がない、腹も減った。
家のお母さんにも食べさせなくてはならない。

考えた末、一度帰ってお腹に何か入れて、また閑馬に戻って荷造りすることにしました。
これまたひろこさんが居てくれますから、心強い。

閑馬に戻ったのは9時近かったでしょうか。
それから荷造りし、ちょっと用事が出来て、工房を建ててくださった石川さんと打ち合わせをし、ようやく帰ってきたと、こういう一日だったのであります。

閑馬の土曜日

宮城・岩手内陸地震で、宮城県栗原市も大変なことになっているようです。
「正藍冷染」の千葉家も、其所に在るはず。
無事を祈るばかりです。

神戸の地震の時は、朝早かった。
その日は横浜高島屋の「伝統展」の準備の日で、朝5時頃家を車で出発。
ラジオをつけると、大きな地震があった様子。
横浜に近づくにつれて、災害の規模が大きくなって行く。
会場に行くと、西の人達はまだ着いていない。
大変な一日だったことを想い出しました。

さて、土曜日はイッセイ君がお休みでした。
久しぶりに風間君と二人きりで藍染め。

大阪で私が藍染めの話をしておりますと、お馴染みのお客様なのに、「どう見ても聞いても、あんたは職人とは思えない」とおっしゃる方がいらした。
それでも、綿の反物をお買い求め頂いたのですが、「これ、本当にあんたが染めたの?それじゃぁ気を引き締めて使わなきゃ!あたしは物作りをちゃんとしている人は大切にしてきたからね」と、そんなことを大阪弁でしゃべっていらっしゃいました。
人間国宝の物も沢山お持ちだとか。

Dscf1733_2 これがいつもの染め場の格好です。

大阪の方にも、「まるで魚屋のような格好で染めてますから、一度関東にお出でなさいな」とは言いましたが、ブログでも紹介しておきます。

私は腕まで染まっておりますが、風間君は手だけだ。
それは、役割と染め方が違うからです。

今日の風間君は、「踏み練り」をした。
Dscf1730_2 昨日、イッセイ君が空にし、すくもを二俵入れ、熱い灰汁を入れておいたコンクリート製の藍甕に入り、足で踏んですくもを練る作業です。

ちょうど宇都宮から米田さんご夫妻がいらしたので、それをお見せいたしました。

米田さんは飛行機を作る技術者ですから、質問も的確で話していてこちらが勉強になる珍しいお方。
「どのくらい練るのですか?」との質問に、「24時間練り続ける」と私が言うとギョッとなさったが、「っと、そんな気持ちで練るのですよ」と続けますと、「なるほど」と安心なさった様子。

藍建てから染め・洗いまで、紺邑の藍染めの大凡をご覧いただけた一日でした。

東京からも、ひろこさんのお友達がバスでいらした。
私が藍染めの説明をしましたが、話の内容など記憶になく、ただただ「きれい」とおっしゃってお帰りになったそうな。
大きなお買い物をなさって下さったそうですが、ありがたいお話でありますね。

職人仕事は、結果が全てで、理屈なんて屁の役にも立ちません。

帰りましてサッカーを見て、一安心したら眠気が差し、そのまま次の日の朝を迎えたという次第であります。

2008年6月13日 (金)

今は昔

今日は様々なことがあった一日でありました。

朝工房で、風間君が「藍建てをしたい」という。
昨年の12月に仕込んだコンクリートの大甕が寿命だという。
その通りだから、先ずは液を捨て、すくもを捨てる作業をいたしました。
  
Dscf1702_2 イッセイ君のやっている作業は、ポンプで藍液を取り出しているところ。

昔は、バキュームカーを呼んで、液もすくもも、掻き出して貰っておりました。

幸い今は、ポンプで済んでおります。

藍建てについて、詳しい行程は、後ほどといたします。

一昨日、赤木りえ達が北海道に発った後、カミサンと二人で仕事の段取りを打ち合わし、昼飯を取っているとき、地元の新聞を見ておりましたら、世話になった父の従兄弟の奥さんが亡くなったという記事を見つけた。
遠い親戚だと思うでしょうが、田舎のことですから、親しいお付き合いでありました。

