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2010年9月 6日 (月)

民主党の代表選挙に思うこと

どうも政治ネタで恐縮だけれど、民主党の代表選挙を見るに付け、腑に落ちないことばかりです。

先ずは、自民党が総選挙もしないで首相を代えてきたことを、あれほど詰っておいて、何故一年もせずに3回目の党首選をするのか。

政治家として、政党として国民に正直であれば、総選挙して民意を問うべきは当たり前のことでしょう。

 

次に小沢さんは、「国民の生活が第一」だとおっしゃる。

ならば、世界経済が不安定で、円高で株安でデフレで雇用に問題があり、北朝鮮の不穏な動きや中共の軍拡など、安全保障面でも内外に様々な政治的動きがある中、時の政府に協力してそれを乗り越えようとするべきではないか。

同じ政党なんですから。

なのに現職総理総裁に対抗して代表選挙に名乗りを上げ、国政に空白を作らせるとは、話していることとやっていることが、余りに違いすぎやしませんかね。

 

日本は議会制民主主義の国だ。

だから、議論が大切で、専制的になってはいけないと私は思います。

 

古くは聖徳太子が、十七条の憲法で・・・

「一に曰(い)わく、和(やわらぎ)を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん」と言った。

つまり「うちとけ和らぐことを大事にし、背き逆らうことがないよう心がけよ。人はみな徒党を組み、道理をわきまえる者は少ない。だから、ある者は君主や親にしたがわず、隣近所と仲違いをおこす。しかし、上下の者が仲よくし、執われの心をはなれて話し合うことができるならば、道理が自然と通り、何事も成就しないことはない」と。

そして「十七に曰わく、それ事(こと)は独(ひと)り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし。少事はこれ軽(かろ)し。必ずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失(あやまち)あらんことを疑う。故(ゆえ)に、衆とともに相弁(あいわきま)うるときは、辞(ことば)すなわち理(ことわり)を得ん」とも。

つまり「十七、重大なことを独断で行ってはならない。必ずみんなで議論すべきである。少さい事は軽妙に、必ずしも皆と相談しなくてもよい。ただ大事を論ずる場合は、誤まりがあるかどうか判らない場合がある、そのため皆と論議すると事態に道理を得るができる」と。

 

未曾有の国難に直面し、日本では明治維新が成し遂げられ、5箇条のご誓文が公布されました。

一 広く会議を興し、万機公論に決すべし。
「広く会議を開設し、何においても公の議論によって決めること。」

一 上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。
「上に立つ者も下に立つ者も心を1つに合わせて国のため、活動にはげむこと」(経綸とは国策のこと)

一 官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
「官史も武士も庶民もみな一つとなって、それぞれの志を遂げることができるようにして、国民が失望したりやる気を失うことがないようにしなければならない。」

一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
「古くからのしきたりに囚われず、世界に通ずる普遍的な道理に基づいて行動して行こう」(「天地ノ公道」とは今で言う「国際法」のこと)

一 智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。
「知識を広く海外に求めて、大いに日本という国を発展させるべきである」

(訳はhttp://shupla.w-jp.net/datas/theImperialCovenantOfFiveArticles.htmlによった)

 

日本は、古くから議論を大切にしてきた。

幕府も藩も、合議制だ。

そして、平和の歴史を持つ国だし、現在、極東の小さな島国が、世界に冠たる経済大国になっている。

 

それを今、小沢さんはこう語る。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100906/stt1009061127010-n1.htm
****
(前略)午後の高知市内の街頭演説でも「首相の権限は強大だ。首相がこういう方針で行きたいといえば不可能はない。私は命がけで頑張る」と声を張り上げた。
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政治家個人が「命がけ」であることが、即ち「経綸を行う」事となるわけがなく、それが独善に陥りやすいことを、日本人は知っていた。

そこには、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」という前提があり、何故なら「人はみな徒党を組み、道理をわきまえる者は少ない。だから、ある者は君主や親にしたがわず、隣近所と仲違いをおこす。しかし、上下の者が仲よくし、執われの心をはなれて話し合うことができるならば、道理が自然と通り、何事も成就しないことはない」からですね。

だからこそ、聖徳太子は、「重大なことを独断で行ってはならない。必ずみんなで議論すべきである。少さい事は軽妙に、必ずしも皆と相談しなくてもよい。ただ大事を論ずる場合は、誤まりがあるかどうか判らない場合がある、そのため皆と論議すると事態に道理を得るができる」と言ったわけで、これこそ、日本人の持つ先人の智慧と言うべき物ではないでしょうか。

 

小沢さんを選ぶのも、菅さんを選ぶのも、私は「行くも地獄 退くも地獄」とあるところで書かせていただいたが、民主党がこの国難の時に代表戦を戦っていることは、私たちには如何ともし難い現実だ。

私は見守るだけだけれど、国民の一人としてこの状態に納得しているわけではないけれど、だからこそ、ブログでちょっとした自己主張だけはさせていただいた次第。

日本には、言論の自由があるはずですからね( ̄ー ̄)ニヤリ。

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