紺邑のホームページ

  • 紺邑のホームページ
    新しいホームページがオープンしました。紺邑について、藍染めについての情報です。

ネットショップ

  • G.i-Japan
    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

イベント情報

フォト

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月

2010年10月31日 (日)

藍染めの一日

よせば良いのに、もう10月も終わりだ。

 
 
藍の調子が戻ったので、一日中一人で藍染め。

本業ですから、気持ちの良い一日でした。

私はやはり、藍を染めているのが一番だな。

 

来月も、百貨店出展で忙しい。

ところが、染めが出来なかったので商品が少ない。

町田小田急、伊勢丹新宿店、遠鉄と続く仕事を充実させるために、一所懸命に染めさせていただきます。

当たり前ですけれどね。
 
 

夕飯は、息子の手作り。
 
二人で合宿状態です。 


 

 

2010年10月30日 (土)

台風と風邪

朝起きて、台風はどうかな?と思って外を見ると、まだ雨は降っていない。

テレビで天気予報を見ていると、台風が近づくにつれて雨が降り出し、風も吹いてきた。
 
結果は何事も無く、無事でした。

 

藍の調子を見ると、なんと色が出ていない。

私の手入れミス。

仕方なく、もう一度手入れをしてみたら、色が出ましたが、藍染めは出来ません。

雨模様だし、実は風邪気味で頭痛がする。

こりゃー、神様が休めと言っているのだと勝手に解釈して、休ませてもらいました。

 

午後になって、名古屋の高木さんから電話があった。

「あんた、今度いつ来る?」とのご質問。

「実は、12月の松坂屋は行きません」と正直におはなしした。

「なんで?」と聞かれましたが、私が断ろうとしたら、あちらが呼ばなかったという、当たり前の事なんです。

「別の百貨店に参りますよ」というと、「何処でも行くから連絡は頂戴ね。あのTシャツが評判が良くて、また染めてもらいたいからね」とうれしいお言葉。

高木さんには、大感謝です。
 
 

名古屋のお客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、また来年、お会いしましょう。

2010年10月29日 (金)

Google Chrome

どうも秋晴れとはいきませんが、何とか晴れてくれました。

さて、ブラウザをGoogle Chromeに変えてみました。

まあ、早いこと早いこと、ビックリしましたね。
 
動画もストレス無く見られるようになり、山間部でネットのスピードにお悩みの方には、今のところお勧めだな。
 
 
でも、今までと色々違いが出て来て、慣れる必要は感じますね。
 
ちょっと、感想まで。

火入れ

急にひらめきまして、明日から2週間、藍染に勤しむことにしました。

そこで只今、工房におります。

寒いです。

 

大阪では、五日目まではクーラーを入れておりました

それが六日目からは暖房に変わった。

東京も寒かったですが、閑馬はなおさら寒い。

 

思い切って、薪ストーブに火を入れました。

20101028231657
気温の変化について行けませんが、ここに来て季節はずれの台風だ。

前例がないから、コースも確定できないらしい。

大荒れですが、政治も景気も大荒れだ。

 

藍染だけは、変わらずと行きたい物ですね。

2010年10月27日 (水)

From上六to渋谷

上六の本当の最終日は特商会で、チケットを持っている人達だけの特売日。

全階が割り引きになるのだそうで、私たちも協賛を求められました。

するもしないも自由ですが、紺邑は割引無し。

お客様の数は多かったですが、結果は知りません。

とにかく、終わりました。

 

途中、オーストリッチのハンさんが、「大川さんのブログを読んで、同じコースを歩いてみましたが、遠かったぁ!」と言っていましたが、そりゃー、男と女の違いは仕方ない。

私の歩き方は、両親指を意識しながら、大股で早足ですから、ほぼジョギングに近い早さ。

一時間と言っても、割合距離を歩いていると思いますからね。

でも、今朝は歩いておりません。

上六を片付けて、東京の渋谷に移動して搬入飾り付けというスケジュールを考えて辞めました。

 

5時半過ぎに上六を出て、9時ちょっと過ぎに渋谷に着いて、10時過ぎから準備。

何とか終わって、娘の所に来ております。

 

明日からは、東急百貨店東横店西館8階催事場で「名人達の仕事展」です。

2010年10月26日 (火)

上六6日目 取りあえず最終日

上六6日目は、一般公開のイベントとしては最終日。明日は、チケットを持っている方だけだそうですので、お気をつけ下さいませ。

 

さて、今朝の散歩は、大阪城まで足を伸ばしてみました。

谷町筋を北に向かう手もあるのですが、この通りは車の交通量が多いので、上町筋を歩くことにしました。

 

上本町6丁目から1丁目を抜けると、大阪城が見えてきた。

中に入り、せっかくですから天守閣へ。

20101026072352
これは、真裏から撮った写真。

裏側は草ぼうぼうで、余り手入れがされていません。

さらに裏を進むと、お地蔵様と神社があった。

暗い雰囲気でしたが、お地蔵様と神様にお祈りして参りました。

写真を載せると、お読みいただいている方に迷惑になりそうな雰囲気でしたので、写真を撮るのは遠慮いたしました。

 

帰りしな、高床式の建物があった。

20101026074207
法円坂遺跡と云うのだそうです。

そこは難波宮跡でもあるそうで、古の日本に思いを馳せるのも一興ですから、明日また行ってみようかなと思っております。

 

ここのところ毎日、名和さんに頂いた梅酒で晩酌をしております。

梅酒に限っては、市販されている物より、各家庭の特徴が出ている物の方がよろしいですね。

お仕事も終わり、デパ地下で夕飯を揃え、梅酒で夕飯だ。

これまた、至福の時ですな。

 

それにしても、急に寒くなった。

毎日持ち歩いていた綿セーターが、ようやく役に立っております。

 

2010年10月25日 (月)

上六5日目 大人の遊園地

今朝は、中途半端な時間に大事な用が出来たので、散歩は軽くホテル周辺で済ませました。

 

さて、5日目。

この催事、大丈夫かなと思う。

その意味は二つあって、一つは百貨店が続けられるかどうか。もう一つは、出展する職人が今後いるかどうか。

ある人に、「こういう(お客様の少ない)催事は、他にありますか?」と聞かれる位だものな。

 

昨年まで出展していて、今年は来ていない職人の品物が欲しくて御来店いただいたお客様がいらした。

大阪の他の百貨店でも良いから見に行くとおっしゃるので、その職人に電話してスケジュールを聞き、お伝えした。

この職人は、私が上六に紹介したのだけれど、もう来ないだろうな。

そして、彼の知り合いも、来ないだろうな。

彼が出展しなかった事を、紹介者の私は知らされていなかったし、相談もなかった。

そんなことだから、私も今後は誰も紹介しません。

 

しかし、百貨店としては一生懸命集客に努力してくださっています。

チラシも大きな物だし、DMも出してくれているし、今時珍しいくらいだ。

隣に新歌舞伎座も出来、百貨店そのものは賑やかになったけれど、この催事に人が入らない。

何故だろうか?

大森君に、「コンサルタント風に言わせてもらえば、人は楽しいところに集まる。果たしてこの催事は、楽しいだろうかね」と言ってみた。

 

その昔は日本一の催事だった。

「当時は職人展が他になかったからだ」と理由付けして解決してしまっては、先がありません。

百貨店も、活性化を模索しているようだ。

 

私は、当時は楽しかったのだと思っています。

我々出展者も楽しんでいたけれど、お客様も楽しんでいらした。

「職人展というのは、大人の遊園地なんだ」と私は考えておりましたし、それが他の百貨店に「職人展」を広げる時のキーワードだった。

 

遊園地の様に楽しかったこの催事を、楽しくなくさせた人たちが居たのですな。

その存在に、だれも気付いていない。

だから、こんなになってしまった理由が分からないのですよ。

彼らが、みんなで築き上げてきた物を食いつぶしただけのことです。

 

 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらわす
 おごれる人も久しからず
 ただ春の夜の夢のごとし
 たけき者もついには滅びぬ
 偏に風の前の塵に同じ

2010年10月24日 (日)

上六4日目 「ネット仲間」

上六4日目。

朝、谷町九丁目から四天王寺へ。

20101024072847
聖徳太子に思いを馳せてから、大阪の町を何気なく歩くと、鶴橋に出た。

帰ってくるとちょうど1時間。

気持ちの良い散歩でした。

 

百貨店の担当が仕事中、前年に比べて売上が少ない人に、「何故売上が落ちたのですか?」と聞いて回っているらしい。

中には、攻められていると思う人もいるわけで、こんな質問を短絡にするというのは、心が無い証拠だな。

以前なら、少しは意見を申し述べていると思いますが、もう、この催事には、懇親会も出ないし協力もしないと決めておりますので、意見もありません。

 

インターネット上の仲間が挨拶に来てくれました。

一緒に食事をしながら、日本の文化や政治について語り合いましたが、日本が危機的状況にあることは、我々には議論の前提。

日本よ、何処に行くというのか。っと、そんな話しでありました。

2010年10月23日 (土)

上六3日目 好々爺

毎日歩いております。

今日は、松屋筋を南に歩き、途中から階段を上がって谷町筋に出て、天王寺方面に歩き、上本町に戻って来るというコースでちょうど1時間。

大阪の街を歩いた印象は、雑踏そのものだと言うこと。

素晴らしい神社仏閣が並ぶ中に、ラブホテルが乱立し、その中に市立幼稚園があるという具合。

だれも異議を言わなかったのか?と思うけれど、変わった景色です。

でも、面白くて飽きません。

明日の朝も、楽しみだ。

 

明日の日曜日は、恒例の懇親会

出欠を取りに来ましたが、私は欠席。

皆さんに、何故だと聞かれましたが、面倒だから「説明すると長くなるけれど、それでも良いか?」というと、諦めてくれます。

ぴょんの社長が口説きに来たけれど、担当が変わらない限りは出ません。

ハリケーン・ユミも理由を聞きに来ましたので、仕方なく話すと理解してくれました。

怒っているわけではないけれど、もう見放しております。

 

そこに、この「職人の技展」を始めた担当者が来た。

何と、出世したらしい。

私のところに来て握手して帰りましたが、感慨深いな。

この男、なんど私に怒られたことか。

大粒の涙を流したこともあった。

彼も、あのころはまだ20代半ば。

お互い若かったけれど、彼も40代に入り、私も還暦だ。

 

久留米絣の省ちゃんに、「私はもう少し歳を取ったら、好々爺と呼ばれる、優しい老人になるのだ」というと、「『好』の字が『攻』なんじゃありませんか!?攻めまくる老人!」。

んーん!

