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2012年9月

2012年9月30日 (日)

アート街道66展at一乃館 

2日目の報告が出来ないうちに、「アート街道66展at一乃館」が終了いたしました。

お出で下さった皆様に、心から感謝致します。

毎日、あの広い駐車場が一杯という盛況でした。


この集まりの基本姿勢は、「無理をせず、頑張らず、でも一生懸命に、そして楽しく」と云うものです。

私たちには「物づくり」という芯がありますから、こういうイベントは手段に過ぎ無いことはみんな分かっています。ですから「無理をせず、頑張らず」です。

でも、来ていただくお客様にたいして、精一杯のお持てなしをしなければ失礼になりますから、「一生懸命に、楽しく」やらせていただいています。

ですから実は、成功も失敗もない。

そりゃ、手落ちもあり、反省もありましょう。けれど、それも手段の事ですから、くよくよせず、明るく楽しくやりたいと思います。

どうか、優しくお見守り下さいませ。

 
お礼に、私の歌を<(_ _)>

http://www.youtube.com/watch?v=edPz_M65Uws

 

2012年9月28日 (金)

アート街道66展at一乃館 初日

「アート街道66展at一乃館」が始まりました。

P1010430

今年は大広間だけではなく、中庭にも展示とフードコート、つまりはお食事どころも用意させていただいています。

P1010427

 
「アート街道66」というのは、県道66号線沿いに集まった物づくりの作家達のネットワークです。

「肩を張らず、無理をせず、小さいところから、出来ることだけをやっていこう」と始まりました。

「作家達をネットワークしてどうしようというのか?」を説明すれば、「何かが生まれるだろう」という漠然たるものになるかも知れません。

その「何か」とは何かを考えさせられたのが、今回初めて行った「雛人形の意味」という吉田哲也さんの講演会でした。

P1010432

内容をここで説明できるほど、わたしは理解できていませんが、生まれて初めて、雛人形が何故あり、どんな意味を持っているかを知ることが出来ました。


我々「物づくり」は、意味のあるものを作っている。その「意味」を伝えることが大切なのだと、私は考えてきました。

だからこそ、講演会の題目を「ひな人形の意味」としたわけですが、講師の吉田さんもそうお考えだったようで、すばらしい内容でした。

出席者は20名程でしたが、なんと勿体なかったことか。もっと大勢の人達にお聞かせしたかった。

それを知って見るおひな様には、違う景色がありました。
 P1010434

 
 
物づくりの意味は実は、人間が生まれてきた、生きている、死んで行く意味にも通じると思っています。

我々の「物」を使っていただき、めでていただくことは、それを伝える事じゃないか。

こういうイベントが、その切っ掛けになってくれればありがたいことです。

2012年9月27日 (木)

アート街道66展at一乃館 準備

明日から「アート街道66展]が、佐野市赤見温泉の旅館「一乃館」で開催されます。今日はその準備。

P1010411こちらが大広間の会場。

20120927181209仕上がりました。

今回は、中庭も使います。
P1010418
P1010417この洋館の1階をギャラリーにして、様々な作品を展示しています。

庭ではお食事も用意してありますし、その食べ方に一工夫してありますので、お楽しみに。

 
楽しいイベントになると思います。

是非お越し下さい。

2012年9月26日 (水)

気仙沼のサンマ

家に帰ってきましたら、気仙沼からサンマが届いていました。

美味しく頂きましたが、このサンマが震災を思い起こさせてくれました。

 
昨年の3月11日午後2時49分、大きな地震が起こった。

私は藍染をしておりましたが、照明器具が落ちんばかりに揺れ、天災の少ない佐野でこれだけ揺れるのは相当のことだと思ったら、停電になった。

停電は翌朝7時半くらいまで続きましたが、真っ暗な一夜は不便で寒かった。

ラジオを聞いて、東北で大きな被害が出たのは知っておりましたが、テレビをつけて見た光景には愕然と致しました。

それから、様々なことがあった。
 

被災地の三十数カ所とお付き合いさせていただき、全国の人達に協力してもらいながら、少しばかりの支援をしてきました。

気仙沼もその内の一つですが、東京の焼き肉屋さんと茨城の漁協と、佐野の農家やスーパーにご協力を頂いて、震災から二月半ほど経った5月29日に炊き出しに行きました。
Photo
驚いたことに、その避難所では初めての炊き出しだった。そして、温かなご飯を震災以来初めて召し上がったといいます。