彼女の居た家を、「親家(しんや)」と我が大川家では言う。
つまり、本来なら本家(親の家)であると言うことです。
縁あって其所に嫁ぎ、古い家のことですから様々に苦労をなさった。
カミサンとも仲が良く、お世話になりました。
明日が通夜で、明後日が本葬とのこと。

今日、偶々隣町の桐生に所用が出来たので、帰りにお線香でも上げようと寄ってみましたが、遺体はここになく、葬儀場だというので諦めました。
明日の通夜に参ります。
三軒隣が、私が生まれた家であり、名の知られた「藍愛工房」のあったところ。

Dscf1724_2 テレビや雑誌でも紹介されたお馴染みの川ですが、お気づきかどうか、水車も藍を洗う水場もありません。

川沿いにある蔵のあるところが、私の生まれ育った家であり、藍愛工房でもあります。


 
   

Dscf1727_3 藍愛工房の展示室は残っておりますが、写真手前の右側に染め場がありました。
私の子供の頃の勉強部屋でもありました。
今は更地です。

栄枯盛衰と言いますが、現世でそれを味わうことは、感慨深いですね。
 
  

写真を撮っていると、数年ぶりに隣の家の主にお会いしました。
親父殿の従兄弟。
先の大戦の生き残りで、フィリピン帰りです。
彼の人生には厭世観が漂うし、私には昔から「今の人生はおまけだ」と語っていた人。

聞けば、私の幼なじみで、彼の弟の息子で、我が又従兄弟の奥さんが若くして亡くなったという。
どうも、世の移ろいを感じざるを得ません。

Dscf1728_2夕飯の買い物は、同級生で幼なじみの「ターボー」の店で済ませました。
通称「魚屋」!
売っている物は、現代のコンビニの様に、何でもここで買えた。
外にはサンマや鯵が干物にされていて、鮭は文字通りの「塩鮭」。

三女が小学校の作文で、「魚屋で大根を買いました」と書いて、先生に注意されましたが、本当に大根を売っていたのです。
閑馬の「うおよし」と同じです。

この場所に、無意識に立てる自分を発見し、新鮮な感慨に浸ることが出来ました。

2008年6月12日 (木)

スカーフのかご染め の2

名和さんからのリクエストで、スカーフのかご染めの写真を載せなければならなかったのに、カメラの調子が悪くて、仕方なく携帯のカメラで撮った物をお見せすることにします。

20080611202015_2 お分かりになるだろうか。

藍の付いているところは、竹目のところ。

藍が付いていないところは、竹のところ。

其処にどう詰めるかが、柄だしのコツ。

慣れないと想像力も働かない。

藍が弱いと、染まってくれない。

簡単なようで、そうでもない。

これを10枚染めましたが、二日掛かってしまいました。

20080611201906_2 Tシャツのかご染めをついでにご紹介します。

胸の大きめな花柄は、意識的にだしております。

写真はやはり携帯ですし、夜ですから、ただでさへへたくそな私が撮ったので、何ともいえない出来映えでござりまするなぁー(涙

合宿

一昨夜は飲み過ぎ。
朝早くは起きましたが、さすがに染める体力がない。
風間君とイッセイ君に任せて休息。

11時にりえ達をホテルに迎えに行き、三人を閑馬に連れてきた。
風間君、イッセイ君、菅沼さん、小林さんが勢揃いしていたので、みんなに紹介。
しばし閑馬の自然を楽しみ、前回来たときはお休みだった飛駒のカフェ・ブロッサムで昼食。
たぶんその様子は、岡本君のブログに詳しくかかれるだろうと思う。
ラムと豚肉の塩漬けで舌鼓を打ち、大満足で閑馬に帰って来て、ワインを飲んだギターリスト二人は、紺邑の2階でお昼寝。
りえは閑馬をウォーキング。

私は、閑馬小学校の校長先生が料理研究家の先生を連れて入らしたので、教育と子育て談義。
校長先生もすばらしい人ですが、72歳になるというこの料理研究家の女性もたいしたひとでしたね。
話の内容も勉強になりましたが、立ち居振る舞いや話の聴き方なども勉強になった。
誠にありがたい出会いでありました。

20080611195935_2 そうこうしている内に、練習が始まった。
熱心な物だが、当たり前のことでもある。
明日からの北海道巡業のためであるらしい。
それを聞きながら、今度は私が昼寝。

