運転手の一日
昨日夜八時に、車を運転して佐野を出発。
東京の娘のところに泊まり、朝5時に起きて、三女を仕事場に送りながら、虎ノ門のホテルに六時半に着きました。
オーストラリアに住んでいる叔父と、一緒に住んでいる新婚の若夫婦を、車で栃木に案内するためです。
若夫婦は、オーストラリア生まれの日本人のK君と、フランス人の奥さん。
K君は何とか日本語をしゃべりますが、奥さんは全く駄目と言う二人。
このK君のお母さんの実家が、栃木県矢板市にあるので、新妻を紹介がてらの里帰りというわけです。
何故私が運転手をするかと言えば、ただ叔父に頼まれただけのこと。
私は、喜んで引き受けた。
78歳になる叔父と会うことだけでも、後何回あるか解りませんからね。
ホテルを7時に出発し、一路栃木県北の矢板へ。
そこで、K君の親戚の方々にお会いした。
そこから60キロ程南に上り、佐野に到着して、先ずは佐野ラーメンを食べるというので、元祖「森田屋総本店」に案内。
それから、叔父の恩師の家、異母兄弟の親戚の家、母校の高校では校長先生達と懇談し、市役所では市長が留守なので、副市長お二人と秘書課の方々とこれまた懇談。
市役所の方々も、私と叔父との関係がお分かりにならなかったらしいので、私の氏素性共々、ご説明申し上げた。
この叔父のことは、以前にも紹介しましたが、サラリーマンとしては、これ以上ないほどに功成り遂げた人。
「この間国立に歌舞伎を見に行ってね、なんだか大勢の人達がロビーに入って来たから何だろうと思ったら、その中に知りあいが居たんで近寄って『やー、しばらく』と言ったら、向こうも驚いて、『今どちらにいらっしゃるんですか』なんて話ししたんだけれど、彼、今日本の首相だったんだね。驚いたね」なんて、ラーメンを食べながら語る。
しかし、身内が少なくて、今や親しくしているのは私だけでしょう。
だから、私が運転手もやるわけです。
様々にハプニングがあって、紺邑にはほんの30分しか居られなかったけれど、この叔父は閑馬が大好きな様子です。
ミュージシャンでもあるK君の、小さなライブをやるために、叔父の同級生で、私も親しいリョウちゃんのカラオケ店に参りました。
ところが皆さんご高齢だから、集まらない。
時間つぶしにK君の歌を、ギターの弾き語りで聞こうとしたら、私に歌えとK君が言うので一曲。
それから二人で、しばらく歌ってギターを弾いて遊んで過ごしました。
6時半ころ佐野を出て、ホテルに帰る道すがら、三人は爆睡だ。
12時間運転手をしている私だって眠いけれど、さすがに寝るわけにも行きませんから、我慢に我慢をして、少し渋滞があったけれど、8時過ぎにホテルに到着。
私の労をねぎらってくれて、「久兵衛」で寿司。
さすがに美味しく頂きましたが、それにしても満席だったのには驚きました。
東京に泊まろうかどうしようか迷いましたが、気合いで帰って参りましたとさ。
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コメント
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運転お疲れ様です!
ブログこのほうが見やすいですね。
素早い対応有難うございます。
また、楽しく見させてただきます。
目指せ!100万アクセス!!!
投稿: 高円寺 | 2009年11月28日 (土) 01時19分