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2010年6月19日 (土)

サッカー

私たちの世代にとって、スポーツは多彩。

野球は長島、相撲は栃若と、前世代で低迷していたスポーツが、隆盛を迎えた。

その中でも地味だけれど、サッカーに夢中になったものです。

ブラジルにご存じペレが出て一世を風靡し、ポルトガルにはエウゼビオがいた。

 
そのエウゼビオに影響を受けた日本人プレーヤーが釜本。

メキシコオリンピックの得点王ですね。

 
私は50年くらいサッカーを見ているけれど、日本人選手で釜本ほどのフォワードを見たことがない。

まさしく、「釜本の前に釜本なく、釜本の後に釜本なし」ですね。
 

エウゼビオも釜本も、シュートが浮き上がることがなかった。

何故なら、身体の後ろでボールを蹴るからです。

残念ながら釜本は、肝炎を患い、そのために世界に出て行けなかった。

 
40才を超えた彼と、練習にしろ戦ったことのあるのが、我が業界の福島のカバン屋。

この男は、ガンバの稲本(現日本代表)を教えていた。

若い彼が釜本にぶち当たってゆくと、吹っ飛ばされたそうな。

 
早稲田からヤンマーに行った釜本には、明治から三菱重工に入った杉山という、ライバルでもありパートナーがいた。

私は杉山ファンだった。

 
当時のフォーメーションは、4-2-4。

センターフォワードは釜本。

杉山は左ウイング。

 
快足で、誰も追いつけない。

ドリブルの名手ですばらしいパッサーでもあった。

釜本は得点王だが、杉山はアシスト王。

 
当時南米のプロからオファーがあったが、時期尚早だったのか行かなかった。

そのギャランティは、当時6000万円とも言われた。

 
テレビでは、三菱ダイヤモンドサッカーという番組があって、世界のサッカーをリアルタイムで見ることも出来た。

だから、ジーコもベッケンバウアーもジョージ・ベストもクライフも誰も彼もリアルタイム。

 
何が言いたいかというと、ワールドカップ現日本代表のサッカーはつまらないということ。

 
この2試合とも、途中で寝てしまいました。

 
日本のサッカーは、釜本・杉山の時代の後、大低迷期を迎えます。

 
そんな時代の再来を予感させるサッカーを、現日本代表はしている。

選手に責任はありません。

誰にあるかって?

当然、日本サッカー協会ですね。

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