2010年10月22日 (金)

上六2日目 新歌舞伎座

上六2日目。

 

朝一番で鈴木さんがお見えになった。

御歳91歳。

元々は阪急のお客様で、大阪は北から、電車に乗ってお出でだ。

「良く来て下さいました」と御礼申し上げると、「なに、散歩のついでだ」とおっしゃり、「これが最後かもしれないし」とも。

そうかもしれませんが、有り難い。

 

次に、岩井さんご夫妻。

ご主人は85歳、奥様は80歳。

奥様手作りのティッシュケースを、、「皆さんに配って」とお持ちいただいた。

親父殿の代からの付き合いで、足利の工房にも来ていただいたことがある。

「今度、うちにもお出で」と、息子のように私をお誘いだから、来年は、搬入日にお伺いして、夕飯でもご馳走になろうかと思います。

 

次に入らしたお客様は、84歳だそうな。

段々若返ってきた。

時間も掛けずに、ブラウスをお求めだ。

若々しいお買い物の仕方でしたね。

 

初日と違って、早くに成績になりましたが、やはり、今ひとつ伸び悩んでおります。 

 

隣に歌舞伎座が出来たし、それが楽しみでもあったし期待もされてきた。

事実、近鉄百貨店上本町店の来客数は、相当の伸びがあるらしい。

これが、我々には何の影響も無いこともまた、事実だな。

 
お馴染みの淵さんは、東京の下町で長くお仕事なさった方だから、江戸弁を解す珍しい大阪人。

彼女曰わく、「あんたね、大阪の歌舞伎座は東京の歌舞伎座と違うんだよ。歌舞伎なんざやりゃしないよ。中村なんとかという演歌歌手とか梅沢なんとかとか、そういう人たちの芝居が掛かるところなんだよ。そう、東京で言えば、コマだね」と、説得力のある説明をして下さった。

それが、別段悪い訳じゃない。

ただ、期待して楽しみにしていた私たちが、勘違いしていただけのことです。

 

だから、新規のお客様は、ほぼゼロ。

今までと、なんら変わりない大阪は近鉄百貨店上本町店の催事風景でございます。

2010年10月21日 (木)

上六初日 日本酒

大阪天王寺区の近鉄百貨店上本町店で開催されます、「職人の技展」に出展しております。

今日は初日。

隣に新歌舞伎座が出来て初めてのイベント。

どうなるかと思いきや、いつもより寂しい感じ。

何かつまらない。

「こんな物だったかな?」と、過去三十数回を想い起こしても、こんなにつまらない上六は初めてだ。

お客様と、話が通じ合いません。

 

夕方、お馴染みの西川さんに、奈良から奈良漬けと日本酒を持ってきていただき、買い物もしてくださって目が開いた始末で、ほぼ同時に名和さんがいらして、面目が立った。

こりゃ、困った物だと思うけれど、これで良いのかな。

 

来年の出展も考えなければいけないけれど、名和さんや西川さんとお会いすると、こういう人たちと会えるだでも良いかなとも思ってしまう。

でも、商売は商売。

難しいですね。

 

デパ地下でお弁当を買ってきて、西川さんの漬けた奈良漬けと一緒に一杯やっております。

酒は、やはり西川さんから頂いた奈良の純米酒「たる酒」。

ちびちびとやると、これはいけます。

「杉の香り」はしますが、吟醸のような、妙な臭みがありません。

あの臭みを「香り」と表現しますけれど、とてもそうは思えないな。

フルーティな日本酒などまっぴらだし、ギンギンに冷やさなければ美味くない酒もごめん被りたいし、飲みやすい酒もいただけない。

なに、私の勝手な事で、そういう酒が好きだという人がいても、かまいやしません。

 

幸せな一時でございます。

2010年10月20日 (水)

from閑馬to大阪

藍建てをしております。

私じゃありません。息子がです。

灰汁を取り、すくもを甕に入れ、灰汁を入れて寝かせ、踏んでよく練り、また寝かせ、また灰汁を取ってちょっと嵩上げするところまでやりました。私じゃありません。息子です。

これで一週間くらいかかったかな。

この段階でしっかり醗酵していることは、一日だけ帰った夕べ、確かめました。
 
 

ここで、良い灰が無くなった。

今朝は、灰の炊き直しをし、教えて参りました。

真夏に比べれば楽な物です。

それでも汗びっしょりだ。

 

そのまま銀行へ。

ちょっと打合せをして帰ろうとすると、「星野さんと田中さんが来ているよ」と電話が入った。

 
 
急いで帰ると、もう一人お客様がいらっした。

なんと、藤沢の初日にお会いした方。

東京駅から新幹線に乗り、小山で乗り換えて、佐野駅からタクシーで来て下さったとのこと。

ちょうど藍建てしているところだったので、甕をお見せし、炊き直ししている灰と灰汁もお見せ出来た。、

藤沢から佐野までお買い物に来ていただいたらしく、「お店に来れば品物が沢山あるかと思って」とおっしゃるけれど、残念ながら、品物はほとんど大阪に送ってしまっていました。

