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2012年7月

2012年7月31日 (火)

宇都宮終了

昨年、催事担当から次回の日程について相談があり、この時期を選んだのは私です。

それについては多いに反省もしていますが、この暑さもオリンピックも高校野球も分からなかったという言い訳をさせていただきましょう。

 
最終日は、何故か毎回盛り上がる。

午後4時閉場なのに、「これくらいは行きたいな」という成績を、御陰様で上げさせていただいた。

ホッと一安心。

 
暑い中、お見えになっていただいたお客様には、こころから感謝です。

日本全国から、はるばる宇都宮の催事に参加して下さった職人の皆さん、本当にありがとうございました。

全員にご挨拶させていただいたけれど、「また呼んでください」と言われると、「ありがたいな」と心から思います。

裏方で頑張った企画会社の神田さんにも、ご苦労様でした。

 
又来年、お会いできますように。

2012年7月30日 (月)

宇都宮報告 暑い!

どうにも暑いですが、皆様如何お過ごしだろうか。報道に寄れば、熱中症で亡くなった人もいるらしいのでお気をつけ下さいませ。
 

百貨店の中は省エネ中とはいえ、なんとかエアコンが効いていますからそれ程ではない。

しかし、外に出た途端の暑さは、尋常ではありません。

ちょっと用があって催事事務所に入りましたら、そこはエアコンが利いていなくてもの凄い暑さ。その中で事務仕事をしている社員には、頭が下がります。

 
日曜日はすばらしい成績だったけれど、この暑い中、オリンピックで寝不足かもしれない中、御来店いただいているお客様全てに感謝です。そして、出展してくれている職人達にも。

2012年7月29日 (日)

「みっともない」

普段、柔道の試合を見ることはありませんが、見てこなかった訳じゃない。もう還暦を過ぎてますからね。

今度のオリンピックで久々に見ると、「みっともない」という印象ばかり。

それは、試合している選手の姿も、試合運びも、審判の態度も、全て「みっともない」。

 
「みっともない」という言葉は、中世の「見たくもなし」が「見たうもなし」→「見とうもない」→「見ともない」と変化して「みっともない」となったそうで、つまりは「見たくない」ということ。転じて「見たくもないほど見苦しい」という意味になった(語源由来辞典)。

ですから、今後は見ないことにします。

 
それにしても、柔道には「道」とあるけれど、今のオリンピック柔道の何所にそれがありましょうか。

勝って喜び、負けて悔しがり、相手を思いやる気持ちも礼も感じられない。

 
日本は、こんな柔道をするオリンピックから、撤退することを願うな。

2012年7月28日 (土)

オリンピック日本男子サッカー

オリンピックが始まっています。

開会式前に、サッカーが男女とも行われたけれど、双方勝ってめでたい。

特に男子サッカーは、ワールドユースで準優勝した黄金世代を思わせる強さだった。
 

あのときは、準決勝で小野伸二がスローインに時間が掛かったという詰まらぬ理由で二枚目のイエローカードを貰い、決勝のスペイン戦に出られず、優勝を持って行かれてしまった。その時のスペイン代表には、シャビもいた。

日本は、この黄金世代を活かせず活かさず今があり、スペインは世界を席巻している。

つくづく残念だけれど、そのスペイン戦が始まるやいなや、目を見張ったのは日本の強さ。あのスペインに堂々と立ち向かい、遜色ない戦いを始めたではないか。

レッドカードでスペイン選手が退場になったけれど、永井の速さがそうさせたもので、決して誤審でもラッキーでもない。

このチームに小野伸二のような絶対的なリーダーがいれば、優勝も夢ではない強さだと思って観戦していました。

 
それにしても、スペインのキーパーは凄い。

私が見てきた歴代のキーパーで、最高はゴードン・バンクスだけれど、それを思わせるくらいで、彼から一点を取っただけでも凄いことだ。このキーパーじゃなければ何点取っていただろうと思う。

カズがイタリアへ行って「キーパーが凄くてシュートが入らない」という印象を語っていたけれど、Jリーグの最大の欠点は、そのキーパーかもしれません。


1999年のワールドユース決勝に、小野伸二が出場していたらどうなっていただろうか。私は、スペインと良い勝負をしていたと信じています。

黄金世代を活かしていたら、日本のサッカーはすばらしい物になっていただろうと、残念でならない。

ジーコは、確かに日本のプロサッカー誕生の大功労者です。

しかし、彼と日本サッカー協会はまた、日本サッカーの質の向上を阻害した面もある。

日本のサッカーに対して、そんな感慨が私にはあったけれど、このチームはそれを払拭させるような勢いを感じさせてくれます。

1996年アトランタオリンピックでブラジルに勝った「マイアミの奇跡」は、確かに奇跡で、紛うことなくまぐれでしたが、今回のスペイン戦はしっかりした勝利です。


永井はマークされるでしょうが、彼をマークできる選手なんているのでしょうか。

その分、スペースが出来て日本のチャンスが増えるわけで、楽しみなオリンピックになりました。

選手に怪我がありませんように。

2012年7月27日 (金)

宇都宮初日・2日

毎日閑馬から、花宇宙の村井先生と大山さんと三人で、宇都宮まで通っています。

ちょいと疲れるけれど、交代で運転すると助かるな。

 
それにしても暑い!

その上に、オリンピックと高校野球が重なり、三重苦で始まりました。

それでもこれだけの職人が集まりますと、壮観ですから、栃木県近隣の方々に、是非ご覧になっていただきたいと思います。

 
7月31日まで開催しております。

2012年7月25日 (水)

宇都宮の準備

今日は先ず、佐野市赤見温泉「一乃館」で、アート街道66展の打合せを午前中にやっつけて、午後から、宇都宮東武百貨店で開かれる「にっぽん全国職人の技展」の準備に行ってきました。

 
5階の会場に入って行くと、文字通り、全国から一流の職人達が集まっていて壮観です。

北海道からは吉田の熊さん、沖縄からは与那覇珊瑚はじめ、ほぼ全国の職人を網羅してます。
 

実はライバルも多い。例えば、横浜タカシマヤでも浦和伊勢丹でも、同時期に同じような催事が開かれている。

地方百貨店の宇都宮よりも、大都会の一流百貨店を選ぶ職人達がいる中、わざわざ宇都宮に来て下さっている職人達に感謝です。

 
何故かくしゃみが止まらない。

細かった細野君に薬を貰ったけれど、それが効いてきたのが帰りの車の中。

西方町の「道の駅」で一寝入りしたら、1時間30分の行程を3時間30分程掛けて、佐野の工房にたどり着きました。

 
 
明日から、東武宇都宮百貨店5Fイベントプラザで開催されます「にっぽん全国職人の技展」に出展します。

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全国から、六十数名の一流の職人が集まっています。

たぶん、地方で開催される最大の職人展だとおもいますので、栃木県民皆さんにお出で頂きたいと思います。

2012年7月24日 (火)

藍建て その様々

 藍を水溶性に変えて、染め液を作る事を「建てる」と云いますが、人それぞれ様々に方法があると思います。

 今年に入って、「阿波藍」というDVDを見ました。昭和30年~40年代初めの徳島県のすくも作りと藍染についての記録映画を編集したものです。藍草の栽培から刈り取りから藍ごなしからすくも作りから藍玉作りまで、大変勉強になった。
 ところが最後の藍建ての場面になって言葉を失うほど驚きました。すくもを鉄釜に入れて煮ているのです。これでは微生物が死んじゃうのではないかと、一緒に見た久留米絣の国指定重要無形文化財と話しをしておりました。私も彼も、長い間藍と向かい合って生きてきたけれど、すくもを煮るなどとは想像の他です。しかもその後、水を入れた藍甕にそれを入れている。この映画を作ったのはしっかりとした組織ですし、監修は大学の先生がなさっていますから、ウソがあるとは思えませんし、当時の藍建てを正確に記録した物だとは思いましたが、驚いた。

 手元に、昭和52年発行の「正藍染」(泰流社刊)という本があります。何気なく見ていたら、当時の藍建ての様子が書いてありました。
 その中に「すくもの溶解」という段があります。何だろうな?と読んでみたら、すくもを藍甕に入れる前段階の処理を云っているらしい。そこに、徳島県のやり方が出て来ました。

 「(前略)たとえば、徳島県の例では鉄製のすくも溶解釜を用い、水と苛性ソーダを加えてすくもを煮て、すくもの粒状を溶解させ、泥状のものにします。徳島県工業試験場技師・米川孝宏氏の報告によると、その釜の容量は二百リットルで、水を百リットル、すくも1.5俵(約八十五キロ)、苛性ソーダ1.5キロを入れ、攪拌しながら九十度以上で約一時間煮る、ということです」(p165)。

 次に「すくもの仕込み」に続いています。

 「徳島県で行われている方法によると、あらかじめ藍甕(一石五斗=約二百七十リットル入りのもの)に苛性ソーダを入れておきます。そこに水を半分くらいまで入れ、泥状に溶解したすくもを四個の藍甕に等分に仕込み、これをもう一度行うということです。つまり一度目に一.五俵(約八十五キロ)のすくもを溶解させ、藍甕に入れているので、結局、一個の藍甕には四十三キロのすくもを入れることになります」(p165~p166)。

 なるほど、私がDVDで見たとおりのことが書いてありました。驚いた私たちの方が無知だったというわけなのでしょう。

 その他の藍建て方法として、渡辺庄吉さんの方法も書いてありましたが、これは、私達の建て方と基本的に同じで、昔から「本建て」をなさっていたことが良く分かりました。こういう方の存在は、ありがたいことです。
 もう一つは、すくもを甕に入れた後、苛性ソーダを加え、熱湯を入れながら棒で搗くという方法も書いてありましたが、之は想像の内で驚くほどのことはありません。

 因みに私は、すくもと木灰の灰汁だけで建てております。
 この本の伝に従って説明しますと、「すくもの溶解」は、藍甕にすくもを入れ、そこにヒタヒタになるくらい熱した灰汁を入れて棒で搗き、一日から二日寝かせます。そして、身体を藍甕に入れて、足で踏んで良く良く練ります。

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これを「踏み練り」と称しておりますが、先に書いた無形文化財も同じ事をやっているそうです。

 渡辺さんは、湿らせたすくもを臼で粘りが出るまで搗き、さらに手で良く揉むのだそうですが、すばらしいやり方だと思います。私の場合、甕が大きいので、この作業は向きません。


2012年7月22日 (日)

褐色(かちいろ)

 黒に見えるほど濃い紺色のことを、「褐色(かちいろ)」といいます。

 JR大阪三越伊勢丹の「NIPPONの匠」に来て下さった徳島県の方が、この「褐色(かちいろ)」だというシャツを着ていらっしゃいましたが、私にはとても藍染とは思えない色でした。もちろん「褐色」を知らなかったわけではありませんが、阿波藍を使って出す色ではないだろうとは思っていました。

 褐(かち)は勝に通ずで、勝色とも書きますが、勝虫(とんぼのこと)同様、武士に好まれた色なのでしょう。実質的な理由もあって、藍染めは重ねて染めれば染めるほど青味が濃くなり、糸や布を丈夫にしますので、鎧を繋ぐ糸に使われたのが褐色だったのではないか。実際、鎧を作っている人から、「褐色で絹糸を染められますか」と頼まれたこともあります。

 搗色(かちいろ)とも書きます。搗は「つく」と読むように、褐色に染める糸や布に光沢を出すために、それらを臼に入れ、杵で突きながら染めた。それを搗染(かちぞめ)といって、播州飾磨が良く知られていました(播州飾磨とは、現在の兵庫県姫路市飾磨)。
 後白河法皇が編まれた「梁塵秘抄」の中に、「いかで麿 播磨の守の童して 飾麿に染むる搗(かち)の衣着む」とあります。
 江戸時代に書かれた百科事典のような「守貞漫稿」の19巻は、染め織りについて書かれていますが、そこに「カチン色」として「(前略)又播州飾磨ノ里ニテ藍ノ濃染ヲカチ色ニスル也 カチ勝ヲ仮用シ祝シテ古ハ軍陣ニ之用 今ハ婚礼ニ用」云々とある。

 さて、褐色(かちいろ)は如何なる色合いか。江戸時代後期の国学者斎藤彦麻呂が「神代余波」で、「紺に染め、臼に入れてつき、それを何度も何度も繰り返して黒くなり、赤き光りが出た物」と書いております。

2012年7月21日 (土)

小雨模様

ここのところ晴れていたので、日傘用の綿地を沢山染めておりました。

晴れたら晴れたで暑く、熱中症が気になる。雨が降れば、染めのモチベーションが下がる。

上手く行きませんが、これが世の習い。淡々と過ごしたいものですが、世の中棄てたものでもなくて、金曜日は涼しかった為か、沢山のお客様がお見えになって、ギャラリーは大盛況でした。

藍甕も休ませることが出来た。

皆様の御来店に感謝。

2012年7月20日 (金)

アート街道66 反省会と会議と宴会

去る7月6・7・8日に行われた、「アート街道66グループ展in桐生」の反省会と今後の活動に対する会議と宴会を、19日夜、紺邑の2階でしました。

反省会は午後6時過ぎに始まり、谷中議長がレジュメを作ってきてくれてスムーズに進行。櫻井会計からも手書きの会計報告がなされ、これまた無事終了。

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三々五々、全員が集まり、今後の行動について会議。

浦東なおみさんに、足利銀行田沼支店行内の告知パネル記事制作をお任せし、その上月報も作っていただくことになった。

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田沼の方々、是非ご一覧下さい。
 

昨年好評を頂いた、赤見温泉一乃館の「アート街道66展」を、今年も行うことになりました。
期日は9月28・29・30日の三日間。
今年は食も楽しめるイベントになりそうです。


それから宴会。

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料理も飲み物も持ち寄りで、会費なしの気楽なもの。

料理もそれぞれ凝っていて、パンもデザートもモツの煮込みも名前の知らない料理もみんな自家製で、野菜も自家製ですから特徴があってみんな美味しい。

楽しい一時で、全員が帰ったのは午前2時。

2012年7月17日 (火)

私の藍染は紫外線をほとんど通しませんし、耐光堅牢度(日に焼けない強さ)も5強という数値が検査によってでています。

それでも焼けないということはありませんし、ギャラリーは真東に大きなガラス窓で向いていますので、朝の降り注ぐ日光が悩みの種でした。

そこで一大決心をして、藍染の布で遮光幕を作ってみました。

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午前中は、藍染の遮光幕を全開にしておきます。

結果は、まるでエアコンを入れたように涼しくなりました。

省エネが叫ばれている昨今、我が家はエアコンもつけませんが、都会で省エネをなさろうとする方には、絶対にお勧めです。

正藍染めの世界で、こういう広幅の生地を、このように大きく無地に染められるのが、紺邑の最大特徴なのです。

2012年7月15日 (日)

被災地支援活動終了のお知らせ

 昨年の東北大震災に直面し、NPO法人ナチュラル・東日本大震災事務局を立ち上げ、様々に被災地支援をして参りましたが、6月いっぱいをもちまして事務局の活動を終了させていただきます。

 そのご挨拶と報告を、事務局のブログにアップいたしました。

 長い間の御支援に、心から感謝申し上げます。

2012年7月13日 (金)

草刈

初老3人組で、福島に草刈に行くことになっていました。

ところが、高橋隊長が虫垂炎になっちゃって中止。隊長の存在感が、改めて分かりました。
 

我が家の庭も草ボウボウですから、福島に行った気になって朝から草刈。

蒸し暑くて、汗が滝のように流れてくる。

家内が、アクエリアスを沢山用意してくれていたので、そいつを飲んで凌ぎました。

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「僕には出来る」(^_^)v

 
それにしても我が庭は広い。

1500坪の敷地を全て草刈りするには、ボランティアが必要かもしれません。


2012年7月12日 (木)

祈り

九州の大雨は、我々の仲間も巻き込んで被害が出ています。被害を受けた方々に、心からお見舞い申し上げます。
 

我が祖母は、「心配することは期待することだ」と言った。

では、どうすればいいのか考えてきましたが、人は祈ることしかできないことに気がついた。いや、祈ることが出来て、それが又力を持つ。これも、人間が生きる知恵なんでしょう。

 
さて、今日はのんびりとお休みにしようと思いましたが、午後、約束があってお二人が紺邑をお尋ね下さった。

紺邑の今後についてのお話しを伺ったのですが、お話しをしている内に、大きなヒントと方向性を頂いたような気がします。

後は私の決断力と行動力。もう60過ぎなんだけれど、まだ修業をさせられています。

2012年7月11日 (水)

大阪最終日 そして帰宅

ようやく大阪最終日。

長い旅も終わりますが、たった2週間でこんなことを云うなんて、我ながら変わったものです。以前は、これが何週間も続いたものだ。

 
淡々と時間が過ぎ、売り上げもちょっと出来、大阪駅へ。

どうやっても、東京駅22:40発のバスで佐野に帰る以外に方法はありません。

早く着いたところで東京駅で待つだけですので、19:13新大阪発ひかり号に乗って悠々と帰ることにしました。

案の定、車内はがら空きでゆったりのんびり。

お弁当を頂き、ビールをやって、一寝入りして22:10分に東京駅に到着。

ちょっと待っただけでバスに乗り、佐野に帰って参りました。

2012年7月10日 (火)

大阪6日目 芋焼酎

出展者は少しでも売り上げを上げようと努力するわけですが、私はレイアウトに苦労しました。

奥に深い構造なので、商品を横に並べられない。

初日は
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これで始めたけれど、どうもしっくり来ない。

3度くらいは変えてみたけれど、6日目にして実演場所が違うのではないかと言うことに気がついた。

周りの人達に助けて貰って、模様替えを致しました。
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これが一番しっくり来たし、売り上げもそれなりだったけれど、6日目じゃあね(^^;)

 
終わってから、べっ甲岳野、サンゴ久木山とお好み焼き。

久木山君の推奨で、鹿児島の「伊佐大泉」という安芋焼酎を飲んだけれど、これがイモ臭くて旨かった。

焼酎やバーボンは、こうでなくてはいけません。

「飲みやすくて美味しい」とか「イモ臭くなーい」なんて言うのは、女子供の言うことです。

 
ホテルにお帰りの橘右之吉さんを捕まえた。

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右之吉さんの方が半年ほど兄貴だけれど、私もちゃんと年取ったのがわかるな。

大人しくしていようと思ったら、後半は少しですが飲んじゃった。

 

2012年7月 9日 (月)

大阪5日目

橘右之吉さんがツイッターで、「JR大阪三越伊勢丹の「匠の技」展も、今日、明日、明後日の3日間となった。もう少しだ」とお書きになったのを読んで、「まだ3日もあるのか」と、私。さすがに二週間目は長く感じます。

幸い、出展者数27名とこぢんまりとした催事で、その上仲間が良いですから、飽きることはなく、楽しく仕事をさせていただいています。

 
毎日何か出会いがあるもので、大阪の友人森田さんがClarkeさんをお連れになった。高名なコンサルタントでハワイ大学の教授。

クラークさんの祖先はアメリカの独立宣言に署名をした人だそうですが、北海道大学のクラークさんとの関係をよく聞かれる。

彼の名前をよく見ると、Clarkeと最後にeが着いている珍しいお名前。「大志を抱け」のクラークさんとはそこが違う。

「e」が着いているので「いいクラークです」とご説明なさるそうな。

写真を取り損ねましたが、売り場で楽しい一時を過ごさせていただいた。

 
その森田さんに、ホテル近くの老松町の居酒屋に呼び出された。

そこでまた、いろんな人との出会いがあって、食事もせずに会話でお腹いっぱい。

 
ご一緒した森さん、古今堂さん、加藤さん、後からいらした西田さん、そして森田さん、ありがとうございました。

2012年7月 8日 (日)

大阪4日目 宴会

たまにはみんなで一杯やろうと云うことになって人を集めたら、9人にもなってしまった。

目論見はお好み焼きだったけれど、人数が多すぎるので、私の好きなビアホールに決めた。

ネットで近くにキリンシティを見つけ、帆布の細野君が予約を入れてくれたら満席とのこと。

「日曜日だし、行けばなんとかなるさ」と思った。

だいたい、大阪にビアホールが少ないように思う。これは、ビアホール文化が大阪になじまない所為だろう。なんて、細野君達と勝手に解釈。だから、きっと行けば座れると決定!
 
側でそれを聞いていた博多織のマネキンさんが、「大阪を甘く見てはあかん」と言った。

 
お仕事が終わって、隣のビルに移動。

その間のコンコースには、人が一杯。

ちょいと心配になってきた。

 
ビルの8階のレストラン街に到着すると、お店がありすぎて、キリンシティが何処にあるのかが判らない。

細野君達が探したら、直ぐ側にあった。

入ると、10人くらいの席がちょうど空いたところで、片付けを待てば直ぐに入れるという。

「な!やっぱり言ったとおりだね」となって、外の待合いで片付けを待っていると、だれかが「ここ、違うんじゃないの?」という。

よく見たら、ステーキ屋だった。

慌てて移動し、もういちどキリンシティを探すと、ずーーーーっと先にあった。

けれどだ。

けれど、満席。

「9名様だと、少しお待ちいただくことになります」と、店の人は云う。

「少しって、どのくらいだい?」とわたし。

「そうですねぇ、一時間ちょっとだと思います」って、冗談じゃありません。

 
そこで先ほどのステーキ屋にまた移動した。

その間、どの店もお客が一杯。

「こりゃあ、あの店もいっぱいになっちゃったかな?」と心配になったけれど、着いてみると、先ほどの席がまだ空いている。

これ幸いと席に着く。

さて何を飲もうか食べようかとメニューを開けてみたら、ここはファミレスのステーキ屋だった。

つまみになるようなものは、フライドポテトとフライドチキンしかない。

ステーキを頼むと、必ずライスが付いてくる。

サラダはサラダバーとやらへ自分で取りに行く奴だ。

べっ甲の岳野は、「出ましょうよ」というけれど、こっちにはもうそんな体力はない。

しかし、ビールは恵比寿の生があった。

それも、なんと今日に限って半額だという。

 
開き直って、先ずは黒ビールで乾杯。

さすが恵比寿。美味い!

フライドポテトとフライドチキンは、不味くない!

サラダをどうしようと、ウエートレスに「五人で分けて良い?」と聞いて見ると、良いという。

細野君達若い者が取りに行ったけれど、醤油もドレッシングもかけてない。

「あすこにコップがあるだろ?あれにドレッシングを入れてもってくりゃ良いじゃないの」と江戸文字の橘右之吉さん。

「そうですね」って、細野君がコップに入れて持ってきたけれど、ファミレスでこんな事やってる奴らを私は知りません。

「おい、ねぇちゃん」と、右之吉さんがウエートレスを呼ぶ。

ファミレスでこういう人を見たこともありません。
 

サンゴの久木山君が、「こういうところでは、サイコロステーキが良いそうです。良い肉の余りを使っているらしいですよ」というので、200グラムを三人前、取りあえず頼んでみた。

出てきたステーキを一口。

硬い!

右之吉さんと組紐の中川さんと私は、歯が悪くてお手上げだ。

ところが、久木山君達は、「そうですか?美味しいですよ」とへっちゃらだ。

うらやましいけれど、腹が減ってはいたので、我々年寄り組はハンバーグを注文。

当然、ライスが付いてきた。

 
それをつまみに、ビールを飲むこと飲むこと、ついには恵比寿の琥珀って奴を飲み尽くし、「済みません。売り切れです」と、ねぇちゃんが言った。

ファミレスで、こんなにビールを飲む奴らも知りませんが、それからは黒ビールだけを飲んだ飲んだ。

隣の岳野はワインを注文。

右之吉さんは、「生涯、二度とこう言うところには入らないでしょう」なんて言いながら、なんとライスまで食べている。

わたしも食べた。

 
腹一杯になり、さて勘定をしたら、一人2500円なり。

勘定だけには、大満足(^_^)v

2012年7月 7日 (土)

大阪2日・3日目

大阪三越伊勢丹は新しい百貨店で、大阪人には余りお馴染みがない。

関東では最強のIカードをお持ちの人も少ない。

新規のお客様にIカードをお勧めすると、その場で5%引きになりますから、お客様は喜んでお入りになります。

これが浸透すれば、この百貨店も化けるかも知れません。それが、楽しみです。

 
2日目に、ラオスで藍染と機織りをしている若い女性がお見えになった。

実演をお見せしながら、日本の藍染について語りましたら目が点になって、「驚愕です!」とおっしゃる。

ラオスにはラオスの藍染があるのでしょうが、手織りも含め、精進して貰いたいものです。

 
3日目には、徳島県の方が、藍のお話しをしにわざわざ来てくださった。

こういう熱心な方の存在は、貴重です。

 
この催事の百貨店担当者と、日本の着物文化についてお話しを致しました。

いや、お話しを伺ったといった方が正解ですが、この方の着物に対する造詣の深さには驚くべきものがありました。

元々三越の呉服売り場にいた方ですが、催事担当にしておくにはもったいなさ過ぎるほどの見識をお持ちだ。

そして、銘仙の話しになった。

素晴らしい展望をお持ちです。

足利に呼んで、講演とご指導を仰ぎたいくらいなものだ。

 
奈良から友人夫婦が遊びに来てくれて、お好み焼きを頂きましたが、日本橋からの出張で正直疲れが取れず、直ぐに帰ってきてホテルで大人しくしております。

2012年7月 5日 (木)

大阪初日

準備が大方終わっていましたので、ホテルでのんびりと朝食を取って出勤。

そして、のんびりと販売。

ちょっと変わった形の売り場なので、展示の仕方に苦労をしました。

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結局、途中でこのレイアウトも大幅に変えております。

難しいですが、気張らずにお仕事に励もうと思います。

2012年7月 4日 (水)

大阪へ

日本橋の最終日に、知り合いの遠藤さんがいらして、大阪に高速バスを使って行ったらどうかという話しになった。

試しにネットで調べていたら、ついつい予約してしまった。

せっかくだから、高速バスで大阪に行くことにしました。

 
ところが、娘がこれに大反対。

年齢を考えろと言うのです。

それもそうだとキャンセルして、昨夜の打ち上げとなったわけです。

 
娘の部屋に泊まりましたが、なんと朝まで爆睡。

起きてみると、疲れが取れているのを実感。

バスで行かなくて良かったと、つくづく思いましたね。

 
日程の関係で、搬入日に商品が届けられませんので、手持ちで大阪へ持って行くことにしました。

その為に、三越で一番大きな袋を二つと、ガラガラと引いて行く旅行バッグで商品を運びましたが、重かったなぁ。
 

無事大阪について展示も終わり、ホテルで寛いでおります。
 
大阪の方々にはDMが届いていないかも知れませんが、遊びに来てくださいませ。

2012年7月 3日 (火)

日本橋三越最終日 三女

八日間の長丁場になった三越本店の催事も、遂に最終日。私のようなすれっからしも、さすがに三越本店ともなると少しは緊張もするので、非常に長く感じました。

正直、2日ほど転けまして、それが響いてどうなるかと思いましたが、最終日が一番良い成績を上げさせていただいた。「絶対に買うから作ってきて」と、12月のウールコートのお約束まで頂きました。

全体も大きな目標を掲げていたようですが、目標予算を無事達成した模様です。

 
三女には世話になった。

この子は販売の天才。

高校生の頃のバイト先でも、関東全体で指折りの成績を上げていた。

今はフリーの美容師。

幼い頃から、お人形を与えると、直ぐに髪を切って遊んでいたほどなので、髪結いさんは天職なんだろうと思います。

親の私から見ても、もの凄く努力をして来た。

素晴らしい腕を持っているけれど、今は癌患者の為のウイッグのお仕事もしている。

死と対峙している人達との付き合いは重いと思うけれど、良い経験をさせていただいているようです。

東北の被災地へも、仲間を連れて美容ボランティアに行ってくれた。

 
ギャランティも出来ませんから、夜空いているときは毎日宴会。

最終日は次女も呼んで、ビアホールで打ち上げ。

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私はビヤホールが大好き。

キャベツの漬け物、ポテトフライとアイスバインにステーキピラフとオムレツと、野菜たっぷりの豚肉の塩ゆでで、黒ビールを煽りながら飲んで食って大満足。

 
5日からは、JR大阪三越伊勢丹でお仕事です。

次女

今回も、次女の部屋に寝泊まりしております。

日本橋七日目は、販売の手伝いもしてくれました。


一緒に帰りまして、昨夜は近所の焼鳥屋で一杯。

日本の手仕事の話しから朝鮮半島の話しになり、朝鮮の工人が日本に来た訳を話しているうちに歴史の話しになり、日本の現状にたどり着いた。

何故日本は戦争をしたのかなどという、およそ酒の摘みにならないような話しにもなったけれど、「今の反原発などのヒステリックな世論は、まるで戦前のそれだ」ということで意見が一致。

しかし、歴史を見ることが出来無くされている現在、彼らがそれを認識することは出来ないだろうということでも一致。

彼女の膨大なる読書量は、還暦を過ぎた私の経験に匹敵するようだ。

重い話題だったけれど、楽しい一時でした。

 

今年は、出雲に家族旅行をします。

去年は震災があったので、東北は松島へ。

一昨年はお伊勢さん。

来年は、吉野の権現様にお参りしたいと云うことになった。

「古事記を読みかえさなきゃ」と言っておりましたが、私もそうしようかな。

2012年7月 1日 (日)

日本橋5・6日目 朝礼

今回、三越の担当メンバーが少し変わりました。業界の超有名人の金子さんは、毎日遅番だから朝礼にはいません。

金子さんの朝礼は、時間が長いときもあったけれど、この催事に対する深い思いと、我々職人に対する思いやりがあった。

それはやはり、共に苦労をして作り上げてきたきたという実感が大きいのだろうと思う。

 
我々職人は、ちょいと気むずかしいところもある。

老若男女様々で、新米もいれば古老も混じり、地元に帰れば名士は当たり前で、その世界では日本を代表する人達もいる。

それが、「商売」という一点で集まっているわけだけれど、それを取りまとめてやる気にさせるのは、並み大抵の事ではない。

 
もちろん我々は、小なりといえども一国一城の主だから、己の為に商売に励むのは当たり前です。

しかし、こと催事となると、全体が良くならなければ存続が出来ません。

それには、出展者同士が協力し合う環境作りが必用となる。

それを作るのが、百貨店担当者の役割でありましょう。

 
レイアウトをどうするか、広告宣伝をどうするかなどという技術的なことも大切でしょうが、やはり一番は、心だとおもいます。

今風に言えばホスピタリティとでも言いましょうか、思いやりとでも言いましょうか。

担当者が如何に催事に愛情を持っているか。出展者を思いやっているか。そんな心の有り様は、我々物作りをしている職人は感じ取ることが出来る。だから、職人として生きていけるわけでね。

長く続く催事は、百貨店担当者のこういう思いが反映しているのだと思います。

 
朝礼とは、その心の現れる場所でもある。

朝礼を受ける我々は、無言だ。

でもね、私が書いたようなことを感じていることも、言葉を発する人達は知ることも大切なのではないでしょうかね。

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