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2010年7月

2010年7月31日 (土)

松戸4日目

朝起きたら、調子はよい。

なんとか、佐野から松戸に出勤。

 

仕事中も、調子はよい。

やれやれと思ったら、終了間際には寒気が復活。

家に薬を忘れていたので、飲まなかった影響かもしれません。

 

こりゃ、やばい!と、今日も早引け。

なんとか、帰って参りました。

 

洋傘の中島さんに用があって電話すると、「大丈夫ですか?」といわれましたね。

島倉君からもコメントいただいたけれど、皆さん、その世界で日本を代表する職人だ。

そう言う人たちに、心を配っていただいて有り難いことだ。

 

彼らと、「職人展」とまた違う形でお付き合い願う機会が出来そうです。

長く生きていると、色々な話しが出て来るけれど、これも有り難いことだ。

具体的になったらお知らせしますが、お楽しみに。

2010年7月30日 (金)

松戸2日・3日目

2日目の朝、4時頃に一度目が覚めると、身体が冷え冷えとしている。

寒いので、夏掛け布団を掛けて、もう一度休む。

6時半に起こされると、何か熱っぽい。

体温を測ると、7度2分と微熱がある。

休めないので、そのまま出勤。

 

伊勢丹に着くと、身体がだるくて辛い。

社員食堂で休ませてもらっていたら、椅子で爆睡。

そこに、小島のおじさんが来て、医務室で休めと云って連れて行ってくれた。

ベッドでまたまた爆睡。

 

無理して起きあがり、売り場に出ても朦朧としている。

みんなが医者に行けと云う。点滴を打ってこいという。

私は生まれてこの方60年になるが、点滴という物を知らない。

どうやって打ってもらうのか聞いてみたら、「点滴してくださいと云えばいいのだ」という当たり前の答えが返ってきた。

 

パールの長谷川君が病院を調べてくれて、そこに行ってみた。

受付で紙を渡され、病状を書く。

「多少の熱がある」と書いたら、体温計を渡され、計ってみたら39°あった。

「39°は多少じゃありません。直ぐにこれをしてください」と、マスクを渡された。

「休めないので、点滴をお願いしたいのですが」と云うと、「それは、担当の先生との相談になります。でも、ご希望だけは書いておきますね。それにしても、39°も熱があっても安めないのですか?」と、半ば同情の趣き。

 

無事点滴を終わり、薬も頂いて伊勢丹に帰って参りましたが、まだ回復にはほど遠い。

みんなが安めという。

企画会社の藤田君にホテルを取ってもらったけれど、小島のおじさんは「家に帰れ」という。ホテルで病状が急変したら大変だと思ったらしい。

幸い、一久さんが同じホテルだ。

早退してホテルに入った。

 

着いて直ぐにベッドに倒れこみ、2時間ほどして目が覚め、夕飯を買い出しに外に出た。

食欲は全くない。コンビニでバナナを二本買って、それを夕飯にして薬を飲んだ。

後の記憶は、朝の8時までベッドの中。

時折トイレに起きはしたが、眠くて眠くて起きていられない。

 

朝起きると、大分よろしい。

なんとか出勤。

みんなが心配してくれていて、有り難いことだ。

一つだけ、困ったことがあって、それは久しぶりの肩こり。

一久さんに頼んで、もみほぐしてもらった。

東京の指物師の田中君は車で来ているので、「帰りは送りましょうか」と云ってくれる。何処まで送ってくれるつもりか聞いてみると、「もちろん、佐野のご自宅までですよ」ですって。

隣の内山先生が、「食欲はあるかね?」と聞くので「ありませんね」と答えると、「せめて美味しい物でも食べよう」と、レストラン街でご馳走してくれた。

 

有り難いことに、段々元気が出て来たけれど、肝心の休めないほどの商売が思わしくない。

夕方4時頃まで、なーーーーんにもない。

そこに、女性二人のお客様。

お一人はマスクをして和服。もうお一人は洋服。

洋服の女性が麻のジャケットをお気に入り、和服の女性が和泉木綿の手絞りの反物をお気に入りで、めでたくお仕事にもなった。

「ご姉妹ですか?」と聞くと、「親子です」ですって。若いお母さんで、驚きました。
  
 

めでたしめでたしだけれど、身体はまだまだ本調子ではない。

明日は泊まり込みの支度をして松戸に来ようかと思うけれど、ホテルを取れるかどうか解らない。

このブログを読んだコルクが電話をくれて、「良いサウナがありますよ」というので、最悪はそこに泊まろうかとも思う。

いや、「一寸先は闇」、いやいや「明日は明日の風が吹く」だ。

2010年7月28日 (水)

松戸初日

朝起きる頃の閑馬は、寒いくらいです。

7時半に家を出て、8時ちょうどの足利市駅発の特急に乗って、9時19分松戸に到着。

駅を降りますと、ムッとする暑さだ。

これが、都会と山間部の違いでしょうか。

 

いよいよ初日が始まりました。

考えてみると、松戸には10年近く来ていないように思う。

それでも、そこそこの成績を上げた記憶があるけれど、のんびり接客させていただくと、なかなかの手応えです。

越前漆器の一久さんが居たので聞いてみると、やはり、客数は少ないけれど、手応えのあるお店らしい。

結果は芳しくはないけれど、後の楽しみがありそうに感じました。

 

7時06分松戸発の電車に乗り、8時34分に足利市に着いた。

駅周辺はまだ暑いけれど、閑馬に着けばエアコン要らずだ。

まるで、避暑地のようです。

2010年7月27日 (火)

松戸伊勢丹 準備

アート街道66展が終わり、後片付けと休憩でボーッとしておりました。気が付くと今日は、伊勢丹松戸店で開催される「技ひとすじ展」の準備日だ。

ホームページでもこのブログでも、自分で紹介しているにもかかわらず、完全に失念しておりました。

荷物が今日着いていなくてはなりませんが、そんな事は不可能だから、車で持って行くしかない。

ところが、我が社のワンボックスカーは、この間廃車処分になっているので、その車がない。

困っていると、ご近所の磯さんが、ご主人の車を貸してくださいました。

 

なんとか準備をし、帰って参りましたが、明日は足利市から電車通勤。

8時の特急に乗りますと、9時19分に松戸に到着します。

さて、身体が持ちますかどうか、試しに通ってみることにします。

 

松戸には何年かぶりですが、ご近所の方、是非お越し下さいませ。

2010年7月26日 (月)

床屋政談

札幌から始まり、東京・名古屋・浜松と続いた旅を終え、直ぐに「アート街道66」展を開催し、この一ヶ月というもの、一日も休みを取っておりませんので、さすがに一日休みと致しました。

先ずは昼寝。次に、床屋で散髪。

私は、耳に髪の毛が掛かると気持ちが悪い質なので、ショートカットにしていますが、それが伸び放題になっていましたのでね。

若い頃は、胸当たりまでの長髪だったのが、自分でも信じられません。

 
 
床屋で、どういう訳か政治談義になりました。

若い彼は、「左翼」の意味を知らなかった。

ムッソリーニの話になったら、ファシスト党も知らない。

当然、日本が戦前、ドイツ(ナチス)とイタリア(ファシスト党)と組んだ「三国同盟」も知らない。

彼は、「私の同級生は、誰も知らないんじゃないですかね」と云いましたが、それで良いのでしょうか。

 

驚いたのは、田中正造がどういう人で何をしたかも知らなかったことです。

「田中正造と云うのは、足尾銅山を始めた人ですか?」なんていう。

日本で初めての公害問題である、「足尾鉱毒事件」も知らない。

 
彼は当たり前の若者で、父親で、佐野市民であり日本国民でもある。

友達も多そうだし、床屋としての腕もそこそこだ。

菅首相風に云えば、「普通の人」だ。

 
 
日本の教育はどうなっているのだろうかと、背筋が寒くなる思いを致しました。

まあ、暑いからちょうど良いか(^_^;)

 

2010年7月25日 (日)

アート街道66展 最終日

アート街道66展も、遂に最終日。

15人のメンバーとその家族が、助け合いながら良くやりました。

20100725161131  
陶芸家の櫻井さんが、慣れない手つきでお茶のサービスをしています。

20100725161101  
こちらのサイドにも、沢山のお客様。
 

道案内が足りなかったという反省もありますが、物作りをしている我々が能動的に動いて行われたイベントですから、少しばかりの手落ちはお許し頂きたいと思います。

イベントは手段であって目的ではありませんから、こういう事をやったことで傷つくのは、愚の骨頂だと思っておりますのでね。

 
先ずは、楽しいことが大切。楽しいことには人が集まります。

次に、頑張らないこと。頑張れば疲れますからね。疲れれば休みたくなって、仕舞いには止めることにもなりかねません。

 
こんなえらそうなことを何故云うかというと、イベントのプロデュースや演出を生業とした時期が私にはあるからです。ボランティアも随分やって参りましたしね。

  
 
渡良瀬通信の野村さんのお陰で、物作りをしている人たちのネットワークだ出来た。

感謝です。

 
 
いつかどこかで、「アート街道66展」が開かれることでしょう。その時にまた、お会いできますように。

そして、ご来場いただきました皆様に、感謝m(_ _)m

2010年7月24日 (土)

アート街道66展 3日目

「夜の一雨が、欲しいところですね」と書いて、昨日のブログは終わっていますが、実はそれから大風が吹き、大雨が降った。

停電も、なんと6回はありました。

 

さて、3日目。

土曜日とあって大混雑。

朝から交通整理が必要なくらいでした。

出展者一堂、ビックリ仰天です。

 

終わってから、みんなで外でバーベキュー

先ずは記念撮影。

20100725_1272619
南山さんのブログから

それから大宴会。

しばらくして空がゴロゴロ言い出し、強い風が吹いてきた。

「こりゃだめだ!」と、全員テントの中に。

この風じゃぁ、テントの中でもビショ濡れだろうと思っていたら、風がピタリと止み終わり、その後でおもむろに雨が降ってきた。

お陰で涼しくなり、虫も出なくなり、快適なバーベキューが楽しめましたね。

一所懸命やっている我々への、神からのプレゼントのようにも思えました。

 

