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2009年8月

2009年8月31日 (月)

戦前

民主主義は、戦後、アメリカから日本にもたらされたもので、戦前は言論の自由もない暗い時代だったという認識がありますね。

こういう話しを、今日は久しぶりに聞いたな。

 

山本夏彦さんの最後の本に、「誰か『戦前』を知らないか」「百年分を一時間で」「男女の仲」という三部作があります(文春新書)。

引越の整理がままならず、今手元には「男女の仲」しかありませんが、戦前がどんな社会だったかを、若い女性との対話の形で楽しく読ませてくれます。 

大正デモクラシーの話し、選挙の話し、普通選挙と婦人参政権の話し、戦時中の話し、職人の話、寿司屋の話し、映画の話し、写真の話し等々、興味は尽きませんが、戦前を知る貴重なお話しです。

 

何故私達は戦前を知らないかと言えば、知らされていないからと言うこともあるけれど、言葉を失って来たという教育の問題が大きいと山本翁は語ります。
 
それに気付いている人達もいるし、国語問題でも、戦後直ぐに大きな論争が起こっています。

 

もう一つは、「洋の東西を問わず新政権は旧政権を悪くいう(山本)」という事もあるかも知れない。

だから、明治維新政府は江戸時代を暗い時代だと言い、それが今でも続いて、「水戸黄門」のような、悪代官をやっつけるテレビ番組が流行るのでしょう。

これも少し勉強すると、江戸時代が平和で安全で安定した、役人も警察もほとんどいない、ゴミもない化石燃料も全く使わない社会だと分かるけれど、こんな事が表に出て来るのに150年以上掛かっている。

 

日本人が言葉を失ったのは、やはり敗戦とGHQによる言論統制や教育方針の影響が大きいだろうと思います。

我々現代人にとって、戦争が大きな壁となって、その先が見えないようにされてしまっています。

文芸の衰退も、その一因ではなかろうかと思う。

 

日本人の言葉の問題は、福田恆存氏も説くところだけれど、それを文体の問題として捉え、戦後問題として現代政治に大きな影響を与えているのが、江藤淳でしょう。

ただし、彼の著作を資料として読むと間違えると私は思うから、この話は余り声を大きくしてお話ししないことにしております。
 

言葉の問題は、歴史を見る目を養うことだけれど、福田さんの論文だって1960年ですから私の10歳の時。だから分かるわけもないし、江藤淳は愛読したけれど、その理解に、私のような凡人は30年掛かった。

気付かせてくれたのは、藍染です。

不思議なことだな。

 

政治的には、阿倍さんの「戦後レジームからの脱却」というのは、その気付きの上にあったから、教育基本法改正、国民投票法という形で結実したのだろうと考えています。
 
その継承者が麻生さんだった。

 

今回の選挙は、日本を戦後に戻してしまったのかもしれません。

2009年8月30日 (日)

投票日

衆議院選挙の投票日がようやく来ましたね。

二十歳になった息子にとって、今回が初めての選挙となります。

住まいが離れていますが、現住所は私たちと一緒ですので、投票するために工房まで参りました。

夫婦でも親子でも、政治的意見や信条を異にすることもあるかもしれない。
民主主義ですから致し方ない事だから、私は投票行為に対して、ああしろこうしろや、ああすべきだこうすべきだと強要したことは、ただの一度もありません。

ただし、私の意見は言い、家族で話し合いはする。

息子はロッカーで、ギターを弾くことに夢中で、政治に関心を持つ時間が無いそうで、どの党の公約も、立候補者さえも知らなかった。

だから、取り急ぎの説明と私の意見は言ったけれど、誰にどの党に票を入れたかは聞いておりません。

 
三女からたびたび電話がある。
新聞報道やテレビに影響されて、自分の意見を持っていない周りの人たちが、歯がゆくて仕方ないらしい。

私が世情を事細かに説明するし、歴史も政治の事も話してきたから、今回の選挙の重要性を彼女なりに認識している。
 
職業は髪結いだから客商売。
話を聞かされても、議論は出来ませんから、余計に歯がゆいのでしょう。
それでも、少しだけ自分の意見を言ったら、気づいてくれた仲間もいたらしい。

 
こういう事に対する我が家族のキーワードは、日本が大好きだと言うこと。
投票の基本的な動機は、それ以外にありません。
だからたぶん、みんな同じ事を投票用紙に書いたことだろうと思う。

 
息子をアルバイト先に送りながら、ある候補者の選挙事務所の前を通った。
「あの候補者と、二人だけでアメリカを旅したことがある」と言ったら、驚いておりました。
私が30代の後半でしたから、息子は「僕が生まれた頃だね」と。

そう言えば、こういう事を話す機会が、息子にだけは少ないなと、少し反省もしましたね。

何はともあれ、日本の政治の明日が今日決まる。

2009年8月27日 (木)

休み

私どもには、休みを取る習慣がありません。

鍛冶屋からメールが入り、私もカミサンも疲れが見えるから気をつけろという。
船橋のTさんも、同じ事を言うから、今日は一日休もうと決めた。

お陰で、久々に昼寝が出来て、夕方起きてみると、身体からかなりの疲れが消えていた。

そうしたらカミサンに、仕立屋さんに行くから付き合えと言われ、三時間以上ドライブしたら、また、昼寝前の疲れが出てきてしまった。

後で聞くと、別に急ぎの仕事だった訳じゃないらしい。

休みが必要だと思うのだけれど、休めない。

悲しき染め屋の性でありますね。

そこでお客様に申し上げますが、29日まで、紺邑の染め場は夏休みと致します。
ギャラリーへお越しの際は、お電話下さいませ。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

2009年8月26日 (水)

東武宇都宮百貨店「職人の技展」最終日to船橋

宇都宮の最終日は、午後四時まで。
何とか、全体予算をクリア出来ました。

知久課長の朝礼に寄れば、都道府県の知名度で、最下位が茨城県、46位が栃木県、45位が群馬県という北関東で、これだけ大きな「職人展」が開催できたことだけでもありがたいと思っています。
ご出展下さった皆さんに、心から感謝申し上げたい。
 

大方の片付けを見てから、東武百貨店船橋店に向かいました。
「栃木・福島 物産と観光展」に紺邑も出店していて、最終日だけは、私も手伝えるからです。
それに、年間三度も参りますので、親しい催事担当者達と情報交換もしなくてはなりません。

