紺邑のホームページ

  • 紺邑のホームページ
    新しいホームページがオープンしました。紺邑について、藍染めについての情報です。

ネットショップ

  • G.i-Japan
    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

イベント情報

フォト

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009年7月31日 (金)

誕生日

我がカミサンの何十回目の誕生日。
それを祝して、子供達の招待で家族5人が明治記念館のレストランに集まった。
長女だけは、撮影とやらで欠席。

明治記念館には初めて行きましたが、その大きさに驚きもしたけれど、私達が入った一番奥のレストランは、外国人の接待には最適の場所だと思いましたね。
カウンターで天ぷらという趣向でしたが、我が次女の顔で、肉も寿司も焼酎も日本酒も頂き、主人公のカミサンも大満足であったでしょう。
だけど、子供達に散財を掛けるというのは、うれしい反面、心痛いな。

「人生にはバイオリズムがある」なんて書いてある本によると、この誕生日から、カミサンの運気は上昇気流に乗るのだそうな。
こういう事は信じればいいことで、これからが楽しみだ。

吉祥寺の商売は、ちっとも上昇気流に乗れません。
紺邑はチラシにも載っていませんから、これが多少なりとも影響があると思う。
伊勢丹のDMの小さなペラに紺邑は紹介されているようで、これを見たお客様だけに売れていますから、広告の重要性は分かるというものです。

吉祥寺店は来年3月で閉店ですから、ちと寂しい。
三越の池袋店も此処もそうですが、落ち着いた雰囲気の店が次々と無くなります。
これも浮き世の定めとやらでしょうかね。

2009年7月30日 (木)

吉祥寺通信

朝出勤しますと鈴木一久さんが、「疲れてますねぇー。長い付き合いだけれど、こんなに疲れた大川さんは見たことないな」と言いつつ、「これでも飲みなさい」と、QPコーワゴールドαをくれた。

疲れると「疲れたなぁ」と、ついつい言いたくなる。
「そんなこと言うから疲れるんだと言われそうだな」と私が言うと、「偶には愚痴ぐらいこぼさせて欲しいよね。愚痴なんだから」と鈴木さん。

彼は12週間連続して百貨店催事に出た経験を持っている。
私もそれに近い経験をしていますが、したことのない人に理解しろと言っても無理な話です。

疲れは人から優しさを奪いますね。
ついつい腹が立つ。
でも、QPコーワゴールドαのお陰で、少し優しく過ごせた一日となりました。

終わり頃、女性社員がリストを持って、「何か大きな物は売れましたか?」と聞いて回っている。
鈴木さんが、「売れませんでした」と答えるとその女性、「では明日頑張りましょう」と言った。
「今日も頑張ったんだけれど、売れなかったんです」とは鈴木さん。
その女性は、キョトンとしている。
そして隣の革鞄屋でも同じ事を聞くと、そこの若い職人がムッとして「売れてません!」というとまたしても、「では明日頑張りましょう」と同じセリフを吐いた。
それを聞いて、二人の態度の意味を説明してやろうかと思ったけれど、止めました。
きっとこの子は、頑張ったことがないんだなと思いましたからね。
因みに鈴木さんも鞄屋さんも、初日の成績は素晴らしいものでありました。

終わってから、お隣の東急百貨店の手作り展に出展している村井先生のところに、真珠の長谷川君と挨拶に行きました。
あちらも暇そうでしたが、お互い様です。
その雰囲気を見た長谷川君は、ちょっとの時間だったけれど、別の世界を垣間見ることになりましたね。
百貨店催事にも、色々ある。

そして、船橋東武の元担当の小川君が来て、長谷川君と三人で一杯。
焼き鳥でしたが、比内地鶏の良いものでした。

私は食にうるさくありません。
まずければ食べないだけのことだけれど、でも、美味しい物を食べられた方が良いに決まっています。

昨夜は、ハヤシライスでは一番だと私が思い、若い頃よく行ったレストランで食事が出来た。
一緒にいた叔父は、「世界中のレストランで、ここのサラダが一番美味しい」とも言っていましたが、確かに美味しかったな。

今日の最後は、ラーメン屋に連れて行った。
一口食べて長谷川君と小川君が、「美味しいですね!」だって。
やはり、美味しいに越したことはないな。

2009年7月29日 (水)

叔父との一日

帰国した叔父の運転手を一日務めました。

久しぶりに二人でゆっくり話しをしましたが、何と申しましょうか、数奇な運命と申しましょうか、事実は小説よりも奇なりと申しましょうか、私も色々ある人生だけれど、この叔父のそれはものすごいな。

私の母方の祖母が何処で生まれ、その父親がどんな人だったか。
その夫である我が祖父が、戦前歌人として名を馳せもし、政界でどう活躍し、どんな人だったか。
この叔父の母親が、何処でどうしてこの叔父の父親と知り合い、何処で生まれ、何故佐野に暮らしたか。
この叔父の実父の家族、つまり腹違いの兄弟や甥達に人生最晩年に出会い、此の何年か親しい交流が始まっていることも初めて知りましたし、この叔父が名乗る姓の意味も知りました。

こんな事を書いたところで、読んでいる方々にはちんぷんかんぷんであることは当たり前ですが、私もなかなか整理できなかった。
ホテルに送り届けると、「直ぐに帰らないで、寂しいから。この話をちゃんと紙に書いて説明するから、一緒に夕飯を食べよう」と言って、ホテルのレストランで整理して、私も漸く理解できた次第。

この叔父が、フルブライトの留学生として氷川丸でアメリカに発つとき、船内まで入って見送ったのが小学生になるかならないかの私。
それから何十年経つことやら。
私と此の叔父との間にも、様々なことがあった。

某歌手の、カーネギーホールでのリサイタルの集客を、この叔父に頼んだことがある。
もちろん、本人を連れて行って頼んだのだけれど、「僕はちゃんとやったよ。あの人はどうしているかな?すごかったんだよ!だってカーネギーホールだよ。会いたいね」なんて言われちゃったけれど、私は会いたくないなhappy01
政界に出るきっかけも私が作っちゃって迷惑も掛けたけれど、カミサンに言わせれば「大人なんだから自分が選んだ人生よ」って事になるけれど、大臣まで経験すれば、悪いことでもないでしょう。

とにかく、頭も身体も疲れ果てた一日でありましたが、これを皆に説明する機会を持たなければなりません。

2009年7月28日 (火)

吉祥寺準備日

今日は伊勢丹吉祥寺店の準備の日。
明日から「技ひとすじ展」が始まります。

荷物をどうしようかと思いましたが、宅急便で送る手間が作れず、結局車で搬入することにして吉祥寺まで参りました。

この伊勢丹の催事は相模原、松戸、浦和、吉祥寺、立川、府中の各支店を回るシリーズ。
その内紺邑は、相模原、吉祥寺、立川に出店いたします。
浦和は4月に出展しておりますが、府中は宇都宮と重なり、出展出来ないのが残念です。

ゆっくりと準備して、今回初出店の、水晶の大森君と越前漆器の鈴木さんと三人で「鰻鐵」でうなぎを満喫。
涼しい閑馬から暑い東京に来たので、生ビールの美味いこと。
アルコールが全く駄目で食欲だけの大森君と、内臓などが全く駄目な子供のような味覚の鈴木さんが一緒ですから、簡単に鰻重で終わりました。

今、井の頭線沿線の、次女と三女の住む部屋にいます。
これから2週間世話になる。
今回は、手料理を食わせると言いますから、楽しみだ。

2009年7月27日 (月)

大間々通信

大間々の料理屋さん「藤和良」での展示会の最終日。

夜八時過ぎまでお客様が入らして、藍染もお買い求め頂き、藤和良の皆さんのお力を知りました。
忌憚のない真摯な人間関係が如何に大切かと言うことを、教わって参りましたね。
売り上げもそこそこあったし、すばらしい出会いも沢山あった。
ありがたい二日間だったけれど、慣れないせいか、ちょいと疲れました。

足利にいる息子から電話があり、どうも腹を空かせているらしい。
こいつは只今苦労中。
その分、優しい男に育っていますし、いつかそれが身になる。
人生に無駄などありゃしません。
凄い食欲に一安心をしました。

午後11時ころ閑馬に到着。

明日は伊勢丹吉祥寺店で、「技ひとすじ展」の準備だ。

2009年7月26日 (日)

昨日と今日と

紺邑は、団体のお客様をお迎えする用意も出来ております。
昨日は、JA佐野の婦人部の方々17名がお見えになり、ハンカチを染めながら藍染体験。

20090725143342 終了後、庭で賑やかにおしゃべりをしているところです。

紺邑のイベントに既に参加されているお馴染みの方々もいらっしゃいまして、和やかに、楽しく藍染を体験していただきました。

紺邑の藍染体験は、道具を使わないで柄を出し、自分では染められずに、染めは私がします。
その間皆様は、私の話を聞くと言うところに特徴がある。
最後は染まったハンカチを洗って終わるのですが、何故染めさせないかという理由を説明させていただくと、皆様納得して下さる。

今日は、大間々で展示会。
20090726174743 お座敷での展示は初めてですが、様々な出会いがありました。

「私の知り合いも藍染をしていて、大川仁って言うの。私の良き理解者だったんだけれど、ご存じ?」なんて云う人がいらした。

「私は長男ですよ」というとびっくりなさって、共通の知人の話題で大盛り上がり。

途中で上州名物の夕立にも出会えました。

帰り際には星空となり、気温も下がり、過ごしやすくなったところで閑馬に帰って参りました。
ただ今午後9時半ちょっと過ぎ。
これより晩酌にてござ候m(_ _)m

イベントとお祭り

本日と明日の2日間、群馬県みどり市で展示会を致します。
お近くの方、お出かけ下さい。

場所:日本料理 藤和良(ふじわら)
    群馬県みどり市大間々町大間々1876
    ℡(0277)73-0058

日時:7月26日(日)・27日(月)
    AM11:00~PM7:00

 

今朝は、お祭りの準備を、町内会で致しました。
私は初参加。

20090726080816_2
山車の虫干し。
その昔の閑馬の夜祭りは、幻想的であったそうな。

祭りとイベントの掛け持ちですが、おめでたいことでありがたいことです。

いざ大間々へ(^^)/

初心忘るべからず

表記をお題にした日記を、私は今年の4月28日に書いております。

 

