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2009年6月

2009年6月30日 (火)

09/06浜松通信vol.7

浜松最終日。

今朝は昨夜の酒が祟って起きられず、散歩はなし。
結局、浜松城へ行ったのは、たった一回だけという体たらくでございましたね。

帰りがけに、今回から5階の文具・おもちゃ売り場で初めて行われるイベントに出展される、江戸独楽の重鎮広井さんと、このブログでお馴染みの江戸張り子の田中さんのお二人が、わざわざ7階のクリエイティブ工房まで来て下さり、ご挨拶されてしまいました。
私は後輩の身で、こちらから伺わなければならないところですが、片付けを急がねばならず、大変失礼をしてしまいました。

何故急がねばならないかというと夕方5時に終わり、直ぐに片付けして、次回の人の展示を早く終わらせて、社員が残業をしなくてもよいようせよ云う指示が出ているからなんです。
無理からぬ事だと思いますが、遠鉄もこの半年で随分変わりました。
以前なら、ギリギリまで仕事をして、閉店後の遅くまで展示していたのに、これも経費の削減の一環でしょうね。

隣の有田焼のセールの人は、焼き物だから片付けに時間が掛かる。
午後にはいると、もう本格的な片付けモードに突入しておりました。
こうなると、売り場に落ち着きがなくなりますね。
ですから私も早めに片付けに入ってしまったと云うことですが、お陰で、18:10発のひかりに乗ることが出来ました。
次女から連絡が入り、閑馬に帰ると言うので、東京駅から一緒に、高速バスで佐野まで帰って参りました。

車中、日本人には、不老不死の考え方や欲望が見あたらないのではないかと言う話しになった。唯一見られるのが竹取物語の帝(ミカド)が出て来る物語にあるけれど、かぐや姫との別れ際に、帝は不老不死の薬をもらう。それを帝は、富士山の山頂で燃やしてしまうわけですが、この辺りにも、日本人の死生観が伺えるし、富士(不死)山という名の由来があるなんて、実に面白い話しをしてきました。

彼女はあと一日閑馬にいるそうなので、また古(いにしえ)の話しをしたいと思います。
良い息抜きだ。

2009年6月29日 (月)

09/06浜松通信vol.6 北島紺屋のことなど

浜松6日目。

久々のピーカン!
暑いくらいの朝を迎えました。
こういう日は、藍染がありがたい。
藍染めを着ることは、日陰にいるのと同じ事ですからね。
でも、終わる頃は雨になった。
やはり、梅雨の真っ直中なんでしょう。

お仕事も、午前中は実に忙しく、松本さん親子が賑やかにお買い物してくださった。

途中、「私も藍染をしていたの」というお年寄りにお立ち寄りいただいた。
「本藍染だと思うわ」とおっしゃるから話しをお聞きすると、どうも20年以上も前のことらしい。
「上野から電車に乗って行って、川で洗った覚えがあるわ。染織家の先生に連れて行ってもらったのだけれど、古いお家で、甕が一杯並んでいたのよ。三越で展示館もやったの」と、東京弁でおっしゃる。
「それは北島さんのところですね。川は小貝川でしょう」と申し上げると、「そうそう」と想い出された様子だ。

茨城の北島紺屋は、今はありません。
私が藍染を始めた頃は、まだご健在でしたから、一度は伺おうと思っていた紺屋ですが、噂に寄れば、跡継ぎがいらっしゃらなかったと言うことです。
戦後、一度は廃業をお決めになったらしい。
それを惜しんだ東京の染織家達が支えて、存続が出来たと云います。
この方の先生は、その内のお一人だと言うことでしょうから、「型染めでしょ?」お聞きすると、「そうなの、型染めよ。とても力のあった先生で、だから三越で展示館が出来たの」ということでした。

北島さんは、戦後の藍染を支えた人です。
今、私が使っているようなコンクリートの大甕を考案なさったのも、北島さんではなかったかと思います。
そう言う意味では、私も間接的にお世話になっている紺屋ですね。

私の親父殿は、藍染を広めた人だとは、わがカミサンの言葉だけれど、その工房も今はありません。
跡継ぎがいなかったから?
じゃあ、私はなんなの?(笑)

さて、お商売ですが、天気と同じで、それ以来待てど暮らせどお客様がいらっしゃらないという、泣きの涙の雨空だ。
終わり頃、昨日も来て下さって「今回は合う物がないから秋ね」と言っていたTさんがいらして長話。
昨日は歯が痛くてこらえ性がなかったのか、一着も試着なさらなかったのに、今日は歯医者さん帰りで痛みが和らいだのか、機嫌が良い。
ファッションショーが始まって、あれやこれやとご試着。
最後の一着で、「なんでこれを昨日着せてくれなかったの?」というお似合いの品があって、めでたくお買い物。
これでなんとか格好が付いた。
これも梅雨の晴れ間か。

終わってから、人事と食品と三人で一杯。
こんなご時世だけれど、将来のここをしょって立つだろう二人と楽しく会話。
酒も魚も話しも旨かったな。

昨日今日と、二晩だけの宴会でしたが、こんな閑かな浜松の夜は初めてです。
これもご時世か、私もみんなも年取ったのか。

2009年6月28日 (日)

09/06浜松通信vol.5

浜松5日目。

朝一番で、先日お買い上げ頂いたお客様が再度御来店。
このブログもお読みいただいたようだけれど、お母様に紺邑のTシャツをお召し頂いているうれしい写真を見せていただいた。
またご注文頂きましたが、一生懸命お作りしますんで、お待ち下さいな。