船橋店催事場の人の賑わいに、びっくりしました。

東武百貨店3店は、みなターミナル駅でもあります(大田原店を除く)。
しかし、その乗降客数は大いに違う。
池袋は一日約700万人、船橋が70万人で、宇都宮は5千人ですからね。

船橋店はいつか書きましたように、日本の百貨店の中でも催事の雄ですから、賑わいは当たり前ではあるけれど、驚かざるを得ません。
売り上げもたいした物だけれど、それでも、お客様一人当たりの購買数も額も、少なくなっているようです。
紺邑は昨年並みに少し足らなかった様ですが、カミサンは大健闘でした。

車で参りましたので、佐野までの帰り道は高速道路を使いました。
渋滞が戻ってきて、景気が多少なりとも回復している様子が伺えます。
これを逆行させるのか、またはより回復させるのか、国民の30日の投票行動次第だと私は思います。
私は、より回復させる方を選択させていただく。

2009年8月24日 (月)

宇都宮東武百貨店「職人の技展」5日目

そろそろ衆院選も後半戦に入ります。
いつものことながら、選挙の時の小売りはさえません。
早期解散なんてしていたら、我々はどうなっていたかと思うと、寒気がします。
麻生さんは、よくぞ解散せずに頑張ってくださったと、つくづく思います。

選挙に関しては、30日の投票日を待つだけです。
結果責任は国民にあると思いますが、さて、どうなりますか。

お客様は少ないのですが、前半苦戦をしていた人達がレジに集まってくる。
初日二日目にお話しした人が、戻ってきてくださったのですね。
これが、宇都宮の特徴で、如何にまじめにお客様と接していたかの結果が、最後に出る。
紺邑のお客様も来ていただきましたが、他所でお買い物だ。
それでも、DMを出した甲斐があるというものですね。

日曜日よりも成績が良くて、めでたく予算を達成いたしました。
もちろん、健全な予算ですけれどね。
希望予算には、少々足りません。

私には、多少の疲れが出て参りました。
こうなったら薬に頼らざるを得ません。
ユンケルとQPコーワゴールドαを飲んで凌いでおります。

2009年8月23日 (日)

宇都宮東武百貨店「職人の技展」四日目

衆議院選挙の最後の日曜日だからか、静かな日でありました。
結果も知りませんが、どういうわけか、夕方になって皆さん忙しそうでしたね。

急遽、懇親会をやることになりました。
何か工夫をしようかと思いましたが、中途半端にするなら、何もしない方が出席者も気楽だろうと、ただただ飲み食いするだけの会にしましたがどうでしたでしょうかね。

総勢67名の大宴会。
店長の出席をいただいた珍しい会でしたが、彼の懐の深さには驚きましたね。

こういう会には、会場を予約したり、出欠を取ったり、会費を集めたり、注文をしたりという、裏方と言いますか、縁の下の力持ちが必要ですが、今回も、コルクの冨沢君に、人知れず頑張ってもらった。
自分のことはブログに書くなといつも言っていますが、ご苦労様でした。
社員では、酒見君が、予約に司会に店長のアテンドにと、汗だくになって働いてくれた。
そして、出欠確認と集金をしてくれた、うるみ工芸とトンボ玉の両藤村君も、ご苦労様でした、

本当は、この人達を慰労しなければならないのですが、ぴょんぴょん堂の社長がわざわざ宴会だけのために来たので、鍛冶屋と傘屋さんを誘って二次会へ。
帽子屋達も付いてきて、馴染みの寿司屋を貸し切り状態にしてちょっとつまみ、バーに行ってちょっとウィスキーをいただいて来ました。
気を使わない面々との酒は、うまいな。

鍛冶屋とは久しぶりに会うけれど、腰の手術後で、人知れず心配をしておりましたが、余り無理をさせられません。
それでも、一日くらいは一緒に飲もうと思っておりましたが、ぴょんぴょん堂が機会を与えてくれましたね。
 
今週は、私の知る限りで全国五ヶ所の百貨店で同種の催事が行われていて、その上物産展もありますから、これだけのメンバーを集めるのに苦労をしたように思われますが、皆さん、二つ返事で来て下さった。

もちろん、断られた人達も結構いますが、断り易い存在でいようというのも私の方針ですから、それはそれで良しとしておりますし、中には、自分の代わりに、同業の職人を紹介してくれた人もいて、これまた、ありがたいことです。

それにしても、総勢67名の宴会も、感無量でありますな。

2009年8月22日 (土)

東武宇都宮百貨店「職人の技展」3日目 頭

宇都宮3日目。
 

ここの会場は380坪ほどあるらしい。

百貨店業界としては、ものすごく広い方でしょう。

その上、ボーリング場の跡なので、柱が一本もありませんから、会場の隅から隅まで使えます。

そこに、64社が集まっているわけですが、ここまで広いと、担当の酒見君も私も、気配りが行き届かないこともあり、3日目になってまだ照明が足りないところがあります。

広すぎて、少し暗いのが玉に瑕なんでありますよ。
 

正面入り口に、今回のチラシのスター、おろし金職人の勅使河原御大が座っております。

2007_04200048_2 この方のおろし金は、目の深さに特徴がありますが、この方を一目見た顕著な特徴は、頭。

初日の終わり頃、実演の手元が暗いとおっしゃる。

なんとか照明を当てろと言うことなんですが、苦心してスポットライトを工面いたしまして、勅使河原さんの斜め後ろ側から手元を照らしております。

そうしますと、頭にも光りが当たりましてね、頭が日に焼けやしないか、お客様が眩しかないかなんて心配を致しております。

 

 

2007_04190039_2 同じ江戸の職人として、勅使河原さんをライバル視しているのが、犬張り子の田中さん。

この方の特徴も、頭。

チラシの関係か、はたまた場所の所為か、ちと勅使河原さんの方が売上がよろしい。

私が勅使河原さんのところに行きましたら、よく売れたのか、在庫を引っ張り出して売り場に並べています。

そこに何故か田中さんがいらして、「なんだよ、在庫なんか出しやがって、それだけ売れたって事か」と、ライバルをからかう。

私が「まあまあ、お仲間なんだから」と、言外に「頭が」というニュアンスを込めて申し上げたらテシさん、「全く、けなし合っちゃーいけねーよな」だって。
 
そしたら田中さん、「そりゃそうだ、はげまし合わなきゃ」ってね。

 

