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2012年5月

2012年5月31日 (木)

日本のリサイクル文化

昨日から、片付けとお掃除ばかりしております。

紺邑にテレビ番組の取材があったので、これを機会に、工房の大改造をしようと一念発起したわけです。

テレビは、BS-TBSの「謎解き!江戸のススメ」という番組で、趣旨は「リサイクル」。

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紺邑は、灰の灰汁を使って藍染の液を作っています。それが、日本のリサイクル文化の象徴的な事なのです。

 
木は森に生えています。

それを切って、家、器、舟などの物づくりをして日本人は生活してきた。

切ったり削ったりすれば、切れ端やクズが出来る。

それを燃やせば、灰が出来る。

灰から「灰汁」をとって、染め物の色出しに使い、藍は染め液を作る。

灰汁を取りきった灰は、陶芸の世界で釉薬となる。 
 
 
灰はまた、洗剤だった。今の合成洗剤に負けず劣らずきれいになります。

灰にはミネラル分が沢山入っているので、田畑の肥料にもなった。
 

日本人の生活上のエネルギーの大半は、木からとった。

だから、日本の森には、倒木も枝なども落ちていなくて、きれいな物だった。

何故なら、「お爺さんは山にしば刈りに」行くわけで、山の木々は大切な物だったからです。

 
きれいな山に、落ち葉が積もる。

雨が降り、お日様が当たると、それが醗酵して腐葉土に変わる。

腐葉土は鉄分を水にとかし、川の水となって海に注ぐ。

鉄分は海草を育み、酸素とプランクトンが豊かな湾となり、そこに小魚が集まり、小魚を求めて中型の魚が集まり、それを求めて大型の魚が集まり、貝類も繁殖して豊かな海となった。貝塚のある所以でもある。

「漁業林」とは、漁師が山に木を植えた森のこと。

漁を祈る神社は、森にある。

漁師は、森の大切さを知っていたのですね。

 
今は、灰を使いません。

灰が無いからです。

木を燃やしませんからね。

だから、山は荒れ放題。

ちょっと歩けば、倒木ばかり。

 
灰を使ってみると、山が文字通り宝の山に見えます。

宝は誰でも大切にしますから、結果は漁業も栄える。

そんな事が、古代からつい最近まで続いていたけれど、現在は見る影もありません。

 
リサイクルの最先端はドイツだと云います。

そのドイツは、日本に学んだ。

それもつい最近の、1970年代初めの頃。

そのドイツに日本人はリサイクルを学び、ドイツが学んだ日本のリサイクル文化を学ぼうとしないのは不思議だけれど、日本人は日本を見ないようにされている戦後の問題がそこにある。

 
こんな話しはテレビでは出来ないけれど、いつかゆっくりと書いてみたいと思います。


2012年5月30日 (水)

お仕事色々

朝から工房のお片付け。これには理由がありますが、一念発起しております。

昼過ぎに、佐野の造り酒屋「第一酒造」へ。

次に、鋳物師の若林さん。

そして、唐沢山神社へ。

 
唐沢山神社では、金子裕さんと久しぶりに出会った。

彼が佐野市議会議員だったときからのお付き合い。

当時は、現役サラリーマンで議員だった。

今は、県議会議員。

駐車場を見たら、どなたかとお話ししている姿が目に入ったので、ご挨拶しましたが、直ぐに「大川さん!」とわかってくださったのはうれしかったな。

お互いに歳を取りましたが、彼はまだまだ若い。

「早池峰神楽佐野・足利公演」では、お世話になっています。

 
帰ってきてまたお片付け。

明日は、唐沢山神社で、ちょっとお掃除に励む予定。

 
この一月は、神様が下さった時間だと思って行動します。

大切に、そして変化をお見せしたいと思います。

2012年5月29日 (火)

新しいネットショップ

帰って参りますと、とにかく仕事が多い。

6月2日の早池峰神楽佐野公園が一番大変だけれど、その前にテレビの取材も入るのでてんやわんや。

墓参りにも行けませんでした。

 
それにしても天候が不順です。

晴天が、一天俄にかき曇り、もの凄い雷雨。

近くに雷が落ちた気配もしました。

 
さて夕飯にしようとしたら、水が出ない。

先ほどのカミナリが、井戸のポンプに落ちたのではないかと、雨の中を懐中電灯一つで見に行きますと、スイッチは入っているのにモーターが動いている気配がありません。

どうしたらよいか分かりませんでしたが、何かを動かしている内に、ウーーンという音が聞こえて動き出した気配。

家に帰りますと、水が出ていました。

訳は分かりませんが、直って一段落。

 
夜になって、ホームページのネットショップを変えてみました。

「アート街道66」のメンバーで、ネットショップを持っているのですが、言い出しっぺの私が出品していません。

商品が無かったのですが、ようやく出来上がりました。

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婦人用の五本指の桐下駄です。

鼻緒も手作り。下駄は正藍染。
作る切っ掛けは、足もみ健康法の人達に依頼されたこと。
全身の血行が良くなるのだそうです。
結果は好評で、最初に作った下駄は直ぐに完売。
ようやく第二弾が完成しましたが、ネットショップでは、婦人用一足、紳士用一足を販売いたします。
とにかく手間の掛かった逸品です(足もみ健康法の人達に寄れば、部屋履きとして使うだけでも良いそうです)。

こういう能書きが入る予定です。

近々に発売予定です(^ ^)/


2012年5月28日 (月)

名古屋5日目・最終日

5日目の日曜日。

ちょいとした賑わい。

紺邑に、その影響なし。

終了後、むつけき男達14名で「味仙」で台湾料理を満喫。

食うわ食うわ、飲むわ飲むわ。

 
 
健やかな目覚めとともに、最終日。

「ここは、おじさんの店?」とお婆様。

「そうですよ」と私。

なんと、十何年も前の親父殿のお客様。

それから思い出話しやらなんやらで話し込み、50肩の直し方まで教えて差し上げた。商売の話しは全く無し。
 
「じゃあね」と言ってお帰りになるとき、偶々ワイドパンツに目が行って、「あら!こう言うのが欲しかったの。これでモンペみたいになればいいわね」とおっしゃった。

「このパンツの裾を紐でしぼれば、おしゃれになりますよ」
「そう、これに合わせて上着でキュッと縛るヤツないかしら」
「作務衣のことですか?」
「そう、それ!」
「お作りになったらどうですか?おしゃれな作務衣をお作りしますよ」
「そう、じゃぁ作って頂戴」
「え!お仕立てしますか?」
「お願いするわ。あら!?お値段も聞いてなかったわね。おいくら?」
「○○万円です」
「分かった。お願いね」
「二ヶ月くらい掛かりますけれど、よろしいですか」
「いつでも良いわよ。急がないから。これで払っておくわ」っと、お帳場カードをお出しになった。

まだお昼前の一時のこと。驚きました。

今週は思ったような成績で無かったのですが、親父が助けてくれたみたいでありがたかったなぁ。

明日は、墓参りに行ってきます。

 
その後もご常連が入らして下さり、なんとか体裁が整ったかもしれません。

新幹線に飛び乗り、静岡の大雨で到着が遅れたために、東京駅でバスに飛び乗り、少し前に我が家に帰って参りました。

 
明日から、藍染だ神楽だテレビの取材だ66展の準備だと、また忙しい日々が始まります。

その前のちょっとした一時を、酒を飲んで寛いでおりますです。

2012年5月27日 (日)

桶屋の松っちゃん

先ずは、このキリリとした姿を見ていただきたい。
Mainimg

囲碁将棋盤の最高級品は、宮崎県日向地方の榧(カヤ)の柾目のもの。
それを扱う老舗が、松川碁盤店
写真は当主の松川高士氏。
私が「氏」と付ける風格を、感じさせます。
囲碁4級の私が見ても、それはそれは美しい碁盤を作ります。

世はバブルが崩壊した頃、松川氏から嘆き節が出はじめた。
毎日のように「売れない、売れない」と言う。
世はITの時代。
囲碁を打つ人達はネットを利用し始め、碁盤が必要なくなった。
そして嘆き節は続き、遂に私たちは、氏をマッチャンと呼ぶようになった。

この写真を見ていただきたい。
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松川氏から鋭さが消えている。

マッチャンは、木を扱う専門家。
見る目は確かだし、扱う腕もある。
宮崎には榧だけでなく、宮崎杉、霧島杉という優れた材料がある。
これに目を付けたマッチャンは、遂にそれらを利用して漬け物桶を作った。
なんと一本を切り抜いて桶を作るという、何処にもない独自の漬け物桶です。

様々な特徴があるけれど、先ずは漬け物が暖まることがない。
杉材の特徴で、気化熱で中の温度を下げる効果があるために、夏でも冷蔵庫に入れなくて済む。
そして何より、漬け物が美味しい。

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写真中央にビールが何故あるかというと、この漬け物桶に入れておくだけでビールが冷えるという実演をしているのです。

これが好評を博し、以前は碁盤の端に置いてあった桶が、今や碁盤を追い出し、中央に鎮座ましますようになった。
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(左隅にちょこんとあるのが碁盤。立っているのは、最近まぶしくなくなったアケビ細工の古川(こがわ)さん)

以前は、レジに行くマッチャンの姿を滅多に見ることがなかったのに、最近はしょっちゅう通うようになった。売れているんです。
「大川君の前を通ると悪いから、ぐるっと回ってレジに行ってるよ。これでも気を遣っているだぜ」。なんて言う台詞も吐くようになった。

これも企業努力ですね。

碁盤に目を入れることを「目を盛る」と言い、日本刀で盛る事を「太刀盛り」と言います。
碁盤を扱う松川氏は、日本刀を持つ。
だからその目は、最初の写真の様に鋭い。

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その手を包丁に替えて、松川氏はマッチャンとなった。


この漬け物桶は、ネットショップでも扱っています。
美味しい漬け物を作りたい方には、お勧めです。
ホームページをお訪ね下さい。

2012年5月26日 (土)

名古屋4日目

今朝は、何故か時間が無くて朝食抜き。

それが祟ってか、リズムを壊したようで、どうも調子に乗れない1日でした。

 
しかし朝礼に寄れば、昨日から成績も盛り返しているらしい。

この状況では素晴らしいことだけれど、やはり、全員で力を合わせると、パワーが出て来るようです。

この辺りを、百貨店の方にはご理解いただきたいものだ。

調和を崩す奴が一人いると、それが蟻の一穴ともなる。

 
ホテルに帰るまで、客引きが喧しい。

それも「オッパイパブはどうですか?」なんて、太い細野とべっ甲岳野が喜ぶようなことばかり。

きょうはそれを避けて、大通を歩いて帰って参りました。

2012年5月25日 (金)

名古屋3日目

朝食を取るために街場の食堂にはいると、茶髪で唇にピアスをしている様な若者達がたむろして、大きな声でしゃべっている。酔っぱらっているようだ。

私の若い頃はどうだったろうかと思い出すと、ああではなかったけれど、ひょっとするとああでもあったかと思う。

なにも朝からこんな感慨にふけることもないのに、繁華街にホテルを取ったばっかりに・・・。

 
さて3日目開店。

非常に静かに始まり、ちょっと不安になってきた。

朝ご飯を食べているので、根気良くお客様を待っていると、なんとか昼過ぎに目が開いた。

今日はどうなるだろうかと思いきや、やはりご常連の存在は大きく、岡崎市から太田さん達がお見えになったりで、三日間で一番良い成績で終了させていただいた。

 
耐震工事でメインのエスカレーターが使えないなど色々あって、お客様の数は少ないようだけれど、我々も座して待つわけではなく、レイアウトを変えたりなんだりと、工夫をしながら仕事しております。

回りのみんながそれを手伝う。

それが60人いるわけですから、そのパワーが後半生きてくることでしょう。

One for all,All for one の精神ですね。

 
つい最近、One for One,All for Oneになってしまった催事の話しをしましたが、その評判が聞こえて参りました。

聞きしにまさる酷さだったようだけれど、要は精神の問題。

担当者は晩節を汚しましたが、汚させた人間の罪は深い。

2012年5月24日 (木)

名古屋2日目

ホテルを一人離れたところに取っていて、ちと不便。栄の繁華街にあるために、客引きが昔の札幌すすき野の様でうるさくて仕方ない。

皆さんが泊まっているところは、おとなしくて静かで結構なところ。来年はそこにしようかなとも思う。

三越は夜八時まで営業。お昼を早めに取ると、1日持ちません。

ですから、朝食をたっぷりと取る必要があるのですが、皆さんが泊まっているホテルは豪華な朝食付きだそうだけれど、私のホテルにはない。

仕方なく、朝の繁華街で朝食を取っていると、酔っぱらいがうるさい。どうにも環境がよろしくありません。

自分が選んだことですから、泣き言言っても始まりませんが、そんな中で2日目も始まりました。

 
忙しいこともなく、さりとて全く暇だと言うこともなく、今日も又夕方7時頃にお客様がついて下さった。

あきらめちゃいけませんね。

2012年5月23日 (水)

名古屋初日

準備が終わっていませんでしたから、朝早めに入り、そのまま本番。

朝一番にお客様がついて、新作のジャケットが売れて幸先良いスタート。

お馴染みの高木さんにも来ていただき、夜の7時頃にもジャケットが出て、まあまあのスタートとなりました。

 
三越では、東海沖地震が予測されるためか、耐震工事が行われています。

そう言えば三越本店では、昨年の3/11は江戸職人展が開催中だった。

やはり耐震工事のお蔭か、何ともなかったようですから、必要な事なのでしょう。

 
しかし、お客様が最も頻繁に使用するエスカレーターを止めて工事している為か、少し来場者数が少ないようには感じられます。

それはそれで三越ですから、なんとかしてしまうところが自力でしょうか。

 
この催事は、第5回となっていますが、冬を入れれば10年経っています。

私は2回目の出展で新参者。

おとなしく、小さくなってお仕事に励んでおります。

2012年5月22日 (火)

名古屋へ

浜松から帰ってきましたら、庭が草ボウボウ。

3日程掛けて草刈をしましたが、まだ終わりません。

身体はくたくたで、敷地の広いのも玉に瑕です。なにせ、千五百坪ありますからね。

その間、早池峰神楽公演の準備もあり、忙しく働いて名古屋にきております。

 
今日は午前中、工房にお客様が入らして、大きな買い物をしてくださった。

その為に、名古屋に入ったのが午後5時を優に過ぎていて、会場にはほとんど人が残っていなかった。

準備も適当に終わらせて、明日の朝又やることにして、ホテルにチェックイン。

これから夕飯にします。

 
明日から名古屋三越栄店に一週間の滞在ですが、良い出会いがありますように。

全国から約60名の職人が集まった、大きな催事です。

2012年5月15日 (火)

浜松最終日

目が覚め3ますと、昨夜の記憶が怪しい。

最後に、何を食したか覚えてないのです。

人の名前も思い出さなくなってきた。

少し、気をつけなきゃなりませんかね。

 
目が覚めたのが午前5時過ぎで、ゆっくり帰りの支度をしても時間がある。

腹が減ったので、ホテルの隣の蕎麦屋で朝定食を頂いた。

美味しいご飯に、塩鮭と野菜の煮物におみそ汁と香の物で550円也。

わざわざ来ても良いくらいに結構な朝食ですが、今週初めていただいた。

朝九時までなのです。

 
最終日は、取り置きがありましたので焦らずにお客様を待ちますと、賑やかに三人の大常連がご来店。

賑やかにお買い物していただき、無事終了。

 
今回は、「うるみ工芸」の勝又さんと親しく語り合うことが出来たのが、大きな収穫でした。

浄法寺塗りただ一人の伝統工芸師として20年、一人で浄法寺塗りを支えてきた。

我々の催事にも、裏方としてご苦労なさっている。

わたしとは古い付き合いだけれど、こういう時間は今までありませんでした。

実を言えば、私と勝又さんとは色々あった。

大人同士だから何も語らず、二人だけにしか分からないことだけれど、「色々ありましたが、今回ご一緒させていただいてありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」と、私が頭を下げさせていただいた。

何についても、意味のないことはないし無駄もない。

今回この時期に、浜松遠鉄に出展したには、こういう事もあったろうし、ああいうこともあった。

 
終わろうとする直前、遠州紬の大高君がひょっこり顔を見せてくれて、時間があるというので片付けを手伝って貰っちゃった。いや、助かりました。

お陰様でゆっくりと新幹線に間に合い、東京駅からバスに乗り、一路佐野市に向かっております。

 
浜松でお会いした全ての人達に、ありがとうございますm(_ _)m

浜松最終日

目が覚め3ますと、昨夜の記憶が怪しい。

最後に、何を食したか覚えてないのです。

人の名前も思い出さなくなってきた。

少し、気をつけなきゃなりませんかね。

 
朝5時頃に目が覚めてしまい、ゆっくり帰りの支度をしても時間がある。

腹が減ったので、ホテルの隣の蕎麦屋で朝定食を頂いた。

美味しいご飯に、塩鮭と野菜の煮物におみそ汁と香の物で550円也。

わざわざ来ても良いくらいに結構な朝食ですが、今週始めていただいた。

朝九時までなのです。

 
最終日は、取り置きがありましたので焦らずにお客様を待ちますと、賑やかに三人の大常連がご来店。

賑やかにお買い物していただき、無事終了。

 
今回は、「うるみ工芸」の勝又さんと親しく語り合うことが出来たのが、大きな収穫でした。

浄法寺塗りただ一人の伝統工芸師として20年、一人で浄法寺塗りを支えてきた。

我々の催事にも、裏方としてご苦労なさっている。

わたしとは古い付き合いだけれど、こういう時間は今までありませんでした。

実を言えば、私と勝又さんとは色々あった。

大人同士だから何も語らず、二人だけにしか分からないことだけれど、「色々ありましたが、今回ご一緒させていただいてありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」と、私が頭を下げさせていただいた。

何についても、意味のないことはないし無駄もない。

今回この時期に、浜松遠鉄に出展したには、こういう事もあったろうし、ああいうこともあった。

 
終わろうとする直前、遠州紬の大高君がひょっこり顔を見せてくれて、時間があるというので片付けを手伝って貰っちゃった。いや、助かりました。

お陰様でゆっくりと新幹線に間に合い、東京駅からバスに乗り、一路佐野市に向かっております。

 
浜松でお会いした全ての人達に、ありがとうございますm(_ _)m

2012年5月14日 (月)

浜松5日・6日目

日曜日に浜松に戻って参りまして、家内と交代。

これが、ご常連に来ていただいたお陰で、なかなかの成績。そして、予約まで取っておいてくれました。

5日目は、その予約で助かり、6日目もご常連にご注文頂いたりして、まあまあというところでしょうか。

最低目標まで、もう少しですがさて!?

 
初日にバスケ北野を振ってしまったので、後は毎日、ホテルの部屋で一人晩酌をしておりまして、これがなかなかに快適。

部屋にはいると風呂に湯を張る。

百貨店の地下で仕入れたお総菜を並べ、お湯を沸かし、パソコンにスイッチを入れる。

さっと風呂につかって疲れを取り、お総菜をつまみにお湯割りの焼酎をやりながら、パソコン遊びかテレビの映画を楽しむ。

石原裕次郎と浅岡ルリ子の「銀座の恋の物語」に涙し、美空ひばりに圧倒され、「ハルマゲドン」でヒヤヒヤドキドキし、最後はイングランドサッカーのマンチェスターシティーの優勝で幕を閉じました。

晩酌の最後に、納豆に生卵に白米でシメ。

後は寝るの毎日。

 
6日目の夜、初めて宴会をしました。

クリエイティブ工房を始めた人、偉くなった人、新任の偉い人と担当と、女性担当者というメンバー。

皆さん熱い思いの人ばかりで、私も少々語ってしまいましたが、充実した会議のような宴会を終え、久々に酔ったようです。


2012年5月13日 (日)

講演のお話し

土曜日、一日だけ浜松を離れ、唐澤山神社敬神婦人会総会で講演をして参りました。

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佐野宮司から「藍染について1時間くらいはしゃべれますか?」と問われて、「1時間でも2時間でもしゃべりますよ」と大見得切ったは良いけれど、さて、なにを語ろうかとしばし考えました。

そりゃ、藍染の話しには違いないけれど、その内容についてです。

せっかく神社でお話しさせていただくのですから、「藍染から見る歴史」と自分勝手にお題を決めまして、それに沿ってお話しさせていただいた。
 
 
 
私の藍染は、伝統工芸ではあるけれど、「伝統」という言葉は後付にすぎない。何故、伝統として続いてきたかというお話し。

科学的分析も後付に過ぎない。そんなものが無くても、藍染には七千年ほどの歴史がある。それは何故かというお話し。

化学的な藍染と、伝統的な藍染の違い。それは、結果が違うこと、意味が違うこと。そして我々伝統的な仕事をしている職人は、歴史と語り合えること。

歴史と語り合うと言うことは、如何なる事か。自己を失わないことだというお話し。それは又、日本の神々の存在を知ることでもあるというお話し。

現在は、伝統としての工芸全般が存亡の危機にたたされている。それは日本人が、自己を失っているからで、またこれからも自己を失い続けて行くだろうというお話し。

だから是非とも、我々の伝統的な仕事をかわいがっていただきたいというお話し。
 
 

最後に、「宮司から1時間というお時間を頂きました。2時間でも3時間でも、しゃべろと云われればしゃべりますが、皆様の体力と気力の問題もございましょから、これにて私のお話を終わらせていただきます。ご静聴、ありがとうございました」と、ぴったり1時間で閉めて参りました。


2012年5月12日 (土)

職人展と物産展

職人展とは、物産展の工芸を集めた催事ではありません。高島屋系だけで行われていた頃は、朝礼で百貨店担当者が一言「こういう物産展」などと言ったら、総スッカンを食った物だ。

物産展に出展している食品以外の所謂工芸は、「物産」なんですから、誰かが作ったものを地元の人間が売れば、嘘偽り無く「物産品」だし、それにたいして歴史も本物も工芸もありゃしません。つまり、職人技を必用としなくても構いません。

そこを履き違える百貨店担当者がいるのですな。

私たちは、口を酸っぱくして言ってきたし排除してきた。

何故かと言えば、お客様を裏切ることになるからです。

 
その昔、ある職人展に、大量生産品の業者が出展した。

それを見た職人達から、百貨店は大反発を食らった。

何故なら、彼らは平気で安売りするし、いや、出来るし、品物が工芸でも民芸でも職人の作ったものでもないから、職人や、彼らが作っているものを地道に扱っている人達が傷つくのです。

その業者は、それ1回きりで終わりました。

何故なら、職人達が百貨店に抗議したからです。

しかしその職人展は、それ以来成績は下降線をたどり、今や見る影もありません。上六です。

その業者は辞めても、その業者を出展させた百貨店の精神は残りますからね。

 
昨日気がついたら、ある百貨店の職人展に、その同じ大量生産の会社が出展していた。

その会社は安売りできる。だって、元が安いんですから。それに巻き込まれて、職人の仕事も安売りさせられている。

この百貨店に出展している人達がどう思っているかは知りませんが、問題にもならないなら、時代というんでしょうか自覚というんでしょうか、なんというんでしょかね。本来の意味で、世知辛いとでも言いましょうかね。

今のところ、こんな事をしているのはこの百貨店だけですから、お読みのお客様にはご安心いただきたい。他でそんなことをしたら、排除されてしまいますからね。

どうしてこういう事になったかは、簡単に想像がつきますが、某百貨店担当者は、何をされてもどんなに圧力を掛けられても、そう言う業者を排除した。そして、売り上げを伸ばしています。

 
「One for All , All for One」という、ラグビーで有名な言葉がありますね。「一人はみんなのために みんなは一人のために」と云うことのようですが、職人展も同じで、チームワークが大切だと私は思う。

この場合は「One for One , All for One」で、たった一人のために全体が崩れて行く。その典型が、「職人展」の短い歴史の中にもある。しかし、自分のことしか考えない人は、他はどうなっても構わないのですな。

 
付け加えますが、その大量生産品が悪いと言っているわけではありません。職人展の趣旨や目的に合わないと言っているのです。

物産展なら堂々たるものだし、商売としたら立派です。

2012年5月11日 (金)

浜松3日目

3日目を終わりまして、今、佐野に帰る新幹線の中でこのブログを書いています。

明日、唐沢山神社で、藍染についておしゃべり(講演)をするためです。

午前中のことですので、とんぼ返りで浜松に帰って参りますが、良い機会を与えてくださった佐野宮司に感謝です。

 
お仕事の方は、ボチボチ。

催事場は北海道展なので、朝十時前に開店させてお客様を入れるという賑やかさ。

少し、お相伴にあずかりたいところですが、それ程でもないかな。

 
職人達と連絡を取り合うと、今週も日本中の百貨店で催事が開かれているようです。

「職人展」だけでも、伊勢丹相模原店、東武船橋、玉川高島屋、静岡松坂屋、心斎橋大丸ですって。

私のように、二人展などをやっているのはもっとあるでしょうし、物産展もありますから、催事一つ当たりの職人が薄くなりますね。一昨年の船橋も、大分困っておりました。
 

その昔のこの週は、玉川高島屋の「くらしを彩る 一郷一品すぐれもの市」だけだった。

今回で22回目だそうですが、老舗催事です。

私が知る限りでは、日本で一番美しい会場作りをしていて、さすがは玉川高島屋と思わせてくれる催事でしたが、今はどうでしょうか。

この催事が始まった頃は、京都高島屋→玉川高島屋→日本橋高島屋→京王百貨店という、黄金の一ヶ月だった。

その当時の人達も、未だに元気で活躍なさっています。

ちょいと、懐かしんでおりますです。


2012年5月10日 (木)

浜松2日目

遠鉄百貨店は新館が出来まして、大きく広くなりました。

社員が増えたかどうかは知りませんが、担当する場所も、きっと大きく広くなっているのでしょう、人事異動があったようです。
 

我々の出展している「クリエイティブ工房」も、マネージャーの深見さんが移動になった。

この人も長く担当してくださったけれど、思い出が深い。

彼は私に2度怒られているはずだけれど、彼がマネージャーに昇格したときは本当にうれしかった。

我が儘もずいぶん聞いて下さった。

お世話になりました。
 
 
偉くなって戻ってきた人もいる。

それはそれは、うれしいことです。

遠鉄も開業して20年以上たちますから、そろそろ生え抜きがリーダーシップを取る時代に入ってきているのでしょう。

考えてみれば、私の歳の百貨店マンは役員だけ。

店長だろうが部長だろうが、みんな年下になってきている。

驚きますね。

 
2日目は、朝からお客様が来て下さって、忙しく過ごさせていただいた。

ご常連はありがたいけれど、今日はなんと、新規のお客様がお二人ついた。

うれしい1日でございました。

2012年5月 9日 (水)

浜松初日 浄法寺漆

遠鉄初日です。
 

日本に漆器は数々あれど、漆は浄法寺に限ります。日本最高の品質、そして、最大の生産量を誇る。
 
金閣寺が焼失し、復元しようとしたとき、金箔がどうしても付かない。

接着剤たる漆を浄法寺漆に変えてみたら、全て上手く行ったと云うくらいなものだ。
 

原料の産地たる浄法寺にも、「浄法寺塗り」はある。

色合いは、一言で言えば地味で、自己主張が少ない。庶民の使うものだったからだが、そこがまた、岩手県(南部)らしいところ。

しかし、中にはきらびやかなものものあって、それは殿様のお使いになるもの。

それを作り、納める家は、苗字帯刀を許された。

今回一緒に仕事をさせていただいている勝又家は、そういう古い家柄を持っている。
 
 
浄法寺塗りは、はじめ地味な分、使い込んだ艶には何とも言えない趣が出て来る。

私はそれが大好きで、お正月を、浄法寺塗りのお重と片口と盃で迎えるのが夢だった。

そう話したら、「私のお重は、注文が3年先まで詰まっているよ。本当に使うんなら注文して」と勝又さんに言われてしまった。「そうしたら私も、大川さんの藍染を着せて貰うから」とも。つまりは、物々交換しようと云うことです。

「よし!じゃぁ注文します」
「分かった、5年後な!」

こういう会話を交えながら、静かに一日が過ぎて行きました。

 
勝又さんは、私よりも7才ほど年上。

若々しいとはとても言い難いが、「私はね、もう歳を取らないことに決めたんだ。だから、死ぬまでこのままで行くよ」とおっしゃる。

そうして貰わないと、私が困る。なにせ、お重が五年先なんですから。

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写真ではお分かりにならないだろうけれど、勝又さんの浄法寺塗りと私の藍染めは、良く調和して美しい。

自分でほれぼれとしてしまいました(笑)。


2012年5月 8日 (火)

浜松へ

この数日、毎日藍染。

紺屋ですから当たり前なんですが、お日様が出た日じゃないと、まともな染めは出来ません。つまりは、ようやくの晴れ間なんです。

 
今日は、浜松に行く日。

昨夜は、早池峰神楽公演の実行委員会が夜あったので、染め終わらなかった物があった。

朝5時半に覚めると、お日様が差している気配。

6時半から洗い物をはじめたら、もう止まりません。

それからずーーーーーーっと染め仕事になっちゃった。

 
浜松への時刻表を見てみると、佐野新都市バスターミナル午後2時35分発のバスに乗らなければならない。

慌てて仕事の片付けをはじめ、甕の攪拌が終わると、午後1時55分。

工房からバスターミナルまでは30分を見なければ危険ですので、慌てて車を飛ばしました。

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余り急いでいたので、こんな手のままバスに乗り込み、東京駅から新幹線に乗って浜松にきております。

ちょいと恥ずかしかったけれど、開き直って、居酒屋で浜松餃子をおかずにご飯を食べてきた。もちろん、この手のままでです。

 
ホテルのネット状況が良くありません。

この一文を書くだけで、相当時間が掛かっています。

だからと云うわけじゃありませんが、そろそろおやすみといたしますですzzz

2012年5月 4日 (金)

閑馬

大阪から帰ってきた翌朝は、大雨。

天のお恵みとして、一日お休み。

次の日の早朝は、我が工房は朝靄の中。

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工房の真東の風景(午前5時半頃)

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西側です。

朝の7時頃になりますと、朝靄が消え始めます。

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今は新緑が美しい。

素晴らしいところです。


2012年5月 2日 (水)

上六最終日

上六前期の最終日です(上六というのは、上本町六丁目にある百貨店だから、通称「上六(うえろく)」ということです)。

 
初日にお約束のお客様がいて、それが唯一の期待でしたが、ちゃんと来てくださり、ご注文をいただいた。

後はさっぱり。

 
コルクと、「そう言えばメンバーも変わったな」という話しになった。

この催事が盛り上がり、お客様もついた最盛期に、草創期の職人達が離れていった。いやいや、離れざるを得ないような状態にされてしまった。

彼らは他の催事で今でも活躍しているけれど、気持ちは察して余りある。

その後の数年間、彼らの態度は変だったし、今でもその時の気持ちを引きずっていると思う。

そういう風にし向けた人達はどうかといえば、今なお健在。

それが浮き世なんでしょうな。

 
取引先(百貨店)や人(担当者)との付き合いも、我々職人の世界だって変わらないようだ。

職人には、そう言うことに不器用な人間の方が多い。

彼らは、浮き世に破れ去る。

できれば百貨店は、「職人の技」と「人となり」を見て貰いたいものだ。

 
そんなことがあって、今の上六があるのではないでしょうかね。

 
ただいま帰りの新幹線の中。

ゆったりとパソコンに向かっております。

2012年5月 1日 (火)

上六6日目

朝一番、我が店の前を、ブドウのバッグをお持ちのお客様が通った。

戯れに、「ブドウのバッグには、藍染!っていうのが世の決まりですよ」とお声がけすると、ニコッとお笑いになって通り過ぎた。
 
事実、良く合うのです。
 
 
 
上六の社食は、注文すると、目の前で一つ一つ作る。そして以前より、大分おいしくなった。

午前11時の開店。

私を含め何人かは、その時間が常連。

食べ終わる頃、お隣の白春さんが私を呼びに来た。「さっきのお客さんがいらっしゃいましたよ!」ですって。

慌てて食器を片付けようとすると、目の前のコルクが「いいですよ、やっておきます」と言ってくれたので甘え、戻ってみると、先ほどのブドウのバッグのお客様。

オーガニックコットンストールをお買い上げ頂いた。

ご自分の為かと思いきや、沖縄へのお土産だそうな。正藍染めは紫外線避けに最適ですから、沖縄にはぴったりですし、このオーガニックコットンの柔らかさは、格別です。

めでたく目が開きましたが、お隣の白春さんといいコルクといい、持つべきものは仲間ですな。

 
年老いたお母様の面倒を見ていて、初日にワイドパンツを買ってくださったお客様が来てくださり、「脚の悪い母にぴったりで素晴らしかった。もう一本下さい」と。

「今日は母がデイサービスに行ったので、やっとこれました」とおっしゃる。男性です。

春先にこのパンツを穿いてくださった膝の悪いお客様が、「あなた、このズボンを穿いていると、時々ストーブが近くにあるんじゃないかって思うくらい温かいの。すごいわねぇ」とおっしゃっていたけれど、正藍染めを、人類が何千年も使い続けてきた理由が、こんなところにあるのかもしれません。

 
その後は・・・(これはテンテンテンとお読みいただきたい)。

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