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2009年5月 3日 (日)

恩師

私も疲れるが、藍も疲れますから、休むときは休まなければなりません。
そこで日曜日の今日は、染めはお休み。
しかし春が訪れ、庭は草ボウボウとなっておりますので、草刈を始めてしまいました。

これが、藍染より体力が要ります。
汗びっしょりになって、休み休みやっておりますと、車が上がってきた。
誰かなと運転席を見ると、久しぶりの妹。
助手席に、どうも見たことのある方が乗っている。
妹が、「藤岡先生を連れて来ましたぁー」という。
なななんと、妹だけでも珍しいのに、我が高校時代の音楽の先生、恩師の藤岡先生がご一緒ではありませんか。
お会いするのは二十年ぶり以上かな?

栃木県と群馬県は、県立高校が未だに男女別々で、我が母校の足利高等学校も、男子校でありました。
そんな中で藤岡先生は、たった一人の女性教師として、音楽を担当していらっしゃった。
専門は声楽で、さる有名なコンクールで、優勝だか入賞だかの経験もあるほどの方でしたが、当時の泉校長とご主人が東大で同級生だったらしく、そのご縁で足利にまで入らしたそうな。

中学生の時、コーラスに目覚めた私は、入学して直ぐに音楽部に入りました。
ところが当時の部長のあいさつが気に入らなくて、これまた直ぐに退部してしまった。
そんな私だから、印象が薄いと思いきや、妹が「兄の所に行きましょうか?」とお誘いすると、「ああ、ハム一君ね」とおっしゃったそうな。

生徒は男ばかりですから、女の先生の言うことなど聞きゃぁしません。
ある時、何故か怒った藤岡先生が、「全員、机の上に正座しなさい」と言った。
そこはある程度優秀な連中の集まりだから、素直に従う。
途中で、「もう良いわよ」と先生がおっしゃたが、私と杉崎という生徒二人だけは、最後まで机の上に正座しておりました。
帰りがけに先生は笑っておられたが、そんな思い出話に花が咲きました。

私が高校を卒業したのが40年前。
その時に50才になられていたはずだから、お歳の程は推測していただきたいが、カミサンのお母さんの一つ年上。
それにしてもかくしゃくたるもので、足腰も口も達者。
笑い声も、さすがに大きく、深呼吸する仕草も、声楽家のそれでありましたね。

20090503160750_2 「一緒に写真を」と私がせがむと、快く引き受けてくださったのは良いですが、そのポーズも、かくしゃくたるものでありました。

先生の人生は、まだまだ先が長そうだ。

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