3日目も予算を達成しましたが、冷静な予算建てのお陰なのでありまして、やはり、全体を見れば、時代の趨勢は感じます。

2009年8月21日 (金)

東武宇都宮百貨店「職人の技展」2日目

東武宇都宮の二日目の朝、年に2回の社長朝礼にぶつかりました。

我々は、会場の片隅で静かに朝礼。
あちらも直ぐに終わり、社長にご挨拶。
社長は私と名前が同じ。
それでちょいとお話しが進みましたね。
大田原の新しい店長の、昔馴染みのKさんにもご挨拶できました。
どうも、私も古株になってしまったようです。

二日目は、淡々と進んだ印象ですが、終わってみると、多分皆さん、初日よりずっと手応えを感じた日になったことでしょう。
成績も、予算を大幅に越えたようで、今日もホッとしております。
多分、これがちょっと前の景気の時ならば、地方百貨店の催事としては、かなり大きな成績を残せたことだろうと、私は感じております。

個々の成績をみれば、良い人もいれば悪い人もいるようで、「お力になれませんで」とか「足を引っ張っているようで」などと、私に謝る人もいる。
それは勘違いで、謝るのはお呼びした私の方です。
私としては、宇都宮に来ていただいただけで、感謝しております。

懇親会を毎回やっておりますが、今回は出展者が多すぎて見送ることにしておりましたが、店長の一声で復活しました。
日曜日です。

今日もラジオの生放送など、色々ありましたが、とにかくまたまたホッと致しております。

2009年8月20日 (木)

宇都宮「職人の技展」初日

宇都宮初日。

朝の準備をしていると、店長がお出でになり、「大川さん。チラシの大きさは倍にしたし、やることはやりましたから、後は売上ですね」と、プレッシャーを掛けられたので、朝礼を頼みましたら引き受けてくださり、とても勢いのあるお話しをいただいた。
私も挨拶させていただいたけれど、「暗い話しはもう当たり前ですから、明るく一週間を過ごしていただきたい」と申し上げた。

店長に寄れば、「なんでも『気』です。元気もやる気も『気』だけれど、弱気も損気も『気』ですから、元気の方がよい」と、その後ご一緒したときにおっしゃっていましたが、その通りでしょうね。

さて売上ですが、昨日書いたように、「後は野となれ山となれ」でね、途中経過を一度見ただけでした。
閉店近くの六時過ぎ、会場を歩いていると、我が売り場の近くで、店長と知久課長と酒見君が話している。
その側を通らなければならないが、売上の話しなら嫌だな、なんて思いながら側を通ると店長が、「大川さん、ありがとうございました」と、なんとお礼をおっしゃる。
「予算を達成しました」とのこと。
ホッと一安心でありましたね。

そのまま、出展者を少し紹介して回りました。
先ずは藤掛雄山先生。
「雄山先生の作品は、これを買うだけで、値段が三倍も五倍にもなり、十年も経てばそれはすごいものなんです」なんて話しをさせていただき、「こういう形で販売するのは、宇都宮だけです」と説明もさせていただいた。
柘植櫛の森さんも、相撲取りの櫛の説明等々。
とどめは鍛冶屋で、包丁のこと、鋼のこと、ナイフのことを、得々としゃべるから、店長は驚かれたかも知れません。

その印象がどうなったかと言えば、最終日には自ずと結果が出ていることでしょう(笑)

途中、ラジオの生番組に電話取材で生出演。
しばらくすると、それをお聞きになった方々に、大分御来店いただいていたようですが、そんな仕掛けも、酒見君にしていただいていました。

地方の百貨店の催事担当者が、自前で見学に来た。
驚きましたが、まだ始まったばかりだ。

2009年8月19日 (水)

東武宇都宮百貨店「職人の技展」

東武百貨店は、池袋店・船橋店と宇都宮百貨店とあります。
何故東武百貨店宇都宮店ではないかというと、ここはいわゆる系列店だからなんですね。
藤沢小田急百貨店も、今は小田急百貨店藤沢店となりましたが、それは合併をしたから、と言うことらしい。

さて、その東武宇都宮の「職人の技展」も、14回目を迎えます。
いつぞやも書いたけれど、高島屋系の「日本の伝統展」以外、日本の百貨店では、工芸だけを集めた催事はありませんでした。
それを、大阪のトンボ玉のFさんが、近鉄百貨店上本町店で、小さく「職人の技展」を始めた。
その意気に答えようと、私が関東で始めたのが、宇都宮のこの催事です。

14年前の第一回目に、東京以北には来たこともない、東北本線(宇都宮線)も東北新幹線も乗ったことのない人達が宇都宮に集まってくれたことに、感動しましたね。
今回は、催事場全部を使い、全国から64種の職人達が集まって下さいましたが、また新たな感動があります。

古布のデザイナーの中原さんには、「良く集めたわねぇ。一業者もバッティングしていないのがすごい」と褒められました。
これだけ沢山の業者を集める催事は、日本ではいくつかあるでしょうが、同業者が一社もいないというのは珍しく、今回の東武宇都宮の「職人の技展」はそう言う意味では意義があるとは思います。

良く集まってくださったという感慨は、私と担当の酒見君にはある。
図面を見たときには、そういう感慨と共に、酒見君の苦労が良く分かりましたね。
まあ私とは、戦友と言ったところかな。

そういう百貨店の担当者に支えられて、この催事はあります。
初代の鈴木さん、山野井さんから、天谷さん、中島さん、知久さん、呉服の小島さん、そして酒見君などなど、本当に親身に世話になっていますが、皆さん、戦友だな。

鈴木さんには、今年の冬、大田原店でお会いしましたが、14年目にして初めて会場全体を使う今回の催事開催に、「ようやく夢が叶ったね。無理せずやりなさい」とご忠告をいただいた。
無理とは、予算建てのことですが、冷静に見てくださっていますね。

チラシを見させていただきましたが、素晴らしい出来だと思います。
酒見君と上司の知久さん、鈴木部長や店長にもお世話になっています。
そもそも去年、「来年は50周年ですから、この会場全部を使って職人展をやりましょうよ」という提案を店長にさせていただいたのですが、それに答えてくださったわけで、最善を尽くさねばなりません。

気張っているわけのもありませんが、「人事を尽くして天命を待つ」という心境です。
まだ言えば、「毒を食らえばサラまで」で、最後は照明の当て方まで、事細かく酒見君とやってきました。

後は野となれ山となれです。

2009年8月18日 (火)

静岡最終日

遂に静岡の最終日となりました。

自ずと結果が出るなんて、最初に書きましたが、その通りとなりました。
しかし、毎朝朝礼で、催事のご担当が、「お盆時に静岡まで来ていただいて、ありがとうございます」とおっしゃる。
だから、全員、成績はともかく、気持ちよく仕事が出来ました。
「予算を掛けている」とおっしゃった担当は、工芸だけの方で、その後一日だけ朝礼をおやりになっただけでしたね。
最終日には、「第一回目にしては、宣伝が少し足らなかったかと反省しています」という、素直な朝礼をしてもらった。

四時までの営業ですが、物産展は片付けが早い。
私も、東京駅発18:40の佐野行きのバスに乗るために、必死で片付けをしたら、一時間前に東京駅に着いてしまった。

仕事の後だし、時間も時間だから小腹が空いた。
ラーメンを食べたいなと思って地下街に降りて行くと、お客がズラーと並んで待っている。
四件あるのですが、どこもみんな同じ。
中には、時折本店に行く店もあるのだけれど、そこはこんなに混んでいないのにな、なんて思いながら諦め、地下街を歩くと、「元祖立ち食いにぎり寿司」というのがあったので飛び込む。
これが一人前のお味。
ただし、にぎりが小さくいから、気をつけないと沢山食べ過ぎる。
握り具合が浅いから、箸で食べると崩れるなんて言うこともあるけれど、なに、立ち食いですから、うるさいことなしです。
時間が無い方には、お勧めの店ですね。
八重洲地下街にあります。

閑馬に帰ってきて書いておりますが、静岡は大都会。
田舎は良いな。
だけど静岡は、魚が美味かったな。

20日から、私は地元の東武宇都宮百貨店で「職人の技展」。
全国から64人の職人が集まります。

カミサンは、東武百貨店船橋店の「栃木・福島の観光と物産展」に参ります。

是非、お立ち寄り下さいませ。

2009年8月17日 (月)

静岡通信vol.6 作務衣

静岡六日目。

午前中、甲子園で静岡代表が試合をしているらしい。
「ですから、午前中は静かかも知れません」と、女性社員が言う。
「じゃあ、いつもと一緒だ」なんてね。

エアコンが効いて、まことに寒い売り場になっています。
後二日だけれど、たまらずにサマーセーターを送ってもらって着たら、ちょうど良い感じになりました。

Imgp8815_2すてきな感じのご夫妻が、作務衣をご覧になっている。
「柔道着や剣道着のような重厚感があって、それなのに柔らかくて軽いと言うのが、我が作務衣の特徴です。地元の機屋で織ってもらったオリジナルの生地です」と言いながら触っていただき、上着だけご試着いただいた。
「ズボンも、剣道着の袴のように仕立ててあります」とお見せすると、「良く分かります」とご主人。
剣道をなさっているのですね。
「剣道着で本染めの藍染は、そうはありませんよ。値が高いからと言ったって、刺し子をしたりしているだけのことですからね。色落ちが激しくて、それがいつまでも続くでしょ」というと、ご納得の様子。
「お値段は12万円です」と言っても驚かれない。
でも、お考えだ。

Imgp8581_2 奥様は少し大柄だから、ワンピースコートがきっとお似合いだろうとお着せすると、ピッタリ。
だけど、お考えだ。
なにせ、値段が10万円する。

この辺りの売り方が、私には良く分からないのです。
押したらいいのか、退いたらいいのか。

「連絡先だけでも教えてください」とおっしゃるから、リーフレットを差し上げてお別れした。

残念なことをしたと思っていると、隣のコルクが、売り場の向こう側を指さす。
見るとそのご夫妻が、飾ってあるサマーセーターをご覧になっている。
私が行くと、「これ、着せて見せてくださる?」と奥様。
ご主人にお着せすると、「このくらいなら買えるわ」と言ってお買い上げ。
「これで、私と親戚のようなご縁が出来ましたね」と、同じサマーセーターを着ている私。

ご主人は、「この作務衣の色は、私は大好きだから、じっくりと考えさせてもらいます」とおっしゃり、奥様は、「あのコートの印象が強すぎる」とおっしゃる。

また静岡に来られたら、お会いできますように。

2009年8月16日 (日)

デジブック 静岡は5日目

小峰さんに見習い、デジブックに挑戦しました。
本日はその第1弾として、紺邑の入り口を紹介します。
初めて来た方は、「こんなところに染め屋があるのか?」と思う場所ですが、空気の澄んだ、水の美味しい、閑かなまことに結構な場所です。
是非一度、お訪ね下さいませ。

 
静岡は5日目です。

洋傘の中島さんがいらっしゃるのに、日傘が売れてしまいました。
遠慮して棚に飾っておいただけなんですが、お客様が見つけてしまったのです。
20090817101148 どうも、商売の邪魔をしているようで恐縮なんですが、作ったご本人ですから、一緒に喜んでいただいております。
その上、鼈甲屋の実演台が空いた後を、一緒に飾ってくださっている。
感謝m(_ _)m
 

夏休みでお盆時で大きな地震とその余震に祟られ、その上、衆議院選挙が加わるという悪条件の中、松坂屋静岡店は、悪いなりに売れない気がしないという、自力を感じさせる店ですね。

これで条件さえ整えば、きっと素晴らしい成績を作れることでしょうが、催事のご担当には、その自信と確信が見られて、非常に好感が持てます。
なんて、生意気なようですが、考えてみれば私は、サラリーマンでは定年の歳ですから、ご勘弁願いたい。

また飲んで帰ってきて、そっちは相変わらず一人前だ。

2009年8月15日 (土)

静岡通信vol.4

アクセスが十三万を越えましたので、ちょいとブログのデザインを変えてみましたが、如何でしょうか。

さて、静岡の四日目。

朝礼を、見慣れない方がおやりになった。
この催事を立ち上げから関わり合った方のようですが、それによると、静岡新聞に広告を載せることは、松坂屋静岡店の長い間の慣例であって、チラシが主な訴求材料ではなかったこと。
何故ならば、静岡新聞は地方紙ではあるけれど、静岡県民のほとんどが読んでいること。
それも、朝夕刊セットで販売されているので、夕刊と言えども、県民の目に触れる率が高いこと、と言う説明がありました。

