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2009年12月31日 (木)

斎木さんと船橋

亡くなった竹細工の斎木さんは晩年、東武百貨店船橋店と東武宇都宮百貨店の催事にしか出展しなかった。

三越だろうが高島屋だろうが、たとえそれが本店であろうと断っていたし、同じ東武の池袋店の担当者が誘っても、「出ねぇーよ」のひと言で、取り付く島もない。

何故かというと、「そう決めたからだっぺよ」と斎木さんはおっしゃっていましたが、宇都宮は地元だし長い付き合いだし、催事以外にも飾り付けなどの仕事の付き合いもあったから催事も付き合っていた。

船橋の場合は、担当者との親しい関係というのが、その理由だったらしい。

担当のNさんとは10年の付き合いだが、「あんたが居る限りは、船橋には来るよ」とおっしゃっていたとのこと。
もう一人の担当者のIさんに至っては、20年も付き合っている。

 
初日Nさんに、「斎木さんが亡くなって、寂しくなるねぇ」と云ったら、「え!何のことですか?」と返事をする。

「斎木さんが亡くなったろ!?」とまた云うと、「え、あの斎木さんですか」と云うではありませんか。

知らなかったらしい。

聞くと、船橋の人は誰も知らない。

彼らに衝撃が走ったようだ。

催事担当のTさんは、「せめて弔電でも打ちたかったです」というし、Nさんは、しょっちゅう私のところに来て、斎木さんの思い出話をして行きます。

「奥さんに電話したいけど、私は泣いちゃうだろうな」という。

「とにかく一度、宇都宮に行って御霊前にご挨拶したい」という。

「来年の『とちふく(栃木福島物産展)』の時に、斎木さんがいない寂しさを実感するんでしょうね」という。

それ程に、存在感のある人だった。

 
 
「とちふく」は、栃木県の外郭団体が後援ですが、彼らが百貨店に連絡しなければならなかった。

それが筋。

誰でもがそう思うから、私だって船橋には連絡していなかったし、その他の人達も同じ事だ。

しようがねぇなとは思いますけれど、罪深い事でしたね。

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