日曜日で、私が何を言おうが書こうが、沢山のお客様が御来店。
紺邑も、前年を越えさせて頂いた。
さすが遠鉄と言うところでしょうか。

今日は、今回初めての宴会。
担当の男衆三人と私。
止せばいいのに、また政治談義だけれど、次回の衆議院選挙で、日本国民がどういう選択をするのか、大変大切なことだと思います。
崖に落ちることを選ぶのか、崖っぷちから少しでも離れることを選ぶのか。

私は、離れると思う方に、一票入れます。
今回は、冗談じゃありません。
国民がいい加減な選択をした場合は、戦前のようなことにもなりかねないとも思っております。
マスコミに扇動されたという意味でもね。

まあ、そんな話しになって申し訳なかったと思いますが、勘弁してください、って、三人に謝っておりますです。

大変疲れが出てきた。
ユンケルで、なんとか繋いでおりますですよ。

2009年6月27日 (土)

09/06浜松通信vol.4 デパート

百貨店またはデパートというところは、ちょいと前までは、おしゃれをしてわざわざ出かけて行く場所でありましたね。
そのおしゃれをするために、買い物もするし、良い物をデパートで探す。
そう言う、特別な場所だった。

現在の百貨店は、日本全国、土日になりますと目の前の景色が一変いたします。
お家で寛いでいる姿そのままで、デパートにいらっしゃる方々の如何に多いことか。
よれよれのTシャツに半ズボンにサンダル履きなんてね。

これは、お客様の責任であるはずがない。
どんな格好で御来店いただこうと、自由なことは当たり前です。
要は、デパート側の姿勢にあったのではないかな。

過去形で書きましたが、デパートがスーパーと競争する世の中になってしまった。
ここでも、今日から本格的にバーゲンが始まっています。
例年よりも早いのではないかな。
このご時世ですから、その良し悪しは私には図りかねる。
しかし、勘で言わせていただければ、デパートはデパートらしいのが良いのではないかと思う。

こんなことを考えるのも、そういうお客様は、我々の物に興味を示されないからです。
それでも時折、おしゃれな方がお見えになる。
今日も、そう言う数少ないお客様に支えられ、ボチボチと商売になりました。
最年長は、大正13年生まれの85才の方。

隣では、有田焼のセールをやっている。
売っている人はこの路40年だそうで、今は引退してアルバイトで販売をしている。
この方曰わく、「百貨店とスーパーは、まるっきり違いますよ。我々の商品は、スーパーでは全く売れません。ほとんど0に近い数字です」とおっしゃる。
500円から1200円くらいの焼き物のバーゲン品は、ああいうところでは売れないのですね。
ましてや我々の工芸品は、尚更のことですが、どうも百貨店はそう思っていないらしい。
ん?そんなことはない?
そうかもしれません(笑)

さすがに疲れが出て参りましたが、7月の中旬は時間が取れる。
今後の行く末も、しっかりと考える良い時期でありましょう。

2009年6月26日 (金)

09/06浜松通信vol.3

予定では、今朝も散歩するはずでした。

朝早くに電話が鳴って、「こんな時間になんだ?」と起きてみたら8時50分だ!
びっくりして飛び起き、あわてて支度してバスで出勤。
開店五分前に売り場に到着致しました。
計算では、10時間近く寝ていたことになります。
つまり、散歩どころではありませんでした、ってことです。


準備も出来ずに開店となりましたが、お馴染みの伊熊さんと原田さんがお見えになって勢いがつき、2日間の負けを取り戻した以上の成績で終わることが出来た。
お馴染みとはいえ、義理でお買い物して下さるはずもなく、皆さんに合った品物を作って来なければなりません。
「今回は何があるの?」と言われ、スムーズに品物を紹介できない様であれば、飽きられてしまうでしょうね。
今回も,
素晴らしくお似合いの物がいくつもあって、全部お買い上げ頂いた
正直、ホッとしていますし、ありがたいことだ。

初日に「考えてくる」と言ってお帰りになったお客様も、「考えてきた」とおっしゃりながら再度御来店。
総レースのジャケットという、紺邑としては大きな注文を頂きました。

良い一日となりましたが、忙しいのか?と問われれば、忙しくはありません。
中身が濃いと言うことでしょうね。

ところで午前中、私の元担当で、現在は別の売り場の責任者になっているFさんが通りかかり、「大川さんは、水野忠邦と親戚なんだ!?」と、青学出だから、ちょっと東京弁で宣った。
正しくはそうではないけれど、このブログを読んで下さったと言うことだ。
「だけどね、大川さん。あのお城は、戦後、浜松を元気づけようと、地元の有志が勝手に作っちゃったもので、本当はもっと由緒正しき物だったらしいですよ。だから、入るとがっかりするかも知れません」なんて、身も蓋もないことを教えてくれました。
そう言えば、お城に入ったことのあるうちのカミサンが、「やっぱり昔の人は背が低かったのね。天井がすごく低いよ」って言っていたけれど、そう言うことだったんだ!