まるでこのブログをお読みだったかのようでありましたが、なるほどと納得を致しました。
そして、成績が余り振るわないことに触れておられましたが、まあ、「私達はやることはやったんです」という説明だったのでしょう。

それは、良く分かりましたが、私達工芸の立場から云えば、突然口座元が変えられ、変わった口座元は顔も出さず、何も仕事をしていないことに、納得は出来ません。
 

静岡店の自力は感じます。
全く売れないという雰囲気はありません。
今日も変わりなく、ボチボチでございました。
 

静岡は涼しいくらいです。
エアコンが効きすぎて、風邪を引きそうなくらい。
夜もエアコンは要りません。

こうなったら、コートが売れないかな。

ここまで書いて、また地震だ。

外では花火が上がっている音がする。
お祭りのようです。
そう言えば、浴衣姿の女性が沢山見られました。
大道芸人もいたな。

2009年8月14日 (金)

静岡通信vol.3

静岡3日目

朝礼は、この道十何年という催事のご担当がなさった。
独特のユーモアを交えながらですが、余り芳しくない成績に対して我々に、申し訳ないと云って頂いたけれども、「うちの力はこんなものじゃありません」とも付け加えていましたが、そうだろうと思います。
お盆時、夏休みと言う時期に、地震と東名の通行止めが重なり、いつもと違うという感じなのでしょう。

朝一番で、お取り置きのお客様が、「昨日は寄れなくて悪かったわね」と御来店。
有り難いし、喜んだのは売り場の女性達で、静岡県民としてホッとしたらしい。
ただし、値段の張る、売れそうになったブラウスは、キャンセルされてしまいました。
台湾では、キャンセルすると縁起が悪いと言って、決してしないそうですが、日本でも、そんな風評でもあると良いですね。

メンバーが悪くて、毎晩宴会になっています。
家庭用品売り場に平野ブラシがいて、かれも参加し、また魚を食べに行きました。
酒も飲みました。

今週は、そんなことだけ、一人前だな。

2009年8月13日 (木)

静岡通信vol.2

静岡松坂屋二日目。

朝一番で、素直な親子連れに出会い、直ぐに目が開きました。

続いて、素直そうなご夫婦が、ブラウスとTシャツを「取り置きしていてね。一周回ってくるから」とおっしゃる。
午前11時くらいのこと。
その内、お昼が過ぎた。
隣のコルクが、「お昼を食べてらっしゃい。見てますから」と言うが、もうすぐ来るだろうからと断ると、いつの間にか2時を過ぎてしまった。

途中、目の前にかわいらしい女性社員が立ち、「ブログ読んでます」ですって。
何かのキーワードで検索したら行き当たったそうな。
日本中に読者が居てくださり、有り難いが、「松坂屋本店をクリックしたら、伊勢丹が現れたのは悲しかった」と云う。
こういう事を改めなければならないなと思う、今日この頃なんです。

でも、彼らは現れない。
遂に痺れをきらして、ブログを読んでいてくださったH嬢の働いている讃岐うどんを、さっと食べてまた待っていても来ない。

結局は現れませんでしたが、取り置きをお買い求め頂けそうな人も居たのですから、こういう事は困ったことです。
幸いその方には、サイズの違う物を選んでいただいた。

そんな事がありましたが、季節柄・時節柄もあり地震もありで、大変ではありますね。

2009年8月12日 (水)

静岡通信vol.1

静岡松坂屋「日本の味と技展」初日。

静岡空港開港を記念して、日本全国から良いものを集め、8月に初めて開催される催事ということです。
「味」とあるとおり、食品と一緒の物産展ですね。
工芸は7社。

「予算」と云って、売上げ目標というものが催事にはあります。
今回は、ものすごく高い目標設定をしています。
どの位かと言えば、松坂屋本店でもあり得ないほど。
日本橋三越とまでは行かないけれど、この予算を達成できれば、工芸だけなら日本でも有数の催事となることでしょう。

こういう催事では、大きな売上を作る家具も呉服もいなくて、宝飾は鼈甲だけ。
それでこれだけの予算をたてると言うことは、百貨店が集客に相当力を入れているはずだから、今時珍しいと思い、担当に「すごい予算だけれど、集客に相当力を入れているんでしょうね」と聞くと、地方紙の夕刊の、テレビ欄の下だけだそうです。
「チラシは無しですか?」と聞けば、「ありません」ですって。

「でもね」とは担当。
「この広告だって相当予算を使っているし、ここのところ職人展も順調で、○○○○万円も売っていますよ」と、私の持っている情報と随分違うことをおっしゃる。
このご担当に寄れば、最近は、本店を上回るほどの成績を上げているという事ですが、まあ、なんにしろ、売れるというなら有り難いことだと、開店を待ちました。

「でもね」と、今度は私が言いたい。
この間ここに来たのが7年前ですが、初日が終わってみれば、現状はもっと悪くなっていると思うのですが、勘違いでしょうかねぇ。
もちろん、本店と比較しようもありません。

一週間経てば、自ずと答えは出ていることでしょう。

静岡へ

12時30分発佐野新都市発のバスに乗り、地震と台風の静岡に向かう。
1時間弱で王子駅に着き、京浜東北線快速で東京駅に行くと、新幹線の改札口は人だかりだ。
私はモバイルスイカだから、窓口で切符を買わなくてはならない。
ズラリと人が並んでいるけれど、仕方がないから私も並ぶ。
待っていれば徐々に進むもので、20分程で新幹線の自由席券が買えた。
こだまでも良いから、静岡に停まる列車に乗ろうという魂胆だ。
改札で聞くと、ひかりがホームにいるという。
急いで行くと、自由席は満席に近いけれど、二人掛けの通路側が空いていたのでとにかく座れた。

腹が減っているので、弁当を買ってむさぼり食う。
食べ終わらないうちに、発車。
午後三時半前には、静岡駅に無事到着。

何故かテンションが上がらないが、なんとか準備を終え、この催事を紹介してくれ、面倒も見てくれた、ぴょんぴょん堂の社長と、洋傘、鼈甲、コルクと五人で夕飯。
行ったのは、午後の7時40分頃にはラストオーダーという、小生意気な店。
店員は、客の私とため口をきく。
美味くなければゆるさんと思ったけれど、これが、魚も料理も何もかも美味しいこと!
さすがにお客さんが一杯。
 

大満足でホテルに帰ってきたら、軽い余震を経験。
しかし、眠気が勝ち、爆睡という顛末でございます。

本日から、松坂屋静岡店「日本の味と技」という催事に出展いたします。
お近くの方がいらっしゃいましたら、お出かけ下さい。

2009年8月11日 (火)

天災

立川が終わりました。

最終日は台風の影響で大雨という予報でしたが、外は降ったり止んだりという、不安定な天気だったらしい。
売上を気に掛けましたが、やはりそれなりで、ゼロではなかったと言うくらいな物です。

土佐の珊瑚屋で、この業界で最も体重があるだろうと思われる貝崎兄の令夫人が、「有名な大川さんのブログを読ませていただきました。率直な意見を述べられていて良いですね」と、「有名」は余計だけれど、ご感想をいただいた。
「チラシに載っていない業者の中に、うちもちゃんと書いてくださっていて、ありがとうございます」ともおっしゃった。
一店でも漏れがあってはならないと、出展業者リストをチェックしながら書かせていただいた努力が報われましたね。
どうもありがとう。
 


本日、静岡の松坂屋へ参ります。
台風が近づいておりますので、東京に泊まって、静岡に行こうかと思っておりましたが、ちょいと急用が出来て、閑馬の工房に帰って来たのです。

今朝早く、軽い地震を感じた。
起きてテレビをつけてみると、静岡県で大きな地震があったとのこと。
幸い、現在(午前七時)のところ、大きな被害は出ていないようです。

それにしても、これから来る台風九号は厄介です。
災害が広がらないことを、祈るのみ。

現在、東名高速は通行止めで、新幹線は運転を見合わせている状態です。
果たして、静岡にたどり着けますかどうか。

旅の仕事をしておりますと、色々なことに出会う。
神戸の地震の時も、横浜高島屋の催事搬入の日だった。

老後を、閑かに安心して過ごしたいと、日本中の町の天災の少ないところを調べた人がいるそうな。
そして現在、その方は栃木県佐野市にお住まいになっている。
それ程、天災の少ない町に、私は住んでおります。
あるのは雷くらいですが、私の生まれ育ったお隣の町に比べれば何でもありません。
空っ風もたいしたことない。

ただ今、朝の7時。
台風が来るというのに日が差し始め、セミが鳴いております。
また、穏やかな夏の日が始まろうとしておりますが、それだけに、人間も穏やか。

私?
如何に!?

2009年8月 9日 (日)

染色家

20090809125605 京都で砧工房を主宰する染織家の佐武将章さん。
仲間内のあだ名は、バーブ!?

最初にお会いしたのは、十数年前の川西阪急でした。
会場に染め場を再現し、布を伸子に張り、ボカシ染めの実演をなさっていましたし、その色合いに衝撃を受けもしましたが、また売上も、私に比べれば素晴らしかった。
「こういう人もいるんだな」とその時思いましたが、それ以来、度々お会いするようになった。

2 生まれは京都。
鳥取で暮らしたこともあるけれど、大学(同志社)でまた京都に戻る。
染色のテーマは虹。
写真でもお分かりだろうけれど、色とりどりのスカーフやストールが並びます。
奥にあるのは、佐賀錦などの帯び。

大学を卒業した後、20年間、あらゆる染色を学んだ上で、ボカシ染めに行き着いた。
1987年に「砧工房」設立して創作活動に入ったと言うことです。

一昨年、鹿児島で隣り合って出展した洋傘の中島さんは、「すごい人だ」と佐武さんのことを表現しますが、私もそう思う。
何がすごいかと言うことが問題だけれど、昨日も、女性のお客様がいらして親しそうにお話ししているその姿がすごい。

店主の佐武さんは、椅子に座って足を組んでいる。
対するお客様は、自分でストールを手に取りながら鏡に向かいつつ、色がどうだこうだと佐武さんとお話ししている。
動いているのはお客様の方なんですが、この姿が実に自然なんですね。
こういう事は、百貨店という売り場では、凡人の私達には出来ない芸当です。

作品は、全て女性向けで、男なんか全く相手にしておりません。
ある人妻をからかっているから、「人妻ですよ」と私が言うと、「なに、人妻だろうがなんだろうが、女に変わりありません」なんて言う。
犬やネコでも、雌しか飼わない。
釣りに行っても、雄が釣れるとがっかりする。
中島さんが「すごい人だ」という由縁であります。

その中島さんが、佐武さんのテキスタイルで傘を作ろうとしています。
多分、1~2本しかできないだろうけれども、作りたいという。
佐武さんの色は、佐武さんにしか出せません。
此処まで来ると、色彩というものは全くの個性だからですが、そこには考え方や人生が現れる。
真似できるものではないのです。

今朝も二人で話し合っていましたが、技術的に難しい問題もあるようで、さて、どうなりますやら。
出来上がれば、面白いだろうな。

自己紹介の文章に
****
私は「きれい」で「はかない」ものが好きです。
一枚の絹布に対した時、いつも染料や刷毛と話しをしながら、「ボカシ染」の技法でそれを表現したいと思っています。
でも、布と染料と、そして自分自身を「きれい」と「はかない」の中にボカシ込むことは難しく、一生のテーマだと思っています。
* ***
と書いている。
佐武さんの染めに向かう真摯な言葉だと思うけれど、「自分自身を『きれい』と『はかない』の中にボカシ込むことは難しく」なんて書くところが、佐武さんならではで、すごいな!

だれも真似できません。

2009年8月 8日 (土)

立川通信vol.4

立川四日目。

どうもお手上げの一日でありました。

選挙の月は小売りは駄目ですが、その上にお盆が重なりますから、八月はなおいけません。

一時は六千円を割るなんて言われていた株価も、一万円を超えた現状だからまだしも、これが早期解散をしていたらと思うと、寒気がします。
麻生さんはよく頑張ってくれたと、私は思いますね。

でも、そんなことも言っていられません。
幸い、今月は始まったばかりだ。
これから新しい商品が出来上がって参りますし、新しい販売の場も出来そうです。

やはり、売り場が楽しくないと売れませんが、楽しさはやはりデザインですね。
私は、そう感じる。
でも、生地が染まるときとそうでないときがあって、どうしてもバイオリズムみたいなものが出来てしまう。
今日は新作が届きました。
これからは、もっと増えてきますから、紺邑はこれからですね。

気を引き締めてみますか!

2009年8月 7日 (金)

立川通信vol.3 胸のつかえ

立川3日目。

朝会場に到着しますと、昨夜夕飯をご一緒したK工房の○武さんがいない。
そう言えば昨夜の帰り、胸に何かつかえている感じで気持ちが悪いと言っていた。
ステーキは食べ残すし、ビールもワインも残したし、顔も真っ赤だったし、元々血圧の持病持ちですから、何かあったのかも知れないと、ちょいと心配になりました。
朝礼にもいないし、営業が始まっても売り場にいない。
企画会社の藤田さんに聞いてみると、具合が悪くなって病院に行ったという。
昨晩は夜中、救急病院へ行って点滴も打っているらしいとのこと。

ステーキハウスに誘ったのは私だから、それで何かあったとしたら、私に責任がある。
どうかご無事でと祈っていると、午後にお戻りになった。

直ぐに接客が始まり、ポンポンとスカーフが売れた。
午前中から仕事をしている私の売上を、直ぐに追い抜いてしまったのだからすごい。

一段落して「どうしました?」と聞くと、なにやら恥ずかしそうな風情を見せる。
昨晩、どうにも気持ち悪くなって救急病棟で点滴を打ってもらったのだけれど、朝になってもやはり、胸に何かつまったような痛みが激しい。
耐えきれずに病院に行って検査をしても、原因がわからない。
CTを撮ってみたら、食道から胃に繋がるところに何かつまっていて、それが胸の痛みになっていることが解り、それを取り除いたら、ものすごく楽になったけれど、胃カメラのようなものを入れられ、長い時間酷い目にあったと言うことらしい。
問題は、何がつまっていたかと言うことだけれど、此処では明らかにしないことに致します。
ヒントは、夕べ何を食べたか?
さすがのお医者様も、「こんな結末になるとは思ってもいませんでした」と言ったそうな。
皆さんも、食べ物はよく噛んで食べましょうねとは、○武さんからの伝言でございます。

成績が今ひとつだけれど、これも仕方ないと思えるようになってきた。
しかし、目の前の唐木指物の高嶋さんが大きな受注をしたという。
お隣の漆器屋さんは、午後にそれに匹敵する大きな売上を作った。
そのお隣の小峰さんも、同じくだ。
漆器屋さんが塩をまいたそうだけれど、どうもそのお陰らしい。

私のところにもまいてくれていたようだけれど、紺邑にはご利益がないなと思っているところに、小峰さんでお買い物をした方が紺邑に来て「あら!」とおっしゃる。
なんと、日本橋三越のお馴染みで、あきる野市にお住まいのMさん。
此処は鬼門だったわと言いながら、ジャケットをお買い求めいただき、ご主人とご覧になっていた方がお戻りになってブラウスを買っていただき、通りすがりの方にはTシャツだ。
紺邑にも、立派にご利益を与えてくれましたとさ。

帰ってから、三女の手料理で一杯。
「お前も良くやっているね」と褒めると、「東京に来てもう7年になるんだもの」という。
月日の経つのは早いなぁ。

2009年8月 6日 (木)

立川通信vol.2 類は友を呼ぶ

吉祥寺二日目。
午前中は全く手応えがない状況の中、楽しみは昼食です。

伊勢丹の社員食堂は、どこもラーメンが美味しい。
それだけでは寂しいので、小カレーという小どんぶりもいただいた。
相手は鈴木一久さんだけれど、以前も書いたように、一緒の時はいつもです。

ふとほかの席を見てみると、珊瑚の貝崎兄と鼈甲の舘野君と、最近出会った佐渡の細野君の三人が同じテーブルに座っている。
貝崎兄は、この業界屈指の体重を誇る。
舘野君は身長があるし、がっしりとしたプロレスラーのような体型だ。
細野君はまるで相撲取りですから、さすがの貝崎兄が目立たなくなっちゃった。
この三人が小さなテーブルに陣取っていると、暑苦しいこと極まりない。

食事が終わってコーヒーを飲む頃になると、何故かそのテーブルにもう一人増えていて、それがパールの長谷川君だ。
この男は紺邑のシャツを着ているけれど、既製では入らず、全てオーダーメイドの体型。
もちろん、大きいからなんですがね。
放っておけばいいものを、ついひと言言いたくなって彼らのテーブルに行き、「おい、類は友を呼ぶと言うけれど、大は大を呼ぶだな」と言ってしまったけれど、暑い夏に、なにもこんな大きな連中が集まることもないでしょうにね。

夕飯は、貝崎兄を除き、鈴木さんと洋傘の中島さんと長谷川令夫人とちょっと小さめの染織家佐武さんを加えて、8人で立川恒例のステーキハウスへ。
私達は300g、でかい奴らは400gをペロリ。
もちろん、ライスもサラダもデザートもコーヒーも付いております。
ステーキも良かったけれど、アメリカンコーヒーがこれまた良くて、まるでローハイドの世界だったな。

驚いたことに、でかい奴ら全員ローハイドを知っていた。
若作りって事かな!?
いや、きっとシワが伸びちゃっているんだろうな。

朝礼

私達の出展する職人展でも、日本中の百貨店で、開店前に朝礼をやります。
 

朝礼は、入金や配送の方法、百貨店の決まり事や事務手続きなどの必要事項を我々に教えてくれる、大切な場でもある。

時折担当者に、何か話さなければいけないと思うのか、教訓めいた話しをする人もいて、大切な連絡事項が疎かになるなんて事もあり、それでは本末転倒というものですが、中には、知らない情報を教えてくれて為になることもあります。

本日の朝礼は、現場責任者の女性がなさいましたが、百貨店社員としてのご自分の考え方をハッキリと示し、また、我々の気持ちも汲んだ、まことにすばらしい朝礼でした。
 
私は思わず、拍手をしてしまいましたね。
 

伊勢丹では、本店以外の支店催事は、中央一括管理で行っている。

経費の面や物流から見れば、合理性があるのでしょう。

チラシなどの、顧客に対する訴求も同じ事のようです。

 

