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2011年10月21日 (金)

お葬式

数日前、「公一君?」と私に電話があった。

還暦過ぎの私をそう呼ぶのは、我が伯父の同級生の「リョウちゃん」。昭和6年生まれの81歳。

戦前、佐野市で生まれ育った叔父とリョウちゃんの二人は、旧制佐野中学校から早稲田大学高等学院を経て早稲田大学政治経済学部と、ずっと一緒に青春時代を過ごした仲で、文字通りの親友。

「芳男ちゃんの電話番号を教えてちょうだい」と云う用件だった。「芳男ちゃん」というのが我が叔父で、現在、東京のホテル住まい。

翌日、「芳男ちゃん」から、「公ちゃん。寺澤です。リョウちゃんの奥さんが死んじゃったんだって」と、私に電話があった。葬式に行きたいと「芳男ちゃん」は言う。

彼も81歳だし、電車に乗せたり、バスに乗せたりするのも無理だから、私が送り迎えをすることにした。

何故無理かというと、年齢だけでなく、外国暮らしが長すぎて、日本に慣れていないからです。

 

朝、首都高がちょっと混んだけれど、8時に閑馬を出て9時45分に虎ノ門のホテルに着いた。

ホテルを10時に出て、佐野に着いたのが11時30分。

葬儀は13時30分からだから早すぎるので、先ずは紺邑に連れてきた。

 

「芳男ちゃん」を叔父と言っているけれど、実は、我が母の従弟になる。

彼は一人っ子だったから、我が母達と兄弟のように育ったし、付き合っても来た。

彼の母親は、私の祖母の妹だけれど、私にとっては祖母も同じで、遺品はみんな我が家にある。

 

叔父は早稲田を卒業後、日本で最大の証券会社に入り、フルブライトの留学生として米国に留学。

ニューヨークに長く住んで名誉市民になったり、世界銀行の長官になったり、国会議員になって国務大臣になったり、銀行の会長をやったり随筆を書いたりと、めまぐるしくも忙しい人生を送ってきた。

去年、「芳男ちゃん」が紺邑に来たときに、遺品を見せたら、懐かしい写真が沢山出て来た。

それを題材に、日本経済新聞の「私の履歴書」の連載が、2月1日から始まるらしい。

「最初に、公ちゃんのことを書いたから読んでみて」と、今日、原稿を受け取った。

確かに「佐野で藍染をしている云々」と、私が出て来た。

 

彼はサラリーマンとして、これ以上はないだろうという栄達を遂げた。

だけどその人生は、波乱に満ちた物だ。

ちょっと変わった「私の履歴書」になると思う。

よろしければ、ご一読下さい。

 

「リョウちゃん」の奥さんの葬儀は、滞りなく終わった。

昨年、「芳男ちゃん」が、佐野高等学校の講演会で来たときに会ったのが、今生のお別れだった。

私とも、長いお付き合い。

心からご冥福をお祈りします。 合掌。


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