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2008年8月

2008年8月31日 (日)

うめだ通信vol.5

うめだの五日目。
いつの間にか五日目。
どうも、書くことがない。
いや、あるのだけれど書きづらいのです。

全体の成績は、全く分からない。
多分、余り良くないのだろうとは感じる。
出展者達の話が、一桁違うと思えるほどです。

やはり、工事と雨が響いているのでしょうかね。

 
今日はお弁当でのんびり過ごします。
淵さん差し入れのワインでね。

2008年8月30日 (土)

うめだ通信vol.4

どうも、みんなの感想も「うめだらしくない」という物ですね。

しかし、昨年のデータを見ると、まあこんな物かというのは紺邑。

とにかく9時までの営業は、楽ではありません。

東急東横店は、それが一週間続く。

うめだ阪急は、日・月・火は八時までですから、まだ楽ですね、津田さん!

相変わらず、藍染に対する誤解が多い。

「やはり、最初は色落ちがするでしょ」
洗濯が困るのよね」
「おたくは、色が薄いね
栃木に藍染があるの」

最近は、一々角を立てないことにしました。
淡々と説明しますと、分からなくても買って下さいますね。

たった一人で寂しく夕飯を食べて、帰って参りました。

ちょっと首筋を痛めているようです。

心して休むことにします。

2008年8月29日 (金)

うめだ通信vol.3

うめだ三日目。

今日は、お馴染みに沢山来ていただきました。

淵さんは、親父殿が堺の高島屋に出ていた時代からのお付き合いで、かれこれ20年になる。
名和さんご夫妻にも、再来店いただいた。

新しいお客様も入らして、私が藍染について語りましたら、アナウンサーとのこと。
ちょいと赤面。
しかし、私のおしゃべりは天命ですから、めげずに次のお客様にも、藍染について語らせていただいた。

終わって、組紐の平井、人形の小島、印伝の前川、化粧ブラシの泉ちゃんと翡翠の廣川でしゃぶしゃぶ。

馬鹿言って騒いで帰って参りました。

久々に、ちゃんとした日記であります。

2008年8月28日 (木)

うめだ通信vol.2

うめだ二日目。

昨日の朝礼で、「朝、9時40分に朝礼をしますから、ここに集まってください」と担当が言った。
本日朝、言われたとおりに我々は集まったが、担当が誰一人として来ない。
止せばいいのに、企画会社の神田さんが、痺れを切らせて朝礼をやった。

終わって私が、「あのね、企画会社の人間が、勝手に朝礼をやっちゃぁーいけないよ。なんかの理由で遅れて、事務的な伝達事項があるとしたら、後から『朝礼をやります』なんて言うことになって、また、みんなを集めなければならなくなるよ」と言ったら、案の定、「朝礼をやります」と言うことになって、もう一度みんなが集まることになっちゃった。

まあ、朝礼の内容については、書くことはありますけれど、止めておきましょう。

仕事はまた、閑かに始まり、閑かに終わりました。
それでも全体の成績を聞きますと、まことにすばらしい数字の様でして、この辺りはさすがに、うめだ阪急でありますね。

お客様で特に印象深かった方は、我がパッチワークベストをしみじみとご覧になっていた方。
2 裏を返してまで、縫い目を丹念に調べている。
「ハハーーん!これは、デザインを盗みに来たな」と、私は感じた。
それにしても大胆な事なので、「パッチワークをおやりなら、ハギレもございますよ」と言うと、ニコッとなさるだけ。
しばらくして、それもおもむろに、「縫製が良いわねぇ。この間買ったベストは、高かったけれど、これほどじゃなかった。高い買い物だもの、ちゃんと調べないとね。その点、このベストは、色も良いけれど、仕立てもデザインもすばらしいわ。頂きます」と、なんとお買い上げ。

うれしかったですね。
苦労が報われた一瞬であります。
紺邑は寂しい成績ではあったけれど、心は豊かにさせていただきました。

終わり頃は、夕飯を何にしようかと、そればかりを考えている。
今日は、毎年行く、典型的な場末の中華屋で、餃子とラーメンにしようと思いましたが、結局は、ピータンと餃子と酢豚にご飯にビール大瓶一本をやっつけて参りました。

今日も、爆睡を期待したいと、フロにゆっくりと浸かり、ワインを飲みながらのブログでありますですよ。

2008年8月27日 (水)

うめだ通信vol.1

うめだ阪急の「匠の技」が始まりました。

うめだ阪急と言いますと、想い出すのが親父殿の話し。

「お客が押し寄せて来て、どうにもならなくなって『助けてくれー!』と言ったら、社員が手伝ってくれて何とかなった。それ程うちは売れてたのに、なんで出られないんだ」と言っておりました。

私は「あそこでは、売れるのが当たりまえだからじゃないの!?」と答えては見ましたが、それ程のお店。

そんなお店に出展させていただいているわけですが、私は、親父殿のような目に、残念ながら一度も遭ったことがありません。
今日も今日とて、閑かに幕が開きました。

原因は分かりませんが、大工事中だからというのが、大方の意見でありますね。
工事終了後が、楽しみです。

それにしても、昨夜午前2時近くにホテルに入り、2時半頃ベッドに入って5時に起き、シャワーを浴びて6時前に搬入し、という強行スケジュールですから、さすがに眠い。
閑かな幕開けも何も、眠気が差して仕方ない。
どうにもならなくて、3時過ぎに、お手伝いの梅津さんに「寝てきます」と言って、社員食堂で座りながら爆睡。
気が付くと、4時を過ぎていました。

慌てて売り場に戻りましたが、たいした変化もない。
それでも梅津さんには、商品を売っていただいておりました。
この方を信頼しているから、昼寝も出来るという物です。

梅津さんに休憩に行ってもらったが、さしたる変化もない。

ここは夜9時営業ですから、寝ていない身体に空腹は、とてもじゃないけれど絶えられませんので、今度は社員食堂内のコンビニで、カップラーメンを食べてきた。

食べ終わって売り場に帰ると、梅津さんが「大切なお客様がお見えですよ。いま小峰ラタンさんの所にいらっしゃいます」と言うから、直ぐにピンと来た。
小峰さんの所に行くと、案の定、名和さんご夫妻だ。

そこから、なんだーかんだ、あーだーこうだと騒がしく、静けさが突然変化し、賑やかな一時を過ごさせていただいた。

ご主人が、群馬県の館林で幼少を過ごされたと言うのは、初耳でしたね。
太田市の「どん龍様」や、館林の「つつじが岡公園」や、「分福茶釜」の茂林寺の話が出来ちゃったのには驚きました。

終了間際に、若い女性が、珍しく藍染に興味を持たれた。
買い物もしていただいたのですが、「実は…」というお話を聞くと、高江さんのブログに出てきた女性でした。
大分の竹細工の学校に行くかも知れないとのこと。

色々質問されましたが、「人生に無駄はない」というお話しをさせていただきました。
要は、如何に「気付く」事が出来るかと言うことが大切なのだと、私は考えるのでありますよ。
そうできれば、成功も失敗もありません。
私はそう思う。

ようやく終わり、近くのレストランで、黒ビールと赤ワインで、大好物のビーフシチューの夕飯。
ようやくこのブログを書いて、後は寝るだけ。

よく働きました。

宇都宮通信vol.6 大阪へ

大阪のホテルで書いています。

宇都宮最終日。

四時閉場という慌ただしい中、紺邑を含め、次々と大物が決まって行きました。
まあ、皆さん凸凹のある成績でしょうが、また来年を期すことと致しましょう。
来年は、東武宇都宮百貨店の創立50周年記念イベントとなります。
しかし、時期と併設催事は、考慮願いたい物だし、話し合っております。

途中、A企画の方がご挨拶に見えられた。
じっくりとお話ししましたが、あの会社の方とは、こんな事は初めてです。
私に挨拶をなさるなんて言うのは、余程の事情知らずだと思いましたら、この方、業界にまだ1年半とのこと。
しかし、某百貨店では、えらい方だったらしい。
「業界を荒らさないでください」「職人を虐めないでください」の2点を、要望しておきました。
どんなにきれいな事を言ったって、いけませんや。

明日朝の搬入は6時から。

もう寝ます。
お休みなさいませzzz

2008年8月25日 (月)

船橋へ 「忘れんぼ」のお話し

船橋へ行って参りました。

昨日、カミサンから電話があって、DMをお持ちいただいたお客様へお渡しするおみやげの黒砂糖を、船橋に持って行って欲しいという。
手元に無いから、夕べ遅く、閑馬の工房まで取りに行ってきた。
忘れてはいけないから、玄関にそれを置いて寝た。

朝8:02分発の特急に乗りますと、船橋に9:50分に着く。
朝六時半に起きて、悠々と準備し、10分前には駅に着いた。

車中、たっぷり寝て、北千住から錦糸町に行き、総武線のホームに立ってふと気が付いた。
黒砂糖が無い!

何処に忘れたわけではない。
玄関に置きっぱなしで、出て来てしまったのです。

私は、こういう事ばかりの人生なんです。
とにかく忘れっぽい。
後天的なものではなく、子供の頃から。

中学一年生の時、毎日なにか、忘れ物をする。
それが教科書の時は、他の教室に借りに行くし、宿題もやってこない。
それが有名になっちゃって、担任の佐野先生に職員室に呼ばれ、次の日に持ってくる物をコヨリに書かされ、「いいか大川。明日の朝、このコヨリを見て、持ってくる物をチェックするんだぞ!」と、それを薬指に結びながら、きつく言われた。

さて次の日、また忘れ物をした。
佐野先生に職員室に呼ばれ、「昨日、コヨリに持ってくる物を書いてやったろう。それなのに何でまた忘れ物をしたんだ!」と怒られた。
「すいません。コヨリを見るのを忘れました」と言ったら、それ以来呆れられて、怒られなくなっちゃった。

言っておきますが、けっして劣等生だったわけじゃない。
生徒会長もやったくらいなんですからね。

 
閑話休題

船橋の「栃木・福島の観光と物産展」は大変な賑わい。
紺邑もすばらしい成績。

そこに私が行ってどうなったかというと、隣の斎木さんから、「宇都宮から貧乏神を持ってきたんじゃあんめーな」と、栃木弁で言われちゃったくらいの成績。
申し訳ない(^_^;)

でも、物産展というのは、段々成績が落ち着いてくる物だから、担当者達は落ち着いた物です。

その担当の千葉ちゃんが「ブログ見てます」と言いやがった。
福島の「布や洛」に行くと、「ブログ見てます。癖になりました」なんて言う。
千葉ちゃんは、彼から教わったらしい。

まあ、よろしくな(^^)/

前担当の小川君も挨拶に来た。
「ブログを見て、今日船橋に来ることを知って来ました」だって。
このブログも、結構役に立ちますね。

なんで船橋まで行ったかというと、ちょいと打ち合わせがあったわけですが、それも無事終わり、いや、船橋にに行って良かったと思う打ち合わせも出来、最後まで販売もし、なんとか面目を保ち、宇都宮に帰って参りましたとさ。

2008年8月24日 (日)

宇都宮通信vol.4

宇都宮四日目。

雨模様ではありましたが、大勢のお客様に来ていただき、昨日の負けを取り戻すことが出来ました。
まあまあで推移しております。

今回は、栃木放送のナマ取材が毎日入っています。
昨今の百貨店の売り上げ不振、オリンピックによる集客力の低下を考慮いたしまして、担当の酒見君が手配してくれたもの。
これが思わぬ効果を上げてくれていまして、毎日「ラジオを聞いてきた」というお客様が結構いらっしゃいます。
紺邑も、助けられている方ですね。

このブログは、家で書いております。
様々な事情で、帰ってこなければならなかった。
明日、私は、船橋に向かいます。

担当の高津さんから、「一日くらい会いましょうよ」というラブコールがありましたんでね。

ですから、宇都宮には、明日はカミサンがおります。

私は、とんぼ返りで宇都宮に、カミサンは船橋に参ります。

お互い、忙しくて、誠に結構。

宇都宮通信vol.3

宇都宮三日目。

もう土曜日だ。
昨年の成績を見ますと、土曜日はどうもいけません。
紺邑に限っては、低調でありました。

全体の成績はどうか?
以前は、これが気がかりでありました。

催事の存続の問題もあるけれど、遠くから来てくれた職人達に、損はさせられませんから、励ましたり謝ったりして一週間を過ごした。

まずまずの成績だったから、13回も続いてきたわけですが、初回終了後、私は一週間寝込んだくらい疲れ切りました。

私はその昔、イベントをプロデュースして来ましてね、この辺りを余り書きすぎると「お前は何物だ?」と言われかねないのですが、まあ、イベントに関してはプロだった。
その目で2年間、高島屋の「伝統展」や、トンボ玉のFさんが始めた「職人の技展」を見てきた上で、宇都宮を始めたのです。
私がやってきたことに比べれば、百貨店の催事など児戯に等しいなんて生意気なことを考えておりましたが、技術的にはそうだけれど、人間関係や内容は、やはり、疲れ切って寝込む程に大変なことでありました。

催事を自分でやってみて、やはり私は、藍染という本文を尽くそうと思ったわけです。

今は、余り気にしなくなった。
これだけ催事が多くなりますと、皆さん、選ぶことも出来るし、需要と供給のバランスも変わった。
それだけ、疲れも少ないと言う物です。

因みに今週は、「職人展」としては、札幌東急熊本鶴屋で、大きな催事が開かれております。

私は、双方の催事に出ておりましたが、あちらさんが宇都宮の日程と同じになってしまったので、出展できなくなってしまった。
困ったものだ。

その上、船橋もあるし…って、この業界の関係者から見れば、贅沢な話でしょうね。

 

2008年8月23日 (土)

お休みのお知らせ

紺邑は、23日から27日まで、お休みを頂きます。

考えに考えた末、上記のようにさせていただくことにしました。
どうぞ、ご理解下さいませ。

28日からは、平常通りの営業です。

宇都宮通信vol.2 宇都宮市

宇都宮二日目。

宇都宮市は、言わずと知れた、いや、言わなきゃ分からないでしょうから書きますと、栃木県の県庁所在地であります。

人口約51万人。
東京から東北新幹線で約50分
上野から宇都宮線快速で約1時間25分
横浜から湘南新宿ラインで約2時間10分
東京から東北道で130キロメートル
という所に位置しております。

東京以北では、仙台に次ぐ2番目に大きな町。
「宇都宮城釣天井事件」で知られておりますね、って、知られてないかな(笑)

お役所の町と言った印象が、私にはあります。

栃木県には、栃木市がある。
何故そこが県庁所在地ではないかと言いますと、栃木県と宇都宮県が合併したとき、県の名を「栃木」とし、県庁所在地を「宇都宮」とするという事にしたからだそうな。

栃木県は、全国で知名度の無さでは1・2位を争うらしい。
そこで、ちょいと紹介させていただきました。

東武宇都宮百貨店は、北関東では一番大きく、勢いのある百貨店です。
「ここで駄目なら、茨城、栃木、群馬の何処の百貨店でやっても駄目だ」というのが、私が最初に、全国の職人達に来てもらうときに、説明した言葉であります。

以前は、上野、西武、東武と、3軒百貨店がありましたが、今や東武がオンリーワンだ。
駅前のロビンソンも撤退してしまいました。
 

さて二日目。
まずまずの成績でしょう。

今回は、栃木放送のご協力を得まして、毎日、会場からの生中継か電話取材をしてもらっています。

それに付き合ったりしなければならないので、今回は、船橋には行かないことにしました。

船橋の方々には、お正月にお会い出来ますように。

2008年8月22日 (金)

宇都宮通信vol.1

宇都宮の「職人の技展」が始まりました。
併設催事は「バーゲン」。
どうなるだろうかと思いましたが、お客様の入りはすばらしかったですね。

宇都宮の催事は、関東以北で高島屋系の百貨店以外で行われた、初めての「職人展」ですし、私と組紐の平井と水晶の大森君の三人で、当時の鈴木次長に頼んで始まった物です。
今回が13回目。
それが、八木橋、千葉三越、東武船橋と広がって行ったのです。
まだブラシ屋の旦那の会社も、A企画も、無かった頃のお話し。

集まってくれた職人達は、東北新幹線に乗るのも初めてという人達ばかり。
それも、日本中から集まってくれた。
もちろん、宇都宮が何処にあるのかも、東武宇都宮百貨店も知らない。
それなのに、私の声掛けに答えて来てくれた。
彼らが社員通用口に集まった姿を見て、私は感動したものです。

あれから色んなことがあったし、起きた。

所謂「職人展」も、日本中で開かれるようになった。

私も、紺邑を始めた。

世の企画会社には、そんな歴史も知らずに、私が企画会社を始めるのじゃないかと思っている人が、今でもいるし、やっていると思っている人さえいる。
私にとっては、藍染が本文です。
私が企画会社を始めると思っている人は、己に本文のない人だな。

さて、初日はオリンピックもあり、日本中の百貨店の現況をみると、どうなるかと思いましたが、沢山のお客様に来ていただいた。
全体の成績は、藤掛雄山さんが今回、体調不良で出展していない分の落ち込みで済んだようです。
午後には雷を伴った大雨が降った。
そのために、エスカレーターも止めた程。

その割には、良しとしましょう。

カミサンは船橋の「栃木・福島の観光と物産展」に出展中ですが、こちらの紺邑は好調のようです。
宇都宮もまあまあだ。

紺邑としても、すばらしい出足となりました。

2008年8月21日 (木)

宇都宮

ただ今、宇都宮のホテルの部屋で、これを書いております。

日を跨いでしまいましたけれど、今日一日の出来事を書いたら、お読みになる方は目を回すことでしょう。

おおざっぱに書きますと…

朝7時半頃家を出て閑馬へ。
九時頃に予定の来客があり、打ち合わせ。
そこに電話があり、急遽書類を作らなければならなくなった。

午後は、私もカミサンも、催事の準備に行かねばならない。

その間の配送と、発注の手配と、染める生地の用意をする。

午前中に出発する予定だったが、書類作りの為に、家に帰らなければならなくなった。

帰り際に、縫製屋さんに伝票を持って行き、支払いの準備のために、銀行を回る。

書類を作っている内に、カミサンの方の準備が不可能になったので、お手伝いの新井さんに電話して、準備を頼んだ。

私は頼める人がいないから、書類も完全ではないけれど、車で宇都宮に向かった。
1時から準備は始まっているので、会場に入ると、もう、余り人はいない。
着いたのは5時を過ぎておりました。

熊野筆の鉄っちゃんと杉細工の伊予秀芸の息子が、商品を出したり、棚を変えたりと、準備を手伝ってくれた。
普段は、私は若い者に手伝わせる事を致しません。
えらそうでいやなのですが、今日は仕方ない。
一刻も早く終わりおたかったので、実にありがたかった。

何故かというと、夜の七時から、久々に小野君が出場する、サッカー日本代表のウルグアイ戦を見なければならないからです。

六時半に終わらせ、鉄ちゃん達と夕飯。
その間に2カ所から電話が入って、書類作成のためのFAXを工房に送るという。
了解してホテルに帰り、サッカー観戦。

前半終了したところで、FAXが工房に送られてきている事を想い出した。

車は、百貨店の駐車場に置いてあるので、もし出せるようなら、これから工房に取りに行こうかと思い、担当の酒見君に電話したら、車をホテルまで持ってきてくれるという。
それなら、後半戦も見ようと、ホテルの駐車場に入れて、試合を全部見てから、閑馬へと急ぐ。

ナビでは1時間半掛かると出たが、それを1時間で行き、書類を持って、帰りもやはり1時間で着いた。
9時11分に宇都宮を出て、11時半に帰って参りました。

これでようやく落ち着き、ぬるめの風呂に浸かり、ようやくワインを飲んで寝ようとしているところです。

あーーぁ(^_^;)

2008年8月20日 (水)

雨と水と…いざ、催事へ

毎日雨模様。
普段水のない「閑馬川」も、溢れんばかりの水が流れています。

閑馬の沢の入り口には、造成が止まっているゴルフ場がある。
紺邑に行く途中のそこだけ、道路に石が落ち、未だに水が止まっていない。
山の木を、簡単に伐ってはいけないと言うことが、これを見ただけでも分かる。

山は針葉樹だらけ。
それも、手入れもされていない。
雨が降ったときだけ、川に水があるなんて、寂しい限りだし、沢の水も同じだ。
閑馬でさえそうなんですから、日本中、推して知るべしなんでしょう。

少々湿気はあるが、過ごしやすい気温。
車もクーラーが要らない。
このまま秋になってしまうのでしょうかね。
そんな、北関東であります。

出荷を終え、夜の八時頃に帰宅。

20日から、私もカミサンも出張です。
二人とも出てしまうのは、一月と五月と八月の、年に三回。

私は東武宇都宮百貨店の「職人の技展」。
カミサンは東武百貨店船橋店の「
栃木・福島の物産と観光展」。
私は、23日(土)・24日(日)だけ船橋に行く予定で、カミサンと交代。

その後、27日からは、大阪はうめだ阪急の「日本の匠」に出展します。

お近くの方、是非お出かけ下さいませ。

2008年8月19日 (火)

休息

朝起きますと、さすがに身体が言うことを聞きません。
今日は、染めを休むことにしました。

それでも、仕事はありますから出社。

夕方帰ってきてちょっと昼寝。

それからオリンピックを見続けましたが、これももう疲れ気味だ。

我が商売からしますと、早く終わってもらった方がありがたい。

選手は精一杯戦っているのでしょうから、応援もしなきゃなりませんけれどね。

女子のサッカーは敗れましたけれど、その前の試合のブラジル対ドイツを見まして、その余りのレベルの高さにびっくりしまして、その中で、日本女子チームがベスト4で戦っていることに驚いております。

本当にたいしたものです。

メキシコオリンピックで銅メダルを取ったときも、準決勝のハンガリー戦は全く歯が立たなかった。

それに比べれば、今回のアメリカに2-4は大善戦です。

ドイツにも、正直勝てる要素が見つからない。

精一杯、力の限りの戦いを見せてもらいたいが、彼女たちは必ずそう言う戦い方をするでしょうから、こちらも精一杯応援させてもらいます。

2008年8月18日 (月)

道の駅「どまんなか田沼」

「どまんなか田沼」でのイベントが終了いたしました。
良い出会いが沢山あって、やって良かったと言う感想です。
なんと、売り上げまで出来ましたからね。

Dscf1777_2 朝、白衣と言いますか、調理着を来ている方がご来店。
「随分上品なお店ですね。色もすばらしい。ちょっと見せてください」とおっしゃるから、大歓迎。
作務衣がお好きだそうで、色々藍染についても、紺邑の作務衣についてもご説明させていただいた。

紺邑にはこれまで、作務衣がほとんどありませんでした。
気に入った生地が、滅多に見つからなかったからです。
見つかったとしても、直ぐになくなってしまっておりました。
これでは、安定した供給も出来ません。
大分悩んできたのですが、佐野に良い機屋さんが見つかりまして、そこの社長と相談して、オリジナルの生地を織っていただくことにしました。

見た目は柔道着のようですが、触ると柔らかく、着ると軽く、丈夫なものに仕上がった。
その代わり、ちょっと値段が張ります。
それでも現在、受注で5着作らせていただいている。

それをご覧になって、「いつか、この作務衣を着させていただきたい」とおっしゃるから、「工房に入らしてください。お体に合わせて、お仕立てさせていただきます」と、お約束させていただいた。
名詞を頂きますと、ここの総料理長で副支配人。
「どまんなか田沼」は、道の駅らしくない、ちゃんとした中華料理を食べさせる事で有名なのです。

「足利にもいたことがある」とおっしゃる。
これまた良く聞きますと、私たち家族が通ったお店ではありませんか。
足利は、食文化の発達した町ですが、中華に見る物がない。
いや、私が知らないだけかも知れませんが、その中で、この店だけは、わざわざ出かけて行ったのです。

「どまんなか田沼」にある中華料理店は、「花と華」と言いますが、いつも満席。
さもありなんと思います。

ひっきりなしにお客様が入っていらっしゃる。
そして、ポツポツと買っても下さいますし、そうでなくても、パンフレットをお渡しすることが出来て、ありがたいことでした。

終わり間際に、出店している方がお見えになって、大きな買い物をして下さった。

出店している方々や、スタッフの皆さんと親しくなれそうな予感がして、有意義な二日間を過ごさせていただきました。

片付けは、カミサンと二人だけ。
閑馬を三往復してようやく終わった。
この日も一日中、雨模様でありました。

2008年8月17日 (日)

「金メダルよりも重要なものがある」

女子レスリング48キロ級伊調千春君は銀メダルだった。
その談話は、「歩んで来た道のりが金。レスリング人生最高だったからそれでいい」というもの。
すばらしい言葉ですね。

室伏広治が、アテネオリンピックで金メダルを取ったときの記者会見を想い出しましたので、ちょいとご紹介。

http://www.joc.or.jp/news/detail.html?id=706
□□□□
室伏広治選手はこの結果について 「精一杯努力し練習に耐えてきたことが、金メダルという形で残せて本当に嬉しく思っている。日本の、そして世界からの応援があってはじめて自分が闘えたと思っている。アテネ大会のメダルの裏に彫られた古代ギリシャ語の詩が印象に残っているので、ここで発表したい。
『真実の母オリンピアよ あなたの子供達が競技で勝利を勝ちえた時 永遠の栄誉(黄金)をあたえよ それを証明できるのは 真実の母オリンピア―古代詩人ピンダロス』

金メダルの期待は嬉しいが、金メダルよりも重要なものが他にもたくさんあるということ、この詩の中の「真実」という言葉が印象に残った。 どういう結果であろうと自分が一生懸命努力したことは確かなこと。今回の大会ではドーピングやジャッジに問題が起きたことがあった。本当の真実の中で試合が行われることが大切なことだと感じた。IOC、WADA、JOCの関係者の方々の努力に感謝している」とコメントした。
□□□□
金メダルは一つしかない。
だから、ほとんどの参加選手は敗者となる。
「本当の真実の中で試合が行われることが大切なことだと感じた」という言葉は重いな。
だからこそ、「どういう結果であろうと自分が一生懸命努力したことは確かなこと」という真実が大切なんですね。
私は、真実を見る目で、スポーツを見ているつもり。

この記事も面白い。

http://number.bunshun.jp/articles/-/12539
「室伏広治のゴールはメダルでも記録でもない」
□□□□
「僕は僕で、自分のことを、ベストを尽くす以外、何もないですから。オリンピック、面白い試合にしたいな、と思います。ええ」

(中略)そしてその時、最後に1枚の写真を見せたのである。

 それは、彼が講演などでしばしば言及している、紀元前5世紀、古代ギリシャの彫刻家ミュロンの有名な作品「Discobolos(円盤投)」の写真だった。

 「これが僕の最終目標です」と彼は言った。「僕はこうなりたいんです。これが理想なんです」

 室伏の近況を知るために集まった報道陣の前では、いささか場違いに思えるほどの、純粋なメッセージだった。

 ミュロンの彫刻の、どこにそれほど魅力があるのか。それは、記録や順位を追い求める欲望というものが、まったく感じられないことだと彼は言う。そのような投てきをすることこそ「最終目標」だと言うのである。
□□□□
これまた中身の濃い記事だと、私は思うな。

スポーツは確かに勝ち負けだけれど、結果だけではない。
経過も見てやりたい物だと感じております。

2008年8月16日 (土)

「道の駅」と大雨洪水警報の一日

道の駅「どまんなか田沼」でのイベントは、何となく始まりました。

どうも、デパートの催事になれてしまっている身としては、緊張感がありませんでね、ですから、何も準備していなかった。
そのしわ寄せが、朝に参りましたね。

昨日染めた物の洗いと、かご染めの準備を致しました。
かご染めというのは、準備に時間が掛かる物なのです。
それをやっていると、もう9時半過ぎ。
カミサンが、お母さんをデイ・サービスに送り出して、ようやく到着。
それから、商品を揃えたり備品を準備したりする始末ですので、オープンする頃は、もうお昼近くという有り様。

お客様が来てくださるだろうかと懸念しておりましたが、どうも何処かでお見かけしたご夫婦が会場に入って入らした。
お話ししている内に分かりましたが、熊谷は八木橋のお馴染みの永野さんご夫妻。
突然佐野でお会いしますと、直ぐにはピンと来ない。
失礼をしましたが、何で道の駅でイベントをやっているのが分かったのかと思ったら、ブログをお読みだという。
奥様には、「面白い」とおっしゃっていただいたが、どうも恐縮。
お昼は、私がブログで紹介している「カフェ・ブロッサム」でという事でしたが、どうでしたでしょうか!?
まあ、きっと気に入っていただいたろうと思います。
思いがけず、お買い物もしていただいた。
染め直しのTシャツがあるとのことですが、郵便でも何でも結構ですから、閑馬の工房までお送り下さい。

先日下着を染めた、アトピーの子が来てくれた。
「着ているかい?」と聞くと、赤くならないし気持ちがよいとのこと。
染めた甲斐がありましたね。
お母様からは「ビール」という、すばらしい差し入れを頂いてしまいました。
ごちそうさまです。

そのビールを飲みながら、このブログを書いておりますが、実は、栃木県全域に「大雨洪水警報」が出ておりまして、閑馬にも大雨が降った。

それにしても、ものすごい雨が未だに降り続いております。

幸い、明日は上がるらしい。
皆様、「どまんなか田沼」までお出かけ下さいますように。

旧知の犬飼夫妻も来てくれました。
感謝<(_ _)>

道の駅「どまんなか 田沼」

ご近所の館林市は、日本中で一番暑いらしい。
だから、隣の佐野市もと思ってご心配いただきますが、こちらは山がありますから、さすがに比べれば涼しいようです。

それでも暑い!

そんな中、久しぶりにフルタイムで藍染を致しました。

気持ちは良いのですが、さすがにへばる。

酒を一滴もやりませんでしたが、ブログも書けなかった。

今朝起きたら、ホームページの管理人のYOKO.さんからメールが入っていて、催事情報も更新していないとのこと。
DMも作らなきゃならない。
でも、染めたい。
そういうジレンマがあります。
後でメールしますから、横さん、待っててね<(_ _)>

ただただ藍染をしていれば良いという状況に、なれれば良いなと思うけれど、これは「夢」と言うよりも、「贅沢」というものなのかも知れませんね。

今日から、「どまんなか 田沼」という「道の駅」に出展します。
土・日だけですが、地元の方々に宣伝を兼ねまして、販売会です。
ここは、数ある「道の駅」の中で、全国で三本の指にはいるくらい売り上げのあるお店らしい。
確かに、広い駐車場はいつも満杯です。

お近くの方々、涼みがてらにお立ち寄り下さいませ。

2008年8月15日 (金)

「北関東横断道路」と「佐野ラーメン」

藍甕の調子が、紺邑始まって以来良い。
染めもはかどります。

染めながら、ふと目をあげると、先日吉祥寺に来ていただいた、福島はいわき市の鈴木さんがお見えになった。
今回は、ご主人もご一緒だ。

車で入らしたのですが、「何時間くらいかかりました?」と聞くと、「三時間くらいかな」とおっしゃる。
実にご苦労さまで、誠にありがたい。

福島県、茨城県の太平洋側からのアクセスは、大変悪いのです。
茨城の水戸市に行くのには、国道50号線を一直線に100㎞ほど行けば良いのですが、東北自動車道で浦和に行き、外環を通って常磐道を行くという、台形の三辺を走った方が、時間的には早いくらいなのです。
これも、北関東横断道路が出来れば、三分の一くらい短縮されるでしょうね。
いや、1時間かからないかも知れません。

平成23年3月開通予定ですが、田沼インターから紺邑まで、約10分。
山形に出来るサービスエリアから5分と、便利になります。

さて、鈴木ご夫妻は、今回は、ご主人の物をお探し。
良いシャツに、Tシャツがありました。

お昼をご一緒しましたが、せっかく佐野に入らしたのですから、「佐野ラーメン」を紹介することにしました。

「佐野ラーメン」という名は作られたものではあるけれど、今や、「喜多方ラーメン」のように名が通っていて、土・日には、有名店の駐車場は車で溢れ、駐車場のないところは、人が並んでおります。

そう言うところは、まあ誰でも知っているし、ラーメン店の地図もあるくらいだから止めて、地元じゃなきゃ知らない、佐野ラーメンの原型のような、「森田屋田沼支店」にお連れしました。

メニューは、中華そば、大盛中華そば、チャーシュー麺、大盛チャーシュー麺とビールだけ。
悩まずに中華そばを四つ頼む。
麺は、佐野ラーメン独特の手打ち。
スープは、私たち森田屋を古くから知る人間には懐かしい、さっぱり目だが、ここはちょうど良い塩加減。
森田屋も、店によってはしょっぱいところもある。
ラーメンですから、満足するもしないもありませんが、ちゃんと“森田屋のラーメン”を頂けましたね。
お店のご主人の笑顔もすてきですし、全く改装した気配のない、レトロな店内も、田舎らしくて結構でありました。

午後は社長業もこなしながら、夕方、バタバタと藍染めそさせていただいたという、一日でありましたとさ…!

2008年8月14日 (木)

迎え盆

父方は、私は長男であるけれど、後を継いだのは弟だから、亡くなってしばらくの間は少々遠慮しておりましたが、昨年辺りから吹っ切れまして、ただ両親から生まれた子として、墓参りをすることに致しました。
久々に子供達を連れて行きまして挨拶しましたが、きっと喜んでくれたことだろうと思います。

母方は、伯母を看取った段階で後が絶えましたので、私の家が墓守をずっとしていこうと思っております。
位牌も全て、我が家の仏壇にある。

伯母の遺産を全て使って墓を新しくし、毎年この時期、遺言通りの事をさせていただいている。
私とカミサンがいなくなった後のことも考えまして、その隣りに、私たちが眠ることにしております。
そうすれば、我が子供達も、母方を忘れることもないでしょう。

久々に伺った母方のお寺は、手入れも行き届き、実に気持ちの良い墓参りが出来ました。
和尚の修行が忍ばれますが、父方のお墓はそうはいきませんでしたね。
それは、いつも感じることだが、今は私は、檀家でもない。

このお寺には、檀徒会館というのがあります。
これが何故出来たかというと、私とカミサンがここで結婚式を挙げまして、それがきっかけなのであります。
今の住職は、そんなことも知らないだろうな。
私たちは仏式ですから、指輪はしておりません。

そんなことで、今日は染めは出来ませんでしたけれど、勘弁だな。

2008年8月13日 (水)

Summertime

世間はお盆に入りますとお休み。

15日にどうしても納めなければならない物などがありまして、紺邑は、普段より忙しい。
その上に社長業が入りますので、私は手を真っ青にして銀行に行き、担当に「ご苦労様です」なんて言われながら、頭を下げられてしまいましたね。

どういう訳か、藍甕の一つが調子がよい。
何故なのか分からないけれど、一晩おいたら全く違う。
手入れしたわけでもない。
ですから、実にスムースに染めがはかどり、満足な一日でありました。
「藍は生きている」と言いますが、こういうこともあるのです。

長女が帰って来るという電話が入った。
次女に電話すると、帰ってくると言う。
三女は仕事だからしかたない。

久しぶりに、三女以外の家族が揃う。
こんなうれしいことはありませんから、シャンパンとワインを買ってきた。
みんなのんべーなんであります。

長女が帰ってきて直ぐに、「ねぇー、あたしのブログ見た?」と聞く。
「見たよ、やられたな!」と言うと、「そうでしょー!」と自慢そう。

「Summertime」という、スタンダードの名曲があります。
この曲が、私にとっては思い出深い曲で、ティーブ・釜萢先生の前で最初に歌った曲でもあるし、歌でお金を稼ぎ始めるときに、オーディションで歌った曲でもある。

この曲を、様々な歌手が歌い、ミュージシャンが演奏している訳ですが、このブログかミクシィで、その特集をしようと思っていたところを、それを、長女に先にやられてしまったのですよ。
昨日の朝それを見まして、カミサンに「やられたぁー」と言っていたところなのであります。
以心伝心とは言いますが、私とこの子の場合は、これがいつもの事なのであります。

そのブログは公開されているわけですから、紹介しても良いのですが、後が怖い。
私が見るのだって、最初は怒っていたくらいでね。
その気持ちも、私には分かる。

NHKの朝の連ドラという奴で、「ヒップ・ホップ」が取り上げられているらしい。
東京は佃に住み、娘がダンサーのタマゴという、まるでドラマのモデルのような「シップ・ホップ」の中島さんが、「あんたの娘は関係ないのかい?」と聞くから、「さーね?」と、親父としては答えておきました。

私もどうなのかな?と思って、この間聞いてみたら、「何回か『出て』って頼まれたけど、絶対やだ!って断った」という答え。
これも私の娘だからよく分かる。
テレビのレギュラー番組も持っておりましたが、「やっぱやだ!」って言って降りちゃった。
確かに、画面で愛想笑いをしているのも見ましたが、似合いませんでしたね。

因みに、Summertime特集のメンバーは、Lalah Hathaway,Ella Fitzgerald,Sarah Vaughan,Janis Joplin,Mica Paris,Dianne Reeves,Miles Davis,CHAKA KHAN。
長女が一番好きだと言ったのは、Ella Fitzgeraldだが、私が驚いたのはLalah Hathawayでありました。

次女が帰ってきた時には、もう出来上がっておりまして、パソコンでLalah Hathawayを聞きながら、盛り上がっておりました。
盛り上がりすぎて酒を飲み過ぎ、私はいつの間にかバタンキューで爆睡。

朝、夕べの残骸の残っている居間で、キーボードを叩いております。

2008年8月12日 (火)

オリンピック

北京オリンピックが始まりましたね。

何か、盛り上がりに欠けているなという感じでしたが、北島選手の金も、バドミントンも、みんなすばらしい。
私とカミサンも、ちょいと盛り上がって参りました。

根は、大好きですから。

でも、仕事を休んでも、または、仕事中、見たり聞いたりしようという程の物がない。

競技をしている選手達はともかく、それでもなにか、胡散臭い物を感じさせているオリンピックであるという感じは、否めないからでしょう。

戦争には、オリンピック停戦という物があるそうですが、グルジアの戦闘は止まりません。

報道に寄れば、中華人民共和国が双方に停戦を呼びかけたが、無視されているとのこと。

ウイグル地区でのテロも続いている。

このオリンピックは、まだ先が長い。

無事に終わりますように。

2008年8月10日 (日)

狐のカミソリ

朝から夕方まで、お客様の絶えない一日でありました。

午前中は、この間の小学校の先生の内のお一人が、アトピーのお子様のために、下着の染めの依頼に入らした。
こういう事は、商売の他ですから、快くお引き受けした。
子供達も一緒だったので、ハンカチを染めながら、藍染めをちゃんと説明しました。

そうしている内に、近嵐さんご夫妻がお見えになり、なんと、「九一蕎麦」を食べてきて下さったとのこと。
茂呂君に成り代わりまして、感謝m(_ _)m

美大でテキスタイルを勉強中の、まじめそうなお嬢さんを連れたご家族も入らした。
もちろん、ハンカチを染めながら藍染めを語りましたが、まあ私のしゃべるまいことか。
伝統について、染色について、工芸について、歴史について等々。
帰り際に、「私はしゃべらされたのですよ」と申し上げましたが、何か感じてお帰りになったことを祈りたいな。

昼過ぎには、下の工場の社長と、カミサンのお母さんがお世話になったご近所の溝越さんがお見え。
社長は珍しいお花をお持ちになった。

20080810124951_2 デジカメを忘れたので、携帯で撮った写真ですが、「狐のカミソリ」という花だそうです。

社長は、ちょっと興奮気味ですが、このような花びらの多い種は、真に珍しいらしい。
これを、「菊咲き」と云うのだそうですが、なるほど、菊のようだ。

ふつうはどうかと言えば、なんと、我が庭に咲いていると言うので、それを見に行って参りました。

20080810125059 紺邑のエントランスの道ばたに、楓の木があるのですが、その根元に、この「狐のカミソリ」が群生をしておりました。

私はうかつにも、全く知らなかったし気づかなかった。

社長のおっしゃるとおり、花弁は皆、六つくらいでしたね。

これを庭に生け、来年を待つのだそうですが、この辺りの山には、面白い野草が沢山あるようです。

とにかく忙しい一日で、ご来店下さった皆様に、御礼申し上げます。

帰ってもちろんサッカー観戦。
順当に負けました。

昼寝

日をまたいでしまいましたが、飲んだくれていた訳ではありませんで、夕飯の後、疲れて寝てしまったのであります。

それが昼寝になってしまって、この時間(午前2時)に起きて、オリンピックの放送を楽しんでいるという次第。

当たり前ですが、一日中藍染。

絞りを主に染めましたが、ちょいと面倒な染めでありました。

夕方、二組のお客様がお見えになりまして、実演もさせて頂いた。
ついでと言ってはなんですが、お買い物もしていただき、ありがたいことです。

暑い夏ですが、今日は久しぶりに夕立がありまして、大分涼しく、寝やすい夜となりましたね。

良い睡眠が取れますようにと、床につくことにしますが、明日日曜日も、工房におります。

お盆も休みなしです。

是非、お出かけ下さいませ。

2008年8月 8日 (金)

珍客来閑

肉体疲労は、精神的疲労と違って、心地よい睡眠と寝覚めをもたらせてくれますね。

昨夜も10過ぎに「まだ寝ちゃ駄目よ!」というカミサンの声にもめげずに、布団に入った。
この時、足首、ふくらはぎ、膝の裏に湿布薬を貼って寝たのが、いつもと違うところ。

ところが12時頃、膝の裏のだるさにたまらず、目が覚めてしまった。
私と同じように疲れているはずのカミサンが起きていたので、ちょっと頼んで、膝の裏だけをマッサージしてもらったら、そのまま朝七時まで爆睡。

ありがたいありがたい。

工房に行き、染めに入りましたが、電話は鳴る、FAXで書類を送らなければならないなどなど、染め以外の仕事が沢山。

それをこなしながら、ようやく三時休み。

そこに、真っ黒なシャコ短のワンボックスカーが入ってきた。

降りてきたのは、大阪近鉄百貨店上本町店で開かれている「職人の技展」の実行委員の面々。
Dscf1774_2 写真手前右から、担当の有久嬢、私、代表幹事西出さん(柘植櫛)。
後列左から、お馴染み岡本ぴょん、会計冨沢コルク、藤村トンボ玉という面々。

良く来ましたが、恒例の幹事会視察旅行で、埼玉に来たついでに寄ったという、「ついで」!

この面々が、閑馬に居るというだけでも、不思議な感じがしますね。

閑馬に来る前の工房を知る、珍しい百貨店担当の宇治君が、所用で来られなかったのは残念。

七軒町の工房と閑馬との落差を、見せたかったな。
2006_12270037_2 これが前工房です。
トタン屋根だったから、雨が降るとうるさいことうるさいこと。

ここが、紺邑の始まりでありました。
1階の手前北側の、6畳ほどの風呂場と、やはり6畳ほどの台所をお借りしたのです。

幸いな事に、風呂場に井戸のポンプがありました。
行き先も定まらなかった私には、ここは天国の様でしたね。

この建物は、今はありません。

_edited_2 それが山の中とはいえ、こういう建物に変わったのですから、当時を知るひろこさんなど、「本当に実現するとは思わなかった」とおっしゃいますが、私たちだって隔世の感があるのですよ。

何故出来たかと言えば、分かりません。

私たちがしてきたことは、夢を語ってきたことだけだし、それもまだ途中だ。

この連中にも、またまた夢を語ってしまいましたが、うるさがっておりましたね。
ま、私が良くしゃべるというのは、定評がありますからね。

ところが、カミサンの私の第一印象は、「なんてしゃべらない人なんだろう」という物だったのです。
こういう話は、別のところで書く予定であります。

慌ただしい来訪でありましたが、足利の駅まで、ぴょんの車で送り、大阪組の三人を見送って、少し早めですが、家に帰って参りました。

2008年8月 7日 (木)

オリンピックのサッカー

久々に藍染め。

終われば気持ちよい。

藍染は、ヒンズー・スクワットばかりやっているような物だから、疲れていた膝とふくらはぎが、とても気持ちよい。

今日は、オリンピック開会式前にサッカーの試合があるので、早めに帰宅。

今回は、全く期待していないし、多分、一勝も出来ないかも知れないし、勝ち点も取れないかも知れないと思っていますから、応援には一段と気合いが入る。

今終わったところですが、やはり、実力通りで、完敗でしたね。

それでも、サッカーは番狂わせのあるスポーツですし、日本がブラジルに勝ったこともある。
何とか、勝ち点を取れるように、応援することにします。

明日も、一日染めに励みます。

そろそろ、午後九時ですが、多分、十時までは起きていられないでしょう。

それでは、お休みなさいzzzz

2008年8月 6日 (水)

思惑

昨夜、東武宇都宮百貨店の催事担当・酒見君から電話があって、八月の催事の打ち合わせに行って参りました。

11時過ぎには終わり、東武電車に乗り込んで一時帰宅。

直ぐに閑馬に戻り、雑用の数々をこなしました。

何でこんなに様々に仕事があるのだろうと思いますが、忙しいと言うことは、ありがたいことですね。

それにしても蒸し暑い。
閑馬には、冷房が無いと言った方が良いくらいなのですが、欲しいなと思うほどに暑い。
1階のアトリエにエアコンがあるのですが、文字通り、焼け石に水でありましょう。
その代わりに活躍しているのが、扇風機であります。
1階の風通しが悪いことは、建築前から分かっていて、散々言って来た事なのにと、恨み言を言っても始まりません。

染め場はお陰様で、風通しは良いのです。

明日からの染めの打ち合わせをして、帰って参りましたが、それでも19時を過ぎておりましたね。

明後日には、大甕の一つが使えるようになり、その直ぐ後に、丸甕が二つ建ちます。
藍甕が、こんなに充実している事は、紺邑始まって以来ですし、これが、私の思惑そのものですから、この秋から冬は、紺邑が初めて自力を発揮できることでありましょう。

お楽しみに(^^)/

2008年8月 5日 (火)

団体と蕎麦と

我が家の布団は、私に熟睡をもたらせてくれます。

久しぶりに、夜11時から朝七時まで、一度も起きることなく寝られました。

もっと寝ていろと言われれば寝られたのですが、9時20分には閑馬に、佐野市の小学校の家庭科の先生方が36名いらっしゃる。
その準備の為に、閑馬の工房に行かねばなりません。

準備を始めようとしたら、なんと、1時間前に第一陣が到着。

20080805090552 後は雪崩(なだれ)を打ったように、次々と、それも一台一台車でお見えになるので、その整理で準備どころではありません。
エネルギーの無駄のようですが、皆さんの午後の予定がバラバラなので、致し方ないことなのです。

9時20分からミーティングが始まり、その間に、染め場を整理して実演の準備を致しました。

10時から藍染見学のはずが、9時40分に早まり、それからハンカチを染めながらの私の講義だ。

皆さん辛抱強く凡そ11時半まで楽しまれて行かれたと思う。
藍も、この会合の為に建てた、全く新しもので、良く染まりました。

私の仕事はこれだけにさせていただき、家に帰りがてら、久しぶりに足利の蕎麦屋「九・一そば 第一立花」で昼飯とすることにしました。
携帯で写真を撮ったのですが、保存を忘れたらしい。

入って行きますと、「お久しぶりです」と聞いたような声がする。
ふと見ると、足利の、ちょいと前までは若手政財界の中心メンバーで、今は立派な中年になった3人が座っているではありませんか。
これで私が来たことがばれちゃって、店主の茂呂まで出てきてしまったが、懐かしいことでした。
何事か?と思いましたが、この3人が一緒だというのは、選挙の準備かなと思う。
町おこしの活動も含めて、十数年前には、その中心に私が居たのです。

さて蕎麦ですが、久しぶりの茂呂君の打った蕎麦は旨かったな。
だし汁にたっぷりと蕎麦をつけて食べる、細切りの蕎麦。
メニューを見ると、最近は十割も始めたらしい。
一緒に食した天ぷらも、結構でした。

最近の若者グルメには、分かりづらい味なのでしょうが、こういう蕎麦も、旨いと感じなければなりません。
なんてね。
好みは勝手にしろ!ってなもんですがね。

一人前でせいろが二枚出て来るので、カミサンのを一枚もらって三枚食べてきた。
うしろのお客は4枚食べていましたが、私はこれで充分。
茂呂君、ごちそうさまでした。

帰って昼寝です。
この五週間、旅先での私の夢は、自分の布団で昼寝をすること。
たっぷりと取らせていただきました。

ただ今夕方の七時。
カミサンが帰ってきた。
あれから建築関係のお客様が3組入らしたらしい。
あの面白い建物はなんだろう?と思って来て下さる方もいれば、私の知り合いの建築会社の人間も、時折訪ねてくるのです。

専門家から見ると、様々な印象があるらしいな。

2008年8月 4日 (月)

08/8吉祥寺通信vol.6

吉祥寺最終日。
そして7月1日から始まった、長いツアーの最終日であり、私の誕生日でもある。

まあなんと言いましょうか、いつもにもまして閑かに幕が開いた最終日でありました。

でも、食欲は相変わらず。
朝は、立ち食いそばで、タウリンたっぷりのイカ天そばに生卵を落とした奴。
昼は、地下の食堂街で狙っていた、ビタミンBたっぷりの分厚いポークソテー。
どうだ!と言わんばかりの食欲で、みんなに呆れられておりました。

一昨日見えられたお客様を、外商の方が連れてきてくださった。
この方は、六日間の催事の三日を、この会場に通ってくださった。
最後の最後に、ようやくお買い物。
それも、大きなもので、一日の目標をこれでクリアーという程。

のんびりと終わりを待っておりますと、リタイアなさっているのだろうなと思えるご夫婦が、足を止めてくださり、熟慮に熟慮を重ねて、新作のメンズシャツをお求め。
これから、長いお付き合いが出来ますように。

その間に、以前ジャケットをお求めになり、染め直しや修理をしたお客様を、人形の小島のおじさんが接客していてくださり、私とバトンタッチ。
ストールとアロハを買って下さり、実はこれで、この週の目標と、伊勢丹3店の目標を達成させていただいた。

めでたしめでたしですが、これ以上の誕生日プレゼントはありませんね。

帰りは中央線に乗り、お茶の水経由で北千住から「りょうもう号」に乗り、帰って参りました。
車中爆睡。
ついてみると、大雨で遅れた旨の放送をやっている。
外に出ると、確かに雨が降った後がある。
しかし、空気が妙に臭い。
所謂「水くさい」という匂い。

帰ってきてカミサンにそう言うと、「しばらく雨が降らなかったから、空気が変になっていたんじゃないの」という。
それならこの雨は、私の帰りを待って、空気をきれいにしてくれたのだろうと、これまた勝手に思いますと、雨も誕生日プレゼントの様な気がして参ります。

んーーーーーーーーーーん、ポジティブ!

2008年8月 3日 (日)

08/8吉祥寺通信vol.5 食欲

吉祥寺五日目。

昨年までは、この日曜日の成績が良かった。
今年の暑さはものすごいらしく、まあ、それが原因かどうかはともかく、お客様が極端に少ない一日でありましたね。
予定していた方は明日ご来店というし、今日の方も明日まで考えるという。
これでちょいと思惑がはずれてしまったかな?
いや、明日一日、人事を尽くしてみようかと思います。

朝、妙に腹が減ったので、松屋で「カレー牛」というのを食べた。
カレーライスのライス部分に牛丼の肉が乗っているという代物。
みんなに呆れられましたが、さすがに残したな。
これで、昼を鰻、夜がステーキだったら、私も若い。

結局、考えに考えた末、昼飯は、日本そばとマグロの中落ちの乗った、とろろ飯の定食に落ち着いた。

さて、夕飯は、やはり鰻。
吉祥寺に「うな鐵」があるので、これは仕方ないことだ。
一人で入って、カシラにキモを頼み、白焼きでビールをやって、仕上げに鰻丼で腹一杯。
満足して帰って参りました。

五週間の旅で、疲れ果てております。
そうみんなに言いますが、この食欲のお陰で、誰からも同情を得られないのであります。
まあ、私としても、この暑い夏にこれだけ食えることに、感謝せざるを得ません。

明日を期し、ゆっくり休みます。

2008年8月 2日 (土)

08/8吉祥寺通信vol.4 BGM

吉祥寺四日目。

催事場のBGMが日本の民謡。
これが極めて評判が悪い。
私も聞いていられなくて、疲れる。
みんなの感想を聞いて回ったら、別に気にならないと言うのが、珊瑚と熊野筆と柘植櫛だけ。
後は、絶対に変えて欲しいという。
特に、民謡に慣れた東北の連中は必死で、「大川さん、何とかお願いします」と言うほど。
三日間聞かされて、辛抱も、もう限界に達した。

私が代表して、担当の女性に、「BGMを変えてください」とお願いした。
「何故ですか?」と言われて説明したけれど、「規則ですし、こういう物産展では、伊勢丹全店で、このBGMを掛けることになっています」という。
「物産展は、『いらっしゃいませぇー!』というかけ声があるでしょうが、私たちは物産展をやっているわけではありませんよ。それに、民謡は他の伊勢丹ではやっていません」と説明すると、言われたことが気に入らないのか、顔つきが変わった。
「こういう事は、事前に言ってください。そうすれば全体会議で話し合います」と、大げさなことだ。

それでも「聞いてみます」と、怒った様子で裏に消えていった。
直ぐに出てきて、「変えます」と、あっさりと出来ちゃった。

簡単なことだ。

それでも「BGMはお客様のためにあるので、業者のためではない」と主張する。
その通り。
しかし、販売するのは私たち。
彼女は、何もしやしない。
ならば、私たちが気持ちよく仕事できる環境を作るのは、百貨店の役割ではないか。

こういう事が起きるのは、伊勢丹の中でもこの店だけ。
例外なのであります。

BGMが変わって、みんな大喜び。
福島のタンス屋も青森のアケビ細工なんて、私の前をとおりながら、親指を立てて行く。

民謡が駄目というわけではないのですが、ここのBGMは、お客様との会話を邪魔するのです。
アレンジしてバンドで演奏しているなんて言うのは、民謡じゃありませんや。
耳障りなんです。

では、どんなBGM良いかと言えば、私たちとお客様の会話を邪魔しない物に限ります。
ですから、普段の百貨店のBGMで良いのです。
特にこだわる事なんてありゃしません。

さて商売は、今週最低記録。
お馴染みの金子さんが高井戸から来て下さって、何とかなった程度。
ユンケル飲んで、何とか凌ぎましたとさ。

2008年8月 1日 (金)

08/8吉祥寺通信vol.3

府中三日目。

紺邑はコツコツと、何となく成績を上げているという感じです。
高望みをしなければ、これで充分。
しかし、それでは今後、これ以上の成績を上げることは出来ない。
さて、どうすればよいのか!?
思い悩む所ではありますね。

夕方、急に寒気が指した。
誰しも大切な身体でしょうが、私は休むことが出来ない。
ここは四日までだが、五日には、閑馬に三十数人のお客様がお見えになる。
六日から二十日までは、染めに勤しまなければならない。
ここで、どれだけ染められるかが、下半期の紺邑の売り上げを左右することになるでしょうからね。

紺邑は小所帯ではありますが、夢はある。
それを実現するためには、働くしかありませんし、嫌でやっているわけではないから、苦にもならない。
だから、働き続けられるのでしょうね。

寝込んではいられないので、葛根湯とユンケルとビタミンCを飲んで、何とか凌ごうとしておりますです。

体力をつけるために、肉が食べたくなった。
一人じゃ嫌だなと思っていると、ようやく次女から連絡がありましたね。
「夕飯でもどう?」と聞くと、「良いねぇー!」という期待通りの答え。
吉祥寺で待ち合わせ、270グラムのステーキをやっつけ、「酒でも飲もうか?」と聞けば、これまた「良いねぇー!」という期待通りの答えがあって、第一ホテルのバーで、私は「オールド・グランドダッド114」を、次女は「山崎」を頼んだ。
さすがの私も、114プルーフ(57°)のウィスキーをストレートでは飲めません。
いや、昔は飲んでいたのですが、もういけませんや。
二人とも、オンザロック。

飲みながら、お互いの近況を報告。
そして、次女は歌も歌っていますから、発声の基礎と考え方と身体の作り方を伝授。
まあ、飲みながらでは大して伝わらないでしょうから、八月に帰ってきたときに、また教えることにしました。

帰りは、井の頭線で途中まで一緒。
私も今日は、無事に帰って参りましたので、ブログが掛けたという次第であります。

08/7吉祥寺通信vol.2

吉祥寺二日目。

今日はカミサンの誕生日。
朝、「洋子ちゃんの誕生日だよ」と、三女からメールが入った。
開店前に「誕生日おめでとう」と電話をすると、照れた様子。
私はこう言うのが苦手で、結婚記念日も祝ったことがない。
申し訳ないことですけれどね。
せめて東京で、子供達とお祝いでもしようかと連絡しましたが、誰一人として返事無し。

さて、お仕事の方は、初日と違って本来の吉祥寺の姿に戻ったようです。
私も5週連続の出張で、さすがに疲れ気味ですから、のんびりと仕事させていただいております。
出展仲間も、親しい連中ばかりですから、気疲れもありません。

今や日本のラテン界の大御所・歌姫DIVA NORIKO姐さんから、「今日のライブに来ない?」というお誘いのメールが入りました。
新宿ですから遠くはない。
しかし、ちょいと身体が言うことをきかない。
子供達に連絡つけば、行こうとは思った。

真珠屋達が、鍛冶屋の友達のレストランに、みんなで行くという。
子供達と会う予定があると思っていた連中は、私を誘うのをためらっていた様子。
そりゃー、子供達が優先に決まっておりますが、誰一人として返事がない。
ですから、そちらに行って参りました。

真珠の長谷川君が聞き上手で、私は、身の上話をしゃべらされてしまいましたね。

帰りの電車が、ちょいと複雑で、井の頭線で明大前に出て、京王新線に直接はいる電車に乗れれば乗り換えがないのですが、新宿行きに乗ると、笹塚でもう一度乗り換えなければなりません。

気が付くと、見たような駅。
ドアが閉まり、電車が発車すると、「明大前」という文字が消えて行く。
あれあれ、この電車は何行きかと思えば「新宿行き」だ。
無事新宿に到着。
そのまま笹塚に戻る。
今度は寝過ごしてはなりませんから、必死で起きて、無事笹塚。

京王新線に乗り換え、気が付くと娘の所の駅だ。
ドアが閉まる寸前に飛び降り、ようやく帰宅。

いやはや…!

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