2009年6月25日 (木)

09/06浜松通信vol.2

浜松二日目。

朝早く起きて、珍しく散歩。
ホテルの目の前が、浜松城天守閣がそびえる公園なんでありますが、わたくし、何回ここに泊まったか分からない位なのに、まだ一度も訪れたことがありませんでした。
一念発起しての散歩であります。

この公園は、緑豊かで、なんと気持ちの良いことか。
天守閣は、朝早すぎて開いていませんでしたが、謂われを見ますと、別名「出世城」と言って、ここの城主になると出世するのだそうな。
その代表格に、天保の改革で有名な、老中水野忠邦が出ておりました。

水野忠邦へは、大川家から嫁さんだか側室だかが行っております。
その時の着物が、文化財に指定されて本家に残っているはずですが、これなら、浜松と私は親戚みたいな物だなんて、勝手な感慨にふけってホテルに変えて参りました。

シャワーを浴びても時間が余り、早めに出勤して駅で朝食。
それでも時間があるけれど、売り場に入ってゆっくり準備を致しまして、つまり、準備万端で開店を待ちました。

そのお陰か、午前中は真によい出足。
さすが遠鉄だと思いましたが、ちょいと伸び悩みまして、始まって以来の成績の悪さだな。
今日は、郊外型ショッピングモールのグランドオープンの日らしい。
その影響は、あったのかもしれません。

まあ、親戚ですから、ゆっくりと焦らず怠らずに励むことに致します。

2009年6月24日 (水)

09/06浜松通信vol.1

遠鉄初日。

今日到着予定の商品を飾り付けしなければなりませんので、ちょっと早めに出勤。
外に出ると小雨なので、傘嫌いの私は歩くわけにもいかず、バスで百貨店に向かいました。
泊まっているホテルは、遠鉄百貨店から歩いて20分ほどのところにあるのです。

到着すると、ものすごい土砂降りになっていました。
遠鉄百貨店は浜松駅前にあるのですが、ちょっとだけ外を歩かなければならない。そのちょっとが傘無しでは歩けないほどの大雨。
駅のコンコースにあるコンビニで450円の傘を買い、ようやく濡れずに売り場に入れました。

9時に荷物が着く予定でしたが、まだ来ていない。
携帯で追跡すると、配達済みとなっているので安心していたら、待てど暮らせど来ない。
実際は、配送センターに入るのが遅れたらしく、売り場に届いたのは、開店後15分ほど過ぎてからでした。
それまで売り場は空っから。

そんな開店早々、私の目の前で、偉い人が担当の深見君に、我が売り場を指さして何か言っています
どうも、商品が少ないのではないかというご指摘らしい。。
深見君がちょっと説明したら、ご納得いただいたようで、笑顔でお帰りになったが、この方は営業本部長で現場責任者。
さすがに見ていらっしゃますねぇ。
そんな矢先の到着でありました。

蓋を開けてみると、遠鉄も他の百貨店同様で例外とは言えないようだし、その上、郊外に大型ショッピングモールが今日オープンだそうな。
しばらくは影響を受けるかも知れませんが、そんな中、常連の鈴木さんがお見えになって、今回の目玉商品で、絶対に浜松のお客様に気に入っていただけるだろうと作ってきたジャケットを買って行かれた。
ありがたいな。

紺邑は毎回、どういうわけか初日が悪い。
今年は悪すぎるけれど、なに、6日催事の搬入日に売上げが出来たと思えばなんてことありません。
明日は商品も増える。

帰りに、毎度行き損ねているラーメン屋に行ってみた。
遠鉄の女北野と呼ばれるヨウコが、「あそこは野菜炒めが良い」というので頼んでみた。
砂糖の甘さ一杯だ。
何故砂糖をあんなに使うのだろうか。

がっかりしながら帰ホテル。
エレベーターのドアが開いたら、鈴木自動車の鈴木さんが出てきた。

色々あるなぁー!

後六日間、精進いたしましょう。

2009年6月23日 (火)

from札幌to浜松 つき

朝ゆっくりと支度をして、午前11時にホテルを出ました。
何故か、バスで空港まで行こうと思った。
乗り場は分からないけれど、水晶の大森君が、すすき野交差点近くの東横インの側で乗れるようなことを云っていたのを想い出した。

すすきの交番に入って聞いてみると、交差点の向こう側だという。
みれば大きく「空港行きバス」と看板が出ている。

ゆっくりと交差点を渡り、バス停で時刻表を見ると11:09分発とある。
時間を見ると11:09分になった!
そこに数秒遅れてバスが到着。
ゆったりと、ボーッと景色を見ながら12:20分には新千歳空港に到着。

ついておりますねぇ。
こんなご時世に、ありがたやありがたや。

空港で昼食。
なぜか腹が味噌ラーメンを欲しているので、ラーメン屋さんでそれと沢庵付きの小ライス。
これは、札幌味噌ラーメンの食べ方の王道です。
あの甘い味噌が、ライスと合うのですな。

飛行機は14:20発中部国際空港行きですから、随分時間があるけれど、手続きを済ませて中でゆっくりすることにしました。
ソファーに座っていると、目の前に人の気配。
ドカッと隣に、組紐の平井が座ってきた。
この男も、名古屋から伊賀上野に帰るという。

名古屋まで連れて行ってもらい、新幹線で浜松の遠鉄に入ったのが18:20分頃。

品物が全部はいるのは、明日の朝ですので、簡単に準備をして明日に備えたという一日でございましたとさ。

日記ですね。

2009年6月22日 (月)

札幌通信vol.6 言霊(ことだま)

丸井今井札幌本店の最終日です。

日本の神々は、声に出した事の願いを叶えてくださるそうな。
逆を言えば、声に出した事は実現してしまう。
古代の日本人は、それを「言霊」と言って、言葉を大切にしたと云います。

昨日の帰り際、「明日は○○万円売る。それも二人のお客様でだ!」と宣言をしてしまった。
筆屋の鉄ちゃんが、「根拠は?」と聞くから、「無い!」と答えておいた。
実は、ウールのコートに興味を示されたお客様が、一人いらっしゃったと言うことはあった。
後は、勝手な決めつけに過ぎませんでした。

さて最終日の本日、ゆっくりお昼を食べて帰ってくると、二人のお客様がそのコートをご覧になっている。
聞けば、昨日ご覧になっていた方の、お母様と妹さんとのこと。
詳しく楽しくご説明申し上げると、「あの人は自分で決められないの。これは良いわね」と、代わりにお買い上げ。
ついでに、妹さんがウールのケープを、お母様にはレースのジャケットをお買い上げ頂き、お二人で、私の宣言したとおりの売上げとなりました。
これで、昨年の成績を上回りました。

言霊とは、声にして出した言葉のことだけれど、その内容が暗かったりネガティブだったりしても、その通りになっちゃう。
だから、空(から)でもウソでも、元気に良い言葉を吐かなきゃなりませんね。
言うは易く行うは難しだけれども、試しにやってみたら、驚いた結果が出た。

この暗いご時世に、日本の報道にも、そういう記事が欲しいところだけれど、文字では言霊は現せないから、せめてテレビの話題でも、明るく元気の良い物が欲しいですね。

因みに、言(こと)は事(こと)だそうな。

その後もシルクのジャケットが売れたりして、この日だけで一週間の半分以上の成績を上げることが出来、お陰様で、前年の売上げを超えさせていただいた。
聞くところによると、紺邑だけだそうです。

終わってみると、やはり疲れておりますね。
何も出来ず、ただただご飯を食べて帰って参りました。

明日は浜松に向かい、明後日からはお馴染み遠鉄7階のクリエイティブ工房で、「紺邑正藍染展」です。
体力を回復させ、励むことに致します。

2009年6月21日 (日)

札幌通信vol.5

札幌5日目。

特別な週を過ごしているのかも知れません。

確かに、西武の閉店セールなどの要因はあろうかと思うけれど、それにしても閑かだし、成績もそれなりだ。
みんなリスクをしょって来ているから、どうしたらよいだろうかと真剣に考える。

例え百貨店の状況がどうあろうと、景気がどうあろうと、私達は仕事をしなければなりません。
仕事には、心を込めます。
中には、それが通じない人もいらっしゃいますけれどね。

さて、百貨店の仕事は色々あろうかと思うけれど、チラシやポスターは、お客様に「良い品物を揃えましたよ」「是非入らしてください」「きっと喜んでいただけることでしょう」などと言う心を伝えるものだろうと思う。
それが、デザインや写真や品揃えなどに現れるはずだ。
はたして今回のチラシに、その心が現れているだろうかと云えば、はなはだ疑問に思う。

まあ、お見せできないことをグダグダ書いても詮なきことではありますね。

何がどうなろうと、腹は減ります。
お気に入りの食堂が出来まして、名を「おふくろの味」といいます。

野菜たっぷりの肉じゃがに、野菜たっぷりの豚汁をつけ、納豆と生卵と昆布と何かのゴマ和えと漬け物とコーヒーゼリーのデザートを頂いて参りました。
ご飯はもちろん、お代わりありです。(^_^)v

ビールも飲んでいませんから、コンビニでワインの安酒を買い込んで参りました。

これでもう十分であります。

ん?当たり前だ?
こりゃまた、失礼を致しましたm(_ _)m

2009年6月20日 (土)

札幌通信vol.4

札幌四日目。

今回は、マネキンさん(販売のお手伝い)を頼んでいませんが、催事をとりまとめている企画会社が、会場に二人のお手伝いを入れてくださっているので、彼女達に店番を頼み、順番にお昼と休憩をとっています。
私は午前11時の一番。
少し早いですが、これで朝食兼お昼にしています。

私の目の前が、革細工のユミちゃんで、別名ハリケーン・ユミと呼ばれるほど賑やかな女性。
彼女が、スープカレーの話を盛んにする。
私が食べたことが無いと言うと、「何回札幌に来ているの!あれを食べなきゃ駄目よ!!」とうるさいこと。
ここの社員食堂には立派な喫茶店がありまして、そこのメニューにスープカレーがありましたから、「あれでも良いかな?」と聞くと、「まあ、美味しいとは言えないけれどまあまあの味よ」と云うので、お昼はスープカレーにしました。
食堂に行く道すがら、みんなに「スープカレーを食べて来る」と云うと、「ユミちゃんに言われたね」という返事。
ハリケーン・ユミは、「スープカレーを食べなきゃ駄目!」と、みんなに言って歩いていたのですね。

一口食べてみれば、なるほどスープのカレーだ。
そこに筆屋の鉄っちゃんから電話が入って、お客様だという。
走って売り場に帰ると、夕張のお客様。
高価な野良着を買って下さった。
急いで戻って食べ終わったとき、また呼び戻されて、今度は昨年ハギレをお買い求め頂いたお客様に、またハギレを沢山買っていただきました。

スープカレーはやはり、ユミちゃんの言ったとおりの味でありましたが、「外で食べれば、あれにコクを加えた味なのよ。やみつきになるから」と、またひとくさり語られてしまいました。

商売の方は、なかなか大変だ。
札幌西武百貨店と旭川丸井今井の閉店セール、札幌東急では宮崎物産展が始まり、ヤマダ電機が今日オープンしたらしく、丸井今井までなかなかお客様がいらっしゃらなかったようです。
それでも紺邑など、顧客を持っているところはなんとか数字になるけれど、初めて丸井今井に出展した方々は大変だろうな。

工房から電話がはいりまして、神奈川から来て下さったご夫妻と宇都宮の鈴木さんにお買い物して頂いたとのこと。
お二組に、遠く札幌から感謝申し上げます。
お陰様で、札幌より工房の方が余程良い成績なのですから(^o^)

夕飯は懇親会で。
それにしても、札幌は寒い!

2009年6月19日 (金)

札幌通信vol.3

札幌3日目。

丸井今井札幌本店は、午後八時まで営業していますから、地方百貨店としてはちと長い。
ペースを考えないと、疲れます。
それでも、渋谷の東急東横店の9時よりはましですけれど。

朝一番で、十数年もお付き合いのあるお客様に、シルクのストールを買っていただいた。
東急百貨店に出ていた頃のお客様で、昨年、偶々丸井今井に遊びに入らして再会。
「あのころ、あんたにハンカチをもらった小学生の孫が、来年大学受験だよ」とおっしゃる。
そういや、そんなこともあった。
思えば私も、この商売が長くなりました。


紺邑の売り場は変わった形で、奥に入りますとお客様の視線から私が消える。
そこに入ってちょっと居眠りをしていると、「カチャ!」という音が聞こえ、目が覚めた。
音の方を見ると、お客様がウールのコートを床に落としている。
「申し訳ありません」と、直ぐに飛んでゆくと、昨年ワンピースをお買い求め頂いた方。
落としたコートを試着しましたが、ちと小さい。
ゆったりとしていて脱ぎ着が楽な、アルパカのケープをお着せしたら、余りに似合って脱げなくなってしまった。
今は必要ないものですけれど、年に一度しか紺邑は来ませんから、今買わないと冬物は買えません。
熟慮の結果、お買い求め頂いた。

「果報は寝て待て」でありますね。

2009年6月18日 (木)

札幌通信vol.2

札幌二日目。
相変わらず寒い。
北海道の6月は、梅雨がなくてカラリとしているから観光客に人気があり、ホテル代もあまり安くなりません。

苦心して安いウィークリー・マンションをとったのですが、これが快適。
広い部屋に大きくて硬いベッドが置かれ、洗濯機以外は何でも揃っていて、バスタブも大きく、それで東横インの半額です。
東京のウィークリー・マンションとは比べものになりません。
彼らも、これくらいの企業努力をすれば、もう少し良くなると思いますけれどね。
惜しむらくはすすき野の先で、環境がよろしくない。
回りは、ホテルと言っても○○ホテルばかりなりけりでありますよ。

さて、お商売は。。。
昨日と打って変わって、朝から閑散たるもの。
北海道は傷んでいるのかなと、そんな感じが致しますが、ここは毎回二日目が悪い、
それでも売れなきゃ仕方ありませんが、DMの方のお友達や、「八十才になった母が、軽いものしか着なくなっちゃって」とおっしゃる方が、これ以上軽いものはないというブラウスを買って下さったり、釧路の食堂の女将さんが、変わりベストを買って下さったりで、初日よりはけっこうな成績ではありますが、もう少しだな。
夜八時までの営業ですから、焦らず怠らず、待てば海路の日和ありだ(^_^)v

ブラシ屋の旦那がいらっしゃいました。
恒例の宴会。
旦那が来ると、何故宴会をするかと言えば、会費をちょいとご喜捨頂けますので、割り勘がたすかるんでございますよ。
今回は総勢15名となりまして、生ラムのジンギスカンで、それはそれは飲んだり食ったりで、旨かったなぁー!
このジンギスカン屋は、百貨店から結構歩くのですが、幸いなことに、私の泊まっているウィークリーマンションの直ぐ側で、私だけ楽をさせていただきましたね。

後は寝るだけ。。。

2009年6月17日 (水)

札幌通信vol.1

札幌丸井今井本店の催事が始まりました。

隣の会場がバーゲンの所為かどうか、朝からすごい人出で目が回るようでした。
こんなのは久々ですが、両隣は大忙しで、紺邑は蚊帳の外。
一日中そんな事で、恥ずかしい一日でしたね。

何で恥ずかしいかというと、私がポスターに大きく載っているからです。
それでこんな成績ではね、っということなんです。
手応えがないわけではないけれど、どうもいけません。

札幌は雨模様で、少々寒い感じがします。
冬物も持って参りましたので、後五日間を励むことに致します。

帰りには、一久さんと札幌ラーメンを食べて参りました。

サッカーも負けたことだし、後は、素直に閑かに休ませていただきます(T_T)

2009年6月16日 (火)

From閑馬to札幌

閑馬で草刈に励み、翌日、佐野新都市(アウトレット)9:50分発のバスで羽田空港に向かいました。

このバスは、暢気に10分遅れの11:00に佐野を出発。
到着予定時刻は11:50分でしたが、都内が空いていたので、11:13分に羽田空港に到着。
後は時間を持て余すだけでしたが、13:00発札幌行きのANAに乗りまして、無事丸井今井に到着。

この催事もメンバーが刷新され、水晶の大森君や漆器の一久さんや、筆の鉄や木工の志賀ちゃんなんかが居て、楽しそうな催事になりました。

ゆっくりと飾り付けをし、革鞄のユミちゃんに寄れば、「大川さんが、こんなにまじめに準備するのを、久しぶりに見た」なんて言われながら準備終了。

夕方、イタヤ工芸の菅原さんから、一緒に夕飯はどうかという電話がは入りました。
奥様と一緒でしたが、喜んで参加。
どうも、二人だけだと直ぐに夫婦喧嘩になってしまうので、誰かが必要だったらしい。
それでも、本物の職人との一時は、楽しい物です。

札幌は、古い付き合いの街。
一週間を、楽しませていただければ幸いだな。

2009年6月15日 (月)

From高松to閑馬

日曜日、高松最終日。

期待は小豆島のお客様でしたが、我が紺邑にはいらっしゃらなかった。
その分の成績でおわりましたが、品揃えからすると、こんなものかなと不満の無いところでして、これが我が社の問題点でもある。
つまり、商品の生産能力があまり無いと言うところ。
これを補うために、染めを外注するという方法もあろうかと思いますが、紺邑の色は私が出したかった色で個性ですから、たぶん他の藍染め屋さんでは違うものになるでしょうからね。
藍染に親しい高松の方々も、「きれい!」と言って立ち止まってくださってはいましたし。。。

「小豆島の人がいらっしゃいませんでしたね」と、終わってからの打ち上げで師匠達に言いましたら、「それがようやく、今日来たんじゃないの」と、シルク屋さんと人形屋さんが言う。
そう言えばこの二人は、昨日今日とすばらしい成績だ。
「あのね大川さん。ここは馴染みにならなきゃだめなところで『あら、去年も入らしていたわね』とお客様に言わせるようでなければ売れるようにはならないよ」と教えられました。
なるほどなるほど、そうだろうな。

夜行寝台車で帰る事にしました。

最終日の朝早く、切符を買いに行ったのですが、なんと普通席は売り切れ。
仕方なく、個室を取りましたが、これでも飛行機の特割よりも安い。
こんなところもご時世か、皆さん、倹約なさっている事が現れているようです。

打ち上げの後、少々良い気分で乗り込むと、本当に個室で、大きな窓を独り占めだ。
部屋を真っ暗にして外の景色を眺めながら、赤ワインの安酒を飲む。
坂出を過ぎると、ゴーっと言う音になって瀬戸大橋に入り、その夜景でますます酒の勢いが増し、岡山を過ぎてから記憶がなくなり、気がつくと横浜に着いておりました。

お陰様で寝不足もなく、すっきりとして閑馬に帰って参りましたが、草ぼうぼうなのにびっくり!
ちょっと昼寝をしてから草刈に励み、明日から北海道に旅立ちます。

鍛冶屋が「大川さんのブログを読むと目が回る」と言っておりましたが、当人も目が回る!

2009年6月13日 (土)

高松通信vol.5

土曜日は昨年の実績も大きいし、期待も大きい。
それにしては閑かな一日でありました。

我が師匠連(人形屋さんとシルク屋さん)の分析に寄れば、年金支給日とずれたこと、貯蓄率の高い地域性による消費の控え、そしてご時世の三つの要素が重なっていると言う。
私は、そうかもしれないと思うだけです。

それでも紺邑は、お話しした方の戻りやDMのお客様に御来店いただき、なんとかなっておりますが、この催事に長く出展なさっている業者の中には、前年の1/10だなんて言う人もいるくらいです。

小豆島の方々が、お見えになりません。
私はそれを期待していたし、大川さんにお会いしたい。
小豆島には大川姓が多いと聞いておりますが、その多くの農業従事者は、景気が良いとお聞きしておりますのでね。

「紺邑の社長さん?」とお尋ねのお客様が入らした。
このブログをお読みの方でしたが、驚きましたね。
ご自分も趣味で藍染をなさっているとの事ですが、お時間が無く、また来年ゆっくりお話しできればよいですね。

中には、「あなたもこれくらい濃く染められるようになればいいわね。今は、このくらいの色ですものね」と、小学生の低学年であろうと思われる子供に語り掛けるお母さんがいた。

まだまだこういう、ものの分からない母親が居るのですから、日本も大変だ。

「あなたのお子さんが出来るような染めもので、私達職人が商売をしているとお思いですか?」と言っては見たけれど、詮ないことだ。
この母親は、庭で藍草を栽培し、
物の本で読んだ煮出しの藍染を子供にさせているそうですが、うそを教えてどうするんでしょうね。
これからこんな事を教えた報いが来ることでしょうが、その原因も分からず、悩むことでしょう。

終わって宴会。
人形屋にシルク屋に風呂敷屋に水晶屋に、おなじみブラシ屋にすだれ屋に、馬革屋に紺屋で、地元の魚を頂いて参りました。
さすが瀬戸内は、美味い魚を食わせます。

そして、後は充実した睡眠を欲するのみ。
はてさてzzz

2009年6月12日 (金)

高松通信vol.4

香川県は、貯蓄率が全国二位だと朝礼で聞きましたが、その分お金を使わないなんて言う冗談もあるらしい。
お隣の徳島県も同じようなお国だと聞きましたが、もっと倹約をするお国柄だそうな。

1万円を拾った(もらった?)とき、徳島県人は全て貯金する。
香川県人は、5千円使って残りを貯金する。
愛媛県人は、全部使う。
高知県人は、1万円使いに行って、もう1万円使ってくる。

県民性を、こう表現している本があるらしいけれど、全県を知っている私としては、なるほどと思うな。
何処が好きって、高知県ですね。

さて、そんなお国柄ですが、高松の商店街の立派さは、目を見張るほどです。
きれいな歩道にきれいなお店が建ち並ぶ。
横浜の元町を、大きくしたような雰囲気ですね。
ここで皆様買い物なさるのですから、豊かなんでしょう。

でも今日は、他県のお客様が多かった。
私の所では京都、人形屋さんでは愛媛、宝石屋さんでは埼玉県のお客様だ。
旅行中だそうでしたが、うどんを食べに入らしたのか、金比羅様のお参りか。

なんにしても、お買い物をしてくださり、感謝感激でありますね。

夜はまた、すだれ屋さんとブラシ屋さんと部屋で一杯。
平和です。

2009年6月11日 (木)

高松通信vol.3

本日は晴天なりで、お客様も多数お見えになった。

お若い男性が紺邑の前に立ち止まり、「タデですか?」とおっしゃる。
タデ藍の事でしょうから、「そうですよ」とお答えすると、外国で豆科の藍草を見て来たらしい。
そこから藍染の話をたっぷりとさせていただきましたが、ご理解いただけたようで、籠染めのシャツを一枚お求めいただきました。

この方のズボンは、竹を繊維にして織ったもので、藍染のジーパンもお持ちだという。
今日お召しのシャツもTシャツも藍染ですし、こういう方の存在はありがたいですね。

しばらくしますと、今度はお年を召した男性が、ニコニコしながらお見えになった。
「いやあー、気になって眠れなくなっちゃって、早く来たよ」と、
うれしいお言葉。
初日に入らして、メンズの濃紺のシャツを指さし、「取っておいて。土曜日に来るから」と言い残して、サッサとお帰りになった方です。
書類に書いたわけでもなく、手付けを打ったわけでもないけれど、その姿が信頼出来ましたので、奥に仕舞って置いた。
この方も藍染のシャツをお召しで、「これ一枚しかない」とおっしゃいますが、しっかりしたダブルガーゼの藍染のシャツでした。

同業の方々が良い物を作ってくださっているから、藍染への信頼が増すわけですね。
相身互いで、お客様が私の藍染を気に入って下さり、それがこの業界の発展に少しでも寄与できれば幸いだと思います。

2009年6月10日 (水)

高松通信vol.2

夕べは九時半に寝まして、途中四時半頃トイレに起きはしたものの、そのまま、朝八時の目覚ましに起こされるまで爆睡いたしました。

外は雨。
天気予報によると、東海地方まで梅雨入りだそうな。
ここ高松三越は、雨が降ると客足が鈍ると皆さんおっしゃる。
案の定、昨日の賑わいはなく、閑かな一日となりました。

年に一度の催事だし、数年ぶりだから、この梅雨時にウールのコートなどの冬物を持ってきました。
お昼を食べ、のんびり休憩して売り場に戻ると、本日初めてお客様が立ち寄られた。

高松のお隣は、藍の産地徳島県ですから、藍染には皆様親しんでいらっしゃる。
看板の「栃木県」というのを見て、怪訝そう。
そこから藍染の話しになって、ウールの藍染の説明もさせていただいたら、「今年はウールのコートを探そうと思っていたのよ」と、お買い求め頂いちゃいました。

これだけでも十分ですが、今日届いた新作のブラウスジャケットも出て、「高松に来て良かった」であります。

さて夜は、サッカー日本代表のカタール戦だ。
夕飯も取らず、急いで勇んでホテルに帰り、テレビのスイッチを入れると、待てど暮らせど試合が始まらない。
最近のテレビ局は、自信がないのか視聴者をバカにしているのか、スポーツ中継にタレントを連れてきたりなんだりと、小うるさくて仕方ありませんね。
こんな事なら、お弁当を買ってくれば良かったと思っていると、すだれ屋さんからメールが入り、「晩飯もお酒もおつまみも用意してあります。部屋に来ませんか?」というお誘いを受けた。

喜んで伺い、ブラシ屋さんと三人でサッカー観戦。
今日は飲むまいと思っていた酒も美味しく頂き、サッカーは引き分けてしまったけれど、楽しい一時を過ごさせていただいた。

やはり、高松に来て良かったな(^_^)v

2009年6月 9日 (火)

From日本橋to高松

日本橋三越の「匠の技展」が終わりました。
会期が変更され、お中元の最盛期からはずれたという事を考えれば、それなりの成績であったろうかと思います。

この催事は、その昔は売れない催事だったと何度も書いて参りましたけれど、その当時は、それはそれでのんびりとしてほんのりとした味わいがあった。
現在の売上げは多分、坪効率では日本一だろうと思うけれど、それなりに百貨店からの期待も大きいし、緊張感が漂う。
疲れはやはり、最近の方がずっと大きいですね。

片付け終わり、夜の八時過ぎに荷物を車に載せ、そのまま運転して高速道路を一路、四国は高松三越に向かいました。

当初は、商品をもっと作り、日本橋三越と高松三越にそれを振り分けて、カミサンが高松に行って販売する予定でした。
しかし、思うように出来なかったために、日本橋に商品を集中させ、それを私が車に載せて、一人で高松に行くことにしました。
何故なら、8日の日本橋の最終日が高松の搬入日で、9日から営業ですから、移動の時間が全くなく、高松の営業日の朝に搬入するしかなかったのです。

普通三越の催事は、火曜日開始で日曜日終了でありました。
今回の日本橋は、水曜日開始の月曜日終わりに変更されたために、三越同士の移動なのに、不都合が生じることになったのです。

高松に午前四時に到着。

約八時間の、車の旅でした。

ホテルで二時間半ほど仮眠を取り、商品を搬入・展示し、そのまま営業開始。

驚いたことに、沢山のお客様がお見えになった。

我が紺邑の高松三越における実績を、過去の日計表で調べてみたら、結構売っています。
本日も、お取り置きを入れれば、文句のない成績でありました。
閉店時間も夜の7時だし、まだ初日ですが、無理して来て良かった(^_^)v

2009年6月 7日 (日)

日本橋通信 四日目と5日目 人物

日本橋三越の「匠の技展」も、はや5日目を過ぎました。
目が回るほどの忙しさで、このブログも一日おきという有り様。
四日目の商売は、厄落とししたはずなのに、紺邑は日本橋始まって以来の低調さでありました。
ただし、他の百貨店ならこのご時世、十分な成績ですけれどね。
この私がなんと、サッカーの代表戦も見ず、ブログも書かずにバタンキューで寝てしまった。
さすがに、事故だ何だというのが応えていたのでしょうね。

朝新聞を見ると、日本代表が勝った!
良かった!
万歳だ!

気持ちよく仕事が始まりましたが、疲れが酷い。
一番にアリナミンVを飲んで仕事に集中。

ところが待てど暮らせど、お客様がいらっしゃらない。

早めにお昼を取って帰ってくると、なななんと、返品があった。

この日本橋でマイナスのスタートは、初めてのことです。

それからも手持ちぶさたで過ごし、ユンケルを飲んでもなかなかマイナスがプラスにもなりません。

どうなることかと思いましたら、さる著名な女性に御来店いただいた。

実は、昨日の閉店間際に入らして、「染めてくださいますか?」とのお尋ねがあったのですが、私はその方の大ファンでありましたから、「はい、ファンですから何でもやります」と申し上げておいたのです。

私としては、本当にお待ちしていた。
絹のスーツの染めを頼まれましたが、本当は難しい染め。
しかし、喜んで引き受けさせていただいた。

この方のオーラは、柔らかくて優しくて大きい。
こういう人に、初めて会いました。

周りの人も気付いて、次々に話しかけてくるのですが、その対応もオーラと同じでしたね。

それから紺邑が大変身を致しまして、ものすごく忙しくなり、今週二番目の成績で一日を終えることが出来た。
人の影響力の大きさを実感した日となりましたが、日本には人物が居ますね。

閉店間際に来たリサ君に話したら、しばらくドイツにいた彼女は、その方を知らなかった。
帰ったら調べてみるなんて言ってましたが、分かったかな?
久しぶりに会ったリサ君は、一段ときれいになっていましたね。
経験は、人を変えるのかな。

良い経験をさせていただきましたが、この方の染めが出来上がりましたら、閑馬に来て下さるそうな。
楽しみなことです。


2009年6月 3日 (水)

09/6日本橋通信vol.1

町田が終わり、日本橋三越本店の「匠の技展」に出展しております。

昨日、町田から車で荷物を搬入し、カミサンが飾り付けをしてくれましたが、本当に上手だとつくづく思いました。
私の並べ方とは全く違い、まるで絵の世界のようです。
そのお陰かどうか、久しぶりに忙しい一日を過ごさせていただきました。

日本橋という場所との付き合いは、もう数十年になります。

最初は、東急百貨店と三越に出展しておりましたが、東急が閉店し、三越と親父殿がケンカした後は、長く高島屋にお世話になっていた。
それがまた、親父殿がケンカして高島屋との縁がなくなった後は、私は、ブラシ屋の旦那に拾われて、三越にでております。

百貨店は違えども、お客様は変わらずかわいがってくださる。
今日も長い付き合いの方々が入らしてくださった。
富田さんという、新しいお客様もお見えになりましたが、開店から閉店時間まで、お客様が絶えず、このブログで名前を挙げきらない程です。

全体は予算に足りなかったかも知れないけれど、他の百貨店に比べれば夢のような成績だろうと思います。
紺邑も、他の百貨店なら一週間分かも知れない成績を、一日で達成できた。
これも皆様のおかげですが、あと五日間、怠らずに励むことと致します。

2009年6月 1日 (月)

町田通信vol.3

朝7時20分発の高速バスで佐野アウトレットを出発。
順調に王子駅前まで着いた。
運転手が、「これから先は出勤時間と重なり、渋滞が予測されます。お急ぎのお客様は、ここで電車に乗り換えることをお勧めいたします」とマイクで言う。

一瞬どうしようかと思いましたが、せっかく大きなバスにゆったりと座っているのですから、ラッシュの電車に乗る気がしません。
怠惰に、そのままバスにゆられて新宿に向かいましたら、明治通りのまあ混んでること混んでること。
この間のスイスイは、不景気の為じゃなくて、曜日と時間の問題だったようです。

約30分ほど遅れて新宿に到着。
私も遅れて町田に到着。

仕事?

楽なもんで、「これ下さい」というお客様ばかりでした。

何人?。。。

(涙

しかし、時間はありましたから、その間、宇都宮の酒見君とメールで盛んにやりとりし、催事の準備が大分進んだ一日となりました。
 

町田小田急に限らず、百貨店は今悩んでおりますね。
私達のご担当も、移動してきたばかりでこの世界が良く分からないとおっしゃる。
そこで、高坂君を交えて、一献傾けて参りました。
社員は皆さんまじめですから、また、私のお節介の虫が動き始めたようです。

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