6時半頃から始まり、終わったのは11時過ぎ。

私も酔い、皆さんも酔った。

楽しい一時を過ごさせていただきました。

2010年7月23日 (金)

アート街道66展 2日目

朝から電話が鳴りっぱなし、っと言うほどではないが、沢山のお問い合わせを頂いた。

原因はと考えると、地元の新聞社が記事を書いてくれたと言うこともある。題して「田沼地区からアート発信 在住15作家が美術展」。

まあ、美術展ではないけれど、大変ありがたい記事となりました。

初日の50%増しの来客数だったようです。

 

宇都宮東武百貨店の酒見君も来てくれた。

来年のある時期に、この「アート街道66展」を開催するための相談もありました。

 

それにしても暑い。

夜の一雨が、欲しいところですね。

2010年7月22日 (木)

アート街道66展 初日

 66号線に「あぶりや」という焼き肉屋がある。若い店主が経営しているのだけれど、昨夜はそこで夕飯。チラシを見せると、「良い名前っすねぇ。配って良いですか」と言ってくれた。 

 前評判は良いという噂を聞き、野村さんは「俺の勝手な予想ですが、このイベントは評判になりますよ」と言う。我々としては、全くの無欲。

 やることに意義があるから、「そうかな?」と思っていると、初日の今日は、大盛況でした。とにかく、閑馬にこんなに人が来たことがないくらいだ。

 出展者一同、目が点。

 
 20年以上も前、私が関わり合っていた「足利未来倶楽部」の事務局の人も来て、受付で「私は大川公一さんのCDも持っているのよ」と自慢そうに語っているから、おもむろに「私が大川公一です」と顔を出すと、「まあ!懐かしいぃー」となって、昔話に花が咲いた。
 渡良瀬川河川敷でのイベント「星に願いを」は、私が演出させてもらった、なんて話しにも

 親せきだという方も入らした。

 その内、足利でブティックを経営する荒井さんと、私の足利時代の後援会長の石津さんが来ちゃったから、これまた昔話に花が咲いた。

 そこに渡良瀬通信の野村編集長が加わり、現在の足利フラワーパークの前身「早川農園」で開催されたイベント「この夏の終わりに 婆娑羅」の実行委員長がそろったことになる。 
 ほんとうは、もう1人いるのだけれど、彼は今金沢にいるのだそうな。初代と2代目の実行委員長が私で、3代目が野村さんで、4代目が金沢で、5代目の最後が荒井さん。謂わば、地方都市の町おこしイベントのメンバーが集まったので、話しはそちら方面に。 
 彼らは相変わらず、自分の住む町を考えている。

 途中、地元の新聞社のインタビューがあり、地元のラジオ局からの電話取材という生出演があり、ホームページを見てきてくださった方あり何ありで、しっかりと5時過ぎまで開催させていただきました。

 
 あと3日です。
 力を合わせて、やり抜くことにいたしましょう。

 

 そうそう、オープン直前、出展者の1人、佐々木卓也さんが、テレビ朝日に出ていた。
 タイミングは、バッチリですな(^_^)v

2010年7月21日 (水)

アート街道66展 準備

オープンを明日に控え、今日は準備の日。

佐々木卓也さんの絵と彫刻。
 
Photo_2 目を見張ります。

そして、谷中眞二夫妻の作品群。
Photo_3  
谷中さんは、親父ギャグをかましながら準備。

 

次は、2階ギャラリーの展示の様子です。

この部屋は、陶芸の部屋。

20100721162614
筒井童太、栗原憲、櫻井満の各氏。
Photo_4
尾花幸枝さんの、パッチワーク。
20100721162742 大作です。
 

外では、テントの準備。
2 ご近所のボランティアの方々に、助けてもらっております。

テントは、閑馬小学校のご厚意。

そして渡良瀬通信の野村さんと谷中さん。
Photo_5 看板を作っています。野村さんが担当。

 

どうも、しっかりとイベントらしくなって参りました。

主催する我々が楽しんでおります。

面白いですから、是非、気楽に遊びに来てください。飽きないと思いますよ。

2010年7月20日 (火)

浜松最終日

思い出しましたが、紺邑は、遠鉄では初日と最終日が芳しくない。

今日も、その通りとなりましたが、御前崎からわざわざ来てくださったお客様もいらっしゃった。

実にありがたいことです。

 

