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2011年2月

2011年2月28日 (月)

熊本最終日

どうも勘違いしていて、6日催事でした。

天草から永野さんとお母様、木工作家の甲斐さん達も来ていただき、無事終了。

しかし、「明日来る」とおっしゃったお客様には、振られてしまいました。

 
成績は、まあまあでしょう。

少なくとも、昨年よりは良かった。

 
今回は、懇親会以外は、誰ともお付き合しませんでした。

来年はその余裕が欲しいところですが、いかがなりますやら。


担当の白石君もご苦労様でした。

彼女の情熱で、持っているようなところがあるな。

また、来年(^^)/

2011年2月27日 (日)

熊本土・日曜日

パソコンが調子悪くなって、土曜日は書けず。


さて土曜日。

結果は、待ち人来たらず。

日曜日に期待しましょう。

 
それでも、ボツボツと売上は出来たが、とても満足というわけには行きませんでした。


 
日曜日。

やはり、待ち人来たらず。

明日に期待しましょう。

 
どうも、お客様がなかなかお買い物をしてくださらない。

でも、会場内では大きなものが売れている気配がする。

紺邑が目が開いたのは、15時過ぎという体たらく。


終了間際、イタヤ細工の菅原さんに鯖寿司をご馳走になったら、お腹が一杯になって夕飯がいら無くなっちゃった。

ホテルに帰ってきて、ブログを書いております。

2011年2月25日 (金)

熊本3日目

考えてみたら、去年は冬季オリンピックがあった。

印傳の前川の売場で、携帯をつないで浅田真央を見たものだ。

そして金曜日は、最低の成績だった。

 
その金曜日。

朝礼で、「熊本のお客様は、『また来る』と言えば絶対にまた来て下さいます」と部長がおっしゃった。


ウール・ケープをご試着のお客様。

「気に入ったけど、後は、どう買うかと言うことだけなのよね」と、じっと考え込んでしまった。

「一日考えて明日来るから、取っておいて」と言い残してお帰りになった。

さて、どうなりますやら。

 
通称「トクちゃん」というご常連から、正絹の反物の染めを頼まれた。

ある藍染めの先生に「無地に染めて」と依頼したら、「そんな無理を俺に頼むんじゃない」と断られたもの。

斑の出やすい藍染めで、無地は難しいということなんでしょう。

ましてや正絹だ。

それを聞いたら、ムラムラと闘争心が出て、引き受けてしまいました。

 
そんなこんなを合わせると、昨年に比べればたいした成績だ。


後は、あのお客様が戻って来て下さるかどうかだな。

2011年2月24日 (木)

熊本2日目

熊本は暖かい。

去年はどうだったかな?と想い出すと、やはり暖かかったと、記憶力のある贄田師匠がおっしゃっておりました。

ところが、私は風邪気味。

寒気がして、一人でコートを着て仕事をしておりました。

 
熊本には、鶴屋の他に阪神百貨店があった。

これが「県民百貨店」と名を変え、昨日オープンしたらしい。

ニュースに寄れば、1,000人もの人が開店前に並んだとか。

そんな逆風にもめげず、全体は良い成績だと言います。

 
本日は恒例の懇親会。

百貨店の人たちも、上機嫌。

和気藹々で、楽しい一時を過ごさせていただきました。

 
そう言えば、懇親会をやる百貨店催事が少なくなって参りました。

鶴屋以外では、私が知る限りですが、東武宇都宮と近鉄上本町くらいだな。

 
寒いので、焼酎のお湯割りで身体を温めて来た。

後は、寝るだけだzzz

2011年2月23日 (水)

熊本初日

朝六時から準備が出来るという。

5時半には起きましたが、準備の準備をする内に遅くなり、7時近くに出社。

皆さん盛んに準備中で、この催事でなければ会わない人たちとは一年ぶり。

懐かしくご挨拶させていただいた。


泊まっているホテルは朝食付きで、それが充実し、鶴屋からも近いという理由で選びました。

朝の7時半からなので、準備が一段落した8時半にホテルに帰り、朝飯を頂いた。

美味しかったなぁ~。

 
さて、準備万端催事が始まりしたが、紺邑は昨年に比べて商品が充実しております。
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私もそれなりに、心構えが出来ている。


朝一番、「昨年から気になっていて、ここを目指してきたの」というお客様がいらして、あっという間に目が開いた。

最近では、こういうことは久しぶりです。

紺邑のウール・ジャケットをお召しの方もいらっしゃり、新作の手織り綿のチュニックやら、今回チラシに載っているオーガニックコットンストールが何枚か出て、お取り置きや外商回しを入れれば、良い出足です。

 
夕飯はデパ地下でお弁当。

近くのスーパーで、お惣菜やタマゴやお酒を買ってきてこれまた準備万端。

 
一週間、熊本の皆様にはお世話になります。
 

2011年2月22日 (火)

熊本

熊本に来ております。

明日から熊本鶴屋百貨店で開催される、「第9回 職人の技展」に出展するためです。


朝、時間に余裕を持って佐野新都市バスターミナルへと出発。

Y字路を、近道だと思う左へ折れると、目の前を走る車が、時速40キロの道を35キロ以下で走る。

狭い道だし、追い越し禁止だから、仕方なくその後を行くしかありません。


お陰でギリギリの時間にバスターミナルに着くと、まだバスの姿が見える。

広い駐車場を急いで待合いまで走ると、着いたと思った途端にバスは走り出し、乗り遅れとなりました。

 
どうしようかと思い、携帯で時刻表を調べると、群馬県館林市から東武線に乗るのが一番早い。

館林→北千住→秋葉原→浜松町→羽田空港という経由で、待ち合わせ時間の15分遅れで到着。

無事熊本に着いたという一日でありました。

2011年2月21日 (月)

運気

私の仕事は、先ずは染めることが本業で本文。

それだけじゃ生きていけませんので、社長業というのもある。

今日は、その両方をこなしました。

 
浮き世はままならないことが多い。

それは誰も一緒でしょうから、当たり前の努力はしなきゃなりませんが、今年に入って、運気が上向いているという感じがします。

様々に、良い出会いがあるのです。

60年も生きてきたのですから、こういう事もあるのでしょう。

 
暦を見ますと、私の年回りは「運気は躍動期に入り、問題山積みだった環境にも徐々に光が差して活気の出て来る年」なんだそうです。

信じることにしましょう(^^)/

2011年2月20日 (日)

春が来た

暖かな日曜日。

染め日和ですが、日曜日はやはり始動が遅くなります。

十時前に「これからそちらに伺います」と、お客様から電話が入った。

「どちらからですか?」とお聞きすると、栃木県東部の真岡市から。

「今から出ますから十時半には着くと思います」とおっしゃるので、「早いな」と思ったら、北関東道が出来ておりました。

以前なら2時間近く掛かったところですが、今じゃ高速道路が開通したので、40分くらいで来てしまいます。

茨城の那珂湊からもお一人、栃木市からはご家族三人。

三女も東京から帰ってきて、菊地さんもいらっしゃり、足利からは田尾さんご夫妻が御来店。

なんとも賑やかな日曜日となりました。

暖かくなりますと人も動き出すようで、ようやく春が来た感じがしますね。

2011年2月19日 (土)

しもつかれ

栃木、群馬、茨城、埼玉の一部に昔からある料理に、「しもつかれ」というのがある。

私は栃木県生まれの栃木県育ちだけれど、食べたことも聞いたこともなかった。

この料理は、栃木県中央部から、群馬、茨城、埼玉に抜ける帯状の地域にある料理らしい。

つまり、
栃木県の東部と西部には無いのです。

 
ご近所で、大田原出身の磯さんが、これを分けてくださった。

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磯さんには、親父殿の工房の時代からお世話になっているけれど、まるで姉様のように助けてくれるけれど、いかな磯さんと云えどもこれは食べられません。

食わず嫌いな訳じゃありませんよ。

 
大田原は黒羽も合併しました。

そには那珂川という川が流れていて、鮭も上がってくる。

そんな影響もあるのでしょうが、新巻の頭がはいっています。

これも駄目だな。

 
まあ、我が家にはこれが大好きという人がいるから、めでたしめでたしだ(^^)/

2011年2月18日 (金)

政権交代

このブログでは、政治の話しを極力しないように心がけております。

日本は民主主義だし、言論の自由もありますけれど、その影響というのは、経験上、成熟していないように思えるからです。

 
それにしても、世は不景気です。特に、消費の世界は酷いな。これは、国民の豊かな暮らしを守るという、政治の目的がなされていないと云うこと。

領土問題も、尖閣・北方領土など、日本を傷つけている。朝鮮半島情勢も中共の軍備拡大も、日本の安全保障を脅かしている。これも、国民の安全を守るという、政治の大目的がなされていないからだ。

エジプトの政変の時、邦人救出のために政府は何をしたか。チャーター便を出してその費用を利用者から調達するらしい。これでは安心して海外にも行けません。

 
そんな中で、民主党の衆議院議員16名が、新しい会派を立ち上げるという。

気持ちは分かるな。

民主党の支持率がこれだけ下がれば、彼らに明日はない。

しかし、国を考えれば、そんなことをしている秋(とき)なのだろうか。

小沢さんも菅さんも、あるのは政局と保身であって、国と国民が無いように思われる。

彼らが何故政治家となり、何をしようとしているのかと云う、政治の目的が見えませんね。
 
 
政権交代というのは、政治的目的ではなく手段でありましょう。

民主党は、手段を目的として選挙を戦い、多くの国民はそれを支持した。

その結果が、今。

 
国の安全を守り、国民が豊かに安心して暮らせる社会にするための手段としての政権交代なら、今なされるべきだと私は考えますね。

小泉さんは予言者のように、「民主党に一度やらせたらよい。そうすれば、国民も民主党も政治が分かるだろう」といった。

そのようになったのかもしれない。

しかし、国と国民の負った傷は深い。


2011年2月17日 (木)

手入れ

さあ、染めよう!と意気込んで藍甕の蓋を開けると、今日は色が出ていません。

無いと言うことはないはずなので、手入れを致しますと、しっかりと出て来たので、藍染めは明日に持ち越しだ。

 
ちょうどその時、高橋さん達がいらした。

灰汁に黒砂糖を溶くときに、私がじっと考え込んでいるのを見て不思議そうでしたが、あれは、藍がどの位黒砂糖を欲しがっているかを考えていたんです。

次に嵩上げと、今日は手入れで終わってしまった。

 
灰汁を採る灰が足りなくなってきました。

明日は息子に、篩ってもらうことにします。

何もかも一人というのは、体力が持ちませんのでね。

2011年2月16日 (水)

嵩上げ

嵩上げの一日でした。

灰汁を温め、また灰汁を採り、灰汁を甕に入れて行く作業です。

醗酵の具合がまことによろしい。
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冬ですから、ゆっくりと醗酵させております。

2011年2月15日 (火)

休憩

寒くて身体が動きません。

ちょっと、疲れもある。

午前中は、全くの休みにしました。

 
午後は、インターネット販売について、専門家とミーティング。

素晴らしい示唆を与えられたと思います。

これが成功すれば、紺邑は生まれ変わると云うくらいな物だ。

無駄な行動はないと、実感しましたが、それが何かは追々に・・・。

 
夕方、支払いに回っていると、偶然、ジョギングしている伯父に会った。

大正12年生まれで、矍鑠たるもの。

英語の教師ひと筋で、マラソン先生で有名。

私の父親の兄だけれど、そっくり。

父が死んだ後しばらくして、宇都宮の催事に出ていたら、お客様が真剣な顔で「この間浅草で、お父様に会ったわよ。ニコニコしながら歩いていたの」とおっしゃった。それは、この伯父のことだったんです。

久しぶりに話が出来ました。

2011年2月14日 (月)

宇都宮最終日

佐野市長が、表敬訪問して下さいました。

出展者全員をご紹介しましたが、中には親しい方々もいらしたようです。

百貨店側の役員も、全員来て下さった。ありがたい。

様々に成果もあった5日間でしたね。

 
午後四時過ぎに無事終了。

みんなで協力して片付け、午後5時半に撤収完了。

アート街道66展は、「いっ展べぇ」というイベントに参加しますが、またお知らせいたします。

参加者の皆さん、御来店いただいた方々に、深謝m(_ _)m

2011年2月12日 (土)

アート街道66展 at東武宇都宮百貨店 3日目

雪がどうなるかと思いましたが、朝起きるとそれ程でもなく、路面も氷っておりませんで、なんとか宇都宮到着。

土曜日で出足は鈍く、それが最後まで続いてしまった感じでした。

 
それでも私は、佐野市役所の方がプライベートで来てくれたり、このブログを見て、大石さんや加藤さんも来て下さり、東京からも農業のお話しでわざわざ来て下さった人もいたり、茨城からもお客様が入らしたりと、一日忙しく過ごさせていただきました。

 
毎日、佐野市役所田沼庁舎の駐車場で待ち合わせして、乗り合いで宇都宮に行っております。

夜八時過ぎに帰ってきて自分の車に乗り換え、いざ出発しようとしましたら、フロントガラスがコチコチに氷っていた。

やはり、寒いんですねぇ。

 
ただいま21時30分。

これから藍甕を嵩上げいたします。

でも、寒いなぁ~(´;ω;`)ウウ・・・

2011年2月11日 (金)

アート街道66展 at東武宇都宮百貨店 2日目

雪が降り出した中を、宇都宮へ。

運転を頼んでいる「南山焼」の浦東さんは、新潟で陶芸をしていたので慣れたもの。

私たちも安心して身を任せておりました。

 
宇都宮も雪。

どうなるかと思いましたが、開店前から行列が出来た。

ドーナツを買うお客様だそうな。

担当の酒見君が、しみじみと「ありがたいですね」と云っていましたが、全くだな。

 
佐野からも雪の中、沢山の方々が入らしてくださった。

紺邑では、大田原のお客様がウールケープのフード付きをお買い求め下さって、一人前の売上げとなった。

望外の喜びでありますね。

 
本日も作家の紹介。

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田中雅史君。

閑馬の土で窯を作り、閑馬の土で物作りをしています。

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木工の谷中眞二さん。

木のおもちゃが特徴的で、全てがかわいらしいけれど、本人は親父ギャグを発する厳つい男で、そのギャップがまた面白い。

 

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染めと織りの日野初江さん。

真綿を紡ぎ、草木で染め、手織りをなさっています。

宇都宮にもお弟子さんがいて、一日賑わっています。

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花手芸、遠藤紀子さんのコサージュ。

こういうディスプレーは、男には出来ませんね。

文字通り、会場に花を添えておりますね。

 

2011年2月10日 (木)

アート街道66展 at東武宇都宮百貨店 初日

東武宇都宮百貨店5階イベントプラザの「アート街道66展 佐野に集う作家達」が始まりました。

昨日は雪が降りましたが、無事準備終了。

今朝は、皆さん乗り合いで宇都宮に。

無事開始、無事終了。

皆さん、慣れない百貨店のお仕事を、一生懸命なさっていました。

期待されてもいなかったであろう売上も、まあまあだったろうと思います。

佐野市からも観光立市室室長に来ていただいた。

 
さて、メンバーを紹介して行きたいと思います。

佐野市は、岩槻市と並んで人形の一大産地です。
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現代の名工、吉貞人形工房の吉田吉貞さんの作品群。

拝見して驚いた事が二つある。

一つは素晴らしい姿形。一つは値段の安さ。

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鍾馗様が四体。おいくらだと思うだろうか。

私の知る限りだけれど、普通の半値だな。

吉田さんは、「卸を辞めて、全て店での直販にしました。そうすれば、安くお客様に提供できますからね」とおっしゃる。

流通に乗ると、20万円の品が40万円になる。

お客様が40万円払えるのなら、流通に乗らない40万円の作品を作りたいのだそうです。

職人として尊敬しますね。

店長にもご紹介しましたが、百貨店として、こういう作品を取り上げるべきだと申し上げた。ご同意いただいたように思います。


2011年2月 9日 (水)

血筋

ただいま足利市民センターで、「藍染展~紺邑・大川公一の世界~」という展示会をしております。

私の父の時代から、栃木県足利市の藍染めと云えば大川だし、テレビ局が足利を取材すれば、必ず親父殿が出ていたくらいですから、割合名が売れておりました。

そう言うわけだし、様々な理由で、父同様に足利では、「大川公一」という私の名前が商品名のようにもなっている面もあるのです。

 
さて、私の祖父は戦後直ぐ、栃木県繊維工業試験場長をしておりました。

その業績の最たるものは、トーションレースを創業し、地場産業に育てたと云うことですが、藍染めの研究もしていたといいます。

 
足利で展示会を致しますと、色々な人がお訪ねになって下さる。

繊維工業試験場で祖父の部下だった方が来て下さった。

頃は昭和20年代半ば。

 
祖父はその方に、藍染めの研究を命じたと云います。

先ず手始めに、徳島県に行かされた。

しかし当時、徳島県には藍染めがなく、全く解らないまま帰ってきたと云います。

それが、戦後の藍染めの実体です。

それから様々に研究なさったらしい。

それもそのはずで、その方は群馬大学の染色科ご出身だ。

 
私が藍染めをしているのは、やはり、必然だという気がしますね。

 
祖父には、所謂文化人の風情があった。

その方に寄りますと、当時は、祖父や益子焼の浜田省吾さんや藍染めの日下田さんなどが集まり、論断風発、楽しんで入らしたとのこと。

それも、蕎麦の一茶庵で、先代片倉さんの打った蕎麦を食しながらというのですから、贅沢な時間であったことでしょうね。

 
私もお陰で、片倉さんの打った一茶庵の蕎麦で育ったし、少しその雰囲気を覚えております。

2011年2月 8日 (火)

嵩上げ

藍を踏んでよく練り寝かせた後は、灰汁を足して嵩上げしてゆきます。

灰汁は、いっぺんに沢山取れるわけではありませんから、少しずつだ。

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見た感じでは、発酵が進み色が出ておりますね。

ここで安心して嵩上げしすぎますと、突然醗酵が止まり、色もなくなる。

ここは焦らずにゆっくりと嵩上げすることが大切。


2011年2月 7日 (月)

踏み練り

一晩、灰汁に浸けた藍を、踏んで錬ります。
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写真は息子。
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20年前は、私の役割でもあった。

「どんな感じだ」と聞くと、「やわらかい」と云う返事。

灰汁で浸すときに、棒で突っつくという作業のお陰です。

 
その横で、私は藍染めに励んだ一日でありました。


2011年2月 6日 (日)

藍建て 続き

藍染めの材料です。

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灰、すくも、貝灰、フスマ、黒砂糖

使うのはこれだけ。

灰は篩(ふる)ってから、灰汁を取ります。

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一昨日取っておいたもので、この他に屋外にもあります。

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建てる甕の側にすくもを持ってきましたが、本日は私一人。約60㎏はちと重かったな。

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腰をやられないように、まるで重量挙げだ。

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甕の底一杯に広がっておりますが、ちょうど良い感じだな。

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ほぼ熱湯に近く温めた灰汁を足した後の様子です。

優れたすくも(藍玉)に、良い灰から質の良い水で取った灰汁を足すと、もうこれだけで藍が喜んでいるのが解ります。良い匂いが直ぐにし出しました。

長い棒で突っつき、灰汁を馴染ませ、温めながら寝かせます。

明日は「踏み練り」だ。

2011年2月 5日 (土)

藍建て

藍を建てるには、まずは藍甕を空にしなければならない。

幅150㎝、奥行き50㎝、深さ150㎝の大甕を空にするのは一苦労です。

 
親父殿の工房では、バキュームカーを頼んでおりました。これは楽だけれど、お金も掛かるし、多分断られたと記憶してます。

紺邑では始め、バケツで掻き出しておりましたが、これでは身体が持ちません。

そこで、ポンプを使っております。

幸い、庭が広いものですから、穴を掘ってそこに捨てております。

 
しかし、勿体ないと思うのは、紺邑が捨てている藍の液は、とても良い肥料になると思うのでありますよ。

ナスの畑にすくもをまいた人の畑は、素晴らしい実りだったですからね。

その内、再利用が出来るようになりたいと思っております。

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最後に掻き出しおります。

使っているのは、ちりとり。見えなくてすみません(^_^;)

2011年2月 3日 (木)

節分

新年を我が家では、節分で開けることにしております。

昨年は、古峯神社に初詣に行きましたが、今年は時間がない。

そこで今日は、両親と母方のお墓にお参りし、田沼の一瓶塚稲荷神社(いっぺいづかじんじゃ)にお参りして参りました。

写真を取り忘れたので、人のブログで紹介させていただきますが、田沼町のどまんなかにあります。

由緒正しき稲荷神社ですし、「アート街道66」というネットワークを作り、旧田沼地区で活動していますので、ここにお参りするのは当然のことでしょう。

 
午後は会議。

これが夕方過ぎまで続き、その間、灰汁作りを息子が一生懸命励んでおりました。

明日は、藍建てを致します。


2011年2月 2日 (水)

藤布

日本には「綿」の文化はありませんでした。

綿は、秀吉以降です。

絹織物は、高貴な方々が着る物。

庶民は何を着ていたかと言えば、麻や木の皮を繊維にしたもので機を織っていたのですね。

それを「古代布」と云いますが、芭蕉布、葛布、しな布がお馴染みだと思う。

そこに、藤の蔓を繊維にして織る、藤布(ふじふ)という古代布が登場してきた。

 
藤布は、日本では滅びたとおもわれていたのですが、昭和37年、京都府教育委員会の民俗資料調査により、 丹後町袖志の海岸で 藤布がスマ袋として発見され、丹後半島の上世屋地域で藤布の生産がされている事が確認されたと云います。

その技術を受け継ぎ、藤織りをなさっているのが小石原将夫さん。

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笑顔がすてきだけれど、この人はいつでもこのまま。

私よりも2歳年上。

私に比べれば、それはそれは人格者です。
 

藤布が出来るまでの行程は、ホームページをご参考頂くとして、それは他の古代布に共通しているかもしれません。

特に面白いと思ったのは、灰汁で藤を焚くことです。そうすることによって初めて藤の蔓が繊維となるのです。

灰の文化は、ここにもありました。

日本ではつい最近まで息づいていたし、文化と伝統を守ろうとする我々には、灰は欠かせないものだ。

 
藤布は丈夫ですから、実生活の中で使われてきた。

小石原さんはそれを、帯びに織っている。

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しな布と同じで、素朴で味わい深い趣があります。

 
催事に出てきても、朝から晩まで藤を糸にする作業に没頭していらっしゃいます。

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藤の蔓を絡み合わせて繊維にして機で織るわけですから、この作業は欠かせません。

以前は、丹後半島の上世屋地域で技術を受け継いできた女性達に頼んでいたのですが、皆さん亡くなったりご高齢になったりで、ご自分でやらなくてはならなくなったというわけです。

根気の要る作業を、淡々となさっている。

そして、いつも笑顔を絶やさない人だ。

 
ホームページのトップに、足利フラワーパークの藤棚が出て来る。

閑馬の紺邑から、車で20分くらいのところだ。

縁を感じさせますな。

2011年2月 1日 (火)

大舘曲げわっぱ

民謡「秋田音頭」はご存じだろうか。

その歌詞の中に「秋田名物八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ(アーソレソレ)能代春慶、桧山納豆、大館曲げわっぱ」とある。

今回は、秋田名物「大舘曲げわっぱ」の職人をご紹介したい。

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伝統工芸師九嶋郁夫さん。

 
ある日ある時ある百貨店から、大舘曲げわっぱの職人を紹介して欲しいという話しがあった。

催事に出展している職人は限られていて、彼らは業界なら誰でもが知っている人たちだし、私も全員親しい。

この時は、新鮮さが欲しかったので、どなたか違う人を探してみた。

そこで、このブログではお馴染みのイタヤ工芸の菅原さんに聞いてみたら、「本当の職人なら久嶋さんしかいねぇな」とおっしゃるので、「じゃぁ、紹介して下さい」と頼んでみた。

「だけんどもよぉ、なにしゃべってるかわかんねぇかもしれねぇよ」と、なにしゃべっているのか良く分からない菅原さんが言う。

こりゃ大変だと思いつつ電話してみると、なるほど解らない。

なんとか頑張ってお話しして、出展していただくことになった。

 
さて、当日ご挨拶にうかがうと、やはり何しゃべっているのか良く分からない。

それでもなんとか会話が成り立った。

作品というか商品は、素朴で衒いがなく、値付けも真っ正直で、久嶋さんの人柄そのもののように感じました。

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紹介者の私は大満足で、菅原さんに感謝です。

 
催事の何日か目に、会場に久嶋さんの姿が見えない。

お姉様だか妹さんだか解りませんが、女性が入らしたのでお聞きすると、叙勲の為に宮中に上がっているとおっしゃる。

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職人としては名誉なことなんでしょうが、宮中からお帰りになった久嶋さんは、淡々と仕事をなさっていました。


その後、ブラシ屋の旦那にも企画の小山さんにもご紹介すると、いつの間にか日本橋三越の「匠の技展」にも出展なさっていて、最近は色々な催事でご一緒するようになりました。

 
久嶋さんの実演の特長は、本当の物作りを現場でしている点にあります。

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道具を持ち込み、その場で作ったものを商品として売る。

売れるくらいだから、修理も引き受ける。

それが他の人のものだろうとなんだろうと、無料でです。

「そうするとねよ、お客はただではかえらねぇからねよ、なんか買ってくれるのさ」という意味のことをおっしゃっていましたね(^_^;)

そして、「年取ってきて、仕事が楽しくて仕方なくなってきた。大川さんはそう云うことはないか?若い頃より今の方が良いな」ともおっしゃる。

職人の先輩の言葉として、素晴らしいですねぇ。
 
 
写真に取り忘れましたが、ブドウつる細工の戸田寒風さんとは、会話に支障が無く話しをしている。

仙台のお客様も、同じだ。

やはり、東北の人は凄い!って、当たり前ですな。


久嶋さんを詳しく紹介しているブログがありました。

ご興味ある方は、こちらもご覧下さいませ。

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