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2012年4月25日 (水)

The「職人の技展」

日本の百貨店で、工芸だけを集めた催事を最初にしたのは、難波高島屋。

その後も、高島屋系列の専売特許のようなものでした。

それを打破したのが、近鉄百貨店上本町店(上六)の「職人の技展」です。

ご苦労なさったのは、トンボ玉の藤村さん。

彼の自己犠牲の上に、今の職人展はあるけれど、そんなことを知らないで恩恵を被っている人は沢山いるでしょうね。
 

一時は、もの凄い成績を上げておりました。

会場は、お客様がいっぱいで歩けないくらいだったし、4カ所あったレジには、私たちが並んだくらいです。

それを見た他の百貨店が追随して今があるわけだけれど、関東の最初が東武宇都宮百貨店だったのも、今は昔の物語ですね。

私と大森と平井で、当時の催事担当だった鈴木さんにプレゼンして始まったのです。

その時にお見せした資料が、この上六の催事だった。

そこに熊谷の八木橋の担当者達が来て、千葉の三越も始まり、関東全域に広まっていった。

 
東武百貨店船橋店の催事担当者から、宇都宮の鈴木さんに、「なにか面白い催事ありませんか?」という連絡が来て、私と鈴木さんと二人で説明に船橋に行って始まったのが「にっぽん全国職人の技」という催事。

当時は、ブラシ屋の旦那の会社も、○沢企画も無かった。

だから職人は、全員私が連絡を取って来て貰っていた。

準備日に、荷物を会場に上げるのも、私と百貨店担当者でやったのだけれど、いまから考えてみれば、彼らは私がマージンを取っていたと思っていただろうし、今でもそう思っているでしょうね。

事実は、私も藤村さんもそういうことをしなかった。

良い悪いは、別の話です。


私がなんで一銭にもならない催事を企画していたかというと、関西の藤村さんの労に関東で報いるためだったのです。

そんなことも、だれも知らない時代になってしまいました。

こういう事も、世の習いなのでありましょうね。

 
そんなこともあるけれど、明日から近鉄百貨店上本町店の「職人の技展」が、明日から始まります。

やはり、良いメンバーが集まっています。

 

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