そろそろ片付けようかなと動き始めたら、「大川さん」という声が聞こえた。

見れば、奈良で着物のリメイクをしている、デザイナーの栗林誠だ。

この四週間のツアーの初め、札幌の丸井今井で一週間一緒になり、名古屋の後期の初日で会い、また遠鉄で会った。

クリエイティブ工房の、紺邑の次が彼の会社の「ふきのとう」。

 
挨拶されたのはよいが、誠君の目が「早く片付けて欲しいな」と言っている。

ホテルの裏にある店で、美味しい魚を早く食べたいらしい。

しようがないから早めに片付け始めると、ケースの手配までやりやがって、もっと早くしろという態度。

その内、片付けを手伝いだした。

好意はありがたいが、その魂胆は、早く終わらせて夕飯にしたいというのが見え見えだ。

 
その内、「あーーーーーら、大川さん!」と言う声がまた聞こえた。

今度は、後から来た女房殿の前田薫

 
「おい、手伝っているようだけれど、旦那の目が、早く片付けろって言ってるぞ」と言いつけると、「あら!じゃぁ、早くしましょう」と、今度は薫君が手伝いだしてあっという間に終わっちゃった。

配送伝票も彼らに張ってもらい、それが終わるともう飾り付けを始めやがった。

 
まあ、しょうがない。

お陰で、1時間に一本しかない「ひかり」にゆっくりと間に合い、閑馬に帰って参りました。

2010年7月19日 (月)

浜松6日目

三連休だそうな。

長年土日祝日関係なく働いているからか、曜日と休日の観念がなくなっているようです。

本当は、平日だから、土曜日だから、連休だからと、分析して商売するということが必要なんでしょうが、そういうセンスが私にはないようだ。気が付くと連休だった。

 
そんなわたしでも、多少分析しますと、三連休の最終日は、客足が早いという傾向が見えます。

本日も、その通りとなりましたね。

 
紺邑はコツコツとお仕事。

もう少しで、最低目標達成と云うところまで参りました。

 
終わってから、久しぶりにクリエイティブ工房創始者の中村君と夕食。

楽しく語り合い、美味しい魚を頂いて帰って参りましたとさ。

2010年7月18日 (日)

浜松5日目 実演通り

遠鉄百貨店クリエイティブ工房の5日目日曜日。

梅雨明けらしく、蒸し暑い一日となりましたた。

それでも百貨店には沢山のお客様がお見えになり、賑やかな一日でした。

 

朝出勤すると、目の前に新しい実演の人がいた。

お鍋の料理の実演らしい。

20100718121442 写真を説明しますと、手前の椅子のところが私の実演場所。

私の左前方が、料理の実演。

右側が、いわゆる実演販売の人。

実演のトライアングルだ。

仲良く、一日を過ごさせていただきましたね。

それにしても、こんな近くに三軒も実演があるのは珍しいな。

 
日曜日は家族連れが多い。

三者の中で一番は、面白い実演販売の人でしたね。

 
紺邑は、昨日の取り置きの方が見えてくださり、それでなんとかなったけれど、ちょっと苦戦。

でも、好きな布を選んでいただき、ものを作るということを始めたのですが、今日はワンピースとベストと二件もあった。

新しい試みに、少し手応えを感じた一日にもなりました。 

2010年7月17日 (土)

浜松4日目

遠鉄百貨店の土曜日は、久々に忙しかった。

目の前に実演販売の人がいるのですが、彼もお昼に行く暇もなかったのではないかな。

紺邑は幸い、原田さん伊熊さんと、大常連がお見えになって下さった。

 

元担当のバスケこと北野が誘いに来たので、「轟」という埼玉出身の女将のいる店で夕飯。

このお母さんは、そろそろ80歳だろうけれど、いちど体調を壊して引退を決意したのですが、常連のたっての願いで、まだお店を続けていらっしゃる。

チャーシュー、鯵の塩焼き、ジャガイモの揚げたもの、焼いたアサリ、おにぎりと、美味しく頂きました。

 
食べている間中政治論議。

この男は、こういう話しが大好きなんです。

 
楽しい一時を過ごして、帰って参りました。

2010年7月16日 (金)

浜松3日目 クリエイティブ工房

私が出展している遠鉄百貨店のクリエイティブ工房という売場は、10数年前、当時の担当の中村君が、鈴木一久さんに「何かやりたい」という相談をしたところから始まった。

これは、中村君の独創であって、決して他の百貨店の真似をしようというものではなかった。
 

相談を受けた鈴木さんが、仲間の組紐の平井に相談し、平井が私を紹介して始まったもの。

 
初めは、7階下りエスカレーター前の狭い売り場だった。

 
期待はされていなかったのですが、一番バッターの平野ブラシの吉田さんが、ものすごい成績を作ってしまった。

続く一久さんも、平井もすごい売上。

私もそこそこの成績で、「こりゃなんじゃ!」という驚きがありましたね。

 
初めて会った中村君は、私に白紙のスケジュール表を見せて、「ここに職人さんを入れてください」という。それも、月に2週というペースで始まりました。

それが、出展者の皆さんが良い成績だったので、百貨店も毎週やろうと言うことになり、今に続くわけです。

  

その間、色々なことがあったけれど、担当者も随分変わったけれど、みんな苦労をともにした同志のようなもので、今でもお付き合いさせてもらっている。

今日は、歴代担当者が挨拶に来てくれた。

一杯やろうという約束も出来ました。

 

さて、その一杯ですが、ここのところ酒量が進みません。ビールの中瓶一本に少々のワインくらいな物だ。

お陰で少し痩せましたし、疲れも少しは取れて来つつあるようだ。

何故飲まないで済むかという話しは、その内書いてみたいと思います。

ホームページ

紺邑のホームページを随時変えております。

作ってから、自己満足か疲れたからか、一事放りっぱなしの状態でしたが、リニューアルを決意し奮闘中です。

ネットショップも、考え方を改めました。

 
現状の商品は、ほとんど売り切れた。

さて、次は何にしようかと思ったら、売る物がありません。

これが、紺邑の生産能力です。

 
今、百貨店の販売方法も変えようとしております。

ギャラリーでも同じですが、ネットも再考を要すようです。

 
よりシンプルで紺邑らしく、進めて行きたいと思います。

2010年7月15日 (木)

浜松2日目 

浜松遠鉄百貨店2日目。

ご常連の青山さんに助けられた1日でした。

 

ちょっと風邪気味。

頭が痛い。

それを、根性で抑えて仕事。

 

ホテルの近くに、朝食の美味しい蕎麦屋さんがある。

夜8時までしかやっていないので、急いで行ってみました。

「おまかせ」という定食を頼んでみたら、豚バラの卵とじにトマトが入っている変わった丼に、具だくさんのおみそ汁に小鉢が幾つか。

これが朝食同様、美味しかった。

ビールを一本だけやりましたが、そのお通しもいける。

浜松の片隅に、思わぬ店を見つけて、今日は幸せな気分です。

 

昨晩は、きっちりと八時間寝た。

今日も、もう起きていられません。

2010年7月14日 (水)

浜松初日

遠鉄百貨店7階クリエイティブ工房の初日。

慣れ親しんだ売場とはいえ、それ故に緊張感のある始まりです。

「人間万事塞翁が馬」と言いますが、思えば札幌で苦戦し、日本橋でほどほどで、名古屋で苦戦したのですから、今度はほどほどだろうと思うようにしました。

20100714181547
これが今回のクリエイティブ工房。紺邑1社です。
 

開店早々に鈴木さんがお見えになって、今回一押しの商品をお買い求め。

これは狙い通りでしたね。

その後も次々とご常連に入らしていただき、久しぶりに一人前の成績を上げさせていただきました。

 

さすがに四週続きますと、身体が悲鳴を上げ始めています。

これを鎮めるには、休むしかありませんから、今日も早めに帰って参りました。

2010年7月13日 (火)

from名古屋to浜松

札幌、日本橋、名古屋と続いたツアーの最終は、浜松遠鉄です。

 

ホテルが快適でしたので、最終日は名古屋に泊まり、午前中は松坂屋に行って後期の方々にご挨拶。

搬入が夕方6時過ぎからでしょうから、まだまだ時間がある。

東海道線に乗って、ゆっくりと浜松に向かいました。

余りに眠いので、ホテルで仮眠をとり、遠鉄百貨店へ。

なんとか準備をして帰って参りました。

 

夕飯をどうしようかと思ったら、「ひとっちゃん」という中華屋があったので、そこで取ってきました。

我が親父殿の呼び名が「ひとっちゃん」でしたのでね。

 

明日朝、早めに入ろうと思います。

お近くの方、是非お立ち寄り下さい。

2010年7月12日 (月)

名古屋最終日 選挙にサッカー

夜中に目が覚めたら、午前4時。

そそくさとテレビのスイッチ入れ、サッカーの決勝戦を見ました。

 

双方に疲れが見えましたが、ワールドカップの決勝にふさわしい試合でしたね。

それにしても、スペインの選手のトラップは凄いな。

ボールが足にくっついているようだ。 

 

スペインの選手達は、特別育成選手達だそうですが、日本にも、彼らとワールドユース(U20)の決勝で戦った選手達が居た事を、日本人は忘れているらしい。
 

1999年のワールドユース日本代表は、イングランドにもポルトガルにもウルグアイにも勝ち、決勝でシャビのいるスペインに敗れはしたけれど、準優勝した。

これをもっと大切にしていれば、日本のサッカー界は変わっていただろうと、残念で仕方ない。
 

ワールドユースは、サッカー界では重要で、あのマラドーナの衝撃的なデビューは、1979年の日本で開催された大会だったし、1999年には、スペインのシャビもいたけれど、ブラジルのロナウジーニョもいたんです。

http://www.youtube.com/watch?v=9Plpl0PsrVk

http://www.youtube.com/watch?v=BmToBF-QzhU&NR=1

準決勝で、スローインが時間稼ぎと取られてイエローカードを出されたのが、このチームを引っ張っていた小野伸二。

お陰で決勝戦は出られなかった。

彼が決勝に出ていればと、今でも悔やまれるな。

それでも、本山とともに、大会ベストイレブンに選ばれています。

彼らの中で、今大会に出場しているのは、遠藤唯一人。

今回の日本代表と、現在の彼らが戦えば、当然、「彼ら」の方が今でも強いだろうな。

なにせ、昨年のJリーグ最優秀選手は小笠原だし、現在のJリーグ首位の清水を引っ張っているのは、小野伸二ですからね。レベルが違います。

  

選挙は、民主党が敗れましたね。

我が地元では、民主党の偉いさんが負けた。

これには、驚きました。

 

最終日は淡々と過ごしました。

常連がいらっしゃらなかったら、もっと悲惨な成績だったことでしょう。

 

林さんから天むすを頂いたので、フライドチキンと赤ワインで夕飯です。

 

2010年7月11日 (日)

名古屋6日目 選挙

経験上、百貨店は選挙と雨に弱い。

折角の日曜日でしたが、参議院議員選挙の投票日でもある。

ましてや、日本の今後を左右する選挙でもありますから、その影響は免れませんでしたね。

 

帰ってきてテレビのスイッチを入れますと、開票率ゼロなのに、「民主党過半数割れも」なんて出ている。

出口調査の結果だそうですが、選挙戦としては面白くないですね。

開票が進むにつれて、一喜一憂するなんてことが無くなっちゃった。

 

夜中のサッカーを見るためにも、早寝です。

 

2010年7月10日 (土)

名古屋5日目 名古屋場所雑感

5日目の土曜日。

少し、期待はずれだったようです。

 

売場が寒い!

凍えるようだけれど、どうも、紺邑だけのようだ。

他の人たちは暑がっているのだから、文句も言えません。

サマーセーターを送ってもらうことにしました。

 

今日も、中華料理を食べて参りました。

これで三日連続。

まあ、台湾に住んだことがあり、毎日中華料理でも飽きなかった私ですから、どうと言うこともありません。

美味しく頂いて参りました。

 

相撲の名古屋場所は、NHKの生放送がないらしい。

相撲ファンは、寂しいことでしょうね。

 
戦後、栃木山引退後くらいに、相撲界が衰えた時期があった。

照國、吉葉山、鏡里、千代の山だったかな、横綱が弱かった。

なにせ、引退した栃木山が、髷を切った後に相撲大会で優勝したくらいだったらしい。

そこに、栃錦と若乃花が出て来て、相撲界は隆盛時期を迎える。

 
そう言うことの繰り返しを、相撲界は経験してきたけれど、最近は、辛抱が足りないようだ。

 
人気が衰えると、安易に解決策を探す。

外国人力士が増えたのも、そういう事があるんじゃないかなと思いますね。

日本人力士を育てるという、時間の掛かることをやらなかった。

まあ、私の勝手な推測です。

 

NHKは、受信者の意見を聞いて、放送中止を決めたそうですが、放送するのが当たり前だったことを、わざわざ放送するべきだと意見する人なんていますかね。

意見を求めれば、放送すべきでないという人が意見をしてくるんじゃないかと、私は思うな。

 
相撲を国技というけれど、いつからでしょうね。

「土俵に金が落ちている」というのが、相撲取りのモチベーションだった。つい最近のことです。

谷町なんて云うのがいて、相撲取りは、ある意味でたかり集団でもある。

その善悪を問うたところで、しかないことじゃありませんかね。そういう世界なんですから。

 
相撲取りと遊んだ時期がありますが、みんなかわいい人たちでしたね。

2010年7月 9日 (金)

名古屋4日目

名古屋は選挙に弱い上に、雨の金曜日。

その上で御来店いただくお客様は、いつにもまして有り難いですね。

 
体温が高くて、夏を過ごすのが大変だというお客様がいらっしゃいます。

今年も無理だろうなと思っていると、なんと夕方御来店。

うれしかったなぁ。

こういう場合は、買い物がどうだこうだということはもう関係ありません。

お会いできただけで、うれしいものです。

 

全体の売上は、それなりの様ですが、中には前年を上回る成績を上げている人もいる。

これにはやはり、大反省ですね。

社会情勢がどうだ、百貨店の状況がどうだ、天候がどうだなどという言い訳は利かないようだ。

 

松坂屋は大丸と一緒になった。

何年か前、松坂屋の人がこの催事の朝礼で、「先義後利」という大丸の企業理念を紹介されていました。

大丸のホームページによると http://www.daimaru.co.jp/company/about/rinen.htm

*****
「先義後利」
元文元年(1736年)、業祖・下村彦右衛門によって「先義而後利者栄」を事業の根本理念として定めました。この言葉は中国の儒学の祖の一人、荀子の栄辱編の中にある「義を先にして利を後にする者は栄える」から引用したものです。企業の利益は、お客様・社会への義を貫き、信頼を得ることでもたらされるとの意味で、言い換えると「お客様第一主義」「社会への貢献」となります。これは、大丸グループ共通の精神、営業方針の根本となってきました。
*****

「お客様第一主義」「社会への貢献」とはどういう事かは、書いてありませんが、たしかその朝礼では、当時の社長が、この企業理念をどう考えているかという新聞記事も配られた記憶があるな。

おぼろげな記憶に寄れば、現状に納得しますね。


2010年7月 8日 (木)

名古屋3日目

どういう訳か、紺邑は午前中だけ忙しい。

今日も、岐阜の高橋さん達が入らして、ほぼ一日の売上が終わっちゃった。

 

実は昨夜、3時半からのサッカー中継を見てしまった。

だから寝不足気味といっては何だけれど、ちょっと昼寝。

気が付いたら、会場はもう閉店間近かという雰囲気。

そんなに寝たかなと時間を調べると、まだ午後4時過ぎだ。

出展者からは、「こんなことは初めて」という声も聞こえてくるほど静かだけれど、松坂屋本店との付き合いが最も古いと思われる業者に聞くと、11日投票日の参議院議員選挙の所為だという。

それならば、選挙後の後期は良いことでしょう。

 

夕飯は、オンセの高江さん、省ちゃん、オーストリッチのハンさん達と餃子三昧。

腹一杯だ。

2010年7月 7日 (水)

名古屋2日目

いつもなら、水曜日が初日だから、今日が本当の初日だと言う話しがあったことは、昨日書きました。

朝礼でも、担当から同じような話しがあって、「何でも明るく考えることが大切だ」なんて、我々にお説教してくださった。

   
さて結果は? 

 
詳しくは知りませんが、実感としては初日より暇だったし、出展者の皆さん、同じような印象を持ったのではないか。つまり、隔世の感ありとね。

 
紺邑は、昨日よりは少し良い成績だけれど、一時の隆盛には比べようもありません。

 

昨日もお馴染みが午前中に来て下さいましたが、今日も同じ。

岡崎の太田さんご一行には、手作りのお弁当も、大きな予約も頂いた。

小川さんは開口一番、「今回は良い場所ねぇ!こういう明るいところが良いのよ」と、思わぬ気付きを頂きました。なるほど、そう言う見方もあるのかと、大反省です。

  

最後には、初めてのお客様にウールのシャツを買っていただき、めでたく一日が終了。

何があっても、お客様との対話が、力を与えてくれますね。

 

今日は、日本を代表する(元)若手ジェリーデザイナー・ミカミと久留米絣国指定重要無形文化財技術保持者会会員・工芸会正会員という長い肩書きの省ちゃん夫妻と夕飯。

ミカミの行き付けの和食の店と言うことでしたが、実に結構。

お勘定でビックリ。

安くて美味しいお店で、大満足です。

2010年7月 6日 (火)

from日本橋to名古屋

日本橋の最終日は、夜八時までしっかりと営業いたしますが、終わってから車に荷物を積んで、名古屋松坂屋本店に向かいました。

日本橋の最終日が、松坂屋名古屋店の準備日だったので、朝搬入しか出来ないからです。
 

大きな売上を作ったであろう日本橋三越を9時少し前に出発し、夜中の1時20分頃、名古屋のホテルに到着。

翌朝6時に松坂屋に向かいましたが、着いてみると車の出入り口のシャッターが降りている。

地階の管理人に聞くと、7時に開くのだそうな。

だから、荷物を手で運べと言う。
 
 
言われるとおり、狭い階段を、荷物を持って地下におり、それをエレベーターで7階に運んで搬入展示準備開始。

無事とは言えないけれど、なんとか終了。

 

20100706111450
これが紺邑の売場。

良く言えばこぢんまり。悪く言えば狭い。

実演すると、商品を置く場所がない。

担当に言うと、「商品の量が多い」と宣うた。

驚いたな。

だから、実演を諦め、甕を端にどけて、何とか陳列を致しました。

 

いつもと場所が違います。

それは構いませんが、せめて陳列できる場所の確保はあって然るべきだと思う。

昔の私なら、ぶち切れているでしょうが、大人になった私は、ここで最善を尽くそうと思った。

 

お客様の(非常に)少ない一日でした。

これが、名にし負う松坂屋本店かと思うくらいです。

文字通り、隔世の感ありだ。

どうしたんでしょうかね。

一説によると、火曜日は普段なら催事の準備日。

松坂屋本店を良く知るお客様は、「催事はやっていないだろう」と思って、御来店なさらないのだという。

なるほどとは思うけれど、それでは何のための広報活動なんだろうと思うな。
 

  
紺邑は、最善を尽くそうと思った分だけ、なんとか成績にはなった。

それも、午前中だけでしたね。 

2010年7月 4日 (日)

日本橋5日目

今日も今日とて、いや、いつもにも増して賑わいのある三越日本橋本店でした。

紺邑はちょっと苦戦。

それでも、他の百貨店だったら十分なんですが、なにせ商品が空ッカラだ。

 

全体は、空恐ろしい程の成績。

特に、アクセサリー関係がすごい。

リーマンショック以前に戻っているようだけれど、実質は、業種や業者によって少しバラツキがあるようです。

たぶん、成功のうちに終わることでしょう。

新担当のナベ君も、ホッとしたのではないかな。

 