練習がいつまでたっても終わらないが、腹は減る。
夜は、カミサンが揃えてくれた食材で、紺邑の2階で五人で夕飯。
ビール飲んで焼酎飲んで、また宴会。
良くしゃべり、よく飲んで五人で雑魚寝。
まるで合宿の様だ。
話の内容は多岐にわたり、とても書けた物じゃない。
みんな良くしゃべるが、特にカミサンがすごかったな。

もちろんパソコンに向かう時間もなく、朝早くに起きてこれを書いております。
外は雷雨。
この辺りでは当たり前の雷ですが、三人は慣れないからびっくりして起きて参りました。
まるで地響きの様ですからね。

彼らは羽田から北海道に向かい、私は、また日常の生活に戻ります。

2008年6月11日 (水)

キエレス・マテ

私の朝は、六時半の起床から始まります。
それが早いか遅いかはともかく、肉体労働者だから、夜遅くまで起きていることは出来ません。
昨夜は夜遅くまで宴会をやりまして、とてもじゃないが、パソコンを開けませんでした。

「キエレス・マテ」という、フルートの赤木りえ、アコースティック・ギターの宮野弘紀岡本博文という三人で、二年前に結成されたユニットのライブが、佐野市でありました。
会場は、閑馬農業部マネージャー(?)の経営するレストラン「トリニティー」。
私としては、すてきな演奏を聴けて、誠に結構な一時でありました。
宴会とは、その打ち上げの事であります。

赤木りえは、日本を代表するフルーティスト。
宮野弘紀は、日本のアコースティック音楽界の牽引者。
岡本博文は、京都在住の新進気鋭とでも言いましょうかね。

この三人が佐野でライブするなんて、ありがたいことだとは思うが、なかなか分かっていただけません。
それでも、ライブに参加された皆さんにはお楽しみ頂いたと思いますし、こういう事は、分かる人が分かり、感じられる人が感じられれば良いことだ。
我が子も、三女と長男が聴衆として参加。
打ち上げにも参加。
すばらしい経験になった事でしょう。
出来れば佐野市民に、もう少し広く呼びかけたいところではありましたが、私に出来ることは、今のところこれくらい。
りえ達には、これで勘弁してもらいます。

りえと宮野君は古い付き合い。
岡本君とは二度目だが、実はミクシィの方で親しくしております。

彼の演奏を聴くのは一年ぶりだが、変貌を遂げましたね。
ずいぶん変わったと、私は思います。
宮野君は「進化したでしょ」と言ったが、そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれない。
こういう言い方は変でしょうが、今の岡本君も良いが、一年前も良かったと言うことです。
変化は岡本君自身の問題でしょうから、聞き手の私は、それぞれを楽しめれば良いことだと思うのです。
セブンイレブンに行きますと、彼の演奏が流れておりますから、ちょっと注意をして聞いてみてくださいな。

私は、ライブのお手伝いした訳ですが、昔なら、ああすれば良かった、こうすれば良かったと反省した物ですが、今となってはそんなつまらない事はしやしません。
楽しみ、感謝するだけです。

2008年6月 9日 (月)

スカーフのかご染め

はたまた、さて、今日も今日とて風間君と出社。
昨日やり残した「スカーフのかご染め」の準備をいたしました。

名和さんからメールがあって、「スカーフのかご染め」が解らないから説明せよとの仰せ。
確かに紺邑は、かご染めをしていませんでしたね。

かご染め」とは、我が親父殿が始めた染め方。
その説明は、このブログでいたしました。

写真で見せてとの仰せでもありましたが、気が付いてみれば撮り忘れました。
明日、お見せすることにいたしましょう。
割合、上手くできたと思います。

今日は一日中不安定な天気。
夕方には雷雨があり、工房も一時停電しました。

だからこその風景です。
Dscf1696_2 紺邑の裏山ですが、こういう風景は滅多に見られません。

帰り際に車に乗ろうとしたカミサンが、「わぁー!きれい」と言うから撮った写真です。

なかなかこういう風景は無いと思いますし、私共も初めてですね。

Dscf1697_2 紺邑の前に見える山も、まるで深山の様な趣であります。

87才になる母も、感動しきり。

私も言葉が出ません。

こんな光景が見られて、ありがたいことでした。

明日は、赤木りえ達のライブがあります。
午前中に、染めの準備だけはしなくてはなりません。

こころ

さて、昨日の悲惨な事件が頭を離れません。
第一報を聞いたとき、我が子達を思った。
これは、親として当たり前のことだ。

秋葉原と聞いて、一安心。
多分、家の子供達は行っていることが無いでしょうから。

我が子を思えば、人の子も思うし、その親も思える。
思えれば、人を殺すようなことなど出来ようがありませんね。
人の痛みも悲しみ喜びも、解りますからね。
解らない奴は、人殺しとなる。

こいつ(犯人)には「こころ」がありません。
「こころ」を失っているのは、この人殺しだけでは無いことを、日本人は自覚しなくてはならないと私は考えております。
親が子を殺し、子が親を殺し、子が子を殺す時代なのですから。

日本人が「こころ」を取り戻す事。
それは、藍染めに通ずる事だと、私は信じております。

2008年6月 8日 (日)

春の閑馬

日曜日の今日は、幸い雨も降らず、のどかな一日でありました。
スカーフのかご染めが残っていたので、一人で染めようと思いましたが、本日は藍を休ませることにし、灰作りと草刈りの一日といたしました。

閑馬農業部」が、朝八時から田植えに来ているらしいので陣中見舞いに。
見舞いと言っても、唯の冷やかしですけれどね。
Dscf1692_2_2 若いからでしょうが、まあー元気だ事。
手で田植えをしたそうですが、教えた久保さん自身が、何十年ぶりという作業。
今時珍しい体験をしていったそうな。
来週は、15人くらい来て、合宿するそうです。

閑馬は梅雨とは言え、春真っ盛り。
ウグイスやホトトギスなどの小鳥の声が聞こえてくる。

Dscf1678_2_3 庭に咲く白鳥草。

村井さん達に植えていただいた物が、真っ盛りです。

ここに蝶や蜂が蜜を吸いに来ている。

それをめでるのも一興。

閑馬は良いなと思う。

そんな風情を楽しんでいると、「パーン!」という銃声が聞こえて来た。
害獣駆除か、雉子でも狩っているのでしょうかね。

灰は3キロくらいは取れたでしょうか。

それでも、クタクタだぁー!
って、気持ちよい疲れでございます。

2008年6月 7日 (土)

万年青(おもと)

いつものように、風間君に迎えに来て貰って閑馬へ。
朝八時少し過ぎについて、染めの準備。
一番忙しい時です。

9時半になって、未だ準備の途中でしたが、濃紺の車が入ってきて、降りていらしたのが、千葉は船橋の宇野澤さんご夫妻。

Dscf1669_2_2 先月船橋東武に参りましたとき、一緒に魚を食べに行った事はブログに書きましたが、その時、今日のご来訪を約束しておりました。

お家の庭の「万年青(おもと)」を、分けてくださるという。
それも、閑馬までいらして、お二人で植えてくださると言うのですから、感謝しかありません。

「おもと」は「万年青」と書くわけですから、紺屋の紺邑にはぴったり。
もちろん、それだからこそ宇野澤さんは来て下さった訳です。

幸い、雨も降っていない。
その代わり、日差しがきつい。

Dscf1674_2 Dscf1673_2_3 藍の布をお二人に被っていただきました。
これで、大分日差しが和らぐ。
カミサン曰わく「安寿と厨子王」と書いて!
「厨子王の王は、もちろん翁だからね」なんてね。
Dscf1675_2_2 結果はこんな風になりました。
放っておいても「万年青」は生えるそうで、紺邑としても縁起がよい。
宇野澤さんご夫妻には、感謝感謝です。

 
お昼はいつものように、閑馬の蕎麦屋の久保さん家(ち)。
久保さんにはお世話になり放しだけれど、その縁も、宇野澤さんご夫妻に作っていただいた。
昨年、工房オープンの日の朝一番に宇野澤さんご夫妻がお出でになり、お昼を久保さんの蕎麦屋さんでお取りになった。
そこで紺邑の話になり、久保さんから差し入れが届いたのが、お付き合いの始まりと言うわけです。

久保さん家(ち)には、近所の工場の社長や紺邑のお客様もいらして、皆さん帰りに紺邑にお寄りになり、村井さんと大山さんも、紺邑の庭の手入れにいらして、賑やかに午後は過ぎて行きました。

 
帰りしなに、昔からお世話になっている、近くの礒さんのお家により、新じゃがとタマネギをいただいて参りました。
Dscf1684_2 磯さんの家は、まるでお花畑。
それも、観賞用と言うより、食用か飲料用。
ハーブが多いのです。

紺邑の一番上の土地は、ハーブを主体とした畑にしたいと思っておりますが、「その時は、絶対私に任せてちょうだい」と磯さんはおっしゃって下さる。

磯さんは未だ現役ですが、引退後、紺邑でハーブ栽培なんてすてきだと、私たちも思っています。
因みにお召しになっているTシャツは、十何年も前に私が染めた物。
親父殿の工房の大常連で、長いお付き合いなのです。

今晩はこれからサッカーのワールドカップ予選が夜中にある。
応援のために、体調を整えなければなりません。

追伸
大阪の名和さんから、お菓子と手紙が届きました。
このブログに関して最初は、「あんな事書いて、良く首にならないね」と。
二回目はお手紙で、「ブログ楽しみにしてますが、たまには笑えるのもお願いします」と。
この間は、「お酒を飲むなら、ブログを書いてからにして」と。
今回は、「寝る前にブログを見て、更新されていないとがっかり。次の日の朝、まだ書いてないとまたがっかり」って書いてあった。

ブログを書き続ける励みになりましたね(^^)/

2008年6月 6日 (金)

梅エキスと肉と

今日は、朝から染めに励みました。
最後は甕の攪拌までした。
少しはやせたかな!?

14mの正絹の反物の染めが課題で残っておりまして、斑や焼けや何やらで、ちょいと頭が痛い。
さあ、これを如何に修復するか!
やるだけのことはやってみようと思います。

庭の梅の木に実がたわわに実り、その重さで枝が折れた程。
折れた枝の実を集め、菅沼さんが梅エキスを作ってくれるというので、みんなで収穫に行くと、どうも既に取られてしまって実がない。
残った枝の実を落として、それでも十分な数が採れたらしい。
次回の旅からは、菅沼さんお手製の梅エキスを持参いたします。
身体に良いらしい。

 
仕立ての金井さん、お直しの三井さんや、宅急便を回ってから夕飯のお買い物。
私は買い物嫌いだけれど、食べ物だけは大好き。
野菜、魚、肉、お酒の順番。
肉は、昔から豚肉が大好きで、35年くらい前は黒豚専門。
当時、三枚肉が130円だった。

肉は「肉屋」で買うに限ります。
国産豚肉の三枚が、今でも130円。
これがスーパーに行くと、190円くらいする。

なんでスーパーなんかで買うのでしょうね。
街場の肉屋の方が、余程や安くて美味しいのに。
これは、我が町だけのことかな?

料理はカミサン任せだから、減った腹を我慢して、待っているところです。
腹減ったよぉー!

2008年6月 5日 (木)

ただの日記

昨日の昼寝のお陰で疲れも取れ、朝早く気持ちよく起きて、さぁー工房に行こうとしたら、カミサンに「銀行は?」と言われ、社長業をせざるを得なくなった。

銀行を回ってから工房に行くと、風間君が、竹かごにスカーフを詰めているところ。
直ぐに代わって私が詰め、詰め終わったところで、今度は縫製屋さん回り。

どうも、野暮用、いやいやそんなことを言ってはいけませんが、染め以外の仕事というのが忙しい。
まぁ、三週間ぶりに帰ってきたのですから仕方ない。

それでも、二時半頃には戻りまして、かご染めだけを最後まで受け持った。

今月は、無地以外の変わった染めを、私が受け持とうと思っております。

藍の調子も甕によりけりですが、染めることが出来ないと言うことがない。

それだけでも、ありがたいこと。

ちょいと前までは、全く染められない日がありましたのでね。

明日も早起きですから、酒も程ほどに、っと思いますが、寒いので進んでしまうかも知れません。
節制の自信はありませんね。

2008年6月 4日 (水)

昼寝

ここのところの私の夢は、昼寝をたっぷり取ること。

浅草に泊まり、お昼頃帰って参りました。
カミサンもそれに合わせて帰宅。
お昼を美味しく頂き、そのまま我が布団の中へ。

気付いたら夕方の五時半。
寝覚めもすっきり。

本当に久々の休息を取らせていただきました。

明日からは、しっかりと染めに励む所存。

ありがたやありがたや!

2008年6月 3日 (火)

08/6浜松通信vol.6

遂に浜松最終日。
上の階の「伝統展」は昨日で終わり、今日は「華展」の準備日。
催事のない日は、百貨店は実に閑かです。

私の売り上げ最低目標まで、普通の百貨店ならば大変ですが、遠鉄の場合だと、可能性は十分いうところまで来ているのですが、この分だと難しそうだと思いましたね。
それでもお客様はボチボチと来て下さり、「よるみち」のママもちょいとお買い物をして下さったりで、終わる頃には、本当に、あとわずかの所まで来ました。

遂に時間が来て片付けを始めたら、昨日見ていらしたお客様が、「あのシルクのストールは未だあるかしら?」と来て下さった。
待ってましたとばかりに、片付けた荷物を開き、お見せすると、「いただくわ」!
めでたく最低目標は達成!

本当に「待てば海路の日和あり」であります。
浜松遠鉄百貨店にご来店の皆様、真にありがとうございました<(_ _)>

これで、三週間のツアーが終了しましたが、五月は満足な成績でありました。
少しずつ、閑馬の効果が出てきているように思います。
6月は染めに勤しみ、最重要月の7月に備えます。
 

東京まで帰ってきたのですが、最終電車に間に合わず、浅草のホテルに入りました。
この間のホテルが気に入っていたのですが、本日は満室。
しかたなく、別なホテルを取った。
行ってみると、予約が入っていないという。
ネットで取ったので、予約確認メールを見せると、ありゃ!ホテルが違う。
そのフロントは、親切にもこのホテルを教えて下さり、ちょいと歩きましたが無事到着。
このホテルも気に入りました。
地下に大浴場とサウナがある。
浴衣とスリッパでよいそうですので、これから旅の疲れを取って参りますですぅ~!

 
サウナに入って参りました。
ちゃんとしたサウナと大浴場で、普段は入浴料を取る。
受付もいるし、ロッカーもあるし、休憩室もある。
大汗をかいて参りました。
これからマッサージを頼みまして、ちょいと贅沢を味わおうと思っておりますですぅ~(^^)/

 
マッサージをして貰いました。
もういけません。
寝ますですぅ~(-_-)zzz

2008年6月 2日 (月)

08/6浜松通信vol.5

浜松五日目。

今日も歩いて出勤。
ここのところ、まじめに歩いています。

着いたとたん、忘れ物に気付き、開店してからホテルに戻りました。
その間に、約束していた広島は熊野の化粧筆「花こすめ」の営業担当が入らしたらしく、私に会わないうちに、深見君と話が始まっておりました。
なんで私を待てなかったか、連絡をしなかったのかと思いましたが、もう遅い。
物事には、筋というものがあるのにと思いましたが、仕方ありません。
少しお話ししようと思いましたが、次の約束があるとのことで、私と話しもせずにお帰りになってしまいました。
なんで私に頼んできたのでしょうかね。
もったいないことだ。
「なにか催事があったら使ってください」なんていう営業じゃぁー、先が思いやられます。

今日は、全く閑かな立ち上がりで、お客様にも全く手応えがない。
馬塚さんとも、「今日は厳しいね」「今までが順調過ぎたのよ」「こんな日もあるな」なんて話をしていたら、何となくお客様に恵まれ、そこそこの成績。
ありがたいことであります。

「日本の伝統展」は、今日が最終日。
保多織りの岩部さんを、このブログで取り上げようと写真を撮りに行ったら、お客様が長い間いらしてそれどころじゃなかった。
皆さんにお別れの挨拶させていただきましたが、今度いつ会えるか、分からない人達ばかりであります。

今日はサッカーワールドカップ予選のオマーン戦のある日。
少々早めに仕事場を出まして、ホテルに入り、真剣に応援。
お陰様で勝たせていただきました。
とても良い試合だったと思います。

これで、安心して寝られます。

2008年6月 1日 (日)

08/6浜松通信vol.4

浜松四日目。

紺邑は7階におります。
同じ階に「友の会」のカウンターがありまして、お客様が一年間月々積み立てをし、13ヶ月分が使えるという仕組み。
5,000円の積み立てなら、65,000円となるわけです。

今日は、その満期の日。
ですから、カウンターは人だかり。
受付は番号札が発行され、皆さん、長時間待たされますので、近くの紺邑で暇つぶしをなさる。

そのうちのお一人が、大きな興味を持たれ、私も実演を交えて藍染めの説明をした。
「ちょっと待ってて」とおっしゃって、友の会の満期になったカードをお持ちになり、それも月々○○円の積み立てを一年続けた物を全て使い切り、足らずに現金を出されるという大きな買い物をしていただいた。
そしてすっきりしたように、「全部使っちゃった!」とおっしゃってお帰りになりました。
これが午前中で、後は全く手応えが無い。
人だけは多い、という時間が過ぎて行きます。
一日の最低目標は立てておりますが、それには大分足りない。
ところが夕方になって、店内が落ち着いた頃に、バタバタと決まりまして、目標は達成しました。

結果はまたしても、可もなく不可もない、そして誇れるほどでもない成績。
安定しておりますね。

夜は、新しい担当マネージャーの鎌田さんと、旧担当の中野君、新しい女性担当となった鈴木君に、深見君と上司の徳田さんを入れて会食。
情報交換をし、今後のクリエイティブ工房の発展を期しました。

深見君に奢るという約束の、わずかを達成!
これで少し、肩の荷が降りました。

08/5浜松通信vol.3 ライブ

浜松三日目。

販売お手伝いの馬塚さんが、検査のためにお休み。
私一人で、売り場近くにいる社員達に助けられながら、一日過ごしました。

馬塚さんは、いわゆる良いところの奥様。
働くことを必要としないのでしょうが、専業主婦では納まらないのかも知れません。
販売がお上手です。
生まれも育ちも、私のふるさとの近くで、気が合う。

一人でしたが、成績は一番の日。
それでもやはり、可もなく不可もなく、誇れるほどのものでもありません。
他の百貨店なら、たいした成績なのですけれど、遠鉄ですからね。

夜七時になりまして、遠鉄のバスケこと北野が迎えに来て、私が日本で唯一行くスナック「よるみち」に向かいました。
彼は外商ですし、ママさんが担当でもあり、紺邑のお客様でもあって、大きなベッドカバーをご注文いただいていて、それを持って行くのと、ライブがあるので、そのチケットを買わされたのです。

さて着いてみると、ドア向こうから、ギターの音と変な女性の声が聞こえて来た。
まさかと思ったら、この女性の歌を聴くライブ。
テーブル席に座り、聞かされましたが、参りましたね。

やがて一部が終わり、やれやれと思ったら二部が始まり、今度は一部で聞き損ねた?ギターの弾き語りが始まった。
それもフォークソングで、吉田拓郎なんかをやっている。
その辺のストリートミュージシャンの方が余程よろしいと思いながらも、拍手をしながら聞く。

次にギターのソロ。
この人はプロだ。
チック・コリアのSpainなんかを、ソロで弾いておりました。
酒飲み相手を意識しすぎたパフォーマンスで品はないが、でも、しっかりとした演奏を聴かせて貰った。

続いてまた、あの女性歌手が出てきてシャンソンを歌い出した。
これはあまりに酷いし、こんな人がお金を取るから、素人が図に乗るのですな。
聴衆もその頃は酒が入ってきて、ほとんど聞いていないし、途中、クリエイティブ工房を始めた中村君も合流したので、私たちも勝手に会話しだした。
かわいそうにも思うが、聞くに堪えません。

終わってカラオケタイム。
皆さん、憂さを晴らすかのように、歌っておりましたね。
私も歌わされたが、とにかく酔っぱらって帰ってきました。

しかしこの店のママさんは、こんな人達のライブで、それも結構な値段を取って店を満席にしてしまうのですからたいした物だ。
皮肉なしですよ。

それなりに楽しい時間ではありました。

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