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2008年11月24日 (月)

「自然」という言葉

私は自分の仕事を、「自然と向き合う」と表現いたしますが、では、日本人にとって、「自然」とはどういう存在なのか。

 

今年亡くなった言語学者の大野晋さんによると、英語のNatureに当たる日本語は、「自然」と言う他、何も言いようがないといいます。

ところが、ヤマト言葉には、「自然」という言葉が見あたらない。

何故、ヤマト言葉にそれが発見できないのか。

 
 
それは、古代の日本人が、「自然」を人間に対立する物とは捉えていなかったからではないか。

日本人は、「自然」を一つの物と見る考え方を身につけずに来た。

つまり、「自然」とは、日本人の意識のうちに確立しているものではなく、そこに溶け込むところであって、自分と自然の間に、ハッキリした堺が無く、人間はいつの間にか自然の中から出て来て、いつの間にか自然の中に帰って行く。

そう言うものを、「自然」だと思っているから、ことばとして「自然」というものがない。

 

「隠棲する」という言葉があります。

人間が、自然の風景 ―大きな林、水の流れ、広々とした草原、そこに立つ一本の大樹― その中に自分を持って行き、その自然の一つの風物となって生きることを隠棲と言うわけですが、それは、日本人が「自然」と「人生」に対して持つ、根深いこころざしの一つの姿だろうと、大野さんは「言葉」から見るのですね。

こう言うところに、日本人の考え方や物の見方、暮らしの習慣や、感情や、判断の仕方などの本当の姿があるのではないかと。(新潮文庫「日本語の年輪」)

 
 
閑馬に様々な人々が集まりだしております。

若い人もいますが、実は、隠棲の場として選ぶ方も多いのです。

春日部の鈴木さん、川口の元橋さん、同級生の岩崎君などなど。

それもやはり、日本人ならではのことではないでしょうかね。

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コメント

いつも自然にかえる音色にと、考えてきました。粗大ゴミな土に還らない音では自然にはじかれてしまう......
今日から隠棲という言葉も加えよう。
(笑)

君の音は、そのままの音だ。

精進を知っている音だ。

私は君の音を、昔からそう聴いているね。

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