それにしても、旧担当のKさんの実力はたいした物で、それは、全体の管理だけでなく、顧客との人間関係が構築されているというところにある。

こういう百貨店マンは、地方に行くと昔は存在しましたが、何せ日本橋三越ですからね。スケールが大きいのですよ。

私の売り場の横が、盆提灯のコーナーになっていますが、対で200万円を超える物なんかがある。

売り子さんに「この位の値段の物が売れると良いですね。でも、売れるのが日本橋かな?」と私が言うと、当たり前のように「もう何セットか売れてます」と答えが帰ってきた。

そういうお客様が対象なんです。

おせち料理だって、そのくらいの値段の物があるくらいですから、紺邑も来年は、思い切った商品構成にしてみたいと思います。

楽しみが増えましたね。

2010年7月 3日 (土)

日本橋4日目

一段と人混みが増したような、日本橋三越の土曜日でした。

歩くのも一苦労です。

 

今回は、印刷機の故障などで、DMが完全ではありません。

ひょっとすると、このブログをお読みになっている方のところに、ダイレクトメールが届いていないかもしれない。

失礼をしておりますが、手書きもしたようなのですが、滞りがあったようです。

 

気になって、工房から名簿リストをメールで送ってもらうことにし、ホームページも改訂しなきゃならないなど、色々やらなきゃならないことも出来た。

ところが、泊まっている娘のところにはネット環境がありませんので、急遽ホテルを取りまして、仕事することにしました、

 

ホームページの体裁の基本は変えました。

名簿も見ることが出来るようになった。

 

気になって、ちょっとテレビをつけたら、ドイツvsアルゼンチンが始まっちゃった。

開始早々、ドイツのサッカーのすごさに驚き、見入っております。

 

商売は、順調です。

2010年7月 2日 (金)

日本橋3日目

ただ「日本橋」と書くと、関西の人は「ニッポンバシ」を、百貨店業界では「三越」と「高島屋」を思い浮かべることでしょう。

私が最初にお付き合いしたのは、親父殿の手伝いをした三越だった。

30年ほど前のこと。

印象に残っているのは、レジ係の横柄さ。

私たちに挨拶もしなければ、口も聞いてくれない。

これには驚きましたね。

 
何回か出展し、ある時看板に「藍染め Tシャツ」と書かれ、「俺はTシャツ屋じゃねぇ」と堪忍袋の緒が切れた親父殿が、三越に出るのを辞めてしまった。

その当時は、日本橋には旧白木屋の東急百貨店があって、そこにも出展しておりましたし、運良く高島屋の「伝統展」にも出展することになった。

高島屋も、どういうわけかレジ係が横柄でしたね。

 
まあ、そんなこんなで、日本橋のお客様とは長く古い付き合いだ。

 

昨日、ショーツをお買い求め頂いたお客様が、朝一番でお越しになり、「あなたねぇ、あれをはいたら、足の先まで血液が回るのが分かるの。得も言われぬ感覚だから、娘と知り合いに送ってあげることにしたのよ」とおっしゃる。

なんとありがたいお言葉か。

その上、「私はブルーを着たこと無いんだけれど、これどう?似合う?」なんて言いながら、冬物のコートも買ってくださった。

またその上、通りがかりのお客様に「あなた、藍染めは如何。気持ちいいわよ」と営業までしていただいた。

これまた、ありがたいことだ。

 
そんなことで、3日目もめでたく終了。

 
満足は出来ませんが、現在の紺邑の力では、上出来だと思います。

2010年7月 1日 (木)

日本橋2日目

相変わらず、人に酔うほどの賑わいです。
 

「驚いたなぁ」という声が、紺邑の売り場から聞こえたので、何だろう思ったら、目の前の「特別食堂 日本橋」のメニューのことでした。

お客様が、「蒲焼きで7,000円ですよ。驚きましたね」とおっしゃる。

そこで、日本橋三越での食事の取り方をお教えした。
 

先ずは、特別食堂で、お昼に3,000円から5,000程掛けること。

新館の上の階で、10,000円ほど覚悟してお昼を食べること。

そして、新館5階の「ランドマーク」で、普通の百貨店にちょっと足すくらいの金額でお昼を食べること。

 
そうお話しすると、「ありがとうございました」と、「ランドマーク」に向かわれた。

 

閉店間際、お客様にお仕立ての注文を頂いた。

ところが、お気に召しているのに「大丈夫かなぁ」と不安そうにおっしゃる。

何故か不思議でしたが、「だってあなた、販売員でしょ。藍染めのこと分かっていらっしゃるの?」ですっって。

そういえば名札に「販売員」と書いてある。

「匠の技展」となっていますが、お客様にとっては、私はその「販売員」に過ぎないと思われたのですね。

無理からぬことで、有名担当者のKさんに来ていただいて説明してもらい、ようやく信用してくださいました。

 
名札は、お客様の判断材料の一つだと言うことが、改めて分かりましたね。

 

お商売は、まあまあです。

他の百貨店にしたら、ものすごく良いですが、日本橋三越では良いとは言えません。

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