紺邑のホームページ

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2012年1月

2012年1月31日 (火)

藍建てのはじめ

寒い!とにかく寒いけれど、藍建てをしなきゃなりません。

すくも(藍)が届き、灰も貝灰もボレイも黒砂糖もふすまも全て揃っています。

 
先ずは、藍甕の液を捨てることから始まる。


藍甕を何度も何度も攪拌して、底に沈んだ藍をバラバラにします。

そこに水中ポンプを入れて、上澄みを掻き出す。

しかしです、ポンプにつないでいる管が、氷っていたり破けていたりしたら困るので、先ずは点検。

途中が切れていたのが一ヵ所。穴が一ヵ所開いていました。

 
無事修復して、液を捨ててゆく。

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水中ポンプだけでは、全てが書き出せるわけではありません。

最後は、手ですくってきれいにする。

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そこに、すくもを入れます。

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灰汁は、今回は一番を使いました。

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藍甕に入れたすくもに、温めた灰汁をヒタヒタに入れて、藍棒で突きます。
(写真を撮りましたが、保存をしなかったらしい)

 
後は、温度管理をしながら寝かせ、足で踏むという作業が待っています。


2012年1月26日 (木)

新年会 

このブログも、無事復帰しました(^^)/
一安心。
 

さて、今年初めての新宴会に出席してきました。

車の運転があったので、酒も飲まず。

知らない人が多い中、何十年ぶりにあった人もいた。
 
 
 
明日か明後日、新しいすくも(藍)が届く予定です。

寒い中の藍建てが始まる。

灰汁の準備も出来ています。

多分、2週間程で建つでしょう。

 
肉体労働担当の息子が、「この間藍建てしたとき、甕の半分くらいでしばらくおいておいたら、醗酵が素晴らしくなったけど、どういう事?」と質問してきた。

「そうなんだよな。慌てたり急かせると、後が良くないね」と答えておきました。

その藍は、半年も経った今でも、きれいな青を出しています。

今回も、慌てずゆっくりと藍建てを致します。

2012年1月24日 (火)

名古屋最終日 そして帰宅

最終日開店早々、高木さんがいらしてTシャツをご注文いただき目が開いた。

その後に、ご常連がまたTシャツをお求め。

お取り置きのケープがあるので、売上については見込みがあるはずだった。

しかし、待てど暮らせどいらっしゃらない。

遂に閉店30分前となったとき、あるお客様の目にそのケープが留まったので説明をすると、「頂いちゃおうかな?」と云うことになり、めでたく商談成立。

お陰様で、有終の美を飾ることが出来ました。

意気揚々とまでは生きませんが、後悔を残さずに帰宅の途につくことができた。
 

コルクと一緒に新幹線に乗り込み、東京駅に着くと雪だ。

首都高を走るバスから見える荒川河川敷は、真っ白。

佐野を心配したらそれ程のこともなく、無事帰宅をしております。

 

2012年1月22日 (日)

名古屋5日目

連日雨模様で良いお湿りになったはずが、私はちょいと風邪気味。会場内が寒いのと、二日前に朝風呂に入った所為かもしれません。
 
人形師の山下先生が薬を持っているはずだと何となく思ったので聞いてみると、「持っているわよ」と、バッグの中から山のように薬をお出しになって、「これが熱と痛み、これが咳の薬で・・・。ところで何の薬が良いの?」とお聞きになる。

それにしても凄い数と種類なので、「なんでこんなに薬を持って入るんですか?」とお聞きすると、「趣味なの」ですって。

お勧めの2種類を飲んだら、大分良くなりましたが、眠い。

 
そんな中、歩く伝統工芸の岡村さんが来てくださった。

しばらく話しをしていると、突然眠気が襲って来た。

あくびが出て出て、大変失礼をしてしまいました。

その間に、ウールケープがお取り置きになったけれど、果たして明日の最終日に来てくださいますやら。

 
今年は何故か、高額商品しか売れません。

お客様の購買意欲も余り感じない。

ちょっと不思議な感じがいたしますが、出展者達に聞いてみると、皆さんもそう感じているようです。

震災の影響なんでしょうかね。


2012年1月21日 (土)

名古屋4日目 櫃まぶし

朝方は傘要らずでしたが、どうも昼から降ってきた様子。

その為か静かに始まりましたが、さすがに三越で、段々とお客様が増えて最後には立派な成績だったようです。
 

コルクを誘って、名古屋名物の味噌煮込みうどんで夕飯と思いましたが、うどんにしては思いの外値段が高いので、櫃まぶしを食べてきました。

これが炭でちゃんと焼いていて、香ばしくて旨かったなぁ。

鰻でも焼き鳥でも、やはり基本は炭火だと私は思います。

名古屋は鰻を蒸さないので、櫃まぶしでもしっかりしていて結構ですね。

これを関東の鰻でやったら、きっと興ざめでしょう。

2012年1月20日 (金)

名古屋3日目

3日目の朝は雨模様。

ニュースを見ると、関東地方は雪だそうだから、こちらは比較的暖かいと言うことなんでしょう。

 
私は、傘を持つのが嫌い。

傘だけじゃなくて、時計やバッグなどを身につけるのも持つのも嫌い。

 
それが還暦を過ぎて少し変わりまして、バッグを持つようになり、傘を差すようになった。

今考えているのは、時計をどうしようかなと言うこと。

なぜ変わったのか、分析が苦手な私には解りませんが、歳をとったのかな。

 
さて、3日目が始まりました。

実演の藍の調子が、大分良くなってきた。

お陰で商売はともかく、ハンカチを染めながら藍染の話しが出来る。


藍は、匂わない事。

染め液は、泡がブクブクしないこと。

酸化発色だと言うこと。

色移りしないこと。

洗うときれいになること。

染めの回数で、青味が濃くなること。

 
この位はお解り頂けます。

 
その後辛抱強い人は、藍染の歴史や意味などについて、私の講釈を聞くことになる。

でもね、そんな話しが出来る時間があると言うことは、商売上はよろしくない。

本日は、たっぷりとお話しさせていただいた。

結果は、推して知るべし!

2012年1月19日 (木)

名古屋2日目 名古屋戦線

名古屋にはその昔、丸栄の「京都と小京都展」に出展しておりました。他には、松坂屋駅店の「全国物産展」と丸善。

そこから、松坂屋岡崎店に行くようになり、岡崎の担当者から「本店の催事担当者に、職人展を教えてやってください」と頼まれ、ブラシ屋の旦那と何回か名古屋に来て話しをした。

担当者が突然移動となって、別の形で職人展が開催されるようになった。

だから、松坂屋本店の催事の初回は、ブラシ屋の旦那の会社も出店していたんです。

ところが、ブラシ屋の旦那の企画会社が、三越名古屋栄店でこの「職人の技展」を始めちゃったものだから、二回目からは別のブラシ屋(こちらも私は親しい)が出るようになった。

私は松坂屋に残ったのだけれど、これは経緯上のちょっとした意地でもあったんですが、色々ありまして、私もブラシ屋の旦那の後を追って、今、三越に出展しております。

紺邑としては、これが本道。

 
懐かしいお客様が、三越に沢山来てくださいます。

癌で28㎏も痩せた男性は、以前作ったシャツやベストが大きくなっちゃって着られ無くなった。

染め直しと作り直しをさせていただくことになりましたが、「こんな事してくれるところは無いよ」とうれしそう。

 
逆に太っちゃって、ブラウスが小さくなったお客様も入らしてくださった。

さてどうしようと思いましたが、知恵を働かせて作り直しをさせていただく。

これまたうれしそうですが、作り手から買うと、こういう事が出来るのです。

 
さて、表題に「名古屋戦線」と書いた。

現在名古屋では、三越で「職人の技展」、高島屋で「日本の伝統展」、松坂屋で「大九州展」と、我々職人が関係する大きな催事が三つも同時開催されているからです。

どれもが面白いだろうけれど、最近はこういう事が多くなったな。

 
松坂屋に出展している久留米絣の省ちゃんとコルクの三人で、ご飯を食べて帰って参りました。

高島屋も知り合いばかりですが、地下鉄に乗ってまで行く元気はもうありません。

 
三越は、担当者がみんな明るい人達だから、雰囲気は非常に良いと思います。

その上に、良いお客様もいらっしゃる。

だから、売り上げも上々。

めでたしめでたしだ。
 

 


 


2012年1月18日 (水)

名古屋初日

さて、名古屋三越が始まりました。

この催事は実になごやか(シャレじゃありませんよ)。

みんな、仲が良い。

助け合うし、お客様も共有してる。

もっと歴史が経てば、今まで以上に素晴らしい催物になると思います。

 
今回は、高い予算設定をしているらしいけれど、めでたしめでたしで終わることと思います。

初日も、まあまあの出来でしょう。

 
懇親会がありました。

今時珍しいけれど、50人以上が参加した。

私も参加した。

 
心地よい酔い心地に身を任せ、帰って参りましたとさ。

 

2012年1月17日 (火)

名古屋へ

今日は名古屋三越の準備日。
 

午前中の仕事をなんとかすませて、バスに乗り込み、王子から東京駅を経由して名古屋に来ております。

冬の三越は初めての経験。

楽しんで一週間を過ごそうかと思います。


久し振りにコルクに会いました。

元気そうで何より。

太い細野も、細かった細野もいる。

楽しいところに人は寄るらしいですから、一週間の名古屋三越を楽しみたいと思います。

 
お近くの方々、是非お運びくださいませ。


2012年1月16日 (月)

最近の動き

寒い日々が続いていますが、その中、庭の雑草を燃やしたり、畑の手入れをしたりと、普段出来なかった雑用をしております。


日本を代表する神楽の早池峰神楽公演を、佐野市と足利市で行おうとしています。

その為の具体的な行動が始まりました。

実行委員会を組織し、事務局を両市に分けた。

委員メンバーが揃ったわけではありませんが、私は行き掛かり上、佐野の事務局長になっちゃったので、これから市民に協力を呼びかけなければなりません。

 
この機会に、佐野市を全国に紹介出来ればと思っていますが、調べれば調べるほど、佐野市の持っている歴史や文化や観光資源は素晴らしいと思う。

それを地元の人達が知らない。いや、気づいていない。

しかし、無理もないことで、日本中の地方都市はみんなそうだ。彼らにとってはそれらは、生活の中の当たり前のことですから。

私のような余所から来た者が、それに光を当てると云うのもまた、必要なことなのかも知れません。

 
様々な人達の協力が得られそうで、面白いことが起きる予感が致します。

2012年1月12日 (木)

木灰と釉薬

日本橋から帰ってきて、年末出来なかった大掃除を始めております。

それにしても寒い日が続き、氷が昼間も全く溶けません。
 

1月は藍建てを計画していますが、この寒い中、建つまでに二週間は掛かりそうだ。

幸い、木灰が沢山ありますから、灰汁には苦労しません。

 
ご近所の吉田さんから、灰汁を取った後の灰を、焼き物の釉薬で使えるようにしたらどうかという提案を頂いた。

それも、地元の陶芸家に使って貰えるようにとのことですが、大変面白いと思いました。

問題は、木灰の種類を、楢、櫻、桑、椚、樫、栗などと、ハッキリと区別できるようにしなければならないこと。

木灰によって、色の出具合が違うからです。
 

紺邑は、薪ストーブの灰を使わせていただいていますから、堅木だと云うことは解っても、木の種類は解りませんから、今のままでは釉薬に使えない。

その昔は灰屋があって、ちゃんと供給してくれていた。

実は今でも灰は買えるけれど、紺邑の使う量と価格が合いません。

伝統工芸にとっては、不便な世の中になりました。

2012年1月10日 (火)

日本橋新年最終日

今回の日本橋三越の催事は、昨年より一日多いのだそうです。

その分、私の身体には疲れが溜まったらしい。

最終日は口がきけないほどで、商売はほとんど三女に一任。

それでも会場を回って、出展者全員にご挨拶させていただいた。

 
全体は、大きな予算も無事クリアーして、めでたく終了。

紺邑は物足りないが、まあ良しとしましょう。107社も出展していれば、色々あります。

それよりも、時代の変化にどうついて行くかと云う問題がある。

しかし、山藍のエッチャンが云うように、伝統工芸には「これしかできない」という面もある。

「伝統を現代に活かす」というのが紺邑のコンセプトだけれど、それは時代に迎合するという事じゃないはずですから、ちと考える必要がありそうです。

 
そんな教訓も受けつつ、次女も参戦してくれてお片付け。

早めに終わって、東京駅地下のニュー・トーキョーで、三人で打ち上げ。

エビスの黒ビールをジョッキでグイ!っとやっつけると、疲れが溶けてゆくようだ。

私はビアホールが大好きで、このニュートーキョーも数寄屋橋に良く足を運んだし、ライオンも大好き。

足利の東京繊維のレンガ倉庫が取り壊されるときに、「大きなビアホールにしたらどうか」と提案したのは、そんな個人的な趣味だった。
 

それにしても足利市は、貴重な建物を壊し続けてきた。

山辺駅前にあったこのレンガ造りの建物は今はなく、小型のショッピングモールになり、今福にあった現ユニチカ・旧ニチボーの毛織り工場で山保の大谷石の工場も、今はただの工業団地だ。

これらの工場を残すために、様々な動きが足利で起きた。

それが、足利友愛疑団に思いを馳せ、「足利未来倶楽部」の結成に繋がったのは、昭和の終わり。

先日亡くなった柳宗理さんにも来足していただき、テキスタイルの学校にしたらどうかなどという提案もあった。

実現していたら、日赤移転とともに、両毛地区文化の発展に、大きく寄与したことだろう。

つくづく情けないが、足利市の現状は自業自得とも云えるという認識も、足利を考える人達には必要ではないかと私は思う。

 

追記

東京繊維のレンガ工場、山保の大谷石の工場などと云ったところで、今の若い人達は知るよしもないかも知れない。
参考までに、ユニチカのホームぺー(ニチボー編 第3章 小寺社長と戦時下の経営)をご紹介しておきます。
23ページに、写真とともにこういう記述がある
▽▽▽▽
山保毛織は山口保三郎の個人経営の工場を改組したものである。創立者の山口は郷里の足利町の自宅にお召地専門の織布工場を始めたが、明治43年、足利工業学校の跡地である現在の足利市今福に工場を移した。大正2年12月に創立総会を開き、今福の土地建物、設備一式を買収して山保毛織株式会社を創設した。山口保三郎は創立当初から専務取締役となっていたが、昭和15年の第49回決算期に初めて社長の地位についた。同社の工場は栃木県下で採掘される大谷石で建造された独特のものである。製品としてはカシミヤ製織に特色があった。
当工場は20年2月、陸軍製絨廠の軍直営の工場として貸与されたが、終戦の8月には返還され操業を続けた。36年2月には紡毛部門を廃止し、合繊紡へ転換、46年4月には合繊紡およびニット染色整理を事業とする「ユニイースト株式会社」として独立したが、その後の業績は振るわず、61年3月に清算、撤収した。
△△△△

2012年1月 9日 (月)

日本橋新年8日目

今年はどうも変。

お客様の購買意欲が感じられないのに、全体はもの凄い成績です。

高価な物が売れていると云うことなんでしょうが、どうも奇妙な感覚です。

報道に寄れば、百貨店では寝具や実用品が売れているらしい。

現場にいてもそう思いますね。特に、高価な家具が凄いようです。

 
沢山のお客様がお見えになっていますが、おしゃれに関しては、凡そ興味を示されない。

お客様の服装を見ても、ダウンコートにスニーカーにリュックサックがお決まりのようで、着物姿もおしゃれなコート姿も滅多にお目にかかれません。

それが日本橋三越ですから、他はどうなんでしょうか。

震災の影響もあるのかもしれませんが、そういう年なんだと、自覚する必要がありそうです。

2012年1月 8日 (日)

日本橋新年7日目

島本ご一行の、一年越しの注文がようやく出来上がりまして、今日はその受け渡しの日。

山村省二作の久留米絣と、紺邑の藍染のコラボレーション。

私にはとてもこういう発想はありませんが、島本さんはとにかく変わった提案をなさる。

工夫に工夫を重ねて、香川県の伝統工芸保多織りに藍を染めてお仕立てした。

プライバシーもあるので公表できませんが、お気に召していただいたようで、作った甲斐がありました。

せめて、このブログではお馴染みだけれど、山村省二夫妻を紹介。

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久留米絣でも国指定重要無形文化財技術保持社会会員でその上に工芸会正会員という由緒正しき人。染め(本染め)・括り・織り全てが出来る人は、そうはいません。それを支えるのが、奥様のエッチャン。

写真でもお解りだろうけれど、きれいな藍染ですが、私とは趣が違います。

それを一緒にしろと言うのですから、大変だった。

 
 
ご常連が沢山会場にあふれる、久々に三越本店らしい一日でした。

朝礼も、Kさんがやった。

さすがに心のこもった話しをします。

その意気に感じてか、我々職人達も、立派な売り上げを作りました。


2012年1月 7日 (土)

日本橋新年6日目

朝礼で「キット・カット」が配られたけれど、よく見ると「キット・カット」の文字に「カツ!」と書かれている。つまり「キット・カツ」という事なんだろうけれど、書いた人は大変だったろうなと思ったら、ナベだった。ご苦労様でした。
 

今日は、新しく出来上がる作品が入る予定で、楽しみにしておりました。

昨年の暮れから待ていたもので、これらが来れば、今回の紺邑の品揃えは万全だと思っていました。

何度も何度も確認をしたけれど、なかなか入ってこなくて、それがようやく今日になったのです。
 

届いた品物を見て、ガッカリ。

複数の作品が仕上がると思っていたら、たった一品だったその上に、染めに掛かった労力と、元の反物の質に、出来上がった物が全くあっていません。

縫い上げた人に、罪はない。

発注したこちら側に、落ち度があったのです。

いい加減な発注だったから、出来上がった物に心が入っていない。仕事が、やっつけ仕事なのは見れば解る。

生地だけでも高価だし、染め上がりに半年掛かった反物。

本来なら何十万円の上代が着く品物ですが、私はお客様に紹介するのを止めました。

この痛手は大きくて、私の落胆は自分でも嫌になるほどだ。

 
出来れば、酒で気を紛らわそうとしましたが、相手がいない。

一人で焼鳥屋に入って、酒を飲んできました。

出てきた酒を一口やって、そのおいしさに驚いた。

料理も結構な物で、お陰様で少し心が落ち着きました。

ありがたかったなぁ。

2012年1月 6日 (金)

日本橋新年5日目

朝礼がどうも困ったもので、数字しか云わない。そして、ちょっと説教気味で、誰にものを言っていると思っているのでしょうね。

まあ、嫌なら来るなって事もあるから文句は言いませんが、モチベーションの上がらないこと甚だしい。

 
静かに始まりましたが、どうもこういう状況に慣れて来ちゃった。

過去の日記を見ると、これは例年通りみたいです。

何とかなるさとケセラセラでいると、中学校時代の恩師やお馴染みさんに来ていただいて、並以上の成績を上げさせていただいた。

それでも全体の成績は、他の百貨店なら十二分ってところでしょう。

 
買わずとも、藍染に興味のある方々が沢山お立ち寄りになる。

私が、ウールの藍染や、藍の匂いや色移りのことや、染色堅牢度のことをお話しして、一人一人誤解を解いております。

皆さん初めて知ったとおっしゃるけれど、こういう事も催事に出る大きな理由ですから、一生懸命お話しさせていただいております。

2012年1月 5日 (木)

日本橋新年4日目

電車の中が混むようになり、世間は日常が戻ってきているようです。

その分、百貨店には落ち着きが出てきた感じ。

ゆるりゆるりと時は経ち、終わってしまいました。

 
昨年の日記を見ると、やはりこういう日があると書いてある。

そう云う日だったのでしょう。

 
終わってから、今回初めての宴会。

新年会の、いつものメンバー。

ひょっとすると、この会は今回で終わりかなと思う。

 
飲み会は、催事の常。

四十代の頃の私も、毎日午前様という事もあったけれど、今じゃ一週間に一度あればよいというところ。

それもさっさと切り上げて帰って参りますし、飲み会と言うより食事会になっちゃうし、最近は誘われることもありません。

歳をとると、その方がありがたいな。

 
随分早く、寝るまでに余裕ある時間に、娘のところに帰って参りました。

2012年1月 4日 (水)

七福神巡り

1月4日は、恒例の日本橋七福神巡り。

午前10時頃三越を出発して、最後は、三越の屋上で終わるので、11時30分頃になると、沢山のお客様が直ぐ下の7階催事場に下りていらっしゃいます。

それはそれはもの凄い人の数で、会場が一杯になる。箱根駅伝以上です。

数十年続いていますが、お正月の風情があって良いものだし、日本橋三越ならではでしょう。
 
残念ながらこれが、我々の世界では売り上げに結びつきません。

それでも全体は大きな成績で、「誰が売っているんだろう?」なんて言い合っていますが、この店は大きなものが売れますからね。

 
4日で終わる人達が居ます。

オンセの高江さんのように、5日から始まる人もいる。

皆さんにご挨拶させていただいたけれど、年に一度しか会わない碁盤の松川さんなんて、「良いお年を」と言って別れました。

妙な世界ではありますね。
 
 
毎日、娘の手料理で一杯やりながら、夕飯を食べています。

家にいるのと同じようで、疲れが軽い気がします。

ありがたいな。

 


 

2012年1月 3日 (火)

日本橋2日目

年明けは、日本橋三越本店始まって以来二番目の売り上げだそうで、大盛況の内に始まっていますし、「匠の技展」も同様に、素晴らしい成績のようです。

しかし、内容を見ると危うい面もある。

それは催事に長年携わっている人達には常識だろうけれど、新任で経験不足の人は単純に喜び、「『匠の技展』も、グレードアップしている」みたいなことを言っているけれど、そんな単純なものじゃないと、いつか思い知らされるでしょうね。


日本橋の2日目は、毎年お馴染みの箱根駅伝で賑わいます。

観衆がゴール前に暖まりに、ゴール後はその上に見学にいらっしゃる。

20120103144400

大賑わいだけれど、それが商売に結びつくわけではないことは、もう解っていますから期待もありません。

 
そんな中で、担当の有名人Kさんは孤軍奮闘、お馴染みのお客様や我々に対する心細やかなホスピタリティを発揮し、売り上げに具体的に貢献しています。

この人も、いつまでもこの催事に関わり合っている訳じゃない。

後輩達がそれを受け継がなきゃならないが、出来そうなのはナベくらいなもので、その他は売り上げ同様危ういな。

 
紺邑はどうかと言えば、同じように難しい。

数字は良いですが、内容は満足できるものではありません。

私たち個店は、改善策はある。

全体は、果たして如何に。


2012年1月 2日 (月)

日本橋初売り 

朝7時15分発のバスで、王子経由で日本橋に行こうと思った。

6時45分に家を出て、7時過ぎに佐野新都市バスターミナルに到着。

自動販売機に人が並んでいたので、窓口で切符を買おうとしたら、「満席です」ですって。

仕方なく、7時35分発の切符を買ったら、「キャンセル待ちしますか」と係の人。もちろん「お願いします」と私たち。娘が一緒なんです。

 
出発の時刻が来たからバスの様子を見ると、一番前の2席が空いている。

いけるかな?と思ったら、うまい具合にその席に座れて、無事7時15分発に乗れました。

自動販売機で切符を買っていたら、キャンセル待ちも出来ませんでした。

 
道路はガラ空きで、8時15分、定刻どおり王子駅前に到着。

地下鉄南北線の8時19分発に乗れて、8時40分溜池山王着→同43分発銀座線に乗り換えと、まったくタイムロスなしに8時55分三越前に到着。

9時の朝礼に、ぴったりと間に合いました。

 
新年早々、ついてます!

7時35分発のバスだったら、年頭の朝礼に間に合わなかった。

 
さて開店!

例年より人出が少ない感じ。

徐々にお客様の数が増えていって、店の中は賑やかなものだ。

しかし、紺邑はそれほど忙しくない。

何とかなるさと思えども、ちょいと困ったなと思ったらお客様から電話。

昨年、ウールケープをご覧になっていたお客様からでしたが、「あれ、頂きます。お帳場に回してください」ですって。

一挙に余裕(^_^)v

努力の結果とはいえ、ついてます。

 
今年は、こんな調子が続くことでしょう!

2012年1月 1日 (日)

新年快楽

皆様、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

新年を迎えた朝は、先ず、神様にご挨拶。

閑馬の山には、龍が登っていました。

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今年は間違いなく、素晴らしい年になることでしょう。

 
皆様とともに(^^)/

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