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2009年11月

2009年11月28日 (土)

運転手翌日

昨夜、夜の11時過ぎに帰って参りましたが、運転という奴は、脳を多少興奮させるのか、直ぐには寝付けず。
寝不足気味で朝起きてみると、頭が痛い。
ちょっと風邪気味のような気もしたので、薬を飲んだら起きていられなくなり、少し昼寝を致しました。

起きてみると、すっきりだ。

そして腹も減ったので、これからおでんで一杯やって寝ます、って、つまらない日記で失礼しましたぁーm(_ _)m

2009年11月27日 (金)

運転手の一日

昨日夜八時に、車を運転して佐野を出発。
東京の娘のところに泊まり、朝5時に起きて、三女を仕事場に送りながら、虎ノ門のホテルに六時半に着きました。
オーストラリアに住んでいる叔父と、一緒に住んでいる新婚の若夫婦を、車で栃木に案内するためです。

若夫婦は、オーストラリア生まれの日本人のK君と、フランス人の奥さん。
K君は何とか日本語をしゃべりますが、奥さんは全く駄目と言う二人。
このK君のお母さんの実家が、栃木県矢板市にあるので、新妻を紹介がてらの里帰りというわけです。

何故私が運転手をするかと言えば、ただ叔父に頼まれただけのこと。
私は、喜んで引き受けた。
78歳になる叔父と会うことだけでも、後何回あるか解りませんからね。
 
ホテルを7時に出発し、一路栃木県北の矢板へ。
そこで、K君の親戚の方々にお会いした。

そこから60キロ程南に上り、佐野に到着して、先ずは佐野ラーメンを食べるというので、元祖「森田屋総本店」に案内。
それから、叔父の恩師の家、異母兄弟の親戚の家、母校の高校では校長先生達と懇談し、市役所では市長が留守なので、副市長お二人と秘書課の方々とこれまた懇談。
市役所の方々も、
私と叔父との関係がお分かりにならなかったらしいので、私の氏素性共々、ご説明申し上げた。

 
この叔父のことは、以前にも紹介しましたが、サラリーマンとしては、これ以上ないほどに功成り遂げた人。
「この間国立に歌舞伎を見に行ってね、なんだか大勢の人達がロビーに入って来たから何だろうと思ったら、その中に知りあいが居たんで近寄って『やー、しばらく』と言ったら、向こうも驚いて、『今どちらにいらっしゃるんですか』なんて話ししたんだけれど、彼、今日本の首相だったんだね。驚いたね」なんて、ラーメンを食べながら語る。
しかし、身内が少なくて、今や親しくしているのは私だけでしょう。
だから、私が運転手もやるわけです。

様々にハプニングがあって、紺邑にはほんの30分しか居られなかったけれど、この叔父は閑馬が大好きな様子です。

 
ミュージシャンでもあるK君の、小さなライブをやるために、叔父の同級生で、私も親しいリョウちゃんのカラオケ店に参りました。
ところが皆さんご高齢だから、集まらない。
時間つぶしにK君の歌を、ギターの弾き語りで聞こうとしたら、私に歌えとK君が言うので一曲。
それから二人で、しばらく歌ってギターを弾いて遊んで過ごしました。

6時半ころ佐野を出て、ホテルに帰る道すがら、三人は爆睡だ。
12時間運転手をしている私だって眠いけれど、さすがに寝るわけにも行きませんから、我慢に我慢をして、少し渋滞があったけれど、8時過ぎにホテルに到着。
私の労をねぎらってくれて、「久兵衛」で寿司。
さすがに美味しく頂きましたが、それにしても満席だったのには驚きました。

東京に泊まろうかどうしようか迷いましたが、気合いで帰って参りましたとさ。


2009年11月25日 (水)

09.11浜松通信 最終日

ありゃりゃという間に最終日が終わってしまいました。

午後になって、お馴染みのお客様が目の前にお立ちになり、「母が来られないから代役で来ました」とおっしゃる。
お嬢様にお買い物していただいたけれど、連休がいけなかったようです。
来年は、いつもの一週前に戻してもらうことにしましょ。

18:10浜松発の「ひかり」に乗り、埼玉の大宮駅で知人と待ち合わせをし、商談を一つこなしてから、春日部駅から東武線の最終鈍行で帰って参りました。

振り返りますと、齢(よわい)60の人間には、ちょいと忙しすぎる感じもします。

身体が悲鳴を挙げておりますので、一日休もうとは思いましたが、どうも最近、休み方を忘れてしまっているようで、せめての昼寝を致しましたね。

2009年11月23日 (月)

