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2010年3月 4日 (木)

東京の夜 赤坂

夜になってテレビを楽しんでいると、NHKの「ブラタモリ」という番組で、東京の赤坂が出てきました。

「銀座・赤坂・六本木」と歌の歌詞にあるように、日本を代表する盛り場ですね。

以前、六本木を青春の町と紹介しましたが、赤坂もまた、深く深く思い出のある町です。

 
大きなクラブやキャバレーが沢山あって、そこは私の仕事場だった。

月世界、ゴールデン・ゲート、コパ・カバーナ、ワールド、ニュー・ラテンクウォーター、ミカド等々。
 

月世界に私が出ているときに、下のゴールデン・ゲートにレイ・チャールズが出ていた時もあった。
 

ワールドはあまりに大きく、バンドが2階にいて、音をとるのが大変だった。
 

コパ・カバーナはデビ夫人とスカルノ大統領が出会った店で、格式が高くてプライドも高くて、一緒に出演したアメリカのジャグラーが、緊張のしすぎで失敗したことを覚えております。

この店の近くにあったのが、カッパ亭だ。
 

ニュー・ラテンクウォーターは、力道山が刺された店。

私は出演したことないけれど、黒いシナトラといわれていたルー・ロウルズが来日したとき、私たちは所謂前歌をやりまして、そのリハーサルで行ったことがあります。
 

ミカドはさすがに知りません。

 
赤坂は料亭の町でしたが、今では見る影もない。

中川はビルになり、川崎はどうなりましたかね。

夜になると黒塗りの車が並び、政財界の人達が毎晩のように会合を開いていた。

 
焼き肉、中華、蕎麦に鰻に和食、串焼きや全国の郷土料理など、食べるものも美味しい店がたくさんあった。

大衆的なところでは、渋谷にあった民民が移ってきましてね、ここは私の夕飯の場で、焼きそばが絶品だった。
 

小さなクラブも数多くあって、それは今でも変わらないかもしれない。
 

忘れてはならないのは、月世界の前にあった無限というディスコ。

日本のブラックミュージックの大元ですね。

そこに出演していたミュージシャンが入り浸りだったのが、六本木のジョージの店だ。
 

三島由紀夫達の隠れ家のようなレストランもあって、そこは私の遊び場でもあった。

これは今でもある。

 
良く酒を飲んだのは、マルコ・ポーロという赤坂東急ホテルのバー。


米軍のクラブも、ニュー・ラテンクウォーターの隣にありましたが、そこはしょっちゅう出演しておりました。

 
その内、そんな話を書いてみたいと思います。

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