さて、今回のチラシは、39出展業者の内、9業者が写真入りで紹介され、7業者が特別提供品提供者として商品写真が出ているだけで、チラシに名前さえも書かれていない業者は23業者にも及びます。

チラシの何処にも出展者数の記述がありませんから、お客様の目から見れば、紹介されている16業者だけの催事だと思うのは当然ですね。
 
事実、ある人はお客様に「なんであんたが此処にいるの!」なんて言われたようですが、どうしてそんな事をおっしゃったかと言えば「チラシに出ていなかったわよ」と言うことでありました。
 
これが、今回の支店催事全てのチラシに現れているようです。

 

今朝の朝礼は、現場の声として、「なんで皆さん全員を紹介していないのか、私達も疑問に思っています」と指摘してくださった。

チラシに紹介されなかった身としては、拍手ですね。

せめて文字だけでも良いから、栃木の藍染が、福井の越前漆器と唐木細工が、東京の友禅・ブラシ屋・革鞄屋・人形屋が、兵庫三田の竹細工が、京都の象嵌と丹後の藤布の帯が、大阪の万華鏡が、鹿児島の大島紬が、長崎の鼈甲細工が、土佐の珊瑚細工が、秋田の葡萄細工が、愛知の柘植櫛が、群馬のシルク屋と帯び屋が、新潟佐渡の焼き物屋が、三重の組紐屋が、青森の家具屋が、山形のしな織りが、広島の熊野筆が会場に居るくらいは、お客様に知らせていただきたいと、切実に思いますし、こういう人達が集まっている事が分かるだけでも、お客様はワクワクすると思うのですけれどね。

 

こういう事は、具体的に売上に反映されているようにも思えます。

2009年8月 5日 (水)

立川通信vol.1

久しぶりの立川です。

20090805102025 奥行き2m幅8mという広い売り場ですが、なんとか形になりました。
企画会社担当の藤田君も、ホッとした様子。
元家具の売り場が全部紺邑になっちゃったのです。

立川には二十年も前から、高島屋の「伝統展」に出展しておりました。
その頃の高島屋は、現在の伊勢丹のところにあり、伊勢丹はその横の小さなビルで営業をしていた。

紺邑を作ってからは、伊勢丹でお世話になっていたのですが、どういうわけか、その内伊勢丹が高島屋のところに新しい店を出し、高島屋はその裏になっちゃったのですからびっくりです。

立川は大きく変わりました。
モノレールなんてある。

初日の成績は、たった一組のご家族に作っていただいた。
幸い、娘のところから通っておりますので、経費がかからない分、良しとする成績です。
これで宿泊費や食費や交通費などの経費が掛かってくると、大変だとつくづく思う。

田舎とはいへ、東京近郊に住んでいることはありがたいことです。


吉祥寺は夜7時までの営業で、夜の時間をゆっくり作ることが出来た。
立川もそのつもりでいたら、此処は何故か8時までの営業なんだそうな。

きっと長く感じるのだろうと思っていたら、終わり頃に藍染をなさっている方がお見えになって、お陰様で藍染談義であっという間に時間が過ぎた。
皆さんはやはり、相当長く感じたそうな。

ついてますね(^_^)v

2009年8月 4日 (火)

誕生日 今度は私

本日は、私の誕生日。

だからといって、特別に変わったことはありましたねぇ~!
 

朝起きて庭を見ると、猪の荒らした跡がものすごい。
道も崖も崩れそうだ。

仕方なく、猪の獣道の全てを探して朝早くから草刈。

汗びっしょりになって時計を見ると、立川に出発の時間。

急いでシャワーを浴びて、バスで新宿に向かい、立川に着いたのが午後三時。

それから陳列をして、終わったのが午後六時前。

子供達からメールが入っていたので返事をすると、一緒に食事をしようということになった。

朝鮮料理の美味しい店があるので入ると、「誕生日おめでとう!」と、お財布をもらった。
食事を終えると、勘定まで払ってもらった。

家に帰ると、スティービーの唄と共に、バースデーケーキが出てきて、スペイン国王が今上天皇をもてなしたというシャンパンを開けてくれて二次会。

三女には身体をマッサージしてもらって、父親の幸せを十分に味あわせていただきましたとさ。

人生、捨てたものじゃないな。

2009年8月 3日 (月)

吉祥寺通信 なんと最終日

久しぶりに、2日間、ブログに穴を開けました。

何故かと言えば、早寝してしまうからですね。

早起きすればよいだろうと思いきや、それが出来ない。

今回の催事は、売上を気にせずに、疲れを取る機会にしようと思いましたら、まあ寝ること寝ること。

そんなことをしている内に、本日最終日。

お昼を、鈴木さん、大森君、長谷川君の四人で取りに行く途中、鈴木さんが、「大川さんの初日の疲れ具合が、ウソのように元気になりましたね」と言ってくださった。

本当に元気になりましたから、ありがたいですね。

気にしなかった売上も、なんとか出来てきたから不思議です。

これで、8月を乗り切る自信が出て参りました。

 
吉祥寺伊勢丹の「技ひとすじ展」は、これで最後。
別に感慨はないけれど、お客様の態度は面白かった。

天下の伊勢丹なんですから、吉祥寺が閉店になっても、新宿の本店に行けばよいと思いきや、お客様にはそこまでの思い入れはないようです。

「私は新宿は行かない。だから伊勢丹カードも解約しようと思っているの」というお客様がいらした。
「たまっていた友の会の券を、全部使っちゃおうと思っていたのよ」なんて言う方も。
こういう方々に、今回は支えられましたね。

 
このブログは、閑馬で書いております。

午後四時までの営業でしたが、終了してからお客様がいらして、日傘を買って下さった。
これでちょっと片付けの時間が遅れまして、乗ろうとしていた新宿発17:20分の高速バスに乗れそうもなくなりました。
吉祥寺駅発17:00の電車に乗ると、17:15分に新宿に着いた。
駄目だろうと思いつつ、バスターミナルに行くと、ちょうど17:20分だ。
チケット売り場は人が並んでいて、切符を買うどころではない。
ままよ!とばかり、バスに直接行って運転手に話したら、なんと乗せてくれたのです。
ちょっと遅れましたが、19:00に佐野に着きました。

 
明日からは立川店です。
今度はしっかりと、お仕事を致します。

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