09.11浜松通信vol.6 「なせば成る」

あっという間に6日目を迎えております。

三連休の為か、午後には賑わいましたが、ご家族連れなどはどうも紺邑にご興味なさそうだな。
ご常連のIさんが来て下さり、お取り置きの大きな買い物をして下さらなかったら、冷や汗ものでありますよ。

ご時世を鑑みると、ネットショップの立ち上げを急がなければなりません。
ネットショップに関しては、インターネットに繋がっていないと制作できないようになっていますから、売り場ではもちろん出来ません。
ホテルの部屋に帰ってからやっておりますけれど、ようやく目鼻がたちそうであります。

ショップのページは、ホームページと全く違った趣になる予定です。
違うページをリンクして、楽しんでいただけるような工夫が出来たらと思っておりますですよ。
一番大変なのは、データですね。
帰ってからは、写真を撮らなきゃなりません。
苦手なんて言っていられません。

「なせば成る なさねばならぬ何事も ならぬは人のなさぬ成りけり」ってね。

2009年11月22日 (日)

09.11浜松通信vol.5 「五本指の下駄」

浜松5日目、日曜日。
日曜日の賑わいは、余り私たちの商売には関係ないようです。

さて、私の店のテーブルの上に、新作の五本指の下駄が置いてあります。
200909051701000 栃木の沼尾さんとのコラボレーションで生まれたものですが、この写真には、藍染めがありませんが、鼻緒を藍染めにして、展示しております。
通りがかる方々に、人気は抜群。
お買い求め頂いた方の一人は、足つぼマッサージの先生。

この下駄の開発は、実は足つぼマッサージの方の要望があったのです。

足の指を開くことが、健康の一助になると言うことでしたが、それを作ってくれる職人が居ないとのこと。
そこで、栃木市の沼尾さんにお願いして出来上がったのが、この下駄です。

沼尾さんは研究熱心な方で、鼻緒のそれぞれの位置を研究して出来上がりました。
しかし、大切なのは鼻緒です。
これは面倒だし、数も出来ませんから、外注できない。
そこで、奥様が手作りで作り上げたのです。

商工会議所で意匠登録をするべきだというので、ただ今出願中です。

この下駄のお陰で、お客様との会話が楽しく、一日飽きずに過ごさせていただいております。

2009年11月21日 (土)

09.11浜松通信vol,4

浜松4日目。

今回は、京都の「ぴょんぴょん堂」と一緒です。
販売しているのはポチ袋などで、単価は500円くらい。
だから、1日中コツコツと仕事をしております。

私の方は、500円という品物がありません。
ましてやこれから冬ですから、暖かな単価の張る品物になる。
だから、コツコツというわけにはいきません。
じっと、お客様のいらっしゃるのを待つしかない。

午前中に、お馴染みのIさんが、お一人でいらした。
またいつものように、Sさんと待ち合わせかと思いきや、お母様が亡くなられて今回は来られないらしい。
商いとしては実に残念だけれど、こればかりは致し方ありませんが、従姉妹になるIさんが、そんな中わざわざ入らしていただいただけでも有り難いことです。
アルパカの新作とウールのベストをお取り置きとなりました。

もう一人午前中に御来店のお馴染みさんは、遠鉄開店以来ですから、かれこれ20年のお付き合い。
一昨年、親父殿の「藍愛工房」から買ったシルクのTシャツを染め直して差し上げてから、息子の「紺邑」とも親しくお付き合いいただくようになった方。
これまた、綿ニットのレギンスをお取り置きだ。

それから小商いがちょっとありまして、後は待てど暮らせど何にもない。

これで今日は終わるのかという夕方、お一人のお客様が立ち寄られて、高価なウールのケープをご購入いただき、何とか成績が出来ました。

終わってみると、コツコツ仕事をしていたぴょんぴょん堂を上回る成績になっちゃった。
担当のヨネさんの愚痴るまいことか。
こればかりは職種の違いですから仕方ないけれど、藍染めの冬場は例年こんな感じで、忍耐が必要なんです。

 
夕飯は、久しぶりに、元担当の北野と現担当のKさんの三人で「轟」へ。
ここの女将は数年前、体調を崩して店をたたもうかとした時、客に頼まれて閉めさせてもらえなかったくらい、人気のある人。
こんなご時勢に、今日も満席。

手はお母さん一人だから、あまり働かせてはいけませんので、こちらもぼちぼちと注文しながら、ぼちぼちと飲んで食って、最後に絶品のおにぎりと赤だしをいただいて、大満足で帰ってまいりました。

2009年11月20日 (金)

09.11浜松通信vol.3

3日目は、どうにも間の抜けた1日でありました。

余りに時間があったので、一日中、ホームページの手入れをしておりました。

初日にご常連の鈴木さんが、「商品が少なすぎる」とおっしゃったので、出来る限り載せてみました。

何せ、写真が不十分ですから、帰ってから本格的に紹介しようと思います。
お楽しみに。

ついでに整理整頓もしてみましたが、お気づきでしょうか。

大分すっきりしたと、自負しております。

この時間に一息ついて、これからようやく風呂であります。

でわ・・・(^^)/

2009年11月19日 (木)

09.11浜松通信vol.2

浜松の二日目。

催事の搬入日だからでしょうか、閑かな出足。

それでもポツポツとお仕事には成りまして、お買い求め頂いたお客様にはありがとうございました。

 
百貨店の社長に、にこやかにご挨拶いただいた。

病院の院長回診のように一緒に歩いていたのは、このフロアーの責任者の一人のFさん。
その昔は一瞬でしたが、クリエイティブ工房の担当者だったことがあるから、付き合いは古い。
社長を見送った後で私のところに来て、「ホームページが消えてましたね。Tさん(前担当の課長)と『大川さんが行方不明になった』って騒いでいたんですよ」と言いに来た。

さもありなんで、ブログを探して私の無事を確認してもらったわけだけれど、そうでなかったらと冷や汗ものでしたね。

私がブログをやることに冷や水を浴びせていたのは、ホームページを消した人だったけれど、やっていて良かったとつくづく思いましたとさ。

 
夕飯は、ぴょんの米さんと久しぶりに中華。

私の食欲に、「大川さんはまだ若いね」と言ってくれたけれど、実は浜松に来て、みんなに「痩せましたね」と言われております。

大阪の近鉄、渋谷の東急東横では太った太ったと言われておりましたが、一週間家にいただけで痩せることが出来た。

やはり、食事は大切ですね。

だからといってはなんですが、今日はビール一本、レバニラ炒めにかに玉と餃子につけ麺。

栄養のバランスや如何に。

2009年11月18日 (水)

09.11浜松通信

遠鉄の初日。

朝から賑わっていましたが、催事の関係かもしれません。

日本中から美味い物を集めた人気のある催事らしいのですが、今日がその最終日。

それでも紺邑には関係なく、隣のぴょんぴょん堂ばかりが忙しい。

「待てば海路の日和あり」だとばかりに、淡々と待っていると、ご常連の鈴木さんがお見えになった。

たった一点だけ作ってきたジャケットをお買い求め頂いたけれど、「ホームページを見たけど、紹介されている商品が少なすぎる」とクレーム。

解っちゃいるけれど、写真が無いのですよ。

これから写真を撮ってホームページに載せてゆきますが、そんなことより、ホームページを見てくださったことに感謝です。

落ち着いたところで、ぴょんぴょん堂の米山君が、「催事に『鳥つね』が来てますね」と言うので見に行くと、居た居た。

久しぶりに親子丼で昼食だ。

成績は、ウールのケープが出たりして、寒くなってきたこの時期としては、まずまずのスタートを切らせていただきました。

 
夕飯を取りながら携帯のニュースを見ていると、なななんと、サッカー日本代表の試合があるではありませんか。

さっさと食べてホテルに帰り、試合を楽しませてもらった。

それにしても、小野君のいない日本代表は、クリープのないコーヒーの様だな。

2009年11月17日 (火)

再びイノシシ そして浜松

月曜日の夜、何となく裏庭で音がするとカミサンが言った。

「ひょっとしたら」と思ったら翌朝、「イノシシが掛かってるよ!」と、これまたカミサンが言った。

2階の窓から檻の罠を見ると、今度は割合大きなイノシシが入っているではありませんか。

「美味そうだ」と思った訳じゃないけれど、多少の興奮を覚えましたね。

七時前だったけれど、星野さんに電話。

20091117080437_3 そして、こういう写真と相成りました。

槍を構え、突き所を慎重に探っているのが星野さん。
内蔵を傷めると、肉が臭くなりますからね。
アップの写真もありますが、余りにリアルなので、ちょいとぼけた写真を載せました。

11時頃、星野さんが早速レバーとハツを持ってきて下さった。
さすが国立大学の農学部畜産科出身者です。

それをしばらく水にさらし、薄めに切って塩胡椒で軽く炒めてお昼にいただきましたが、実に美味。

少々疲れ気味だった我々に、神様が与えて下さった物と、感謝しつつ頂きました。

 
午後は、慌てて銀行で一仕事をし、そのままアウトレットのある佐野新都市からバスに乗って、とうきょうえきから浜松へ。

このブログは、浜松のホテルで書いています。

現在午後六時半少し前。

これから、準備に遠鉄に言って参ります。

明日から浜松遠鉄百貨店7階クリエイティブ工房で「紺邑正藍染展」であります。

2009年11月15日 (日)

好事魔多し

お客様に沢山お見えになっていただいて、忙しい日曜日を過ごさせていただきました。

先ずは、紺邑のアンゴラやウールの生地のハギレで、ジャケットを作って来て下さった小林さん親子。
素晴らしい物を見せていただきました。
もちろん、ご自分の物ですが、紺邑にも一つ作っていただくことに。
次回の日本橋三越にお持ちできるでしょう。

ホームページをご覧になって、予約していただいた柿沼さんと半田さん。
道に迷いながらも、宇都宮から良く来て下さいました。
私のホームページを見て、藍染へのこだわりを感じて下さったとのことで、実にありがたいことです。
やはり文章は、自分で書かないと、真意はなかなか伝わらないようです。
苦労した甲斐があるという物で、大変励みになりました。

お二人が藍染の体験をしているところに、東京からバイクでお二人いらっしゃいました。
三女が東京で髪結いをやっているのですが、沼井さんと福元さんとおっしゃる三女の客様です。
体験に加わって下さり、賑やかな一時を過ごしました。

柿沼さんと半田さんは、その後カフェブロッサムへ。

東京からのお二人は、裏庭の猪の遊んだ後を見て、それから星野さんの所に行って椎茸を買ってきてという、田舎を満喫してお帰りになった。
七輪の料理に凝っているというので、今頃美味しい椎茸をほおばっていることでしょう。

その間、私が店番をしていると、綿の栽培からその加工や、日本の布を野良着等にして販売している方からお電話があった。
藍染をかなり勉強なさり、相当なこだわりを持っていらっしゃるようでしたが、紺邑に染めて欲しいとおっしゃる。
余りにこだわるけれど、それが正しい情報を元にしているとは思われないので、一度御来店いただくことにしました。
後は、その方の熱意と私どもとの相性の問題。

そんなこんなしていると、藍師の外山さんのお兄様が御来店。
色々な情報を教えて下さり、話が弾みました。

充実した時間を過ごしていると、百貨店からお電話。
何事かと思ったら、返品があったそうな。
それも、全てこちらのミス。
お客様はお気に召していたらしいのに、残念でなりません。
紺邑は、社長の私が出張気味で、管理が行き届かないこともある。
それが欠点なのですが、なんとか改善しなければなりません。

好事魔多しということでしょうかね。

2009年11月14日 (土)

跡継ぎ

昨夜、パソコンに向かってホームページを移動させていると、2階のカミサンから「小峰さんがテレビに出ているよ!」という叫び声が聞こえて来たので駆け上がると、NHKの教育テレビで太った職人がラタン細工をしている。
あの小峰ラタンの頑固息子だ。

網代編みだなんだと、ラタンの枕を紹介していたけれど、息子を出して自分が一歩引くところが小峰さんの偉いところだと思いましたね。

箱根細工の山中さんも同じだけれど、ちゃんとした職人は、様々な面で跡継ぎを育てることを忘れませんね。

たかが職人さんからコメントいただいて、想い出しました。

テレビを見るついでに夕飯にしたのですが、画面に出て来たあの太った職人は、酒の肴には向かないな(・∀・)ニヤニヤ

2009年11月13日 (金)

また、ホームページのこと

ホームページのアドレスが変わりました。
度々のことで申し訳ありませんが、これが最後のつもりです。

アドレスは
http://kon-yu.com/
と簡素に・・・

メールアドレスも
info@kon-yu.com
と簡単に・・・

ブログからのリンクも、既にこのアドレスに変えています。
ブックマークをしている方は、変更をお願いします。

様々に情報を更新して行きます。

ネットショップもオープンする予定ですので、お楽しみに(^^)/

2009年11月12日 (木)

「イノシシ」と「いただきます」

工房のある佐野市閑馬町辺りにイノシシが出始めたのはまだ新しく、ここ10年ほどのことだと言います。
それを食する習慣もありません。
だからやたらに増え、田畑を荒らし、紺邑では、駐車場や庭が掘られています。

そこで、害獣駆除の免許をもつ、ご近所の椎茸農家の星野さんが、裏の庭にオリの罠を仕掛けてくださいました。
この辺りでイノシシを好んで食べるのは、私と星野さんだから、もう期待で一杯。
星野さんは、毎朝早く、見に来て下さっていました。

昨日、朝から書類作りをしていると、玄関のチャイムが鳴るので出てみると、星野さんが立ていて、「イノシシが掛かりました」と言うではありませんか。
20091111085306 「でも、子供なんです」との事ですが、勇んで罠のところに行ってみると、小さいのが三頭かかっている。
大人しそうでしたが、私達の気配を察すると、突然暴れ出しました。

 
ちょいと前ですが、あるオリに大きなイノシシが掛かった。
罠を仕掛けた人が近づくと暴れだし、なんとオリが壊れてイノシシがその人に襲いかった。
運悪く、U字溝にイノシシと共に落ち、双方逃げ場が無くなって、その人はイノシシの下敷きになって大変なことになった。
そこに犬の散歩をさせている人が通りがかり、「車にヤリがあるから、それでイノシシを突いてくれ」と何とか頼み、その人は救われたわけだけれど、両大腿骨を複雑骨折したそうな。
救った人は、人命救助で表彰だ。

そんなことがあったから、「イノシシが掛かっても、絶対にオリに近づかないで下さい」と、星野さんから注意されていましたが、子イノシシの暴れる姿を見ると、さもありなんと思いましたね。

「食えますか?」と聞けば、食べるところがあったとしても、鶏の足程度だから、土に埋めるのだそうで、どうしたかというと、ヤリで刺して駆除を致しました。

ヤリで刺した星野さんはなれているのでしょうが、それを目前にした私は、感じるところが多かったな。

後から来た風間君も、三頭の死骸だけを見た。

そんな話を、時折このブログにコメントしてくる天狗さんに渋谷で話したら、やはりちょいと顔をしかめたけれど、その気持ちは分かる。

 
小学生の給食で、「給食費を払っているのだから、子供に『いただきます』なんて言わせないでください」という親が最近いるといいます。
この「いただきます」というのは、「生きとし生けるものの命を頂いて、私達は生かせて頂いています」という「いただきます」なんですね。

我々は普段、肉も食えば野菜も食うけれど、彼らもやはり生き物だ。
その殺生の上に私達は生かされているわけで、そう言えば、私が子供の頃は、庭の鶏小屋で飼っていた鶏を絞めて食い、魚を捕っては料理してもらったわけで、最近はそう言う実感の無い世界に我々は生きておりますね。
死骸を見たキリスト教徒の風間君にもそんな話をしましたら、同感しておりました。

なにやら残酷な事件が数多く報道されているようですが、「『いただきます』なんて言わせないで」などという親がいるようでは、さもありなんと思いますがどんな物でしょうか。

そんな感慨でありますよ。
 

夕方、カミサンの姿が見えなくなった。
庭に出てみると、裏庭で星野さんとしゃべっている。
行ってみると、星野さんが罠を仕掛け直したそうな。
「今度は大きいのが掛かると良いなぁ」と私。
「わくわくする」というのはカミサン。

まあ、そんなモンです。

2009年11月11日 (水)

初めてのお客様

書類を書く仕事で、私は工房におります。

朝から晩までキーボードを打っておりますが、未だ終わりません。

それでも目安は着いたかなと思います。

紺邑は会社ですから、こういう仕事も致し方ないけれど、江戸独楽の広井さんのような方とお話しすると、一匹狼のような存在も良いなとも思う。

私のように、無名で江戸という地域性も持たない存在では、会社組織にすることも仕方ないとも思うし、小泉元首相じゃないけれど、「人生色々」ですね。

 
ホームページが消えまして、仲間内のコルクやご近所の溝越さんでさえ、ブログにアクセスできなくなった。

その影響は、アクセス解析に如実に出ております。

急いでホームページを作りましたが、お陰様で何とか形になったかと思っております。

本日、それをご覧になった方からお電話があり、日曜日の予約を頂きました。

初めてのお客様だ。

実にありがたく、苦労をして作った甲斐もあるし、励みにもなりますね。

心より御礼申し上げますし、お待ちしております。

2009年11月10日 (火)

