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2008年6月13日 (金)

今は昔

一昨日、赤木りえ達が北海道に発った後、カミサンと二人で仕事の段取りを打ち合わし、昼飯を取っているとき、地元の新聞を見ておりましたら、世話になった父の従兄弟の奥さんが亡くなったという記事を見つけた。

遠い親戚だと思うでしょうが、田舎のことですから、親しいお付き合いでありました。

彼女の居た家を、「親家(しんや)」と我が大川家では言う。
つまり、本来なら本家(親の家)であると言うことです。
縁あって其所に嫁ぎ、古い家のことですから様々に苦労をなさった。
カミサンとも仲が良く、お世話になりました。
明日が通夜で、明後日が本葬とのこと。

今日、偶々隣町の桐生に所用が出来たので、帰りにお線香でも上げようと寄ってみましたが、遺体はここになく、葬儀場だというので諦めました。
明日の通夜に参ります。
三軒隣が、私が生まれた家であり、名の知られた「藍愛工房」のあったところ。

Dscf1724_2 テレビや雑誌でも紹介されたお馴染みの川ですが、お気づきかどうか、水車も藍を洗う水場もありません。

川沿いにある蔵のあるところが、私の生まれ育った家であり、藍愛工房でもあります。


 
   

Dscf1727_3 藍愛工房の展示室は残っておりますが、写真手前の右側に染め場がありました。
私の子供の頃の勉強部屋でもありました。
今は更地です。

栄枯盛衰と言いますが、現世でそれを味わうことは、感慨深いですね。
 
  

写真を撮っていると、数年ぶりに隣の家の主にお会いしました。
親父殿の従兄弟。
先の大戦の生き残りで、フィリピン帰りです。
彼の人生には厭世観が漂うし、私には昔から「今の人生はおまけだ」と語っていた人。

聞けば、私の幼なじみで、彼の弟の息子で、我が又従兄弟の奥さんが若くして亡くなったという。
どうも、世の移ろいを感じざるを得ません。

Dscf1728_2夕飯の買い物は、同級生で幼なじみの「ターボー」の店で済ませました。
通称「魚屋」!
売っている物は、現代のコンビニの様に、何でもここで買えた。
外にはサンマや鯵が干物にされていて、鮭は文字通りの「塩鮭」。

三女が小学校の作文で、「魚屋で大根を買いました」と書いて、先生に注意されましたが、本当に大根を売っていたのです。
閑馬の「うおよし」と同じです。

この場所に、無意識に立てる自分を発見し、新鮮な感慨に浸ることが出来ました。

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