震災から二ヶ月半、政府は何をやっていたのかと思う。

こういう事が、私たちの知る限りですが、被災地各地にあった。

 
たった17時間くらいの停電に不便を感じたくらいですから、被災者の何ヶ月にも及ぶ苦労は計りしれません。

なぜ彼らがこんな目に遭わなければならなかったのか、是非とも顕彰していただきたい。

時の政府は、被災地救済に全力を挙げていたとはとても思えません。

何をしていたかと言えば、福島原発事故に掛かりっきりだった。

それは、いまでも続いている。

書きたいことが一杯ありすぎて、まとめることが出来ませんが、いつか書きたいと思っております。

 
震災から2度目の秋になります。

寒い冬も直ぐに来る。

 
昨年の3月11日は、とても寒い日だったそうです。

雪も降った。

 
昨年の冬も寒かったけれど、すきま風が入るような仮設で過ごされた方もいらっしゃる。

今年の冬は、どうなるというのでしょうか。

 
菅政権は、万死に値すると思います。
 


2012年9月24日 (月)

札幌最終日

札幌三越の最終日がとにかく終わりました。

結果は良しとします。ありがたい一週間でした。

 
私は何を血迷ったか、この日のエアーチケットを取ってしまった。午後9時新千歳空港発です。

順調にいけば、午前0時01分新宿発のバスに乗って、家に着くのが午前2時。

まあ、家でゆっくり出来るから良いかと思いつつ空港に着くと、出発が遅れるという。

それが何と30分。

天候が悪くて到着も遅れ、バスに乗れず、仕方なくホテルを取って休んでおります。
 

20年ほど前、日本橋高島屋の指定だった神田のホテルを取ってみた。

きれいになって大浴場もあって、足を伸ばしてゆっくりと風呂に浸かったら疲れが取れてゆく気がします。

これも亦、良しです。

2012年9月23日 (日)

札幌6日目 飲み会

6日目の日曜日、人に尽くす一日となっちゃいました。

先ずは、お隣がお昼に行っている間に、大きめの品物を一つ販売。

次ぎに、太った焼き物屋が「大川さん、英語できます?」って言ってきたから何かと思えば、ガラス屋さんに東洋系の外国人が居て何かを説明しろと言う。

なんとか話しをしてその品物をお買い求め頂いた訳だけれど、彼らの言葉が広東語だったので「香港からか?」と聞いたらそうだという。

別れ際に「トーチエ」と言ったら彼らは喜んでくれたけれど、これで「大川さんは凄い。英語と中国語でお客と話しをしてた!ってことになっちゃった。

英語は中学生程度。広東語は「トーチエ」しか知らない。それが事実でございます!ってね。

人の評判というのは、当てにならないという証拠でありますな。

 
終わってから、札幌東急に出展している柘植櫛とパール夫婦を交えて飲み会。総勢18名。

一昨日は懇親会で昨日はジンギスカンだから、ゆっくりしたいなと思ったけれどお付き合いしました。

誘っていただいている内が花ですから。

楽しい飲み会だったけれど、ちょっとしゃべり過ぎた。

皆さん、ご迷惑さまでした。

 
泊まっているホテルがとても遠い。三越まで歩いて20分ほど掛かります。

飲み屋は札幌駅の近くだから、なお遠い。

ままよ!と、ゆっくり歩いて帰って参りましたとさ。


 

2012年9月22日 (土)

札幌5日目 ジンギスカン

涼しくなったかな?と思いましたが、やはりまだまだ暑い札幌です。

 
5日目は土曜日。一段とお客様が入り、活気が出て参りました。

あちらこちらから、何が売れたかにが売れたと、良い話が沢山入ってくる。

残念ながら、紺邑は蚊帳の外。

見て試着して気に入って下さっても、なかなか決めてくれません。

そんな日もある。

 
あきらめてサッポロビール園に、総勢28名で行ってきました。

一刀彫の寒風さんに誘われたのですが、体調を考えて一度お断りした。

しかし寒風さんは「ダメ!」と、許してくれない。

実際は、誘われてありがたく、ビールを飲みたいなという気持ちがありましたから、意を決して参加。

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さすがにビールは美味かった。

行って良かった。

でもね、ジンギスカンはいけません。

仕方ないか。

2012年9月21日 (金)