渋谷通信 営業時間

小田急藤沢店は午後6時半まで。
鶴屋天草店も同じ。
近鉄百貨店上本町店は、午後7時まで。
そして今回の東急東横店は、午後九時まで営業。
この落差は、身体に堪えますね。
ですから、カミサンと二人体勢でやっているのですが、様々に仕事が入りまして、また本日、工房に帰ってきております。
その上に、神戸に行ってきたのですから、我ながら慌ただしい。

幸い、新宿から高速バスで一時間半で佐野に着いてしまう。
これは有り難いことです。

この歳で青春時代と同じようなことをやっているなと、カミサンと二人で感慨にふけったところですが、後は、体調に気をつけることでしょうね。

さて、お仕事お仕事・・・・(^-^;

2009年11月 8日 (日)

結婚式から渋谷へ

組紐屋の結婚式は、さっぱりとした明るい結婚式でしたね。

私が座った席は一番の上座で、実に恐縮でしたが、まあ、親父同士から親しい付き合いですから仕方ない。

仲人無し、我々招待客のお出迎え無しというさっぱりとしたもので、その気楽さは、新郎新婦の個性と言いますか、今時なんでしょうかね。

20091107165847 新婦の父親の我が友は、一人娘を嫁に出すというと言うより、自分の会社の跡取りが出来たという明るさがあって、気楽なものだったけれど、それがまた私を気楽にさせて、酒が進んだこと。

前々日に工房に帰り、夜中まで仕事して、午前中ちょっときつい社長業をしてバスで渋谷にとんぼ返りしてなんていうきついスケジュールで神戸まで行ったので、帰りはふらふら。

カミサンにわがまま言って、今日は遅番で開店後に出勤させてもらった。
 

お仕事は、何と申しましょうか、このご時世がそのまま現れているという感じですが、前年と同じような成績だと言うことは、それだけでも大した物なのかも知れません。

聞くところに寄ると、上六の前期の成績は何と、前年を越えて予算も達成したとか。
店長が替わり、「職人の技展」に対する姿勢が変わったというのが大きいと思いますが、社員もようやく緊張感を持って働いていたようです。
そんなことは、当たり前でしょうけれどね。
 

今晩は懇親会。
私はデスクワークがあって欠席。
今の今までパソコンに向かい合っておりましたが、そろそろ限界です。

寝ちゃえってなもんです。

2009年11月 6日 (金)

渋谷通信

渋谷の初日は、何と申しましょうか、上六よりも閑かなものだったけれど、全体は結構な成績だったらしい。

我々アパレルといいましょうか、糸偏は、総じて苦戦であります。

私どもは娘のところから通い、工房からの交通費もせいぜいバス代くらいだからたいしたことないけれど、遠方の方々は大変だな、と考えると、それが、そう人に限って成績がよいのだから上手く出来てますね。

終わってから工房に帰りまして、朝から社長業をこなし、3時頃売り場に入りました。

二日目はもっと閑か。

このご時世を辛抱して乗り越えなければならないけれど、どうしたらよいか次々にアイディアが浮かんできます。

やることがあり、やれることがあることに感謝し、明日は下駄の藤田君と久留米絣の省ちゃんと三人で、組紐屋の娘の結婚式に出席して参ります。

ここで久しぶりに、「めでたい」と言う空気を味わってこようと思いますし、そう言う機会を与えてくれた紐屋の家族を、心から祝ってこようと思います。

2009年11月 4日 (水)

from大阪to渋谷

大阪の最終日は、終わり頃にご常連に沢山お出で頂き、忙しく終了させていただいた。

終了後、京都の紙屋と久留米絣の省ちゃんと私の三人で東京まで帰ってきました。

品川から渋谷に入り、東急東横の飾り付けを終えて、娘の部屋に帰ってこのブログを書いております。

明日から渋谷です。

お近くの方は、是非お立ち寄り下さいませ。

2009年11月 3日 (火)

大阪通信 カルチャーショック

今回の上六では、いつものことですが、お隣は江戸独楽の広井さん。

江戸職人の重鎮で、私なんかおいそれと口を効いてもらえない方だと思っておりましたが、最近親しくさせていただくようになった。

この方の売り場は、会場がどうだろうと景気がどうだろうと、毎日賑わっております。

どうしてかというと、弟子のようなボランティアが、何人も何人も集まってきては売り子をしたり独楽を回したりしているからです。

その人達の中に、長い顎髭にチョンマゲに和服に下駄と言う出で立ちがトレードマークの方がいらっしゃる。
何かの芸人だそうですが、今日はカウボーイ姿でお見えになった変な人。

この人が焼けに歴史に詳しく、大阪の「河内湖」の存在を教わった。

古代から古墳時代に掛けての、近畿の内陸の状況を初めて知りました。

なるほど大和朝廷は、今では内陸であるあの辺りで大陸を睨んでいたわけだと思う。

そしてこの方は、奈良の桜井が面白いと言う。

私が最も興味のある古代史がそこにあって、纏向(まきむく)遺跡や三輪山は、生きている内に訪れなければ死んでも死にきれないと思うほどでもある。

それにしても大阪平野が完全に陸地化したのが、江戸時代の大和川付け替え工事以降のことだなんて、私は知りもしなかった。

ということは、今私のいる上本町辺りは、家康の大阪城攻めの陣地だったところだけれど、その歴史の見方も変わってくるわけで、無知を思い知らされました。

こういうことは、大阪の人にとっては常識なんでしょうかね。

 
とにかく、勉強になりましたが、やはり、戦後の日本の教育は変ですね。

お米 「漢方米」

大田原の星野先生から、久しぶりに電話がありました。

「今日(日曜日)の読売新聞に、『漢方米』が出ていますから読んでみてください」ということでしたが、旅先ですからネットで調べてみました。

米(福島・郡山市) 漢方米 輝くうまみ

ここで紹介されている農家の古川さんは、「国内最大の品評会でコシヒカリが5年連続金賞に輝く若き名人」と言われ、想い出したけれど、何年も前に、私が上六に出ていたときに、奈良で授賞式があって、星野先生から「出てきませんか」と誘われたことがありました。

現在某放送局が、一年がかりで土作りから刈り入れまで取材をしているそうで、いわゆる「勉強会」も取り上げられるそうな。
放送は、来年の初めらしい。

この「勉強会」は、私の藍建てに対する姿勢の元になっています。

この農法の基本的な考え方は、「植物や土も人と同様」ということですが、そのセンテンスを「藍」に変えて、「藍も人と同じ」と考える藍建てをしているという訳です。

そう考えると、土に「化学合成した肥料や薬」を蒔くことが出来ないように、藍に苛性ソーダや還元剤を入れられなくなります。

この農法とも、もう20年程のお付き合いになりますが、当時土の改良を始めたばかりの農家の野菜も米も、今や高値がついているだけではなく、直ぐに売り切れてなかなか手に入らないらしい。

あるトマト農家では、消費者が畑に直接買いに来てしまうので、市場(いちば)にさえ出てこないと言います。
そんな成功を見ても、慣行農法に慣れた農家は手を出すことはしませんし、また星野先生も、無理矢理広めようという気もない。
こういう姿勢が、これまた私に共感を与えるのですな。
 

土壌改良は、一日にしてなりません。
数年は掛かることでしょうから、この農法に限らず辛抱がいる。
藍染も、化学建てに慣れた人が、灰汁を使った醗酵建てになかなか手が出ないように、農家も、慣行農法になれた人は、「化学合成した肥料や薬」を使わないことは難しいようです。
 

昔から、無農薬農法や有機栽培といったことをしている人達と付き合って来ましたけれど、皆さん、妙なコミュニティを作ろうとしたり、また、特定の考え方を持つ人達の集まりばかりで、それは消費者もお仲間だったように見えたものです。

彼らの前提は、無農薬で有機栽培であること。
作られたものが、萎んでいようが虫食いであろうが病弱であろうが問題ではない。

そこには何か無理が感じられて、私には馴染めませんでしたね。

 
功名心も衒いもなく、コツコツとやってきて結果を残してきた本物が、ここにあるように私は思います。

2009年11月 2日 (月)

大阪通信2

今日は名和さん御来店。
ちょいと疲れ気味だった私も、ご夫妻とお話ししている内に元気が出てきました。
有り難い事です。

外の天気は、昨日は大雨で、今日は大風だとか。
その上に明日の休日が重なったせいか、午前中はそれはそれは忙しくなかった。
午後になってようやく賑わいが出て参りましたが、初日2日に比べると、寂しいというのが大方の意見でありましたね。
 

この間の天草のお仕事で、ディスプレーに大分気を遣うようになった。
私たちはどうも、催事に慣れすぎ、とらわれすぎてもいるのではないか。
それも、物産展出展者は特にそう言う面がある。
物作りの質と数も、振り返る必要があるのではないか。
そんなことを、シルクの贄田さんとコルクと話しをしましたが、勉強しなければなりません。
 

昨日はちょいと飲み過ぎの感がありましたので、今日はビールも飲まずに軽く夕飯を食べて帰って参りました。

名和さんのおみやげの甘いものをつまみに、淵さんから頂いたワインで、急に寒くなった大阪の夜を過ごすことと致します。

2009年11月 1日 (日)

大阪通信

大阪に参りました。
先回よりは入店客数が多いと言うことですが、それに比例して売上も悪くはなく、予算を順調にこなしているらしい。
紺邑は、ちょいと苦戦中。
 

社員に緊張感が見えます。
どうも、店長が替わったかららしい。
今度の方は厳しく、また、この「職人の技展」を2回目から担当して大きくした方でもあり、業界ではうるさ型で通った有名人ですから無理ありません。
私も知らないわけではないけれど、ちょいと訳ありの間柄。
企画会社の藤田君風に言えば、「大川さんの武勇伝」に出て来るお方なのであります。
訳を話せば、私がこの百貨店に出展出来ることが不思議に感じられることでしょうね。

この方は、大阪のマスコミに顔の利く方で、今回の催事が新聞では記事として紹介され、テレビ番組ではタレントの口からも紹介されてもいるらしい。
その効果が如実に出ているという事ですが、やはり、不景気だから宣伝広告費を削るというのは、悪循環なのかも知れません。
その分、パブリシティを利用すると言うことは、大切なことですね。
 

営業時間が、夜八時から七時までに変わっておりました。
ご時世を考えれば当然のことでしょうが、これは有り難い。

終わってから懇親会。
いつものように大騒ぎして、帰って参りましたとさ。

藍染の下着

朝から晩までパソコンに向かい、ホームページを変えたり書類を作ったりして、またそのパソコンがネットに繋がっていないので、ブログが書けないという日々を送っておりました。

そんな中、大阪のカミサンから電話が入りまして、「鈴木さんが初日(29日)にパンツ(下着)を買って下さって、今日(31日)また来て『凄く気持ちが良かったから、あと半ダース頂戴』って注文して下さったの」という報告がありました。

 

鈴木さんは、御歳九十数歳の男性。

大阪の北にお住まいなのだけれど、南にある上本町店まで杖をつきながらも来て下さるご常連。

作務衣が大好きで、既に八着お持ちだったのだけれど、紺邑の作務衣がお気に召して四着も買って下さっている方。

某大手小売店の偉いさんだったらしい。

 

そのご老人が気持ちよかったと言って下さったパンツは、私も履いているけれど、実に極めてものすごく気持ちがよい。

我ながら素晴らしいものだと感じていたものですから、鈴木さんの反応はうれしかったな。
 
 

私の生まれ育った足利市は、繊維産業で栄えた町です。

お年寄りには「足利銘仙」でお馴染みだろうけれど、最近まではトリコットが盛んだった。

その中に、下着の生産があったのですが、今では寂れ、職人だけが残った。

その中のリーダーが、あたらしく職人達のネットワークを作り、下着やTシャツの生産を始めたのです。

元々日本でも海外でも高い評価を得ていた人達なので、その製品はものすごく高価だけれど、国内でも輸出でも、それなりに売れていて、この不況でも忙しくなさっていらっしゃる。

紺邑とも何かの縁でお付き合いが始まり、オリジナルの下着を作って下さるようになりました。

少量なのにサンプルを作り、染めて縮を計り製品化したものが鈴木さんの手に渡ったわけです。

もちろん、女性用のショーツもあります。
 

Imgp8890_3 先日それを履いた方が、ラジオの番組に「履いたら夜中起きなくなりました」と投書なさったらしい。

それを聞いた方が、わざわざ閑馬の工房まで買いに来て下さった。
 
これまたそれ程に気持ちよいものらしく、実に評判がよろしい。

 

宣伝するわけではありませんが、是非ともお試しいただきたいと思う。

ただ、本染めですから、沢山染められるわけではないことが玉に瑕ですけれどね。

 
今日から私も、大阪で販売に勤しむ予定であります。

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