「我々工芸の世界で、品物が余っているという人は、ほとんど居ませんよ」とご説明しましたが、御納得いただけたかどうか。

藍染めではなく、蝋燭を買っていただきましたが、一月の日本橋三越においで頂くことになりました。

 
私も大阪に行かねばなりませんので、田沼駅までお送りし、私はバスで東京に出て大阪に来ております。

 

準備も終わり、ホテルに帰って来てこのブログを書いておりますが、テレビをつけたら、郷ひろみの特集をやっている。

私は、彼と松田聖子のファンなんですヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

2010年10月19日 (火)

藤沢最終日 ラーメン

藤沢最終日。

 

昼過ぎ、チロリアンハットにチェックのジャケットのおしゃれなご老人が店の前にお立ちになった。

「男物のベストはないかね」とおっしゃる。

ジーンズの時に着たいのだそうな。

パッチワークのジャケットをご紹介すると、お気に召した様子。

そこに奥様が入らした。

「おい、これ気に入ったんだけれど、買ってくれ」

「あら、良いわねぇ。でも、高いんでしょ!?」

「いくらです」と私。

「ぼくは○万円しか持ってないぞ」

「私もないけど」とおっしゃりつつ、お二人で財布を広げ、「せめて夕飯のおかず代だけは残しておいてね」なんて言いながらお買い求め頂いた。

楽しいお買い物の風景で、これが百貨店のお客様だと思いましたね。
 

初日、最初に買って下さったお客様も入らして、最後の最後に綿麻の布を買っていただき、今週は終了。

  
ほんの少し目標に足りませんでしたが、昨年を大きくクリアーいたしました。

 

さて、表題の「ラーメン」ですがね、私が知る限り、藤沢には美味しいラーメン屋が無かった。

お昼を食べようと外に出ると、凄い行列がありまして、何だと思ったら、有名なラーメン屋が開店したらしい。

なんで並んでいるのか言えば、誰かが何かで宣伝したからでしょうか。

 
それを横目に少し歩くと、郵便局を過ぎた辺りに、「ラーメン」と書いた幟(のぼり)があったので入ってみると、一杯830円と高め。

大きく奇麗な調理場に、客も多い。

店内には、イベリコ豚だ名古屋コーチンだなんだかんだと、食材にこだわっているという表示があちこちに張ってある。

主人と思われる調理人の手先もこだわりありげで、麺も自家製だそうだ。

ワンタン麺を頼み、一口。

おや?と云うのが第一印象。

麺は九州風で、それはどうでも良いけれど、スープにコクも味もなく、ただしょっぱいだけ。

こんな物で金を取るのがおかしいと思えるほどだけれど、雰囲気はこだわりラーメンで商売が成り立っている。

 
私は二度と行きませんが、あれが美味いと感じる人がいるんでしょうかねぇ。

エサだと思って麺だけは食べたけれど、これも、何かに踊らされているとしか思えません。

 
おしゃれも藍染めもだけれど、今日のお客様には個性があり、自分で自分に似合う物をお探しだった。

今は、消費者が自分で選ぶ力を持たない時代なのかもしれません。

2010年10月18日 (月)

藤沢6日目

いつも思うのですが、こんなブログを読んでくださる方々がいらっしゃる。

アクセスも、携帯を入れれば30万に及びます。

まことにありがたいことです。

 

さて、6日目。

大森君には「パソコンばかりやって」と言われましたが、私どものような零細では、旅先で事務仕事もしなければならない。

そんなとき、こういう店の仕事、つまり、のんびりと自由に出来る仕事場はありがたいものです。

 

今日は、銀行に行き、郵便局で切手を買ってきて228枚のはがきに貼り、それを郵便局に投函し、工房やお客様に電話して様々に仕事をこなし、他の百貨店のレイアウトを決めることが出来た。

その上、売り上げ成績も昨年を上回っているのですから、言うことありません。

 

「こんにちは」とお客様。

紺邑の綿セーターをお召しで、良くお似合いだ。

今日は、ウールのセーターと日傘をお求めいただいた。

「ここに来ると、良いものがあってありがたいわ」とおっしゃる。

そもそもがコルクのお客様。

私はコルクの話が出来る。コルクは私の話が出来る。

そういう、友達の輪や信頼の上に、この売り場が成り立ってきたわけですね。

ひょいとこの売り場に出展して、簡単に売り上げができるほど、世の中は簡単じゃなくなりました。

百貨店には、こういう売り場が増えてきましたが、出展者の選び方は、百貨店にも企画会社にも、しっかり考えていただきたい物です。

  

あと一日です。

 

2010年10月17日 (日)

藤沢5日目

小田急藤沢店の元は江ノ電百貨店。

つまり、江ノ島電鉄の経営する百貨店で、今も江ノ電のターミナル駅でもある。

しばらくは藤沢小田急だったのが、つい最近合併して小田急藤沢店になった。

だから、人事も新宿、町田、藤沢と交流が盛んになって、私たちの知らない社員も増えてきたと、こういう訳ですな。

その分、町田と新宿に知っている社員が増えたと云うことでもある。

 

さて5日目の日曜日。

江ノ電の駅ビルでもありますから、観光客で賑わいますが、これが売上に繁栄しないのはいつものこと。

今日もたいしたことありませんでしたが、それでも前年を越えておりました。

 

しかし不思議なのは、買う人は簡単に買うと言うところです。

今日も夕方、お一人のお客様が、「これ良いわね」と、割と高価なウールのブラウスをお買い求め頂いた。

私はこういう百貨店が好きで、池袋三越、横浜三越などですが、みんな今は無いな。

 

企画会社の藤田君が来た。

ビックリしましたね。

飾り棚を使わないレイアウトを見てもらって、ちょっと有意義でした。

20101013102303

 

ここ何日か、ちょっと風邪気味です。

ゆっくり休むことと致します。

2010年10月16日 (土)

藤沢3日目4日目

藤沢3日目は、お話しの1日でした。

その中に、栃木弁が隠せないお客様が入らした。

どちらですかと聞いたら、紺邑のご近所。

ご主人の仕事の関係で、茅ヶ崎にお住まいとのこと。

気になった商品もあったようですが、お帰りになった。

 

4日目。

この方が朝一番で御来店。

様々にお買い求め頂きましたが、このブログもご覧になったとか。

藤沢でも佐野でも、末永くお付き合いさせていただきたいものです。

  

七五三の帰りだというご一家がお見えになった。

初めてお会いするはずなんですが、どうも紺邑をご存じらしい。

奥様が愛読なさっているブログに、紺邑が紹介されていたらしいのです。

ホームページもご覧になっていて、トップページの日傘が気になっておいでだ。

結局、Tシャツとシルクストールをお買い求め頂きましたが、お客様にもそのブログの作者にも、心から御礼申し上げます。

 

忙しい一日でしたが、めでたしめでたしです。

2010年10月14日 (木)

藤沢2日目

藤沢2日目です。

ここは、下りと上りと、エスカレーター前に二カ所、我々工芸やクラフトの売り場があります。

紺邑はいつも下りエスかレター前。

上りには今回、大森水晶がいます。

珍しいところで会いましたね。

社長とも久しぶりだ。

 

さて、2日目が始まりましたが、いつものようにのんびりとした雰囲気です。

ここは藍染めに興味ある人を待つしかないし、興味があれば見てくださるし、買ってくださる所。

慣れてますから、焦るでもなく仕事していましたが、今日はなんともならない。

途中で担当が来て、「(お客様が)入ってませんねぇ」と云うけれど、ここのところ、こんな物ではないかなと思う。

大森君が来て、「パソコンなんかしているからじゃないの」なんて、好きなことを言って帰って行った。

まあ、遠慮のない仲ですし、私くらいの歳になると、こういうことを言ってくれる人が少なくなりますから、貴重な友人ではありますね。

 

私はパソコンで遊んでいるわけではなく、仕事をしているんです。

お客様がいらっしゃれば、ちゃんとお話しをしております。

閉店間際にお馴染みが入らしてくださった。

お一人で昨年の実績を上回るお買い物をしていただき、めでたく閉店。

 

こういう店なんです。

2010年10月13日 (水)

藤沢初日

藤沢の初日。

DMを出すのが遅れまして、期待は全く出来ない幕開けとなりました。

 

出勤すると、売り場に昨夜商品を出した後のケースがまだ残っている。

「どうするのかな?」と思っていると、朝礼が始まり、そろそろ開店時間だ。

だれも片付けようとしないから、隣の売り場の人に「この空きケースをどうするのかねぇ」と云うと、社員に話しをしてくれた。

その社員君、初めて会う人だけれど、「こちらにお願いします」と云って、私にそのケースを運ばせて、自分はさっさと先を行く。

私は、台車があるわけでもないから、大きなケースを手で引きずりつつ、その若者について行く。
 
ドアを開けるのも私1人。

ようやくバックヤードに行くと、姿が見えない。

「どちらですか?」と大きな声を出して、ようやくその若者が何処にいるのかが分かった。

彼は「こちらに置いてください」と言うだけで、後は私がそこに置く。

その間この若者は、台車を用意するでもなく、私を手伝うでもなく、ドアさえ開けようともせず、何処に行ったかも分からない始末だ。

私もさすがにあきれ果て、「君、変だろう。私が空きケースを自分で運んで片付けるなんて、藤沢に来て初めてだし、日本中の他の百貨店だってこんなことは無いぞ」というと、意味が分からないらしい。

「こういうことは、業者さんにやってもらうことだと思います」とまで云う。

小田急百貨店藤沢店よ、これで良いのかね。

これでも優しく書いているんだぞ。

 

さて、開店。

期待はしていませんでしたけれど、忙しい一日となりました。

久しぶりに、仕事をした気がします。

DMのお客様は、たった1人。

高崎で自信をなくしていたのですが、やはり、客層の違いはあるということでしょうかね。

 

他の社員の皆さんは、大抵良くしてくださいます。

お客様もすばらしい。

もしこれで、業績が芳しくないとしたら、たった1人が全てを台無しにしているかもしれない。

いや、私を、いやいや私たちを業者と呼び、荷物を運ばせ、自分は見て指示を出すだけという社員がいられると云うことは、余程業績が良いのでしょうよ。

2010年10月12日 (火)

伯父と叔父

父の兄が、近所に住んでおります。

大正12年生まれですから、85歳になるのかな。

自分史を書いた。

興味深く読みました。

平凡に生きてきたと思っておりましたが、そんなことはありませんでしたね。

まあ、当たり前ではある。

 

オーストラリアからは、母方の叔父が帰国。

東京まで迎えに行き、佐野まで連れてきました。

この人の人生は、波乱万丈。

大臣まで務めて、今はエッセイストだ。

 

落ち着いたら何か書こうと思うけれど、バタバタと忙しく、私は藤沢です。

 

2010年10月10日 (日)

するすみの池

工房のある栃木県佐野市閑馬町には、平家物語の「宇治川の先陣争い」で有名な、するすみ伝説があります。

源頼朝の名馬「するすみ」が、閑かに水を飲んでいたところを捕らえられたのが、「閑馬」という名の謂われで、水を飲んだ池が「するすみの池」という訳です。

詳しくは、私の「閑馬」という随筆をお読みいただくとして、閑馬に工房を構えて4年、「するすみの池」を訪れたことがなかった。

 

久しぶりに雨が上がったので、散歩に出かけました。

小又(おまた)の沢がちょうど良い距離なので、そこに入って行くと、煙突から炎が吹き出している家がある。

20101010095327

「田中君の家だな」と思って立ち寄ってみると、ちょうど窯に火を入れているところだった。

20101010093620
変わった窯だけれど、全て自作。

土も閑馬の土。

窯の名は「空ニ吹ク窯」というのだそうだけれど、正しくその通りの姿だな。

 

家の裏には、炭焼きの窯の跡がある。

閑馬にはいたる所にあって、木楢などの木を切ると、その場に窯を作って炭を焼いていたのだと田中君は語る。

つまりここは土に恵まれたところで、田中雅史君は土の全てを閑馬にこだわっている陶芸家だ。

お父様も、焼くお手伝いをなさっていた。

 

するすみの池は、この辺りにあると聞いていたので、お母様に「するすみの池はどう行ったらいいでしょうか?」とお聞きすると、ご主人が「案内して差し上げたらどう?」と言ってくださって、連れて行ってもらいました。

直ぐ裏にあると言っても良い距離でしたが、杉の木が鬱蒼と繁っている。

その木々の間に、するすみの池はありました。

20101010100310
20101010101159
観音様もあるはずだと見上げると

20101010100520 
するすみの池を見守るように建っておりました。

20101010100703
雑草も刈られ、地元の人たちに大切にされているのが解ります。

 

それにしても、杉の木がなければどれほど良い景色かと思う。

戦後に植えられた物らしいのですが、昔の風景を見てみたいと思いましたね。

2010年10月 9日 (土)

賑やかな一日

朝早くから、染めに勤しむ。

小さな甕しか生きていないから、コツコツだ。

外は雨。

太平洋側は、大雨注意報が出ているくらいで、閑馬も本格的に雨模様になった。

これでは、お客様はいらっしゃらないだろうと思っていると、何と何と賑やかな一日となりました。

 

先ずは、佐野メディアをご覧のご夫妻が入らした。

ちょうど染めていたところなので、実演をしながら藍染めの説明をさせていただくと、そこに、ご近所の栗原さん親子が、坂原さんを連れてきて下さった。

改めて、藍染めをご説明申し上げた。

 

坂原さんは、田中正造について講演をなさるほどに詳しい。

田中正造は、藍を作って財を築き、日本で初めての公害問題であった足尾鉱毒事件に立ち向かった人だ。

栗原さんのお爺さまは、田中正造衆議院議員時代の秘書をなさっていた。

ですから、私の説明にも、多少力が入りましたね。

 

小学校5年生の栗原君は、3年生の時、藍染めの体験をしている。

歴史が大好きなんだそうで、あちこちお城も見て回るほど。

彼の曾お爺さんは有名な刀鍛冶で、閑馬に銅像も建っている。

お弟子さんは全国に散らばり、皆さん人間国宝のような人たちばかりだと言う説明は、後から入らしたNさんにお聞きした。

佐野は、藍作りも藍染めも盛んだったけれど、刃物などの鍛冶仕事や鋳物も盛んだったところ。

栗原君とは、関ヶ原の戦いや平和について、歴史を語り合えた。

小学校5年生だけれど、彼は面白い。

 

Nさんご夫妻とは、お買い物もあったけれど、世間話もゆっくりとすることが出来た。

話題は多岐にわたり、面白い時間を過ごさせていただきました。

 

雨の閑馬が、思わぬ賑やかな一日となりました。

2010年10月 8日 (金)

今日の一日

「紺邑の日常を綴ったブログ」がこのブログ。

昨日の「ホームページと藍染め」というのは、日常の雑感。

 

では、昨日と今日と、何をしていたかというと、藍染めと灰作りと甕の手入れと布の精錬と灰汁作りと薪割り。

これだけを一人でやっても、気持ちの良い疲れが残っているだけ。

だけど、遅くまで起きていられなくて、早寝早起きですね。

さすがに、ウォーキングする時間もない。

だけど、これだけ身体を動かせば、良しとしましょう。

 

薪割りを最後に、今日の一日の仕事を終えました。

もう外は真っ暗で、秋ですねぇ。

 

灰を炊き直ししていると、バタっと言う音がするからそちらを見ると、バッタだ。なるほどと思う。

今は、コオロギがうるさいくらいに鳴いております。

 

さて、一杯やりますか(^^)/

 

どうです!?

紺邑の日常でござりまするぅ~m(_ _)m

 

2010年10月 7日 (木)

ホームページ作りと藍染と

私は自分でホームページを作っています。

作らざるを得なかったからで、知識も経験も何もなかった。

まあ、紆余曲折あったけれど、善し悪しはともかく、何とか公開できています。

 

作って分かったことは、餅は餅屋だけれど、成せば成るとも言える事だな。

色々教えてくださる人もいて、ありがたかった。

 

やってみると、出来ることと出来ないことや、その程度問題も分かってくる。

「ご自分でホームページを作ってみる事は、業者が玄人面してもったいぶった言い方をしても、それがハッタリかどうか分かるだけでも価値がありますよ」とある人に言われたけれど、その通りだと思いましたね。

そして、ホームページの出来不出来が、素人ながら少し見えるようにもなった。

 

藍染の世界も、素人とは言っても日本中で本建てをなさっている方がいるから、もったいぶった言い方をしても、そう言う方にはハッタリは通用しない。

 

先日も高崎で、私のウールのベストをご覧になっている女性がいらした。

「ウールが染まるんですねぇ」としみじみとおっしゃるから、「灰汁で建てて石灰も使わなければ、綿と同じように染まりますよ」と言うと、「やってみます」とまたおっしゃる。

この方、バケツにだけれど、灰汁で建てているし、石灰もほとんど使っていない。

「一冬越すと、生きているんだけれど染まらないのは、どうしたら良いんでしょう?」と聞くから、参考までに意見を言うと、「わかりました。良いことを教えていただいた」と、喜んでお帰りになった。

職人の私と、ちゃんと会話になっている。

 

紺邑にも、本建てをなさっている方が時々お見えになる。

この間もお二人入らして、藍染を買ってくださり、もう一人は染めを注文なさった。

「ご自分で染めれば良いのに」というと、「この色は出ません」と言ってくれた。

ありがたいですねぇ。

 

プロの方々は、私を含めてしっかりしないといけません。

2010年10月 6日 (水)

肉体労働

染め仕事は、基本的には肉体労働です。

しかし、のんびりとゆっくりとすれば、還暦の我が身でも楽しい物だ。

 

今日は準備の日。

一つの甕の、最後の手入れをしました。

そのために、先ずは灰汁作り。

 

残りの灰を調べると、心許ない量になっていましたが、なんと星野さんが灰を持ってきて下さった。

炊き直しして、質を上げなければ使えませんから、今日は庭で焚き火もしました。

 

一番難儀だったのは、深さ150センチの、コンクリートで作った藍甕の壁面の掃除。

新鮮な灰汁で洗ったのですが、こいつは腰に来ます。

それでも、何とか腰痛にはならなかった。

コツは、呼吸法とストレッチと姿勢。

 

汗はかくし、髪の毛は煤でごわごわ。

ゆっくり風呂に浸かり、身体を洗って夕飯をとり、ちょっと一杯引っかけたら、もう起きていられませんzzz

2010年10月 5日 (火)

高崎最終日

高崎の最終日。

いつものように、電車で参りましたが、ちょうど高校生達の登校時間にぶつかっている。

車内は賑やかですが、品の無いことこの上ないな。

男子は詰め襟もはだけ、ワイシャツもはだけ、わざとみっともない格好をしている。

女子は、スカート姿で大股を広げている始末。

見苦しいけれど、余りに多すぎて、注意する気にもなりません。

これは、教育と躾の問題だと思いましたが、我が身を振り返ると、年代の問題もあるなとも思いますね。

私も人のことは言えないな。

 
これでしばらく両毛線に乗って群馬県に来ることもないだろうと、感慨深く窓の景色をながめれば、あっという間に高崎に到着。

 
午後3時閉場という、変わった日程です。

余りに中途半端だけれど、これも欲かな(笑)

 

私の前が象牙の梶田さん。

いつ出会ったか忘れましたが、古い付き合い。

「片付けにどの位時間かかる?」と聞くから

「まあ、30分くらいかな」と答えると

「うちは時間が掛かるんだ」というから

「じゃあ、私も付き合ってゆっくり片付けますよ。なにせ3時ですから慌てることもないしね」

と、こういう会話があった。 

 
さて、催事も無事終わりまして、私がゆっくり片付け始めて30分後、「お疲れ様!」と言って、梶田さんがニコニコと、しかも手を振りながら笑顔で帰って行くではありませんか。

ずるいよーっと思っても仕方ない。

私も終わり、駅に行くと、電車が出ちゃった。つまり、乗り遅れ。急げば間に合った電車。

次は一時間後だ。

 

お陰で帰りも又、高校生に囲まれて帰って参りました。

2010年10月 4日 (月)

高崎 その3

ウォーキングの効果は、体力に確実に現れております。

疲れの出方が全く違う。

随分元気になりました。

 

高崎ですが、何故地下2階に催事場があるのか分かりました。

 
高崎高島屋が、ヤング向けのフロアーを作るという。

この店には無かったので、新しく4階をヤングのフロアーにすることにした。

4階の売り場を5階へ、5階の売り場を6階へと上げていったら、7階の催事のスペースが無くなってしまった。

そこで、地下2階の社員食堂を催事場にして、食堂は外に作ったと、こういう訳です。

 
いずれにしても柏もそうですが、催事をどうしようという積極的な意味はなかったですね。

 

今日も静かな日を過ごし、帰って参りました。

高崎へ 地下2階の催事場

高崎へ今週2回目。

 

朝、田沼駅で電車に乗り遅れた!

慌てて車で佐野駅に向かう。

次の電車は、一時間後ですからね。
 

乗り遅れた電車と同時に、佐野駅に到着。

無事、高崎に着きました。

田舎は良いですな。

 

相変わらずの状態で、時間がたっぷりある一日でした。

私の母校から同窓会会報誌への原稿依頼があり、その締め切りが迫っておりましたが、お陰様でほぼ書き上がりました。

商売としては、これではいけないのですが、正直如何ともし難い状況なんです。

 

地下2階の催事場というのは、柏高島屋以来だとお話しいたしました。

柏はそれでも、郵便局や酒類の売場があって、百貨店らしい感じがしました。

社員食堂は、上の階の見晴らしの良い素晴らしい場所にあった。

どう考えても、ここにお客様を招いた方が良いと、地下と比べて思ったので、何で地下に催事場や売場を持ってきたのだろうと事情通に聞いてみると、従業員の福利厚生のためだという。

労働組合の力が強いのですね。

百貨店の売上げが低迷している今、どうなっているでしょうか。

従業員の福利厚生も会社あってのことだと考えるのは、常識だと思うけれど、どうなんでしょう。

 

さてここ高崎は、何故地下2階が催事場なのか理由が全く解りません。

この階に常設の売場はなく、もちろん郵便局もなく、ただただ催事だけのためにある売場だし、社員食堂も建物の外だ。

我々の他に、布団や食器などのバーゲンをやっている。

そして、時たまお客様がお見えになると云う具合。

 
ちょっと考えてみたら、この百貨店の催事は、食品主体の物産展のイメージしかないのではないかと思いましたね。

デパ地下に食品を買いに来たお客様が、その下の階でも地方の特産品などが手に入るというサービスだな。

まあ、解りませんし、この百貨店のことを良く知っているわけでもないし、考えたところで余計なことだ。

 

ブラシ屋の高橋さんと、久しぶりにお会いしております。

会えば飲み、好きなことを言い合う間柄。

私より一回り上ですから、現役とは言い難いので、私とは滅多に会わなくなったのです。

久しぶりなので一杯やろうと云うことになり、日曜日が良いかもしれないと言っておいたら、準備が出来ておりました。

2~3人のつもりが、何と十数人集まりまして、まるで懇親会の様になりました。

 

二十年くらいこの世界におりまして、割合顔の広い方だと思う私が、初めてお会いする人たちばかりで、実に新鮮でしたね。

なにせ、自己紹介から始まったのですから。

いやはや、世界は広いな。

 

泊まることもなく、夜9時代の電車で帰って来た。

乗り過ごしますと悲惨なことになりますから、携帯の目覚ましをセットして乗り込みました。

案の定、気が付くと足利。

危ないところでしたね。

 

 

2010年10月 2日 (土)

彼岸花

早寝早起きがすっかり習慣になってしまいまして、今朝も5時に自然に目が覚めた。

日が差してきた6時前に、いつものように散歩。

今日は、小又(おまた)という沢を歩いて参りました。

 

紺邑を出て、直ぐに目に付いたのは彼岸花。

蕎麦の白い花との対比が奇麗でしたが、写真を取り忘れた。

 

小又の沢に入り、直ぐに素晴らしい景色に出会った。

20101002064311_2

20101002064337

この沢は、ここ彼処にこういう景色がある。

水も実に豊かで、歩いている間中、沢から水音が聞こえて来ます。

 

閑馬に新しい発見がありました。

 

昼過ぎに、足利から4名のお客様がいらした。

藍を説明していると、そこに栃木放送のS君が、私が出た番組のスポンサーを連れて来た。

彼女を見たお客様のお一人が、「あら、お久しぶり」と挨拶なさる。

なんと、一年ぶりの再会だとか。

S君は私に、「素晴らしい芸術家の奥様ですよ」と紹介してくれた。

「足利で会わないのに、なんでここで会うんでしょうね。きっとここは、人の集まるところなんですね」とはS君。

そうあって欲しいな。

 
お友達を連れてきて下さった根岸さんは、著名な書家で、足利で個展をなさる。

その告知を、栃木放送ですることが、決まってしまいました。

結構なことです。

 

根岸さんの作品の写真を見せていただいたけれど、書を超えた絵画とでも云いましょうか。

その勢いに、写真なのに鳥肌が立った。

「言葉や文字は豊かに心を表現する顔を見せながら、その実がんじがらめに私を縛り付ける。国際化の中で言葉や文字・自分を含めて全ての呪縛から解き放たれ、光りを求め、自由な感動の中へ、墨と和紙の書き直しのきかぬ移ろいの墨象の世界に、創造と破壊を繰り返して想いを吐き出す」

こう根岸さんは語る。

日本人の古来の感性そのものだ。

 

これ以上書いて良い物やら、私には解りませんので、お許しを得たら、また紹介させていただきます。

 

一日閑馬にいられて、有り難いことばかりの一日でありました。

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »