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2011年3月

2011年3月31日 (木)

染めただけ

一日中藍染め。

Tシャツ、広幅の綿地、ジャケットにズボンなどなど。

気がついたら、夜の8時。

クタクタでござりまするぅ~m(_ _)m

2011年3月30日 (水)

初老3人組

帰ってきても、浮き世は色々あります。

朝一番で銀行へ。

 

帰ってくると、高橋さんと中沢さんがいらしていた。

ご挨拶すると、「一緒に行ってくれるんですって」と高橋さん。

つまり、被災地へボランティアに一緒に行こうというわけです。

高橋さんは元中学校校長、中沢さんはサラリーマンをリタイア、私は染め師という初老3人組だ
 


何が出来るか調べてみると、我々が出来ることは限られております。

被災地に行って、こちらが怪我や病気になったら、かえってご迷惑を掛けますからね。
 


知り合いのいる、茨城に行くことにしました。

ところが、被害の大きかった北茨城は、未だに警察や自衛隊や消防の領域で、とてもじゃないが民間のボランティアが入れる状態ではないと言います。

ひたちなか市の石原さんに頼んでボランティア登録をしてもらい、要請があり次第出かけることにしました。

いわき市の鈴木さんはどうしているかと思い、メールをしました。

もし私たちに出来ることがあれば、出かけていこうと思ったのですが、山間にお住まいの鈴木さんは、比較的大丈夫の様子です。

「初老ですが、私を含めて3人ほど人が居ます。大きな四駆のリフト付で車いすが乗る車で参ります」とお伝えしたけれど、幸いなことに今は必要がないようでした。

 

お昼休みに、「我々は初老3人組ですね」と話すと「中老くらいじゃないの」と高橋さん。

そうかもしれませんね。

時間とご要望があれば、どこにでも行く覚悟です。

いやいや、皆さんに迷惑掛からない程度にです。

何せ、中老に近い初老3人組ですからね。

2011年3月29日 (火)

藤沢最終日

今回の藤沢は、諸般の事情でDMが出せませんでした。

震災もあり、計画停電もあり、買い控えも報道されておりますので、何も期待せず参りました。

終わってみると、「さすがですね」と担当の斉藤君に言われるくらい、何となく成績を上げさせていただいた。もちろん、全盛期にはほど遠いですけれどね。まあ、満足です。

小田急藤沢店自体も賑わっておりました。

お客様が遠くに行かずに、地元でお買い物を済ませたと言うこともあるかもしれません。


 
催事場では「匠の技展」の搬入が始まったらしい。

挨拶に行きますと、もちろん知り合いばかりだ。

「大川さんは、本当に顔が広いんですね」と、まだ業界を余り知らない斉藤君は言う。

そうじゃなくて、古いだけなんだけれどな。なんてね。


 
バスで帰ることにしました。

いつもは東京駅から乗るのですが、調べると、新宿駅からしか出ていません。

藤沢から東海道線に乗り、品川で山手線に乗り換えて新宿へ。

山手線、ラッシュのようでした。


無事帰宅(^^)/

2011年3月28日 (月)

藤沢6日目 ラーメン屋

暖かくなりました。

地球温暖化でしょうかね(笑)

 
さすがに月曜日は、土・日曜日ほどお客様が入りません。

紺邑は、こういう方が落ち着いてお話しできて良いようです。

ありがたい成績を上げさせていただいた。

皆さん、新規のお客様で、それがまたありがたい。

 
昨年書いたラーメン屋が、まだ健在かどうか見て参りました。

近くで行列をしていた横浜ラーメン屋は、そういう騒動はもう無いようで、お昼時にもかかわらず、誰も並んでいませんでした。

かのラーメン屋さんは、まだ健在!


自分のお昼をどうしようかと思いましたが、従業員食堂で今日も定食だ。

2011年3月27日 (日)

藤沢5日目 日曜日

今日も今日とて寒い。

地球温暖化を叫んでいた人達は、いまどうしているのでしょうか。

寒いときは何も語らず、熱くなれば温暖化を叫ぶとしたら、ご都合主義と言われても仕方ないと思うけれどな。温暖化とこの寒さの関係を、説明していただきたいものだ。

なんて思いながら、全く暖房の効いていない寒い寒い電車に1時間数十分ゆられて藤沢に到着。

ちょっと、田舎者の還暦を迎えた身には、つらくなってきました。


日曜日も、5階の売り場には一杯のお客様。

相変わらず、レジは大にぎわい。

他の百貨店の担当者から電話が入りましたが、やはり売り場は賑わっていると言います。

がんばれ日本!だ。

 
紺邑もボチボチで、成績に何の不服もありません。

しかし、余りの寒さに、ご近所に泊まることにいたしましたね。

2011年3月26日 (土)

藤沢4日目 土曜日

毎日寒い。土曜日も寒かった。

それでも小田急には、お客様が沢山ご来場。

レジは、人だかりです。

 
修理の依頼を受けました。

書類を作らなければいけませんが、そのお客様は、この売り場の簡易的な書類の作り方では納得なさいません。

「担当を読んで、確認をして欲しい」とおっしゃる。

別にクレームではないし、お客様の要望通りにしなければなりませんから、担当を呼びにレジへ行くと、「すみません、今いけません。ちょっとお時間ください」という。

なにか大きな引き物の注文を受けたらしく、包装で手一杯。

お客様にその旨お伝えすると、「いいわよ。待つわ」ということで、長い間おしゃべりさせていただいた。


ようやく手続き終了。

その間、1時間以上は優に経っておりましたね。


ご常連の鈴木さんもご来店。

昨年注文してくださったズボンをお渡ししました。

 
このお二人でも、十分な成績としましょう。

 

2011年3月25日 (金)

藤沢3日目 携帯

今日も今日とて寒い。

3月も終わりだというのに、暑さ寒さも彼岸までのはずなのに、こんな事は無いはずなのに寒い。

 
電車は相変わらず暖房なしだけれど、気まぐれに新聞を買って読んでいたので、少しは気が紛れました。

普段、ニュースは携帯で見ることにしております。

今朝は、新聞を読んだから見なかった。

そろそろ藤沢に着くぞと言うとき、ふと携帯はどうしたかな?と探ってみると、何処にもない。

どうも娘のところに置いてきてしまったようだ。


それからが大変。

この緊急時に、携帯がないというのは不安だけれど、連絡のつけようがない。

色々試して、夕方、娘が持ってきてくれることになった。


仕事はそれなりに忙しい一日。

気がつくと19時近い。

もう閉店だ。

また色々試して、藤沢の駅で受け取り、私は宴会に行っちゃった。

気がつくと、わざわざ持ってきてくれた娘を放りっぱなしだった。

親子とはいへ、こりゃ不味いことをしたなと後悔しきり。

優しい子だけれど、明日何かごちそうしなきゃいけませんな。

2011年3月24日 (木)

藤沢2日目

東京は、電車のダイヤがまだ正常ではないようです。

井の頭線で下北沢に出て小田急線に乗り換え、藤沢に行くというコースなのですが、行き当たりばったりにしようと、こうなったら気楽なもんです。

下北沢で小田原行きの急行に乗り、相模大野で各駅停車に乗り換え、無事10分前に到着。

困ったことは寒さですね。

井の頭線も小田急線も、暖房が入っておりません。


寒さと空腹で堪らず、暖かな駅蕎麦をかっ食らって売り場に入りました。

 
何故かレジが忙しい。

どうも、震災以来、ようやく店が落ち着いたのと、なにかセールをやっているかららしい。

紺邑は、やはりのんびりしたものです。

 
夕方、計画停電にひっかった。

ですから、ちょいと早引けをして帰って参りました。

 
寒くて風邪を引きそうな気配だな。

明日は、藤沢の近所に泊まろうかとも思っています。

2011年3月23日 (水)

藤沢初日

今日から、小田急百貨店藤沢店5階下りエスカレーター前の「匠の技」で、「紺邑正藍染展」が始まりました。

震災の計画停電で、昨日までバラバラの営業時間でしたが、今日から午前10時開店午後6時閉店という、短いけれどもちゃんとした時間が取れるようになったそうです。

会場は、さすがに暗いな。
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上部の蛍光灯が二本消灯しております。
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エスカレーターも同じです。
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初めは、スポットライトをつけるのも憚ったのですが、あまりにもくらいのでつけさせていただいております。


始まってみると、思わぬほどにお客様が沢山。

普段よりも、良いくらいです。

紺邑もウール・ケープが売れて、これで十分という成績でした。

今週は、何も期待していなかっただけに、びっくりしました。


 
東京を経由して、神奈川県藤沢市まで来たわけですが、街もくらい。

そして、電車に暖房が無く、寒い。

みんなが辛抱しているのが、良くわかります。


2011年3月22日 (火)

いわき市

茨城県いわき市の惨状が、今朝、テレビで流れておりました。

紺邑には、鈴木さんというお客様がいらっしゃる。小島人形では「鍾馗様」を買って下さった。


お正月の日本橋三越でお会いしたけれど、今度の震災では被災されたことだろうと案じておりました。

しかし、こちらから安否を尋ねたりしたら、ご迷惑かも知れないと話しておりましたら、今朝、このブログをお読みになってメールが入り、無事を確認できました。

無事とはいえ、ライフライン全てが復活しているわけではなく、ご苦労が読み取れます。


閑馬の隣町の佐野市山形町では、公民館で被災者受け入れの準備をしています。

お風呂も入れます。

20名ほどですが、利用しては如何でしょうか。


info@kon-yu.com

こちらにメール下さい。

または、0283-65-8884 紺邑 大川

こちらに、お電話下さい。

2011年3月21日 (月)

被災者の方々へ

今朝、娘から電話が入り、被災地で避難場所にも入れず、食料もなく、もう限界だというSOSが各地から入ってくる。なんとかならないかという相談。

閑馬にも16名の方々がいらしていますが、さて、情報がない。

私のネットワークの中で聞いてみました。

このブログなんかが役立つかどうか分かりませんが、お困りのかたがいらっしゃいましたら、ご相談下さい。


 
佐野市の被災者受け入れ窓口 ℡0283-27-3011
足利市の被災者受け入れ窓口 ℡0284-22-2131
取りあえず、連絡してみてください。

被災地を脱出したくても出来ないというかたは、私にメールを下さい。
info@kon-yu.com
携帯にも通じます。

出来るかどうかはともかく、考えることは出来ます。
ボランティアの人は居ます。
車もある。
燃料がないのです。

どなたか、情報があれば、教えてくださいませ。

2011年3月20日 (日)

法事 お彼岸

朝起きると家人が、「今日は法事だからね」という。11時からだそうな。

早速朝飯前に、昨日染めた大量の藍染めを洗い、天日干しを致しました。

  

法事はご近所で、我々は隣組として出席させていただいた。

閑馬に来て4年を過ぎ、すっかり受け入れていただいているという実感を、こういう席に出席すると感じます。


20代とも思える若い坊さんが、取り仕切っておりました。

先ずは、出席者に挨拶し、「本日は法事でありますが、お彼岸でもあります。春分の日と秋分の日が、何故お彼岸の中日と云われるのかというお話しをしながら、ご法事を進めたいと思います。話しは長くなりますので、どうぞ膝を崩して下さい」と始まりました。

「お釈迦様は、インドのルンビニーというところの王子様としてお生まれになり云々」と、お釈迦様の人生と悟りを語り、「お釈迦様は、苦労はし過ぎてもいけないし、楽をし過ぎても駄目だという、つまり『中道』という悟りをお開きになった。そして、春分の日、秋分の日は、年に二度だけ昼と夜の時間が同じという、中道を現す日だから、お彼岸の中日となったわけです。我々がお釈迦様の悟りに近づく一番の方法は、こういう日にご先祖様に思いを馳せることです。だからこそ、法事という物があるのですね」と、分かりやすく、面白く解説なさっておりました。

それから、食事をさせていただいた訳ですが、こういう事によって、その家の存在が安定し、コミュニティも形成される。

大災害にあっても、日本が安全で治安が安定しているというのは、こういう物の長い長い積み重ねがあったからなのでしょうね。

 

日本を考え直す良い機会を、この大震災は与えてくれたのかも知れません。

2011年3月19日 (土)

19日土曜日 正藍染めの手拭い

金曜日は、散歩の後、のどに痛みを感じまして、「こんな時に風邪を引いていられない」と、薬を飲んで一日休んでおりました。

計画停電が、3時過ぎから夜7時まで続きましたので、ちょうど良い休憩となりました。

 
 
さて、19日土曜日は、休んだ分の染めを、一心不乱に致しました。

中でも手拭いは、30枚染めた。もちろん、下染めを数日前にしておりたものの仕上げではあります。


藍染めの手拭いは、昔から伝染病予防に役立ち、水を越して飲むことでお腹を守ると言われています。

藍染めが、何千年もの歴史を持つ一つの理由ではないかと思います。

当然、汗にも強く、剣道で頭に巻くのも、藍染めの手拭いですね。

山仕事をしている星野さんから、手拭いの注文を頂いたのですが、「他の手拭いとは、全く感じが違います」と言って下さる。

本染めの手拭いは、日本にそうあるわけではありません。

機会があれば、お試しいただきたい。

今度の藤沢には、お持ちいたします。

2011年3月18日 (金)

示現神社

久しぶりに散歩を致しました。

小又の沢に入ると、梅が一杯だ。
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梅林もある。
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小又の沢に入る手前に、示現神社があります。
和歌の神様だそうで、近くには人丸(ひとまろ)神社もあるくらいですから、和歌には縁の深い土地柄なのかも知れません。

これが正面。
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こちらが裏側。
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狛犬が面白い。
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左右ともに、メタボ。
こういう太った狛犬は、なかなかないんじゃないかな。


日本の復興と、家内安全をお祈りして参りました。

2011年3月17日 (木)

計画停電

何故か閑馬は、今まで計画停電にならなかった。

多分、たいした影響がないからでしょう。

 
染めが終わり、夕方になって足利に行って参りました。

そうしたら、街中は停電で真っ暗だ。

「これが計画停電か」と思いましたが、警察官も居ない交差点を、譲り合って事故もなく通るのは、日本人だなと思う。

 
息子を拾って佐野へ。

まだ灯りがある。

買い物をしようと走っていると、7時に突然真っ暗になった。

結局、買い物できず、あり合わせで夕飯。

寒くて仕方何ので、薪ストーブに火を入れた。

 
ちょうど三時間で回復しましたが、被災地のことを思えば、これくらいはなんでもありませんね。


仕事は順調です。

2011年3月16日 (水)

今日も寒い!

朝起きたら晴天!

雨だと思っていたので、早速洗い物をして天日干しをしました。

 
朝ご飯を頂いて染め始める頃、ものすごい風が吹き出し、洗濯物と共に物干し竿が飛ばされるほど。

午後には雪も降り出した。っと思ったらお天道様が見え出す。

妙な天気の一日でした。

 
こう言うときは、淡々と仕事をこなすに限ります。

無理は禁物。

自然には適いません。

 
ラジオは相変わらず、原発事故ばかり。

余程、深刻にしたいのかなと勘ぐりたくなる。


ツイッターにこんな記事がありました。

【東大病院放射線治療チーム】
「そもそも日本は世界一のがん大国で、2人に1人が、がんになります。つまり50%の危険が、100mSvあびると50.5%になるわけです。タバコを吸う方がよほど危険です。現在の1時間当たり1μSvの被ばくが続くと、11.4年で100mSvに到達しますが、いかに危険が少ないか分かります」。

物の判断は、見方に寄りますね。
 

私はこういう事は無知だから、専門家の判断に従うしかありません。

枝野官房長官も、こういう事に関しては素人のはず。

それが、細かい数字を上げて記者会見しているけれど、あの裏には、専門家のレクチャーがあるに違いない。

そんな時間があるなら、救援に力を注いでもらいたい。

 
今、町にはガソリンがありません。

福島県からの避難民を受け入れなければならない栃木県知事は、政府に連絡が取れないと言っている。

どうかしていると思いますが、一段落したら、様々なことが明らかになることでしょう。

 
私は仕事しかできないからしている。

政府に出来ることは、沢山あるはずだ。

2011年3月15日 (火)

寒い!!

寒い一日でした。

昨日染めた物を干しましたが、手が氷るようだった。

紺邑は地下水を使っていますから、一年中17℃。

冷たくなった手には、まるでお湯のように感じます。有り難い。


 
昨日、根を詰めて染めたためか、気合いを入れてみたものの身体は動かず、それなりに、慎重な藍染めを致しました。

特に、正絹の反物を三反、しっかりと染めさせていただいたが、惜しむらくは、今日は曇り空でした。明日も雨だそうな。


 
寒いと言ったって、被災地のことを思えば、どうと言うことはありません。

計画停電で混乱が見られると、マスコミは報道するけれど、これだって被災地の事を思えばどうと言うこともない。

なんで、大騒ぎするのか、私には分かりません。

高橋さんも、「私たちが協力できるのは、これくらいですからね」とおっしゃる。

このくらいのことで騒ぐ人たちの気が知れませんが、私の周りには一人もいません。
 
 


余震がいつ来るかも知れませんから、ラジオを付けて仕事をしております。

一日中、原発事故のニュースばかりだ。

菅首相は、東電まで行って会議に出たとか。

被災地がどうなっているのか、救援物資はどうなっているのか、ボランティアに行くにはどうしたらよいのかと云うような、知りたい情報がありません。

午後遅くに、ようやく被災地のニュースが出て来るようになった。

なんと、92時間ぶりに70才の女性が救出されたと言います。

こういう事もあるのだから、菅首相には、ご自分がおっしゃるように、冷静に、そしてしっかりしていただきたい。
 

 
いま、96時間ぶりに男性が救助されたというニュースがありました。

朗報ですね。

2011年3月14日 (月)

震災

被災された方々には、心からお見舞いを申し上げます。

しかし、被災されなかった方々にも、役割があろうかと思います。

働ける人は働き、日本国の経済活動が停滞しないようにしなければなりません。

西日本の方々は是非、節電などせず、しっかりお稼ぎ願いたい。

そしてその稼ぎを、日本の復興に役立てていただきたい物です。

 
 
私も今日は、一日藍染めをして過ごしました。

いつものと違うのは、電気の明かりを一切つけず、シャッターを開けて外の光りで作業をしたことです。

幸い、今日は暖かな日でした。

計画停電があると、佐野市防災センターのアナウンスが閑馬の沢に流れていましたが、それも無かった。

東京電力の対応が混乱ていると言いますが、仕方ないことと思う。

彼らは彼らで、働いているのですからね。

 
原発が大変だけれど、東電の社員や関連会社の人たち、そして自衛隊と、彼らも決死の覚悟で働いていることだろうと思う。

頭が下がる。


 
我々も何かできないかと思う。

ボランティア仲間の高橋さんと、お昼を食べながらそんな話しをしました。

高橋さんは、リタイア組で時間がある。

現役の頃は、神戸の震災に行けなかったけれど、今度は行くと決心なさっている。

それも、ちゃんとボランティア団体からの要請があればのことだ。

個人的な善意だけで行けば、先方に迷惑を掛けるだけなんてことは先刻ご承知です。

私は工房で働くことにします。

現役ですからね。

 
 

2011年3月13日 (日)

地震被害

東北地方と茨城の被害は、酷いものがあります。

幸い、今のところ、工芸の仲間内に特別な情報はありません。

東武宇都宮百貨店の「九州展」が中止されたようですが、今日から、5階イベントプラザなどの一部を除き、営業を再開するとのこと。

百貨店もライフラインの一部として重要な存在です。これも、朗報の一つでしょう。

 

福島原発の事故については、様々に見解があるかもしれないけれど、私は全くの素人だ。

判断する力を持たないけれど、知らなければならないことはある。

NHKで専門家が分析をしている。

それを、ツイッターの解説で補完して行くと、何となく理解が出来るから不思議だ。

インターネットの効用を、見直しております。

 

家族の安否は、メールとツイッターとこのブログで出来た。ミクシィもある。

文明の利器も、捨てた物じゃありませんね。


東電は、節電を呼びかけています。

我が家も、60ワットの電球一つと、テレビにネットで過ごしました。

炊飯と料理は、全てガスにした。

 

東電の範囲の方々は、是非、ご協力をお願いしたいとのことです。

http://www.tepco.co.jp/cc/press/11031217-j.html
需給逼迫による停電の可能性と一層の節電のお願いについて
つまり、東電の電力供給地域(栃木県、群馬県、茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、静岡県 (富士川以東)」への電力供給が難しくなるから、節電して欲しいという呼びかけです。

関東の方々へ、大変興味深いブログもあります。
ご一読をお勧めします。
提案:関東在住の人の12日、13日の過ごし方
http://d.hatena.ne.jp/next49/20110312

2011年3月12日 (土)

地震 2日目

地震と共に停電。

情報はラジオだけだけれど、酷い被害だとは想像は出来た。

蝋燭だけで一夜を過ごし、携帯の電源も危うくなったところで、朝7:15分頃、約16時間ぶりにに電気が通った。

 
テレビをつけて愕然としました。

予想をはるかに超えた被害だ。

 
被災された方々のご無事を祈ることしかできないけれど、日本の歴史上最大規模の地震だとか。

 
それにしても、携帯もパソコンも使えず、情報はラジオだけ。

普段からの災害に対するそなえの必要性を、つくづく感じました。

 
しかし、それどころではないな。

2011年3月11日 (金)

地震

大きな地震がありました。

余震も続いてます。

只今停電中ですが、無事です。

2011年3月10日 (木)

漢方農法

昨日は、大田原市へ行って参りました。

茨城の石原さんという方に、皇漢堂の星野先生を紹介するためです。
 

今、食の安全が脅かされておりますね。

例えばアトピーなんかは、今や皮膚だけでなく、内蔵やその他の身体の器官を犯しているらしい。

20年ほど前、アトピーの患者が増えたことに気づいた星野先生が、食の安全こそが大切だと、農業そのものを考えて始めたのが漢方農法です。

 
基本は、土を人間の身体と同じと考えること。

そうすると、化成肥料も除草剤も農薬も、全く使えなくなります。

漢方の煎じ滓を使い、漢方薬を使うから「漢方農法」と言うわけです。

月一回、勉強会を開いていますが、十何年も前から私は毎月出席していたし、暇があれば農家を回って勉強させていただいておりました。


20年近く経ち、福島の古川さんのお米は日本一となり、井坪さんのトマトは、消費者が畑に来て買って行くくらいになりました。

日本各地で、漢方農法で作物を作るようになり、この農法を取り入れた農家の結果は上々ではありますけれど、すごく広まっているわけではありません。

何故広まらないかと言えば、星野先生に、その気もなかったからではあります。

つまり、やりたい人がいれば教えてあげるけれど、嫌だという人に無理矢理教えたり諭したりするようなことは、一切おやりにならなかった。

それは、今でも変わりはありません。

 
私の藍染めも、大きく影響を受けておりまして、藍を人間の身体と同じだと考えるのです。

そうすると、苛性ソーダも還元剤も、石灰もソーダ灰も入れることが出来なくなる。

だから、人間が食える物だけしか使っておりません。

 
無農薬農法というのがあるらしい。

これを、JISだかJASで認定していると言います。

それは、それらが指定する農薬を使う限りは、「無農薬」と言えるらしい。

こりゃ、変だな。

無農薬というのは、無農薬じゃなければいけないはずですからね。

正藍染めと本藍染めの違いみたいな物だな。

 
さて、無農薬で作物を作ると、作物は病弱で虫に弱く、雑草対策が大変だと、昔から言われています。

漢方農法の特長は、作物が丈夫で美味しくなり、虫が寄ってこなくなって雑草が生えにくいと云うところにある。

良いことばかりだけれど、これが農家には分からないのです。

何故か不思議だったけれど、慣行農法になれた人は、猜疑心が強いのですな。

 
星野先生も私も、極狭いところでこの農法に携わってきた。

だから、友人や知人に紹介することもなかった。

最近、「大川さん、私たちも色々やってきたのだから、そろそろ広めてみますか」という話しになった。

私もようやくその気になりましてね、身近なところで閑馬から、漢方農法による農業に関係することに致しました。


星野先生は最近、花粉症の薬を開発された。

わが家人が苦しんでいるので買ってきて飲ませると、全くと言っていいほど症状が出なくなりましたね。

ご興味ある方は、皇漢堂にお訪ね下さいませ。

2011年3月 9日 (水)

染め仕事 続き

昨日染めた物を、お日様が上がったと同時に天日干ししました。

日に当たることで、藍は強くなるのだと、私は考えておりますので、お天道様は有り難い。

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左から、日傘用綿ジャガード織り無地染め、日傘用麻布の籠染め、作務衣用無地。

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正絹の反物は、お日様がある限り、今日は一日中、日にさらす予定です。


幸いなことに、これらの染めは、全て注文の物です。

作務衣に関しては、6m30㎝の布ですがこれで一着分。後2枚注文を頂いております。

有り難いな。

2011年3月 8日 (火)

染め仕事

今日は、一日中本業。


日傘用の麻布を籠染めし、綿布を濃紺に染めましたが、これは仕上げで、ほぼ3日は掛かっています。

 
注文のブラウス一枚と、綿と絹のストールを各々一枚。

靴下を20数足。

これらは染め上げた。

 

正絹の反物も三枚染めましたが、これが仕上がるのは、毎日染めたとしても来週末になるでしょう。

それでも、薄目、中くらい、濃いめと3種類の藍甕が偶々ある今がチャンスなので、しっかり染めることにします。

 
先ずは、灰汁に浸けて織り目から空気を抜いた反物を、薄い色の藍甕に入れて、液の中で、静かに三度転置させしばらく漬けておき、絞らずに出して水洗いをし、絞らずに天日に干す。

乾いたら灰汁に浸けて、同じ事の繰り返し。

水色がしっかり着いたら、中くらいの藍甕で、同じように染めて青色まで持って行く。

最後は、濃い目の甕で、何度も何度も染めることになるでしょう。

その間、洗いをしっかりして、天日でしっかりと干す。

これが、正絹の反物を無地に染める行程です。

割合、手間の掛かる染めなんです。

 
写真を撮る余裕は、全くなし。

クタクタになって、今晩は腹が減って、晩酌よりもしっかりとご飯を頂きました。

 
明日は、午前中染めをして、県北の大田原市に行って参ります。

農業のお話し。

2011年3月 7日 (月)

アート街道66 反省会

東武宇都宮百貨店で行いました、「アート街道66展 佐野に集う作家達」の反省会を、紺邑2階で行いました。

写真取り忘れ(涙)

 
会場一杯の人。

ストーブをガンガン焚いてお持てなし。

お酒もお腹もいっぱいになって、夜11時近くに解散。

 
ホームページを作る話。次回イベントの日程の話等々、充実した時間を過ごさせていただきました。

今度のイベントは、秋かはたまた夏か?

 
まあ、なるようになるでしょう。

2011年3月 6日 (日)

日曜日

私が落ち着かないときは、髪が伸びている証拠。

久しぶりに、行き付けの足利の床屋まで行ってきました。

最近は、ご近所の若い衆の所に行っていたのですが、ちょいと不評でしたのでね。

 
お話ししてみると、現在の親父さんで三代目だそうで、「多分、足利で一番古いんじゃないかな!?」とおっしゃる。

これは大切にしなきゃと思いましたね。

 
出来上がりは、久々に満足。

こうじゃなきゃいけません。っと言う出来映え。
 

 
その足で、足利市立美術館の根岸君子さんの書画展へ。

穏やかで柔らかなご本人からは、想像も出来ない情念と色っぽさのある書画でしたね。

感動を得て、帰って参りました。

残念なことに最終日ですので、皆さんに紹介できなかった。


相田みつをさんをご存じのかたは多いでしょうが、彼は、自身を「書家」とは決して言わなかった。

何故かというと、先輩に茂木良作という書家がいるからです。

「茂木さんの書をみれば、とても書家とは名乗れない」と言うことだった。

根岸さんは、その茂木さんのお弟子になるとか。

さもありなんです。

 
帰ってきてからは、明日から寒くなると言うので、薪の準備。

天候は、相変わらず不安定ですねぇ。

2011年3月 5日 (土)

大川本家

午後、約束があったために、午前中は染めに励みましたが、宇都宮からお客様もいらしてくださった。

親父殿の工房で染めた反物と絹のスーツの染め直しを承りました。

 
午後は、金子さんと大川本家へ。

建物は「国指定登録有形文化財」だけれど、現在は保育園になっています。

 
先代の奥様、繁子さんをお訪ねしたのだけれど、ちょうど園長もいたので4人で懇談。

園長と呼び捨てにするのも何だけれど、私と同じ歳で、一緒に育った兄弟のような物なのでご勘弁を。
 
 
園内と母屋を案内してくださった。

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分かり難いけれど、これが保育園。

家が三棟並んでいて、一軒一軒が独立している。

裏山全部が庭(日本庭園)になっていて、池もあり、「ちっともバリアフリーじゃなくてね」とは繁子さん。

自由保育で、子供達が、家の中や庭を飛び回っている保育園です。
 

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何処かの別荘のようだけれど、0歳児から一歳児の棟。

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入り口は、まるで神社だ。


母屋には行って、おひな様を見せてもらった。
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江戸時代から続いている物です。

我が家にもあったけれど、火事で燃えてしまった。

「それは勿体なかったねぇ。村上藩のでしょ」とは園長。

さすがに良く知っています。


次に見せてもらったのも、文化財。
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馬具です。

徳川将軍家から頂いたものだけれど、日本ではこれ一つしか残っていないらしい。

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葵の御紋が入っていますね。

東照宮から頂いたものかもしれません。

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水野家からの物。

老中水野忠邦です。

何でかという説明は、その内に。

 
こんなものを見せていただいて、同行した金子さんは大感激でしたね。

2011年3月 4日 (金)

賑やかに

暖かくなりますと、人も動き出すようで、ここのところ毎日来客があります。

 
足利で体操教室をやっている村木さんご夫妻。

ご近所の田中さん。

足利から金子さん。

午前中、賑やかに過ごさせていただいて、午後は銀行へ。

 
ところが街中がお祭りで、車が入れません。

お電話して、来週と言うことになりました。

 
田中さんは、お買い物もしてくださり、ありがとうございます。

陶芸家の田中君のお母様で、アート街道66の会計もしてくださっている。

 
これからも、よろしくお願いしますm(_ _)m

2011年3月 3日 (木)

休日

熊本から高崎に寄って帰って参りましたら、ちょいと疲れが出たようだ。

一日お休みとしましたが、藍の調子は良いようです。

 
佐野市で自然食のレストランを経営している「Nora」さんが、灰を持ってきて下さいました。
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これは大助かりで、有り難いことです。

2011年3月 2日 (水)

高崎タカシマヤ

高崎のタカシマヤへ行って参りました。

何故かと言えば、熊本でご一緒した人たちが沢山出展なさっているからです。

催事は「日本の伝統展」。


知り合いばかり。

大島紬の城(キズキ)、水晶の大森君、念珠の片岡さん、熊野筆の神取さん、保多織りの岩部さんなどなど、久しぶりにご挨拶。

刃物の小山さん達は、熊本からの続きだ。


どうか、お近くの方々、お遊びに行ってくださいませ。

良い品が、沢山ありますよ。

 
夕方、ご近所の吉田さんがお見えになって、「アート街道66」のホームページ作りの打合せ。

趣味でやって下さるそうだけれど、この辺りは変人が多いようです(笑)

どんなホームページになりそうかというと、吉田さんのホームページをご覧下さい。

紺邑のサッシは、吉田さんの扱うスウェーデン・サッシなんです。

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