近鉄百貨店上本町店の「職人の技展」に出展していたときの日記で、担当の対応に対してちょいと書かせていただいた。
 
もちろん、本人にも話しをした上でのことで、内容はもっと具体的であり、陰口を書いたわけじゃない。
 
本人に話しもしているのに、それをブログに書くって言うのは粋じゃないと鍛冶屋に指摘されて、内容を大きく変えさせていただいた(その経緯が、第三者から私の耳に入ったことはまことに気に入らないけれど、それはそれとして。。。)

それならばそれなりに、百貨店の中で対応が出来ていると思いきや、出来ていなくても、多少なりとも動きがあったかと思いきや、本日、近鉄百貨店上本町店の担当から電話がありまして、全く無視されていたことが分かった。
 
それどころか、呉服売り場から妙な提案まで頂いた。

 

こりゃどういう事かいな?と思いましたね。
 
この話しは、私だけの事じゃない。
 
出展して関わり合った人達の総意でもあった。
 
それが無視されている事に対して、責任は誰が取るんでしょうか。

 

私は担当に話しをした。
 
その後は社内の問題だ。
 
 

今日は見かねて、関係する社員二人に話しをした。
 
彼らは初耳だというんですから、情報さえ届いていない。
 
何故なんでしょうか。
 
私がブログを書き換えた事なんて、なんの意味もありゃしませんでしたね。

 

この件に関しては腹に据えかねますので、一言書いておきます。
 
もちろん、それなりの対処もさせていただきます。

2009年7月25日 (土)

藍・地獄建て

今朝も五時前には起きましたが、何気なく布団に入ってしまった、その後二時間ほど寝てしまったらしく、ブログを書けませんでした。

さて、昨日何をやっていたのかなと思い出すと、これがはっきりしない。

よくよく考えれば、午前中染めて、午後は帳簿と格闘。

夕方は、直しと縫製屋さんを回り、磯さんお勧めの回転寿司で夕飯を取ったことをようやく思い出した。

 

この回転寿司は、値段も味もまとも。

なんで回転寿司なんだろうか?と考えたら、カミサンが「入りやすいからじゃないの」と言っておりましたが、そうかもしれません。

町田の回転寿司もよろしかったけれど、比較になりません。

もちろん、佐野方が余程良いということです。

値段もね(^_-)

 

バカなことを書いてはいても、染めも藍建ても進んでおります。

20090723112203 23日にコンクリートの大甕の様子。

嵩上げする前の様子ですが、すでに醗酵も色も十分です。

 

 

   

20090725092759 今朝の甕の様子。

すばらしいですね。

すくもと灰汁だけで建っています。

これ「地獄建て」とも言いますが、すくも(藍草の葉を醗酵させた物)と水と灰汁を取る灰の質で決まる。

江戸時代の紺屋が、水を求めて引っ越していたのが実感できます。

紺邑の水は、地下129mにある地下水脈から取っておりますが、これは科学力の効用でありますね。

 

しかし、醗酵を維持するのは、これだけではいけません。
 
ですから、藍染は職人仕事なんですね。

 

今日は、これから17名の団体さんがいらっしゃる。
 
伊勢丹吉祥寺店の準備と、大間々に陳列に行かなければなりません。

 

毎日忙しいことだ。

2009年7月24日 (金)

大間々へ

我が家はまだISDNですから、接続が大変だ。
仕事が終わってからブログを書くには、ちょいと忍耐が必要なので、ついつい翌朝に書くことになります。

昨日も、午前中にある程度の染めをこなしてから、群馬県みどり市大間々町に向かいました。
みどり市は、市町村合併で出来た新しい名前ですが、私にはどうも馴染めませんね。
場所は桐生市の北隣で、駅は東武線の赤城駅と、上毛電鉄と渡瀬渓谷鉄道とあるようです。
亡くなった叔母が、リハビリに励んでいた病院もありまして、カミサンが佐野から通ってもいたところでもあり、親戚もあるところです。

行ったのは「藤和良(ふじわら)」という料理屋さん。
元々は、桐生で呉服問屋を営んでいたそうで、「着物を着て行くところがない」というお客様の為に作ったといいます。
美しい日本庭園をめでながら、京風の料理を食べさせてくれます。
こちらで、26日と27日の二日間、紺邑の藍染を展示してくださることになりました。

奥様とお嬢様には、閑馬まで入らしていただき、お会いしているのですが、ご主人とは初めてご挨拶させていただいた。

お話し好きで、私がしゃべる間もない程ですが、経歴が実に面白い。
福島県のお寺の三男坊に生まれ、大学で建築を学び、京都に出て俳優にもなったが、福島弁がとれずに諦め、呉服の世界に出会って問屋を始め、桐生で店を開き。。。なんて話は面白かったですね。

大間々に来る道すがら、携帯が鳴りはじめ、非通知という今時珍しい電話が掛かって参りました。
鳴りやまないので、コンビニの駐車場に車を入れて電話に出てみると、「公ちゃん久しぶり。元気?」と、南半球から母の従弟の懐かしい声が聞こえてきた。
日本に帰るから29日に会いましょうということになったのだけれど、「今月、奥さんが死んじゃったんだよ。みんな死んじゃって、僕にとって血が繋がっている親戚は、もう公ちゃんだけになっちゃった」と言い、「ハハハ」と悲しく笑っておりました。
大間々は、この叔父が姉のように慕った我が叔母が、最晩年をリハビリに過ごしたところでもあるから、なにか因縁を感じる電話でもありました。

この叔父は佐野市出身で、実家は閑馬の先の飛駒。
サラリーマンとしては、これ以上はないと言うくらい功成りを遂げた人だし、エッセイはベストセラーになったし、私の所為で政治家にもなり大臣も経験した。
人間の晩年を、深く考えさせられますね。

朝起きてみると、ザーザー降りの大雨だ。
こりゃ、染め物がまた乾かないなと思っていると、朝の五時過ぎにやんでくれました。
でも、予報によるとまた降り出すそうな。。。(^_^;)

2009年7月23日 (木)

社長業

私は社長ではありますが、染め師でもあり販売員でもあり営業担当でもある。
会社としては最小規模ですから、こんな事は当たり前ですが、経理の帳簿をつけると実感いたします。

昨日は保険に入りました。
「何を今更」とお思いでしょうが、これにも様々に事情のあること。
サインを致しましたが、この時も、私の仕事内容として、染めと販売に分けておりましたね。
私も来年還暦ですから、行く末を考えると、少し安心いたしました。

日食だというのに、閑馬の空は曇り。
それでも雲を通して、軽く日は差しておりました。

午前中は、ご注文の染めの仕上げと下染めをして、午後は事務仕事。
小なりとはいへ、紺邑も会社ですから、決算があるのであります。
これまた諸般の事情で、私が経理を見ております。
オンセの高江さんには、多大な助言を頂きましたが、その通りにさせていただいております。
この場をかりて感謝m(_ _)m

梅雨が戻ったような天気になっております。
今朝も雨模様だ。
藍染の仕上がりは、お天気次第。
これでまた、2・3日伸びる。
正絹の絞りの反物を仕上げておりますが、乾きませんので、最後の洗いだけで一週間かかっております。

26日(日)と27日(月)に、群馬県の大間々町の日本料理屋さんで展示会をするので、本日はその下見に行って参ります。
お知らせは、後ほど。

2009年7月21日 (火)

閑馬の世界

工房の上の方の丘にキジの巣があるらしく、時折大きな声で「ケーンケーン」と鳴く。
隣の木々からは「特許許可局」とホトトギスが鳴き、その間をウグイスが「ホーホケキョィ」と鳥の声が賑やかだけれど、それにセミが加わり、夕方には蛙の大合唱だ。
ここは山の中だけれど、決して寂しいと言うことはありません。

猿もいれば猪鹿蝶も揃い、トンボも大きいのも小さいのもいるし、言いたかないけれど熊もいなくはない。
特に多いのが虫。

養老孟司さんが「都会の人は虫が嫌いだろうけれど、虫の居ない世界は人の住めない世界です」とかいうコマーシャルを見た覚えがあるけれど、ここは正しく人が住める世界だ。

特にかわいいのが陸ガエル。
雨蛙と同じ姿をしているのに雨が苦手で、雨が降り出すと軒下や窓枠に雨宿りに来る変な奴。
これが、がたいは小さいのに、声が大きいの。

中小企業診断士に、経理のコンサルを頼んで今日はそのミーティング。
私の努力の方向性は間違っていなかったらしく、ホッとしております。

そんな浮き世も、閑馬では別世界のようだな。

2009年7月20日 (月)

日本人にはその昔、「筋」というものがあった。
自分の寄って立つ立場は何処にあり、それがどこから来たものかの認識を、「筋」と言ったのでしょう。

最近の政局や、身近な世相を見るに付け、その「筋」が無くなっちまったなという感慨がある。
自民党の、反麻生勢力なんて言うのは、その際たる物だ。

政治家になると言うことは、志があったからだけれど、それを実現するためには、多くの人達の協力が必要だし、それを大切にしないでどうしますか、ということをちょいと感じたことがありましたので、「筋」なんていうお話しになった。

実は、酔っぱらいの戯言でもあります(^^;)

2009年7月19日 (日)

事務仕事

事務仕事がはかどりません。
これをどうしてやろうかと思うけれど、はかどらない。
じっくりやることにしましょう。

ある方の、ウールスーツの染めを頼まれております。
染め上がりましたが、もう少し濃くすることに致しました。
あと数日かかるのですが、衆議院が21日に解散されるらしい。
この方は選挙に関係するはずですので、ひょっとすると、選挙後のお渡しになるかも知れません。
閑馬に来ていただく予定ですから、ご連絡だけは致しますけれども、良い結果でお会いしたいものです。
ご自身の問題ではないのですけれどね。

ここはたいしたブログではないにしても、実名は出せませんが、日本にとって大切な方だと思っております。
だからといって、他のお客様と区別するわけではありませんが、ウールのスーツを後染めするのは、型くずれと縮に神経を使います。
こればかりは私が染めておりますが、幸いそれ程の事もなかった。

その他、正絹を手絞りした反物が、1年半を掛けて2反染め上がりそうだ。
浴衣も少々。
藍染めの方は、着々と進んでおります。

2009年7月18日 (土)

鍛冶屋の特徴

本日はちょいと事務仕事で、辛い一日。
暇つぶしにネットで遊んでいますと、鍛冶屋の「方丈記」

>>>>>>>>
一昨日に続いて、百貨店の目の前の吉野家で牛丼の朝ごはん。
朝ご飯を食べたい訳じゃなくて、吉野家の牛丼を食べたいという欲望のなせる業。
さすが吉野屋の牛丼のというものです。

 朝定食も各種ありますので、同じような時間帯に朝食をとる催事業者の顔見知りが数人居ます。
会計の時に店員さんが、
「挨拶をしてましたけど、お知り合いですか?」
「みんな今週松坂屋で仕事なんだよ。」
「じゃあ、皆さんにも差し上げて頂けますか?」
と、各種吉野家割引券を渡してくれました。
面白いものですね。
>>>>>>>>
という記事があった。
「面白いものだ」と、私も思った。

私も名古屋にいたときに、この吉野家の朝飯を取りに通っており、また、仲間内と挨拶もし、会話もした。
だけど、「お知り合いですか」なんて、店員に話しかけられることはありませんでしたし、ましてや割引券ももらったことがない。
これが鍛冶屋武田の特徴。

>>>>>>>
早速売り場で吉野屋仲間に配りました、いや、正確には染物屋の田中仁君に配ってもらいましたが、私も明日から吉野家で漬物か半熟卵が無料で有難い。行った場合ですがね。
>>>>>>>
これも鍛冶屋の特徴の一つ。
自分で配らず、人に頼む。人に頼めないようなら、割引券はただ無駄になる。
無駄にならないように、多分もらったときから、仁に頼むことは決めていたでしょうね。

私の話の種が出来たから、鍛冶屋も行動も結局は無駄がないわけで、これまたこの男の特徴でもある。

まあ、ものすごい痛みの腰痛から復帰したことだけでもめでたい。
陰ながら、喜んでおります(/ー\*)

さて、お仕事お仕事。。。(^^;)

2009年7月17日 (金)

私の髪型は、普段はショートカット。
髪の先が耳に掛かるのが、きもちわるいのです。
それが長旅で伸びてしまい、暑さも加わって気持ち悪さが我慢できなくなり、今日、近くの床屋さんに行って来ました。

ようやくすっきりし、車がないので、約3キロ程の道のりを工房まで歩いて帰って参りました(後で車で計ったら、4キロちょっとありましたね)
工房の真下に着くと、どうも妙な気配がする。
隣の家の前の道に、トウモロコシの残骸が散らばり、畑に何やらがうごめいている。
よく見ると、いや、よく見なくとも野生の猿ではないか!

シ!と言って手を叩いて追い払おうとしたら、とんでもない、あいつらはビクともしません。
走って大声を出しても、たいして驚きもしやがらない。
それから私と猿の大格闘が始まった。

どうしてやろうかと思い、家から木刀でも持ってこようかと思ったけれど、別に襲いかかってくるわけではないから戦うことは出来ない。
思い切って、石を投げつけることにしました。
これには意志が必要だった(なんてねsmile)
50肩を患い、それ以来、ものを投げるなんてとんでもないことだったからです。

取りあえず投げてみた。
あれ!投げられるではありませんか。
それからは畑を走り回り、山をかき分けながら猿を追いかけ、むやみやたらに石を投げつけてやりました。
ある一投のとき、「キキキキキ」と猿が大きく鳴いた。
ひょっとしたら当たったかも知れません。

一段落と思っているところに、カミサンが来た。
「こっちにもいるわよ」と、お隣の家を指さす。
隣の木村さんの家の屋根に、そんな喧噪を他人事のように、ひなたぼっこをしている猿がいた。
私は怒り、「この野郎と」とばかりに、走って行くと逃げ出した。
裏山まで追いかけて行くと、ボス猿と覚しき顔の赤い大猿とにらみ合いになった。
石を手裏剣のように投げてやると、一回では逃げない。
また怒った私は、猿に向かって走りながら石を投げつけると、漸くきびすを返して奴はにげ出した。

ちょうどそこに、お隣の木村さんがお帰りになり、私とバトンタッチ。
私も汗だくになり、さすがにお疲れモードで工房に戻り、アイスクリームなんぞを頂いておりました。

木村さんは御歳何十才ですから、若い私のようなことは出来ない。
用いるのは爆竹です。
その大きな音が、山中にこだまする。
ところがこいつが、猿にはなんの脅しにもなりません。
あいつらは慣れきっていて、ただの脅しだと先刻承知なんでありますね。

工房から様子を見ていると、木村さんが歩いて畑に向かっている。
「また猿が出たな」と放っては置けず、また駆け足で助っ人だ。

そんなイタチごっこをしていると、猿に荒らされた畑の持ち主が帰っていらして私の役目は終了。
猿にやられなかったスイカをご褒美に頂いて、帰って参りましたとさ。

明日か明後日の、肩の具合が心配だなぁ~。

2009年7月15日 (水)

from名古屋to閑馬

名古屋の最終日。
幸いにも、午前中から常連にご来店いただき、何とか最低目標の数字は出せたかなと思う。

名古屋のお客様は、取っつきにくいけれど、親しくなると身内のように温かい。
最後の最後は岡崎から、背骨が変形して歩くのがやっととなってしまったKさんが、私に会うためだけに、電車に乗って来て下さった。
その上にお買い物もして下さった。
ありがとうございます。

午後5時に終わり、5時53分発ののぞみに乗って帰ってくると言う早業で、只今閑馬でこのブログを書いております。

明日はようやく一休みできます。

2009年7月13日 (月)

09/07名古屋通信vol.6

名古屋六日目。
伊勢丹相模原店の最終日でもありました。

双方、商品の数と種類の問題を抱えながら、良くやったと思います。
相模原のカミサンには、ご苦労様でした。

名古屋は、頂いた予算を大きく下回っておりますが、まあ、なんとか踏ん張っている。
午後5時過ぎには、会場にまったくといって良いほどに、お客様の姿が見えないという状況でもあります。
株価も下がっておりますね。

都議選の話題が喧しい。
しかし、栃木県民に選挙権があるわけではないから、私は関心がない。
日曜日が投票日だと言うことも、気が付かなかった。
これで国政云々を言われたのでは、都民以外の何千万人の声はどうだというのでしょうか。
声高にそれを叫ぶ人達は、無責任だと私は思いますね。

政治家の責任を問うならば、彼らを選んだ国民の責任はどうなのでしょうか。
それとも日本は、民主主義国ではないとでも言うのでしょうか。

私は対立している場合ではないと思っています。
それこそ「和(やわらぎ)を持って貴しと為せ」だと。

そんなことを思っていても、腹は減る。
今夜は天ぷらを食べてきた。
それも、カウンターで目の前で揚げてくれるやつ。
定食が800円。
結構でした!

09/07名古屋通信vol.5

名古屋5日目日曜日。

昨年は、岡村さんに正絹の反物をお買い求め頂いた。
今年はそれが、仕立て上がった。
すてきな着物にしてくれたのは、久留米絣の工房「
山藍」を主宰する省ちゃんの奥さんのエッチャン。
糸染めと布染めの違いはあるとはいえ、同じ藍染の世界にいて協力してくれるというのは、ほんとうにありがたいことだ。

エッチャンと最初にお会いしたのは、確か山形の十字屋じゃなかったかな!?
催事もこれほど盛んではなかったし、省ちゃんより前にあっているし、当時は信吾先生もご健在だった。
二十年近く前になるけれど、そう思うと長い付き合いだな。

岡村さんの着物姿は、きっと日本橋で拝見できるかなと思う。
それまで公表は控えておきます。

そのエッチャンと省ちゃんと下駄の藤田君と柘植櫛の西出さんと宝石デザイナーで元若手ナンバーワンのミカミの六人で、しゃぶしゃぶ食べ放題でミニ懇親会。
賑やかに過ごしたかと思えば、蟹と牛肉と豚肉が食べ放題で、みんな蟹が気に入ってしまい、寡黙に2時間を過ごしてしまった。
最後に美味しい雑炊を頂いて、大満足で帰って参りました。

2009年7月12日 (日)

09/07名古屋通信vol.4

名古屋四日目。

土曜日ですし、隣がお中元の最盛期らしく、沢山お客様がお見えになったらしい。
職人展会場は、関西弁で言えば「ボチボチでんなー」くらいの出足。
紺邑もどうなることかと思いましたが、午後三時過ぎ、賑わいが落ち着いた頃に常連にお越し頂き、前年比160%という成績を上げさせていただきました。

終了後、また中華で夕飯。
メンバーの内の二人が、通風持ちだという。
酔っぱらった勢いで、通風とタンパク質の取り方の話しをしてしまった。
最近はしないようにしているのに、時々たががゆるむのですね。
何故しないようにしているかというと、うるさがられるからです。
幸い、今回はそんなことはなかった、ように思う(^^;)

お腹いっぱい頂いて良くしゃべり、気持ちよく爆睡という、良い一日でございましたとさ。
 

2009年7月10日 (金)

09/07名古屋通信vol.3

名古屋松坂屋本店3日目。

ちょっと時間が出来て会場内を歩くと、「ボーリングが出来ますね」という話しを所々で聞きます。
つまり、レーンがハッキリ見えるほどの賑わいだと云うこと。
「冗談云っちゃーいけない。どこにピンの姿(お客様)があるっていうの」と、私は答えて回りました。
こう言ってはなんだけれど、まるで上六にいるみたいだsmile

それでも紺邑は、コツコツとお仕事をさせていただいて、取り置きを入れて昨年の実績を達成したと言うところです。
可もなく不可もなしですが、それはそれで良い結果であります。

どうも疲れが取れない。
そこで、お昼を鰻の「ひつまぶし」と致しました。
相手は久留米絣国指定重要無形文化財技術保持者会会員・日本工芸会正会員という長い肩書きを持つ省ちゃん。
彼はご飯大盛り、私は並み。

食べ終わってみると、私も大盛りで良かったかなと云う腹八分目。
しかし、今日は会食の約束があるので、程々が正解だったことでしょう。

夕飯は、名古屋名物「夜来香(いえらいしゃん)」で餃子と中華。
場所は、名古屋丸善・明治屋の真裏。
メンバーは、オンセ高江さん、しな布石田、伊万里焼福山、オーストリッチ韓(ハン)さんと私。

到着すると、すだれ屋の尾崎さんと、藤織りの小石原さんが入り口に入れずにいた。
お店は満杯だったのです。
予約していた我々は入れましたが、後からこの二人が合流し、まじめな会食が突然宴会になってしまいました。

飲んだり食ったりで、名古屋に来て初めて夕飯に満足して帰って参りました。

あとは寝るだけじゃぁ~!!!!

2009年7月 9日 (木)

09/07名古屋通信vol.2 「?」

名古屋二日目。

帰りは、オンセの高江さんと一緒。
ホテルも一緒。
そこで、百貨店でパソコンを開いてブログを書いているという、私への疑惑が発覚。
そんなことは滅多にやりません!
ん?(^^;)

昨日の全体の成績は、紺邑はそれ程ではなかったにもかかわらず、小さな落ち込みで済んだようです。
高江さんも良かったらしいし、志賀ちゃんもすだれ屋もすごい成績。
中には「どうしよう」と言うほどの人もいたようで、悲喜こもごもというところでしょうか。
 

今日は、紺邑始まって以来の低調さ。
ん?そうでもないか?
昔のことは、忘れておりますね。

そう言えば、いつもなら前年の成績と予算を対比した表を係が持ってくるのだけれど、今年はそれがありません。
人手が足りないのかな?
なにか用を頼まれた時の担当の口癖は、「ひとりだもんで」だもんだ。
 

この催事も、16回目を向かえております。
振り返ると、いつもは梅雨が明けて、毎日蒸し暑い夏の日だったような気がする。
今年は梅雨明けが遅いのでしょうか?

なにか、疑問符ばかりの変な日記になってしまいましたが、疲れているのかな?

2009年7月 8日 (水)

09/07名古屋通信vol.1

名古屋松坂屋初日。

朝から雨模様で、その所為かちょっとお客様が少ない印象だったらしい。
何故「らしい」と書いたかというと、紺邑の午前中は、お馴染みの方々に御来店いただき、忙しい時間を過ごさせていただいたからです。
ちょっと落ち着いたところで、他の出展者に「随分入っていますね」と聞いてみると、「とんでもない。初日からこんな入りでは、どうなる事やら」と云う。
そう云われてみれば、少ない感じも致しました。

その後もお客様に御来店いただきましたが、昨年に比べると、ちょっと単価が低くなりました。
お客様の数では十分なんですが、売上げに難ありという一日でございました。

それでも他の百貨店なら十分ですが、頂いた予算がとてつもなく大きい。
期待に添えるよう、精進いたしましょう。

相模原伊勢丹のカミサンは、思いの外善戦中です。

こんなご時世ですが、忙しくさせていただいて、感謝だな。

 
夕方、東急東横の津田さんがお見えになった。
阿倍野近鉄の催事を視察し、松坂屋本店の視察もなさるとのこと。
神出鬼没でありますね。
数年前には、鹿児島であったこともありますからね。

そんなことで一日が終わり、本日は休肝日。
さて、良い睡眠が得られますようにzzz(-_-)

2009年7月 7日 (火)

名古屋へ

朝五時半頃目が覚めると、雨が降っていない。
エイヤ!と低血圧もなんのその、気合いを入れて起きあがり、昨日染めたものの洗いを致しました。
染め場に干しておいたものは、なんまいだの祈り届かず、やはり乾いていなかったので、外の風に当てることにしました。

そうしましたらなんと、7時頃になると、空が晴れてきたではありませんか(^_^)v
喜び勇んで洗いに励みましたね。
お天道様には、自然に手が合わさりましたが、古来からの恩恵に思いを馳せました。

お陰様で、沢山ある物干し竿が洗濯物で一杯。
それも、直ぐに乾きだした。
後は、カミサンが仕上げるだけ。

ところがこれが大変な量だ。

カミサンは、相模原伊勢丹に搬入に行かなければならない。
私は名古屋の準備日だ。

仕上げなければ、商品が出来ない。

困り果て、思案の結果、人に相模原の準備に行ってもらい、カミサンは工房で仕上げの仕事をする事に致しました。
 

午前中は、アルバイトが手伝いに来てくれています。
実は、大甕の藍建てをしているのです。
灰汁を採り、すくもを甕に入れ、灰汁を入れて踏み練りをし、加温をして寝かせ、灰汁を足して嵩上げするという力仕事は彼が担当しております、

今日で5日目。
素晴らしい状態で、醗酵しております。
使っているのは、すくもと灰汁だけ。
藍建ては、すくもと灰と水の質で決まります。

 
それを見届けて、私は午前10時に出発し、一路名古屋松坂屋本店向かい、午後2時半頃入りました。

旅に出ると、やることは一つですから、気は楽だ。

粛々と準備を進めると、夕方カミサンから電話。
仕上げが進まず、相模原に行かねばならない時間には終われないという。
電話の声が、疲れ切っております。

が、しかし、仕上げないと、仕事は困る。
私が、明朝田沼発5時何分かの電車に乗れば、相模原にゆっくり間に合うと提案すると、「わかった。朝は何時でも気にならないから、それにする。それなら全部仕上げられる」という。
大変だけれど、しかたない。
仕事ですからね。

私は名古屋ですから、どうにもこうにも手伝いも出来ません。
夕飯をいただいて、ゆっくりお風呂に入って。。。m(_ _)m

2009年7月 6日 (月)

梅雨時の洗い

梅雨前線が日本列島に横たわり、日本中雨だというような予報。
起きてみれば、閑馬は小雨。
なんとかやんで欲しいと思いつつ、朝六時頃から、昨日染めた物の洗いを致しました。
でも、干すことが出来たのは、10時過ぎてからです。
幸い、午後の数時間、雨が降らずにいてくれました、

紺邑では、染め上げた物を、次の日の朝まで、お酢を入れた水に浸けて置きます。
次の日の朝、水槽でお酢をきれいに洗い流し、それをまた水槽を移してたっぷり洗ってから数時間日光に当て、それが完全に乾いてからまたたっぷりと洗います。
それをまた完全に乾かしてから仕上げるので、天気が悪いと、仕上がりが数日延びることになる。
これが、梅雨時の悩みです。

もう一つは、お日様に当てないと、染め上がった藍に強さが出ないということがあるのです。
しかし、梅雨時に日光を浴びることはほとんどありません。
こまったものだけれど、染めないわけにはいきません。
梅雨時は染めなくても良いような立場になってみたいなと、つくづく思いますね。
その中で、最善を尽くすほかありません。

今日も干し物が乾かない。
ただ今、染め場に吊し、換気扇を回し、扇風機で風を与えております。
明日の朝乾いていれば、仕上げが出来る。

なんまいだなんまいだと祈るのみ(-_-)

2009年7月 5日 (日)

日曜日

昨日が土曜日とは、このブログを書いた後でも分からなかった。
今朝テレビを付けたら、日曜日ではないか!
焦りましたが、仕方がない。
私一人で、限界まで染めました。

朝、どうなっているか甕を開けてみると、見事に復活いたしておりました。
お天気も見事に晴れ。
お陰で良く染まり良く乾き、限界まで出来たというわけであります。

お客様にも入らしていただいて、にぎやかな日曜日となり、幸せでございます。

午後六時頃、全ての作業を終わろうとする頃に雨が降り出すという、実に絶妙なる神の采配か(^_^)v

それにしても、この歳で肉体労働とは、何の因果でありましょうかね。
しかし、心地よい疲れだ。

2009年7月 4日 (土)

有り型や

ただ今夜の七時半。

仕上げに手間取り、この時間で全ての染めが終了。
これからDM作りに励まねばなりませんが、工房にいると仕事ばかりで、休みは寝るときと食事の時だけですね。
嫌いなわけじゃないからどうと言うことはありませんが、寄る年波で、身体が少々悲鳴を上げだしました。

それでも明日も染めだ。
仕事があるなんて、有り型や有り型や。

有り型やと言えば、守屋浩さん。
「最近の人は、僕たちの時代と違って歌が上手いね」とおっしゃっていた。
「最近の人」とは、私のこと(^_^)v
35年程前のお話し(>_<)

2009年7月 3日 (金)

ジャガー

今日も染めの日。
紺屋ですから、これも当たり前のこと。
「当たり前」という言葉を、最近頻繁に使いますが、ちょっと意識的なんです。
最近は、当たり前のことが当たり前じゃなくなってきていると思うからです。

そんなことはともかく、藍染に勤しみ、夕方は庭の草刈を始めますと、ジャガーKJの新車が入ってきた。
「車を買い換えたな!?」と思えば、案の定、千葉の沢田さんご夫妻。
もう一台ホンダが入ってきて、夕方に四人のお客様だ。

せっかく沢田さんがお友達をお連れしたのだから、藍染の実演でハンカチを染めましたが、皆さん大喜び。
お買い物も沢山して頂いた。
ありがたやありがたや。
いつもなら私の唄をお聞かせするのだけれど、忘れたかのように、急いでお帰りになった。
千葉と大宮からいらして頂きました。

それにしても、ジャガーKJは良いですね。
ブリティッシュグリーンのボディカラーも、室内のベージュの雰囲気も大好きだ。

私は、家も家具も庭も車も、イギリスのものが大好き。
老後、そんな書斎で勉強することになっております。
最初に購入した車もイギリス車で、名をシンガーと云いましたが、車体を直ぐにブリティッシュグリーンに塗り替えた。
スポーツカーもMGが良いし、モーガンも良いし、出来ればジャガーが良いな。

なんてことを久しぶりに想い出しましたが、沢田さん達を羨んでいるわけではありません。
そんな欲望が、私にもあったと言うだけのお話しでございます。

皆さんお帰りになった後、汗びっしょりになって暗くなるまで草刈。
今の私には、これがお似合いのようだが、庭にはジャガーならぬ猪の遊んだ後がありました。
やはり、草は刈らねばなりません。

2009年7月 2日 (木)

1001回

前の記事で、このブログも1000回となりました。
続いてますねぇ~!

疲れ果てて書いたので、読み返すと「てにをは」がなっておりません。
ちょいと書き換えておきましたが、まだ変かもしれない。
今も疲れていて、よく分からないのであります。

それでも今日は、染めの疲れだから、心地よいものだ。
日本橋、高松、札幌、浜松と続きましたから、もう品物が少なくなった。
だから、一生懸命染めに励んだ。

紺邑の藍染は紺邑の色ですから、OEMにしてもなんにしても外注は出来ません。
全て、紺邑の染めだし、そうでなければお客様も自分も裏切ることになります。
まあ、こんなことは当たり前ですけれど、世の中そうもいきません。
民主党の鳩山さんみたいに、小ずるいことをする人も世の中にはいますのでね( ̄ー ̄)ニヤリ。

心地よい身体の疲れは、きっと心地よい睡眠をくれることと思う。
酒飲んで寝よヽ(´▽`)/

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »