紺邑のホームページ

  • 紺邑のホームページ
    新しいホームページがオープンしました。紺邑について、藍染めについての情報です。

ネットショップ

  • G.i-Japan
    藍染を始める方。藍染をなさりたい方もお訪ねください。藍に関する資材とノウハウを提供します。 藍染の製品もあります。 その他にも、沢山そろえて行きます。

イベント情報

フォト

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

2010年12月31日 (金)

大晦日 日本橋三越

朝6時に起きて薪ストーブに火を入れる。

暖かくなった頃には、もう出発時間だ。

七時半に家を出て、足利市駅午前8時発の東武伊勢崎線特急「りょうもう号」に乗り、浅草で銀座線に乗り換え、9時半には「三越前」駅に着いておりました。

ドア・トゥ・ドアで2時間です。

何が言いたいかというと、東京のど真ん中までちかいでしょ!ということ。

閑馬は田舎だし、山の中だけれど、これが車なら、北関東道「佐野・田沼インター」まで10分。

空いていれば、それから一時間ちょっとで都心に出られる。

これまた、近いでしょ!?


日本橋三越本店といえども、さすがに大晦日はお客様が落ち着きません。

地下の食品売り場は、もの凄い人だと言いますが、7階までは上がってこない。

これも、いつものこと。

それでも、お隣の船箪笥が売れ、目の前の錫細工も売れ、誰も売れ彼も売れと、そこそこに動いてはおりました。

 
終わり近く、元相模原伊勢丹の担当者が入らした。

そういえば、三越と伊勢丹は合併したのですね。

この催事の担当部署に配属されたらしい。

それほど忙しくない売り場を見て、不安そうに「大丈夫でしょうか?」と私に聞く。

「大晦日はいつもこんな物で、年が明ければ全く違うから見ていてご覧なさい。この催事は日本一だからね」と言っておきました。
 
安心した様子で帰って行きましたが、我々が長く時間を掛けて築き上げてきた物には、少しは信頼を置いてもらいたいですね。

それを知らない人達が担当になって変えようとするから、お客様と我々との関係がおかしくなる。

触らないでもらいたいな。

これは、日本中の百貨店催事に云えることだと思います。

 
娘の所に帰ってきて、新年を迎える準備です。

2010年12月30日 (木)

三越のお帳場

日本橋三越は、はや3日目。

島本さんご一行や、親父殿のお客様などにお見え頂き、結構なことだったそうです。

ありがとうございました。
 

親父殿のお客様は、日本橋にお住まいで89歳におなりになるご婦人。

お買い物をなさった後、「誰それに回しといて」と云っただけで、さっさとお帰りになったそうな。

いわゆる、「つけ」ですね。

これが、天下の日本橋三越のお帳場です。

カードも使わず、伝票も無し。

担当のKさんに言うと、「回しとくよ(「ておくよ」の関東弁)」と簡単だ。

たのしいですねぇ。

 
私と云えば、相も変わらず藍染め三昧。

夜の9時近くまで染めておりました。

なに、染め始めたのが午後だったのです。

午前中は寒くて寒くて、身体が動きませんでした。

 
聞くところに寄ると、都心では例年より三日も早く初雪だそうで、熊本でも雪が降り出したなんて云っております。

明日はいよいよ大晦日だ。

私が日本橋に参ります。

2010年12月29日 (水)

藍染め三昧

日本橋三越が始まりましたが、私は工房で藍染め。

染めても染めても、染め足りません。

それでも今日は、たっぷりと染めました。

心地よい疲れが、きっと熟睡をもたらせてくれると信じつつ・・・

 
寝ますzzz

2010年12月27日 (月)

日本橋搬入日

一年の始まりと締め括りは、日本橋三越本店の「日本の職人『匠の技展』」。

今回は、12月28日から元旦のお休みを挟んで、来る年の1月10日まで行われます。

今日はその搬入日。


ところがどっこい、こんな日に限って様々に用が出来た。

最大の用件は、三女の引越荷物を運ぶこと。

それも、工房の冷蔵庫と電子レンジその他。

運ぶ手段が、軽四輪しかない。

これが優れもので、セダンよりも荷物が載るのです。

 
午前中、様々に仕事をこなし、荷物を車に積み、ようやく3時過ぎに出発。

仕立て担当の金子さんのところに寄り、久しぶりにナビを使おうかと思ったら、これが故障。

道路は混みに混んで、着いたのは7時近かった。

 
それから荷物を運び、なんやかやして帰って参りました。

ちょいとお疲れ気味だけれど、日本橋でお会いしましょう。

2010年12月26日 (日)

仕掛け人

朝が寒くて、なかなか身体が動きません。

ストーブに薪を入れ、暖まるのを待って染め始めました。

 
来年、東武宇都宮百貨店で行われる「アート街道66展」の告知を、ある広報誌に載せていただくことになり、その校正の為に、昼過ぎに長浜さんご夫妻が御来工。
 
しばらくして、鈴木さんが久しぶりにお見えになった。

私の手を見て、「勲章だ」と言って下さった。

20101226145231

この人は、政治でも町おこしでも、何でも仕掛ける。

私は、ずっと仕掛けられてきた。
 

つい最近も、この人のお陰で、母校の同窓会報誌に文章を書くハメになった。

それをご覧になった地元財界のトップが、「懐かしいねぇ。大川さん元気?」と鈴木さんにお聞きになったとか。

こんどお連れ下さるそうだけれど、ついでに政界のトップも連れて来てもらうことにしました。
 
 
懐かしい話しで時間が経ち、染め終わったのが9時過ぎだ。

ようやく、一息ついております。


2010年12月25日 (土)

年の瀬

今日も今日とて染め三昧。

染めても染めても、間に合わない。

でも、急ぐことが出来ないのが本建ての正藍染めですから、諦めるしかない。

「急いては事をし損じる」と、胸に言い聞かせながら仕事をしております。

 
近所で竹炭を焼いている高橋さんが入らした。

「良いお年を」というご挨拶を頂いたけれど、もう年の瀬なんですねぇ。

こんな当たり前のことが感じられないなんて、ちょっと反省も致しました。

 
新しく建てた藍が、ようやく思うような色を出すようになりました。

実は、悩んでいたのです。

悩みが消え、急に元気になりましたですよ。

2010年12月24日 (金)

THIS IS IT

ここのところ、毎日来客があり、賑やかに暮らしております。

今日も菊地さんご一行が来た。

染めを夜八時頃に上がり、テレビをつけるとマイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」が始まるという。

慌てて録画の用意をして、全部見た。

素晴らしいのひと言だけれど、人間業じゃないな。

バックダンサーが息を切らしているのに、彼は歌も唄い、出ずっぱりだ。

なんで死んじゃったんだろうと、今更ながらに思う。

娘が「見ろ」と言っていた理由も、分かろうというものです。

まあ、そんな感想も何もかもが虚しくなるくらいのパフォーマンスでしたね。

2010年12月22日 (水)

薪ストーブに薪は必需だなんて、余りに当たり前ですが、これをどうやって調達するか、割合大変です。

夏場に集めた薪は、まだ使い物になりません。

 
紺邑は、星野さん頼っております。

今日は、今年いっぱい間に合うと思われる薪を持ってきていただきました。

20101222140238

みんな丸いので、これを薪割りいたします。

幸い、今回は山桜の細い物が多いので、そのままストーブにくべることが出来そうだ。
 
 
そんな事をしているうちに、お客様が入らして、お買い物までしてくださった。

ホタテの差し入れもあった。

 
今日も今日とて、忙しく賑やかな一日でございました。

2010年12月21日 (火)

工房の寒い一日

相変わらず早起きですが、朝は寒くて身体が動きません。
 

先ずは、薪ストーブに火をつける。

暖まるまで一時間は掛かる。

それまで新聞を読み、PCでなにやら致します。
 

さて、お仕事と思ったら、藍が調子悪い。

手入れをする。

その間、昨日の染めたものを仕上げると、もうお昼だ。
 
カレーを温めてかっ込む。
 

午後一で、灰をふるいに掛け、灰汁を作る準備を始める。

薪が足りなくなって、薪割り。

お客様が入らして、談話。

ご近所に用が出来て出かけ、帰ってきてまたストーブをつける。


夕方、残りの染めをして、灰汁を取る。

星野さんが、乾いた薪を持ってきてくださって、ようやく火力が強くなった。

 
宅急便を出すついでにお買い物。

帰ってきて、藍甕を攪拌し、寝かせる。
 
 
これからようやく夕飯です。

2010年12月19日 (日)

物作りの佐野

この夏、「アート街道66展」というイベントを致しました。

佐野市田沼地区に住む、15名の作家達が閑馬に集まった。

 
それを主体にして、来年の2月10日から14日まで、東武宇都宮百貨店でイベントをしていただくことになりました。

ふと気がついて、何も旧田沼地区にかぎらず、佐野市全体から見てみたら面白いと思った。

そこでイベントの題名を、「アート街道66展 佐野に集まる作家達」としてみました。

 
各方面にご協力いただいて、佐野で物作りをなさっている方々を捜しましたら、沢山いらっしゃる。

お声掛けしたら、皆さん出展してくださることになり、ちょいと面白くなって参りました。

担当の酒見君には、後ほど名簿をお出ししますから、待っててね。

 
元々佐野は、鋳物、鍛冶屋、陶芸、織物、藍と藍染、染色、武者絵、土鈴、人形細工、木工などの伝統的なものも盛んで、最近では、硝子細工、パッチワーク、トンボ玉などもあります。

第一回目ですから、一堂に会すことが出来るかどうか分かりませんが、佐野は思ったよりも面白い町ですよ。

それを、我々自身が知らなかった。

渡瀬通信の野村さんは、「足利では決して出来ません」とおっしゃっていますが、物作りをしている人たちがこんなに集まれるのも、佐野ならではのことだと思います。
 

佐野市は、こういってはなんですがちょっと地味目の町。

そして皆さん、仲が良いですね。

たとえば県の集まりがあって、栃木県中から集まるとき、車で乗り合わせて来るのは、佐野の人たちくらいなものだと言われるそうです。

 
そんな気質だから、まとまりもある。

だから、我々も集まりやすいのだと、少し気がつきましたね。

2010年12月18日 (土)

冬到来

いやはや寒いこと寒いこと。

庭の水が、厚く凍っております。
 

藍は、寒さに弱い。

また、私のような老体も同じ。

 
新しく建てた藍の、色具合が気に入りません。

古い藍は、美しいが元気がない。

そこで、一日休ませることにして、私は薪割りに精を出しました。

 
私の子供の頃は、毎日薪を割っておりました。

米を炊くのも、料理をするのも、風呂を焚くのも、全て薪でしたからね。

 
その昔を思い出しながら、「俺は本当に田舎に育ったんだな」と感じつつであります。

2010年12月16日 (木)

【まちの芸術家】正藍染め 大川公一さん

「大川公一さん」て、私自身のことだけれど、なんでこんな題にしたかというと、こういう新聞記事が出たからです。

先に書いたように下野新聞が私を取材してくださった。

動画付きですから、ご興味のある方はアクセスしてくださいませ。

ちなみに、上の「下野新聞」をクリックしても良いですが、アドレスは

http://www.shimotsuke.co.jp/dosoon/town/sano/official/20101216/430565

ありがたいことだ。

2010年12月15日 (水)

町づくり 町おこし

日本中で、町おこしや村おこしなどが盛んなことは、今に始まった事じゃありません。

私も二十数年前から、具体的に深く関わり合ってきた。

やってみますと、こんな私でも傷つくこともある。

「町おこし」などと言ったところで、傷つけ合ってはどうしようもないと、そういうことから身を引いて長いな。

 
佐野市民になって4年になります。

それまでは、足利市民で佐野に仕事場があるという立場だった。

せっかく佐野市民になったのだから、ここでは大人しくしていようと決心もしていたし、今もそのつもりではある。

しかし、市民として何かお役に立つことなら、しなければならないとも思う。

 
アート街道66展」をやりましたが、その仲間である陶芸家の桜井さんからお誘いがあって、佐野市街地の商店で、我々の作品を展示販売し、佐野市街地の活性化の一助としようとする会に出席して参りました。

アート街道66実行委員会には、偉いも偉くないもありません。

みんな、立場は一緒。

桜井さんが出ろと言えば、スケジュールが合いさえすれば私は出ます。
 

さて、会議ですが、内容はまだ検討中らしく、ここで具体的に書くわけには参りませんが、我々プロの作家を招聘し、具体的に商売している商店を活用するというには、ちょいと覚悟が気薄のように感じて、よせばよいのに色々とご指摘申し上げてしまった。

コーディネーターの方もいらっしゃるので、なんとかまとめ上げて、良い成果を得られるように祈っております。

 
祈っておりますと書けるところが、気楽で良いですね。

私は、コーディネーターの立場に長くいましたからね。

2010年12月13日 (月)

横浜 最終日

最終日は4時まで。

無事終了。

全体は、素晴らしい成績だったようです。

紺邑は、まあまあといたしましょう。

 
横浜から武蔵小杉経由で新宿に出て、バスで帰って参りました。

明日からは、藍染めだ。

2010年12月12日 (日)

横浜6日目

私が横浜で最初に仕事をしたのは、もう40年も前になります。

当時は、そごうは無かったし、本牧や根岸などはまるでアメリカだった。

その後、二十代の後半は毎日のように横浜に来るようになり、友人も沢山出来た。

 
昼間、ちょっと外に出てみると、もの凄い人波だ。

歩くのもままならない位です。

この街も、ベイブリッジやみなとみらいなんて物が出来て大都会になりました。

桜木町なんて、その当時の面影もないな。

考えてみれば日本で第二の大都会で、この街の持つポテンシャルは大きくなるばかりのようです。

百貨店の中も、相変わらすの人混みだ。

 
紺邑は、そごうと西武には余り縁がありません。

何故かと言えば、そごうに入っていた企画会社と縁がないからで、他に理由はありません。

今回は、ブラシ屋の旦那の会社主催ですから、早めに紺邑から出展をお願いしておいたのです。

 
久しぶりに来て、懐かしいお客様にもお会いできて、やはり横浜は良いですなぁ。


 


 


2010年12月11日 (土)

横浜5日目 縁は異なもの味なもの

横浜5日目。

7日間催事ですが、3日間で前年実績を達成し、5日目の午前中で百貨店の予算を達成したとなると、百貨店にしてみればこれはどういう事か!?となると思う。

予算が低いこともあるけれど、私の印象では、この催事は化けるかもしれません。

ただし、前に書いたように、百貨店の姿勢次第だと思いますね。

その百貨店を動かすのが、企画会社の使命だな!なんてね(*´v゚*)ゞ

今回が初めてですから、2回目以降は請うご期待だ。

 
紺邑の辺りはともかく、メインの会場は人だかりです。

朝礼に寄れば、土日は10万人程の入場者があるらしい。

その通りでしょうね。

 
紺邑はと云えば、ボチボチです。

しかし、こういう催事が化けて大きくなって来た事を、身を以て経験してきた。

「職人展」が盛んになってから参加してきた人たちとは、その辺りの勘が違う!これまた、なんてね(*゚ー゚*)

 
夕方6時過ぎに、ちょっとした忙しさになる。

今日は、一昨日お買い求め頂いたお客様に来ていただいた。

「私、使ってました」とおっしゃる。つまり、紺邑のお客様だったわけで、大変失礼しました。

鎌倉の方ですが、武田刃物のファンで、東急東横まで入らしたら紺邑もいたわけで、その時に買っていただいた。

お話しするうちに想い出しましたが、多分、二重織りのシャツジャケットじゃなかったかな。

縁は異なもの味なものですね。

 

2010年12月10日 (金)

武蔵小杉駅

横浜4日目。

武蔵小杉駅から横浜に出勤。

この駅には、東急東横・目黒線、JR南武線・横須賀線・湘南新宿ライナーが走っている。

携帯で時刻表を調べると、その時間では横須賀線を利用するのが一番早い。

午前9時14分、JRの改札口を入り「横須賀線」と書いてある階段を下りると南武線のホームだ。

あれ?と思ったら、その先が横須賀線と書いてある。

やれやれと進むけれど、長いホームを歩いても歩いてもそれらしき様子がない。

しばらくするとホームが終わり通路になり、またしばらく進むと坂道になった。

そこの壁に「横須賀線ホームまで約4分」と書いてあるではないか。

まだまだ何百メートルもあるらしい。

乗りたい電車まであと1分!

こりゃ間に合わないなと思いつつも、ひょっとしたら電車が遅れている場合も考えて早足で横須賀線ホームに向かいました。

ホームに駆け上がると、9時15分発の特急が出発するところだ。

時刻は9時23分。

掲示板を見ると、私が乗りたかった9時20分発の電車も4分遅れていて、この後直ぐに来るという。

結果はラッキーだったけれど、改札口からホームまで歩いて10分も掛かるのに、同じ駅名は無いでしょう、JRさん。

ありゃ、詐欺みたいな物だな。

 
横浜そごうの「職人芸展」は順調に全体は推移しているらしく、三日間で昨年の実績に迫る勢い。

紺邑は、その昔の横浜三越の感じです。
 
 
この催事も、もっと本気を出せば凄くなる予感がしますね。

後は、百貨店の姿勢次第だろうし、もう一つ言えば、「職人芸展」という名称から「芸」の字を取ってもらいたいな。

2010年12月 9日 (木)

横浜 2・3日目

横浜の2日目は、染めのご注文を頂いた日。

紺邑は染め屋ですからね。

その中に、大正10年生まれのおばあさまが入らして、世界一周の船の旅をもう3回なさっていると言います。

2時間くらい売り場でお話しさせていただいたけれど、さすがに90年も人生があると、話題に事欠きません。

私の60年なんて、子供みたいな物だ。
 

この日はパソコンが無くて、ブログを書けず。
 
 
 
3日目は、午前中、お馴染みさんにウール・ケープをお買い求め頂き、安心して過ごしていると、夕方、男性のお客様からちょっとした注文を受けまして、めでたく売り上げが出来ました。

何ともない日記ですな、こりゃ(*´v゚*)ゞ

2010年12月 7日 (火)

横浜 初日

朝5時半に起きて、腹が減っては戦が出来ませんから、ホテル近くの食堂で朝飯。とにかく昨日は、夕方うどんをかっ込んだだけでしたからね。
 

そごう横浜店は、大きな店だ。

社員通用口を見つけるのは、やっかいだろうなと思っていると、すぐに見つかってラッキーでした。

会場にはいつものメンバーと思いきや、久しぶりに会う人や初めての方もいらして、楽しそうな一週間になりそうです。

 
この百貨店に出展するのは二度目。

最初は二十五年前のオープンの時と、古い話になります。

やはり、それなりの変化は見られますね。

 
お昼に社員食堂に参りましたが、これが大きくて広くて綺麗。私の知る限り、日本一だろうと思う池袋西武に匹敵します。

その上、ベイブリッジが見えるオーシャンビューときたもんだ。

お客様に聞くと、以前はファミリーレストランだったとのこと。さもありなんです。

 
売り場に帰ってのんびりしていると、高橋さんご夫妻がお見えになった。久しぶりで話しがはずみましたが、そもそも、横浜に出店することが数年ぶり。

「大川さんは、大活躍ですね」とおっしゃる。

そんな覚えがないから、「なんです?」とお聞きすると、どうも、いろいろな催事で私の噂をお聞きらしい。

まあ、悪い噂じゃなさそうなのでありがたいことです。

 
夕方になりますと、さすがに疲れが出てきた。

三女が助っ人に来てくれたので、店を任せて休憩。

電話で呼び戻されると、これまた懐かしいお客様。

「最近、歌うたってますか?」なんて質問もされるくらい。

お買い物もしていただきましたが、使ったのがタカシマヤのカードというのが面白い。

これまた、話しがはずみましたが、横浜にはこういうお客様が多いのです。

それなのに、諸般の事情で来られなかったのですが、ついに我慢できなくなってそごうに出展させてもらった。

 
横浜は、我が青春の町。

一週間、その空気を吸えるだけでも幸せです。

名古屋とその近郊の皆様へ

この時期になりますと、毎年松坂屋名古屋店に出展しておりましたが、今後の名古屋は、別の百貨店か会場に変わります。

ですから、松坂屋には出展いたしませんし、そのご案内も出してはおりませんので、ご了承下さいませ。

お問い合わせいただいたお客様にはお伝えしておりますが、来年も2~3度お伺いする予定でおります。

ご注文、修理等は、その時までお待ち下さいませ。

先ずは、お知らせまで。

紺屋大川

2010年12月 6日 (月)

閑馬から横浜へ

12月7日から、そごう横浜店の「師走の職人芸展」という催事に出展します。

6日搬入のつもりでおりましたら、企画書をしっかり読むと7日の朝6時からの搬入となっている。

娘のところからではとても間に合わないので、慌てて横浜のホテルを取りました。

 
お陰で今日一日、仕事がしっかり出来た。

 
先ずは、薪割り。寒くなるはずですから、留守の間の燃料を作りました。
 
次に、藍染め。これは、当たり前ですが、今日だけでハンカチやストールをかなり染めることが出来た。

不思議に感じるほど、藍の調子が良いのです。
 
 
そして、来年東武宇都宮百貨店で開催される、「アート街道66展」へのご協力をお願いするために、市役所で市長にご挨拶。
 
無事終了し、帰ってきて染めの仕上げと、一週間留守にするために、藍甕の手入れと灰汁作り。

 
これだけのことが出来て、安心して横浜に旅立ちました。

ただいま、いつものホテルに入って、このブログを書いております。

2010年12月 5日 (日)

旧暦から季節を計るというお話し

星野さんが、薪を持ってきて下さった。
 

彼は専業農家だから、季節の移ろいには敏感だ。

曰く、「最近の季節は、旧暦から暦を見ないと、椎茸でも何で時期を間違えますね。旧暦がちょうど良いと思います」と。

「そういえばそうだな」と、私も思う。

もう師走というのに、暖かいものな。

昔の日本に戻っているようにも感じます。
 
 
横浜の準備に忙しい一日で、染めは出来なかった。

明日は灰汁取りの準備をして、もう一甕建てることになります。

 
勢いの良い藍で染めなければならない物が、まだ沢山残っておりますのでね。

そして、来年の準備もあるのです。

2010年12月 4日 (土)

猪・鹿肉

ただただ藍染めに勤しんでおりますが、気が付くと土曜日。

どうも、曜日の感覚に私は乏しいようだ。

 
星野さんが、鹿肉を持ってきて下さった。

薪ストーブの炎で軽くあぶり、タタキにしていただきましたが美味でありますねぇ。レバーは刺身。

都会に住んでいては味わえないことだ。

 
鹿は今朝、閑馬の奥の罠に掛かった物。

そのご近所は、鹿とイノシシの被害で畑作を辞めてしまった。

ですから、美味しいとはいえ、単純に喜ぶことは出来ません。

 
10年くらい前までは、閑馬にはイノシシも鹿もいなかったから、安心して農業ができた。

今は、手塩に掛けた農作物が、あっという間に食われてしまう。

森に食料がなくなったからと言いますが、これは、日本の森林の問題だろうと思うな。

2010年12月 3日 (金)

人の噂・印象・評価

本日は、地元新聞社の取材を受けました。

私の藍染に対する考え方・取り組み方等々、染めながらお話しさせていただいた。

記者の方は、辛抱強く取材をしてくださいました

どんな記事になりますやら、楽しみではあります。

 
午後は、染め三昧。

染め上がる頃は、辺りは真っ暗闇だった。

 
さて、私はしがない職人だ。

それなのに、私のことを「あの方は職人ではありません」とおっしゃる方がいると言います。

どうしてか分かりませんが、私は職人だから、そんなことを云われても何とも思いやしません。

 
うちの親父殿の名言に、「自分のやっていることは人もやると思うのが人間だ」というのがあります。

その方はきっと、ご自分が職人ではないのに職人の振りをなさっているのかもしれませんね。
 
 
しかし、思い当たる筋がないでもない。

それは、私の経歴と雰囲気だ。

 
だから、同じ職人仲間からも、こういわれる。

(高出さんのブログ【職人仲間】から)
*****
さて、今回の遠鉄で隣同士で出店している職人仲間を紹介します。
『㈲紺邑』の大川公一 さんです。正藍染めの職人です。
10年以上前から顔と名前は知ってましたが、挨拶程度で何も詳しいことは知りませんでした。(ただ 歌はプロだと 聞いてました。)
スタイル、容姿はダンディで、カッコイイ!そういう点では僕とは大違いです。とても職人とは思えない感じです。
でも、彼の手を見た時、「あっ!俺と同じや!」と思いました。僕は漆器で彼は藍染めと物は違いますが、自分が創る商品(僕は作品と言いたい)に、ものすごい愛情を持っているんです。
何よりも自分が愛情を込めて創った作品をお客様に直に顔を見て販売する、お客様の喜ぶ顔を見て自分自身も嬉しくなる。これは、職人しか味わえないことです。僕も実はそういう考えで仕事をしています。
今回、大川さんとご一緒出来て、僕と同じ考え方の職人と出会えたこと、彼自身のことがわかってよかったと思いました。
*****

職人は職人を知ると言うところかな(^o^)

2010年12月 2日 (木)

藍の匂い の2

今日は、茨城県笠間から、お二人のお客様がありました。

工房を案内し、藍を染めて色の変化を確認していただき、灰汁に手を入れてもらってその滑りを感じていただき、「藍の液が臭くないでしょ!?」と言うと、「本当に!」と驚いていらっしゃる。

藍染の布の香りも確かめていただいたが、「匂わない!」と、これまた驚いた様子。
 

ある藍染の工房を訪ねたときは、染め場に入るなり刺激のある匂いがしたとおっしゃる。

買った藍染も、やはり匂った。そして、その匂いが、虫除けになるとも聞いた。でも、紺邑の藍の液も藍染も、そう云う臭さがない。そして、紺邑の藍染は、一切薬品を使わない、昔ながらの本建てだ。

 
色移りもないと申し上げると、これまた驚いたご様子。

「藍染は、色も性質も匂いも、誤解されているんです」と言うと、それを確かめたお二人は、大きく頷いてくださいました。

 
沢山の商品をお買い求め頂いた。

是非是非、長いお付き合いになりますように。

 
藍の匂い

2010年12月 1日 (水)

アート街道66展 at東武宇都宮百貨店

一週間の旅の疲れと、藍の手入れの為に、今日一日は藍染めを休ませてもらった。

夕方6時半から、東武宇都宮百貨店で開催される予定の「アート街道66展」の打合を紺邑でするので、その準備の為に薪割りに精を出しました。

薪を山ほど作り、ストーブにくべてガンガンに燃やし、紺邑の2階を春のような暖かさにして、作家達を迎えました。

 
百貨店からは、担当の酒見君が休みを押してかけつけてくれて、会議もスムーズに進行。

一人一品持ち寄りの食事会も和気藹々。

会議なのに、楽しい一時となりました。

 
来年2月10日から14日までの5日間、「アート街道66展 佐野に集う作家達」と題して、イベントが行われる予定です。

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »