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2012年8月16日 (木)

広島最終日 帰宅 そして陰徳のお話し

広島福屋の最終日は、午後七時半閉店まで営業です。

 

鉄道ではその日の内に帰ることが出来ませんので、色々考えたあげく、コルクと一緒に夜行高速バスで帰ることにしました。

 

夜8時50分広島駅前を発ち、午前7時頃には東京に着くという便です。

 

 
ずいぶん昔、松山の「いよてつそごう」でコルクと仕事したとき、コルクだけバスで帰った。

 

その後印象を聞くと、「いやあ、疲れました。二度と嫌ですね」と言っていた。

 

ところが今回は、「驚きました。快適です。三列シートでWi-Fiは通じているし、各シートに電源は着いているし、良いです」という。

 

それで私もバスにしたと、こういう訳です。

 

 
片付け終わり、フロアーの責任者から、「うちにぴったりの商材だと思います。今度は是非、もっと季節の良いときに入らしてください」と、うれしい言葉も頂いて、福屋を後にしてちょいと夕飯。

 

タクシーを拾って、駅前のバスターミナルへ。

 

駅構内で寝酒を購入。それも、我が畏友・ワイン醸造家の増子敬公氏が関わり合っているという「三次ワイン」の赤のライトボディー。

 

 
待っていると、きれいなバスが到着。

 

乗り込むと、なるほど三列でゆったり座れる。リクライニングにもなるし快適そうだ。

 

コルクが「ここが電源ですよ。カーテンを頭から被って外を見ても良いですよ」と、事細かに教えてくれて出発。

 

最初は車体の揺れが気になったけれど、その内に慣れてきた。

 

ワインを開けて、軽く一口。「こりゃ、良いですな」と、心の中で増子さんに語りかけながらウトウトしだした。

 

そこで、「夜中起きてもいいや。このまま寝ちゃえ!」と寝てしまった。

 

 

気がついたら新宿。

 

時計を見たら、午前7時。

 

なんと、10時間以上寝ていたことになる。

 

コルクは新宿で降り、私はそのまま東京駅へ。

 

八重洲口に着いて降車すると、身体が軽い。

 

いやあ、快適でした。

 

バスがすっかり気に入りましたね。

 

 
東京駅から又バスに乗り換えです。

 

地下街で朝食を取った。

 

トーストにサラダに本日のスープにベーコンエッグにコーヒーという物。

 

これまた結構で、「さすが東京だ」なんて妙に感心してバス停へ。

 

家に「8:40分発のバスで帰るよ」と電話していると、「お兄ちゃん、水ないか?」と、車いすの老人が話しかけてきた。

 

良く見ると、ホームレス。つまり、乞食。

 

なんと、私は水を持っていた。

 

それも、新品の2Lのボトルで105円の安物。

 

 

昨夜、どういう訳か、まだ水があるのにコンビニでこのボトルを買った。

 

どういう訳か、この105円の水と500mLの空のペットボトルを、わざわざ袋に入れて東京駅まで運んで来た。

 

なるほど、この老人のために私は広島から水を持ってきたんだなと合点して、上げることにした。

 

 
「水あるよ。これで良いかい?」とその2Lのボトルを見せると、重いから嫌だという。

 

「じゃあ。これに入れようか?」と空の500mlのボトルを見せると、頷いた。

 

そこに水を注ぐと、「これにも入れてくれ」と水筒を出した。

 

満タンに入れてやるとゴクゴクと美味そうに呑んで、「すこし空いたから、また注いでくれ」と水筒を突き出す。

 

また注ぎ足し、500mlの水も上げると、今度は「兄ちゃん、200円位ないか?」と金をせびりだした。

 

それくらいはあるから、小銭入れを開けると、その中に500円玉も入っていた。

 

「それが良い。500円が良い」とこのじいさんが言うので、それを渡した。

 

ちょうどバスが来たので、「じゃあな!」と手を振って分かれた。

 

 
ありがたかったなぁ。

 

このじいさんは、私に陰徳を積ませてくれた。

 

ずいぶん前になりますが、家内と駐車場で車に乗り込むと、何所から現れたか乞食の婆さんが、「千円おくれ。今日食べるものもないんだよ」と、窓をタタキながら言った。

 

私は黙って窓を閉めて、車を出してしまった。

 

「あのね、あれは神様だったんだよ」と、家内が私を諫めた。

 

それが後悔になって、ずーっと心に引っかかっていて、このじいさんのお蔭ですっきりさせて貰った。

 

夜行バスで身体が軽くなり、水で心が軽くなった。

 

 
佐野に帰って家内にそれを語ると感動して、「あなたも少し変わって来たようね。唐沢山神社をお参りしよう」って事になって、神様にお礼をして返ってきました。っという、ちょいと長いお話しでしたとさ。

 

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コメント

お馴染みミクシーよりこんにちは。
陰徳させてくれた・・・
なるほど、その感覚が素敵ですね。
私もこの先そんなことがあったらとらえ方が変わりそうです。

ニトロンさん、コメントありがとう。
私もこんな事に気づくのに、60年掛かった。
感慨深いね。

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