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2011年2月

2011年2月28日 (月)

熊本最終日

どうも勘違いしていて、6日催事でした。

天草から永野さんとお母様、木工作家の甲斐さん達も来ていただき、無事終了。

しかし、「明日来る」とおっしゃったお客様には、振られてしまいました。

 
成績は、まあまあでしょう。

少なくとも、昨年よりは良かった。

 
今回は、懇親会以外は、誰ともお付き合しませんでした。

来年はその余裕が欲しいところですが、いかがなりますやら。


担当の白石君もご苦労様でした。

彼女の情熱で、持っているようなところがあるな。

また、来年(^^)/

2011年2月27日 (日)

熊本土・日曜日

パソコンが調子悪くなって、土曜日は書けず。


さて土曜日。

結果は、待ち人来たらず。

日曜日に期待しましょう。

 
それでも、ボツボツと売上は出来たが、とても満足というわけには行きませんでした。


 
日曜日。

やはり、待ち人来たらず。

明日に期待しましょう。

 
どうも、お客様がなかなかお買い物をしてくださらない。

でも、会場内では大きなものが売れている気配がする。

紺邑が目が開いたのは、15時過ぎという体たらく。


終了間際、イタヤ細工の菅原さんに鯖寿司をご馳走になったら、お腹が一杯になって夕飯がいら無くなっちゃった。

ホテルに帰ってきて、ブログを書いております。

2011年2月25日 (金)

熊本3日目

考えてみたら、去年は冬季オリンピックがあった。

印傳の前川の売場で、携帯をつないで浅田真央を見たものだ。

そして金曜日は、最低の成績だった。

 
その金曜日。

朝礼で、「熊本のお客様は、『また来る』と言えば絶対にまた来て下さいます」と部長がおっしゃった。


ウール・ケープをご試着のお客様。

「気に入ったけど、後は、どう買うかと言うことだけなのよね」と、じっと考え込んでしまった。

「一日考えて明日来るから、取っておいて」と言い残してお帰りになった。

さて、どうなりますやら。

 
通称「トクちゃん」というご常連から、正絹の反物の染めを頼まれた。

ある藍染めの先生に「無地に染めて」と依頼したら、「そんな無理を俺に頼むんじゃない」と断られたもの。

斑の出やすい藍染めで、無地は難しいということなんでしょう。

ましてや正絹だ。

それを聞いたら、ムラムラと闘争心が出て、引き受けてしまいました。

 
そんなこんなを合わせると、昨年に比べればたいした成績だ。


後は、あのお客様が戻って来て下さるかどうかだな。

2011年2月24日 (木)

熊本2日目

熊本は暖かい。

去年はどうだったかな?と想い出すと、やはり暖かかったと、記憶力のある贄田師匠がおっしゃっておりました。

ところが、私は風邪気味。

寒気がして、一人でコートを着て仕事をしておりました。

 
熊本には、鶴屋の他に阪神百貨店があった。

これが「県民百貨店」と名を変え、昨日オープンしたらしい。

ニュースに寄れば、1,000人もの人が開店前に並んだとか。

そんな逆風にもめげず、全体は良い成績だと言います。

 
本日は恒例の懇親会。

百貨店の人たちも、上機嫌。

和気藹々で、楽しい一時を過ごさせていただきました。

 
そう言えば、懇親会をやる百貨店催事が少なくなって参りました。

鶴屋以外では、私が知る限りですが、東武宇都宮と近鉄上本町くらいだな。

 
寒いので、焼酎のお湯割りで身体を温めて来た。

後は、寝るだけだzzz

2011年2月23日 (水)

熊本初日

朝六時から準備が出来るという。

5時半には起きましたが、準備の準備をする内に遅くなり、7時近くに出社。

皆さん盛んに準備中で、この催事でなければ会わない人たちとは一年ぶり。

懐かしくご挨拶させていただいた。

 

泊まっているホテルは朝食付きで、それが充実し、鶴屋からも近いという理由で選びました。

朝の7時半からなので、準備が一段落した8時半にホテルに帰り、朝飯を頂いた。

美味しかったなぁ~。

  
さて、準備万端催事が始まりしたが、紺邑は昨年に比べて商品が充実しております。
 
20110223115125 私もそれなりに、心構えが出来ている。

 

朝一番、「昨年から気になっていて、ここを目指してきたの」というお客様がいらして、あっという間に目が開いた。

最近では、こういうことは久しぶりです。

紺邑のウール・ジャケットをお召しの方もいらっしゃり、新作の手織り綿のチュニックやら、今回チラシに載っているオーガニックコットンストールが何枚か出て、お取り置きや外商回しを入れれば、良い出足です。


夕飯はデパ地下でお弁当。

近くのスーパーで、お惣菜やタマゴやお酒を買ってきてこれまた準備万端。

 
一週間、熊本の皆様にはお世話になります。

2011年2月22日 (火)

熊本

熊本に来ております。

明日から熊本鶴屋百貨店で開催される、「第9回 職人の技展」に出展するためです。


朝、時間に余裕を持って佐野新都市バスターミナルへと出発。

Y字路を、近道だと思う左へ折れると、目の前を走る車が、時速40キロの道を35キロ以下で走る。

狭い道だし、追い越し禁止だから、仕方なくその後を行くしかありません。


お陰でギリギリの時間にバスターミナルに着くと、まだバスの姿が見える。

広い駐車場を急いで待合いまで走ると、着いたと思った途端にバスは走り出し、乗り遅れとなりました。

 
どうしようかと思い、携帯で時刻表を調べると、群馬県館林市から東武線に乗るのが一番早い。

館林→北千住→秋葉原→浜松町→羽田空港という経由で、待ち合わせ時間の15分遅れで到着。

無事熊本に着いたという一日でありました。

2011年2月21日 (月)

運気

私の仕事は、先ずは染めることが本業で本文。

それだけじゃ生きていけませんので、社長業というのもある。

今日は、その両方をこなしました。

 
浮き世はままならないことが多い。

それは誰も一緒でしょうから、当たり前の努力はしなきゃなりませんが、今年に入って、運気が上向いているという感じがします。

様々に、良い出会いがあるのです。

60年も生きてきたのですから、こういう事もあるのでしょう。

 
暦を見ますと、私の年回りは「運気は躍動期に入り、問題山積みだった環境にも徐々に光が差して活気の出て来る年」なんだそうです。

信じることにしましょう(^^)/

2011年2月20日 (日)

春が来た

暖かな日曜日。

染め日和ですが、日曜日はやはり始動が遅くなります。

十時前に「これからそちらに伺います」と、お客様から電話が入った。

「どちらからですか?」とお聞きすると、栃木県東部の真岡市から。

「今から出ますから十時半には着くと思います」とおっしゃるので、「早いな」と思ったら、北関東道が出来ておりました。

以前なら2時間近く掛かったところですが、今じゃ高速道路が開通したので、40分くらいで来てしまいます。

茨城の那珂湊からもお一人、栃木市からはご家族三人。

三女も東京から帰ってきて、菊地さんもいらっしゃり、足利からは田尾さんご夫妻が御来店。

なんとも賑やかな日曜日となりました。

暖かくなりますと人も動き出すようで、ようやく春が来た感じがしますね。

2011年2月19日 (土)

しもつかれ

栃木、群馬、茨城、埼玉の一部に昔からある料理に、「しもつかれ」というのがある。

私は栃木県生まれの栃木県育ちだけれど、食べたことも聞いたこともなかった。

この料理は、栃木県中央部から、群馬、茨城、埼玉に抜ける帯状の地域にある料理らしい。

つまり、
栃木県の東部と西部には無いのです。

 
ご近所で、大田原出身の磯さんが、これを分けてくださった。

20110218201414

磯さんには、親父殿の工房の時代からお世話になっているけれど、まるで姉様のように助けてくれるけれど、いかな磯さんと云えどもこれは食べられません。

食わず嫌いな訳じゃありませんよ。

 
大田原は黒羽も合併しました。

そには那珂川という川が流れていて、鮭も上がってくる。

そんな影響もあるのでしょうが、新巻の頭がはいっています。

これも駄目だな。

 
まあ、我が家にはこれが大好きという人がいるから、めでたしめでたしだ(^^)/

2011年2月18日 (金)

政権交代

このブログでは、政治の話しを極力しないように心がけております。

日本は民主主義だし、言論の自由もありますけれど、その影響というのは、経験上、成熟していないように思えるからです。

 
それにしても、世は不景気です。特に、消費の世界は酷いな。これは、国民の豊かな暮らしを守るという、政治の目的がなされていないと云うこと。

領土問題も、尖閣・北方領土など、日本を傷つけている。朝鮮半島情勢も中共の軍備拡大も、日本の安全保障を脅かしている。これも、国民の安全を守るという、政治の大目的がなされていないからだ。

エジプトの政変の時、邦人救出のために政府は何をしたか。チャーター便を出してその費用を利用者から調達するらしい。これでは安心して海外にも行けません。

 
そんな中で、民主党の衆議院議員16名が、新しい会派を立ち上げるという。

気持ちは分かるな。

民主党の支持率がこれだけ下がれば、彼らに明日はない。

しかし、国を考えれば、そんなことをしている秋(とき)なのだろうか。

小沢さんも菅さんも、あるのは政局と保身であって、国と国民が無いように思われる。

彼らが何故政治家となり、何をしようとしているのかと云う、政治の目的が見えませんね。
 
 
政権交代というのは、政治的目的ではなく手段でありましょう。

民主党は、手段を目的として選挙を戦い、多くの国民はそれを支持した。

その結果が、今。

 
国の安全を守り、国民が豊かに安心して暮らせる社会にするための手段としての政権交代なら、今なされるべきだと私は考えますね。

小泉さんは予言者のように、「民主党に一度やらせたらよい。そうすれば、国民も民主党も政治が分かるだろう」といった。

そのようになったのかもしれない。

しかし、国と国民の負った傷は深い。


2011年2月16日 (水)

嵩上げ

嵩上げの一日でした。

灰汁を温め、また灰汁を採り、灰汁を甕に入れて行く作業です。

醗酵の具合がまことによろしい。
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冬ですから、ゆっくりと醗酵させております。

2011年2月15日 (火)

休憩

寒くて身体が動きません。

ちょっと、疲れもある。

午前中は、全くの休みにしました。

 
午後は、インターネット販売について、専門家とミーティング。

素晴らしい示唆を与えられたと思います。

これが成功すれば、紺邑は生まれ変わると云うくらいな物だ。

無駄な行動はないと、実感しましたが、それが何かは追々に・・・。

 
夕方、支払いに回っていると、偶然、ジョギングしている伯父に会った。

大正12年生まれで、矍鑠たるもの。

英語の教師ひと筋で、マラソン先生で有名。

私の父親の兄だけれど、そっくり。

父が死んだ後しばらくして、宇都宮の催事に出ていたら、お客様が真剣な顔で「この間浅草で、お父様に会ったわよ。ニコニコしながら歩いていたの」とおっしゃった。それは、この伯父のことだったんです。

久しぶりに話が出来ました。

2011年2月 9日 (水)

血筋 小此木さんのことなど

ただいま足利市民センターで、「藍染展~紺邑・大川公一の世界~」という展示会をしております。

私の父の時代から、栃木県足利市の藍染めと云えば大川だし、テレビ局が足利を取材すれば、必ず親父殿が出ていたくらいですから、割合名が売れておりました。

そう言うわけだし、様々な理由で、父同様に足利では、「大川公一」という私の名前が商品名のようにもなっている面もあるのです。

 
さて、私の祖父は戦後直ぐ、栃木県繊維工業試験場長をしておりました。

その業績の最たるものは、トーションレースを創業し、地場産業に育てたと云うことですが、藍染めの研究もしていたといいます。

 
足利で展示会を致しますと、色々な人がお訪ねになって下さる。

繊維工業試験場で祖父の部下だった小此木さんが来て下さった。

頃は昭和20年代初め。

 
祖父はその方に、藍染めの研究を命じたと云います。

先ず手始めに、徳島県に行かされた。

しかし当時、徳島県には藍染めがなく、全く解らないまま帰ってきたと云います。

それが、戦後の藍染めの実体です。

それから様々に研究なさったらしい。

それもそのはずで、その方は群馬大学の染色科ご出身だ。

 
私が藍染めをしているのは、やはり、必然だという気がしますね。

 
祖父には、所謂文化人の風情があった。

その方に寄りますと、当時は、祖父や益子焼の浜田省吾さんや藍染めの日下田さんなどが集まり、論断風発、楽しんで入らしたとのこと。

それも、蕎麦の一茶庵で、先代片倉さんの打った蕎麦を食しながらというのですから、贅沢な時間であったことでしょうね。

 
私もお陰で、片倉さんの打った一茶庵の蕎麦で育ったし、少しその雰囲気を覚えております。

2011年2月 3日 (木)

節分

新年を我が家では、節分で開けることにしております。

昨年は、古峯神社に初詣に行きましたが、今年は時間がない。

そこで今日は、両親と母方のお墓にお参りし、田沼の一瓶塚稲荷神社(いっぺいづかじんじゃ)にお参りして参りました。

写真を取り忘れたので、人のブログで紹介させていただきますが、田沼町のどまんなかにあります。

由緒正しき稲荷神社ですし、「アート街道66」というネットワークを作り、旧田沼地区で活動していますので、ここにお参りするのは当然のことでしょう。

 
午後は会議。

これが夕方過ぎまで続き、その間、灰汁作りを息子が一生懸命励んでおりました。

明日は、藍建てを致します。


2011年2月 2日 (水)

藤布

日本には「綿」の文化はありませんでした。

綿は、秀吉以降です。

絹織物は、高貴な方々が着る物。

庶民は何を着ていたかと言えば、麻や木の皮を繊維にしたもので機を織っていたのですね。

それを「古代布」と云いますが、芭蕉布、葛布、しな布がお馴染みだと思う。

そこに、藤の蔓を繊維にして織る、藤布(ふじふ)という古代布が登場してきた。

 
藤布は、日本では滅びたとおもわれていたのですが、昭和37年、京都府教育委員会の民俗資料調査により、 丹後町袖志の海岸で 藤布がスマ袋として発見され、丹後半島の上世屋地域で藤布の生産がされている事が確認されたと云います。

その技術を受け継ぎ、藤織りをなさっているのが小石原将夫さん。

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笑顔がすてきだけれど、この人はいつでもこのまま。

私よりも2歳年上。

私に比べれば、それはそれは人格者です。
 

藤布が出来るまでの行程は、ホームページをご参考頂くとして、それは他の古代布に共通しているかもしれません。

特に面白いと思ったのは、灰汁で藤を焚くことです。そうすることによって初めて藤の蔓が繊維となるのです。

灰の文化は、ここにもありました。

日本ではつい最近まで息づいていたし、文化と伝統を守ろうとする我々には、灰は欠かせないものだ。

 
藤布は丈夫ですから、実生活の中で使われてきた。

小石原さんはそれを、帯びに織っている。

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しな布と同じで、素朴で味わい深い趣があります。

 
催事に出てきても、朝から晩まで藤を糸にする作業に没頭していらっしゃいます。

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藤の蔓を絡み合わせて繊維にして機で織るわけですから、この作業は欠かせません。

以前は、丹後半島の上世屋地域で技術を受け継いできた女性達に頼んでいたのですが、皆さん亡くなったりご高齢になったりで、ご自分でやらなくてはならなくなったというわけです。

根気の要る作業を、淡々となさっている。

そして、いつも笑顔を絶やさない人だ。

 
ホームページのトップに、足利フラワーパークの藤棚が出て来る。

閑馬の紺邑から、車で20分くらいのところだ。

縁を感じさせますな。

2011年2月 1日 (火)

大舘曲げわっぱ

民謡「秋田音頭」はご存じだろうか。

その歌詞の中に「秋田名物八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ(アーソレソレ)能代春慶、桧山納豆、大館曲げわっぱ」とある。

今回は、秋田名物「大舘曲げわっぱ」の職人をご紹介したい。

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伝統工芸師九嶋郁夫さん。

 
ある日ある時ある百貨店から、大舘曲げわっぱの職人を紹介して欲しいという話しがあった。

催事に出展している職人は限られていて、彼らは業界なら誰でもが知っている人たちだし、私も全員親しい。

この時は、新鮮さが欲しかったので、どなたか違う人を探してみた。

そこで、このブログではお馴染みのイタヤ工芸の菅原さんに聞いてみたら、「本当の職人なら久嶋さんしかいねぇな」とおっしゃるので、「じゃぁ、紹介して下さい」と頼んでみた。

「だけんどもよぉ、なにしゃべってるかわかんねぇかもしれねぇよ」と、なにしゃべっているのか良く分からない菅原さんが言う。

こりゃ大変だと思いつつ電話してみると、なるほど解らない。

なんとか頑張ってお話しして、出展していただくことになった。

 
さて、当日ご挨拶にうかがうと、やはり何しゃべっているのか良く分からない。

それでもなんとか会話が成り立った。

作品というか商品は、素朴で衒いがなく、値付けも真っ正直で、久嶋さんの人柄そのもののように感じました。

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紹介者の私は大満足で、菅原さんに感謝です。

 
催事の何日か目に、会場に久嶋さんの姿が見えない。

お姉様だか妹さんだか解りませんが、女性が入らしたのでお聞きすると、叙勲の為に宮中に上がっているとおっしゃる。

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職人としては名誉なことなんでしょうが、宮中からお帰りになった久嶋さんは、淡々と仕事をなさっていました。


その後、ブラシ屋の旦那にも企画の小山さんにもご紹介すると、いつの間にか日本橋三越の「匠の技展」にも出展なさっていて、最近は色々な催事でご一緒するようになりました。

 
久嶋さんの実演の特長は、本当の物作りを現場でしている点にあります。

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道具を持ち込み、その場で作ったものを商品として売る。

売れるくらいだから、修理も引き受ける。

それが他の人のものだろうとなんだろうと、無料でです。

「そうするとねよ、お客はただではかえらねぇからねよ、なんか買ってくれるのさ」という意味のことをおっしゃっていましたね(^_^;)

そして、「年取ってきて、仕事が楽しくて仕方なくなってきた。大川さんはそう云うことはないか?若い頃より今の方が良いな」ともおっしゃる。

職人の先輩の言葉として、素晴らしいですねぇ。
 
 
写真に取り忘れましたが、ブドウつる細工の戸田寒風さんとは、会話に支障が無く話しをしている。

仙台のお客様も、同じだ。

やはり、東北の人は凄い!って、当たり前ですな。


久嶋さんを詳しく紹介しているブログがありました。

ご興味ある方は、こちらもご覧下さいませ。

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