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2009年4月27日 (月)

09/4上六通信

ホテルのネットが繋がりません。
それで、ブログを書くのに苦労をしております。

日曜日は懇親会。
いつものように大騒ぎだけれど、翌日幹事から、「栄養ドリンク」という名の栄養ドリンクを頂いた。
2週続けて出席したことに対する御礼、と言うことでありました。
出席しただけで頂けるわけではありませんでね、私は司会もし、歌も唄ったのでありますよ。
幹事というのは、職人展を運営する会の幹事という事なんですが、これを作るには一悶着あった。

この「職人の技展」は、最初、大阪の伝統工芸を継ぐ人達に刺激を与えるという目的で始まったことで、それはそれは小さく、売上げもたいしたことのない催事でした。
それが段々と大きくなると、先に書いたように、主導権を握ろうと様々な人達が関わり合ってきた。
その一部は、これを組織化して、日本中の百貨店で同じような催事を運営していこうと企て始めたのです。
そこである日、十数人が集まって会議を持った。
私も誘われた一人でしたが、組織化に私は反対でありました。
その理由は様々ですが、日本中の職人を組織化して催事を開くなんていうのは、本末転倒、目的を失うことだと考えたのであります。
ならば、ネットワーク化すべきだと、企画書として書面で提案させていただいた。
出席者達に、私の真意が通じていたかどうかは疑問ですが、結果は私の提案通りになった。
それで、「会」が出来たというわけであります。

彼らは、組織化した後の管理を、当時は大きな百貨店で催事を担当していたIさんに任せようとしていた。
これが、I企画という催事会社が出来たきっかけとなった。

この頃は、関東の催事を企画主催していた武田さんが病床にあり、出展していた職人達の行く末が危ぶまれていたという事情もあり、他にも職人を組織化しようという動きがありました。
それに異を唱えたのも私で、そこで初めて、ネットワークという話をさせていただいた、
相手は、今では仲の良い、竹家具の江藤さんと水晶の大森君で、この業界で私が彼らと交じり合うきっかけでもありました。
その動きの中から、九州の催事会社が出来、名称に「会」が入ることになるけれど、真意が其所にあるかどうかは疑問ではある。

この動きが、上六に影響して上記した会議が開かれたと言うこともありますが、組織化して、一部の職人に権力が集中するのに懸念を持っていた人がもう一人その会議に出席していて、それがブラシ屋の旦那。
彼が一方の企画会社を作って今がありますけれど、当時会議に出席して権力を持とうとした人達には、ショッキングな出来事であったでしょう。

上六の「職人の技展」の動きが、現在の日本のこの業界の大きな流れの元になっているのですが、現在の上六の出展者や担当にも、催事の売上げにも、その業績はなんにも残っていないし、現れてもいません。
「創草と守分」の話をさせていただいた所以の一つであります。

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