札幌4日目 お値段について

少し涼しさを感じられるようになってはいますが、やはり、暑い札幌です。

噂に寄れば、鮭が上がってこなくて、熊がやせ細っているとか。

どうなってしまうのでしょうか。

 
さて4日目。

Kさんのお姉様が、おいで下さった。

また様々にご注文頂いたけれど、ありがたいことです。

計算していると、「そんな値段でいいんですか?」とおっしゃる。

私もそう思う。

他の藍染屋さんの半額だろうなと。

この辺りは、職人の値付けに問題があるのだろうけれど、自分で染めて作ってしまうので、ついつい原価になっちゃうのです。それが、経営を圧迫する。

これ、作り手はみんな同じです。

人には、例えば山藍の省ちゃんなんかには、「安すぎる」なんて私も云えるけれど、自分の事となるとそうはいきません。


値段付けを、誰かにお任せしたいくらいなものだな。

2012年9月20日 (木)

札幌3日目 血圧

暑い暑い札幌も、ようやく涼しくなる気配の3日目。急に人出が多くなったような気がします。
 

お隣の婆沙羅が血圧計を持っていたので、みんなで計ってみました。

私は80〜120くらい。

昔は低血圧気味だったけれど、歳と共にすこし上がってきたようです。

寝起きが良くなったのは、その所為かな?
 

血圧が思わず高くて健康が気になりだしたのが、焼き物屋でウエスト125のお人。

ようやく痩せようと決心したらしいけれど、話しをすると、うまいものを食って酒を飲むことをひかえるような努力はしたくないらしい。

それではどうしたらよいかという話しをしたら、やってみることになった。

さて、結果や如何に。

一年後くらいが楽しみだけれど、痩せないにしても、少しは健康のために良いでしょうから、続けてもらいたいものだ。

今のままで病気になったら、奥さんがかわいそうです。

2012年9月19日 (水)

札幌2日目

ここのところの札幌の暑さは、130年来の気象記録に無いほどのもので、とにかく北海道の人達も初めての経験らしい。

2日目は、気温こそ30℃に達しはしなかったけれど、その蒸し暑さはまるで名古屋のようでした。

そんな気候のなか、コツコツとお付き合いさせていただいているお客様がいらしていただいて、ありがたかったなぁ。
 
 
この暑さのためか、眠気が取れません。

札幌は景気がよろしくないらしい。それは、日本中同じです。

何とかして欲しいと思いますが、私には政治不況としか思えません。

一刻も早い、政権交代を心から望みます。

2012年9月18日 (火)

札幌初日

昨日から、腰が重い。

私は腰痛を知りませんが、重かったりちょっと痛かったりしたことはあります。

今回は腰痛になるかもしれないという、嫌な予感が伴った。なにせ、お年頃ですから。

そこで、ゆっくりと風呂に浸かり、ストレッチをたっぷりして休みました。

 
さて、朝起きてみると、やはり腰が重い。

またしてもストレッチをして腹式呼吸の運動をしてから、少し散歩をしながら三越に出勤。

これが功を奏してか、腰の重みが消えて、良いスタートを切れる予感に変わりました。

 
さて、札幌三越創業80周年記念「日本の匠 職人の技展」が始まりました。

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その名に恥じぬ、すばらしいメンバーが揃っています。

もちろん私も、恥ずかしながらその内の一人。

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外はとてつもなく暑いらしい。

そんななか、Kさんがいつものようにご来店下さった。

紺邑が札幌に来るのは、このご家族にお会いするためだと云っても過言ではありません。

また、沢山お買い求め頂いたけれど、私も仕事をしている甲斐を感じます。

ありがとうございます。

 
帰りも、散歩をしながら帰ってまいりました。

腰の重みは全く感じられなくなった。

明日からも仕事に励みます。

札幌にお住まいの方々、どうぞお運び下さいませ。


2012年9月17日 (月)

札幌へ

突然ですが、札幌に来ております。

朝7時35分佐野バスターミナル発羽田空港行きのバスに乗り、8時55分には羽田に到着。

飛行機は11時発ですので、のんびりと朝食を取り、12時40分には札幌着。

ゆっくりと三越に入り、準備。

明日18日から、「札幌三越開店80周年記念 日本の職人 匠の技展」に出展します。

2012年9月13日 (木)

下彦間のお蕎麦屋さん

宇都宮から、柴田さん親子がご来店。

私も親子で、沢向こうのお蕎麦屋さん「あいば」にご一緒しました。

 
 
私は食にうるさくないと、以前書いた記憶がありますが、不味いのはいけません。そして、美味いに越したことはない。

このお店は、紺邑の別邸といいますか、被災地支援物資の倉庫と言いますか、竹墨の家の作業場といいますか、そういう下彦間の家の畑をはさんだ向かい側にあります。

そんなご縁で、随分前に伺ったことがある。

その時の印象は、「まずまず美味しいけれど、私の好みではないな」というくらいだった。

何度か伺っていると、お連れした方が皆さん「美味しい」とおっしゃる。

私は、そういえばそうかな?とは思っておりました。

 
 
今回は、今までと違う印象で、「美味い!」と思った。

蕎麦も良いし、汁も良い。

 
惜しむらくは、営業時間が午前11時30分から午後2時までということ。

今回は午後2時半に着いたのに、食べさせてくださいました。

 
閑馬にお出での際は、このお蕎麦屋さんも予定にお入れ下さい。

もちろん、ご案内します。

Aiba(参照:http://blogs.yahoo.co.jp/rsnfq341/64334148.html

2012年9月12日 (水)

藍の手入れ

ブログを書いていないときは、藍染一途で、疲れ果てて夜は寝ていると思っていただきたい。

 
東京は八王子から、Yさんご来工。

今回は、足利市駅から1時間半掛けて自転車でいらした。

この人が来ると、いつも何かがあって、藍建てを始めるときとか、練っているときとか、灰汁を取っているときとか、色々ある。

今日は手入れの日となりました。


陶芸家の櫻井さんが、「手入れって何をするんですか?」と良く聞くけれど、何をするかはその時によって違います。

藍が求めているものを補ってやる。

何を求めているかは、その表情や液の具合などで判断する。だから、藍と語り合う経験と資質が必要なわけです。

何をしたかと言えば、黒砂糖を灰汁に溶いて藍甕に入れ、また強い灰汁を足しました。

 
もう一つは、実演の甕の手入れ。

甕のフタを開けて見ると、表面が濃紺で如何にも色がありそう。

ティッシュを入れて見ると、全く色が着かない。

Yさんはそれを、不思議そうに見ていました。
 

その甕の上澄み液を全部捨て、新しい灰汁を足し、黒砂糖と貝灰を適量足し、優しく攪拌してやると、徐々にですが色が出て来た。

完全に藍が出て来るには、あと数日かかることでしょう。

 
札幌三越の荷物を出荷し、夜は「いってんべぇ」の会議。

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佐野の街中に、文化の香りを漂わせ、賑わいを創出しようという試み。

今回が、第三回目で、66メンバーの遠藤さんが中心ですから、出来るだけ協力することにしています。

 
終わってから懇談。

小腹が空いたので、出されていたパンを一かじりしたら、驚くほどに美味かった。

東京の暮らしから栃木に帰ってきて、初めて美味しいパンにありついた。

佐野駅近くの「Berry Caffe ベリーカフェ」というお店のパンでしたが、すばらしいお味。

佐野近郊の方々にはお勧めです。
 
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2012年9月 9日 (日)

御嶽山信仰

今日は、紺邑のある佐野市閑馬町木戸地区のお祭りの日。

なにを祭るかというと、紺邑の裏山の御嶽山です。

御嶽山というともちろん木曽ですが、その神様を勧請したのが、閑馬の御嶽山です。

勧請とは、「神仏の分霊を他の所に移して祭ること」を言うのだそうです。

毎年、代表の三人が山に登ってお参りすることになっていまして、今年は私もその内の一人でした。

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お掃除をして、お参りをして、帰ってきてから町内の皆さんが集まり、集会所から御嶽山に向かって2礼2拍手1礼をしてから宴会、と言うのがお祭りです。

 
 
御嶽山は、私の生まれ育った栃木県足利市小俣町にもあり、その頂上には、御嶽座王大権現像と御岳社があります(参考「菱の御嶽山を登る」)。

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このホームページに、「1は御嶽山。小俣濁沼のO家が御嶽山を勧請して付いた山名」とありますが、ここでいうO家とは、我が大川家のことです。

 
日光にも御嶽座王大権現像と御岳社があり、日光市史の修験の項に、以下のような記述があるそうです。

「近世末期に至り、木曽御岳山の勧請があった。これは、日光山の修学院慈観と輪王寺寺侍・高野将監、そして足利小俣の御岳山真精講先達・大川繁右衛門等によって大真名子山に勧請されている。「大真名子山記」によれば嘉永四年(1851)に勧請の話があり、文久三年(1863)には木曽大滝村より、御岳山座王大権現、八海山神王(大頭羅神王)、三笠山刀利天、清滝不動、里宮の五ヵ所の御神石を勧請している。鉢石町高野宅庭前に御岳社が建立され、元冶元年(1864)座王大権現(本地虚空蔵菩薩)銅像が大真名子(本地虚空蔵菩薩)山頂に安置された」。(参考「日光を漂ふ」)

大川繁右衛門というのは、私の6代から7代前の人。

大川繁右衛門(何代?)→雲平→信介(初代)→英三→仁→公一となります。まあ、直接のご先祖であることはハッキリしております。

輪王寺寺侍・高野将監の高野家は今でもありますが、親戚筋でもあり、大川家の娘が老中水野忠邦の家に上がるとき、高野家に養子に出してから行っており、その時に水野家から頂いた品々は、今でも大川本家にあり、県の文化財指定にもなっています。

「真精講」というのは、上野の国(群馬県)と下野の国(栃木県)の御嶽山信仰をしている人達の集まりで、その代表が大川繁右衛門だったと云うことでしょう。


その像は、日光の大真名子山(標高2,375m)山頂にある。

Nikko_zaou(参考「大真名子山(2010年8月14日)」)
 
本家の大川眞保育園園長に聞くと、「あの像は、どこそこのなんとかという名のある人に造ってもらったそうだ」と言っていたけれど、「どこそこのだれそれ」かを忘れてしまいました。その内又、聞いておきましょう。

 

こんな因縁があるわけですが、閑馬の御嶽山に、大川繁右衛門が関わっていないはずもありません。

感慨深い一日となりました。

 
 
さて、蔵王権現と座王権現とありますが、御嶽山信仰の権現様は「座王」。吉野金峯山寺(きんぷせんじ)は「蔵王」。その違いは、またいつぞやに。

ついでに、大川家はいつ頃からある家かと言うと、こんなホームページがありました。
因みに、ここに出て来る「恵性院」というお寺は、大川家の菩提寺ですが、私達が結婚式を挙げたところでもあります。

2012年9月 5日 (水)

カシミヤとアルパカの藍染

水曜日は街中は商店休み。

どうかな?と思ったら、さすがにお客様はお見えになりませんでした。

でも、染め仕事はいくらでもある。

 
今日は、アルパカを染めました。

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紺まで、色を着けたつもり。

本当の色が分かるのは、明日です。

 
 
東京のお客様から、「セーター着いたけれど、請求書が入っていなかったわよ」とお電話いただいた。

カシミヤのセーターの藍染めを頼まれたものでした。
 

カシミヤはやはり、その感触を楽しむもの。

私の藍染は、ウールも染まるしアルパカも染めてきたけれど、さて、カシミヤとなると染めたことがなかった。

もちろん、染めてみたいとは思っておりました。

そこで、動物性タンパク質の短繊維はアルカリに弱いというお話しをしてから、「染めてみたいから引き受けるけれど、ひょっとすると、この柔らかな感触が少しなくなるかも知れない。だから、染め代は無料。そして、何があっても文句なしっていうのは、どう?」っと云うことで引き受けたもの。だから、無料です。

そのことを申し上げたら、このお客様は、「あら!そうだった?」と覚えていらっしゃらなかった。

「染め上がりの具合はいかが?」とお聞きすると、「とても良い感じよ」とおっしゃってくださった。

ありがたい。

でも、紺邑と付き合いが長いこのお客様は、アルパカのコートもウールのセーターもお持ちの方だから、カシミヤの藍染も当たり前だと思っていらっしゃる。

そこでもう一度、動物性タンパク質の短繊維はアルカリに弱いこと。藍染は強アルカリ性だから、藍染のカシミヤは、世の中にそれ程多くは無いことを説明させていただいた。

そうすると、「あら、そうだったの」と、また同じ台詞です。

 
このやりとりで、多少の反省があった。

紺邑の特徴は、もう少し強調した方がよいのではないかと。

藍染めしたカシミヤのセーターの写真を、撮っておけば良かったなと。

2012年9月 4日 (火)

初めてのお休み

お店(ギャラリー)をオープンしてから、初めてのお休みです。

藍甕も休ませなくてはなりません。

 
「職住近接」の極致は、仕事場と住まいが一緒のことでしょうが、働きたいときに働けると云うことでもあって、そうすると休みが無くなっちゃう。

下手すると働きすぎて無理がたたり、身体をこわすこともあり得るので、無理矢理にでも休みを取ることになります。

 
それでも、なんやかやと仕事があるのは仕方ありません。

染めはしませんでしたが、頼まれ物の洗いを致しました。

そろそろ、納めなければいけませんから。

お問い合わせ頂いた方々、ちゃんと染めておりますので、もう少しお待ち下さい。

 
この秋、桐生の「レンガ」で、また展示会をやります。

そのDM用の写真も撮りました。

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ウールのチュニックです。
 
 
ウールの作品をDMに載せるように、すこしですが、秋の気配が漂い始めました。

車のエアコンが、必要ありません。

これも、この辺りの山間だけかな。

2012年9月 3日 (月)

シルクの広幅の藍染

ただいま午後10時。

ようやく、藍染が終わりました。

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今まで染めていたのは、シルクの広幅を6mです。

昼間、色々ありまして、染め始めたのが午後3時頃ですから、こんな時間になっても仕方ありません。

 
明日は、お休みの日。

でも、倉庫の片付けという大仕事が残っています。

何とかの暇無しだぁ(>_<)


2012年9月 2日 (日)

増子仙人来る

ここ2・3日、雨が降ったりやんだりで、それも晴れているのに大雨が降るという妙な天気が続いています。

今日も、晴れていたと思えば突然大雨になり、雨が止んで晴れて、晴れたと思ったらまた雨という一日でした。

そんな日でしたから、お客様は来ないなと思いつつ、藍染と倉庫の片付けをしていたら、なんと増子仙人がブラリとお見えになった。それも、奥様とお嬢さんを連れて。

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仙人こと増子敬公(ますこよしひろ)さん。

日本の数少ないワイン醸造家で、当然、醗酵の専門家。

日本だけでなく、オーストラリアやブラジルのワイナリーの面倒も見ているという国際派でもある。

付き合いが古すぎて、私が藍染の説明をするのを不思議そうに聴き、私が歌を唄うのを当たり前のように聞く人。

我々の父親も、友達同士だった。

 
基本的には、北関東で唯一のラムネ製造会社の社長さん。

それなのに、他人様のワイン作りばかりを手伝ってきた。

山形の高畠ワインには、オープン前に私は直接訪ねたし、宮崎の都農では、ワイナリーの姿形が無いときに、マーケティングのお手伝いもした。

時折浅草の東武線の駅で会うと、それはブラジルやオーストラリアからの帰りだったりした物です。
 
 
その増子さんが、ようやく自分のワインを作ることになった。

我が故郷足利市にとっては、とても重要なことだけれど、その意味に気づく市民がどれだけいるのだろうか。

私と増子さんに共通するところは、一度足利から離れたことかな。

「離れた」という意味は表現しにくいけれど、それから20年くらい経つ。
 
だから我々には、人に言えない共感があるのです。
 
 
最近、お付き合いが復活した。

お嬢さんのハルカ君とも交友がある。

今日は、ハルカ君の妹君と奥様をお連れになった。

 
話しをしていると、お互い経験を積んで、より共感が深まった気がします。

それは、醗酵という共通の世界で生きていることもあるのかもしれません。

歳を取ることは、悪いことばかりではありませんな。


2012年9月 1日 (土)

ギャラリー再オープン初日

バタバタとギャラリー紺邑を再オープンさせました。
 

午前中には、磯さんが遊びに来て下さった。

先ずは「きれいになったねぇ!」とありがたい御言葉を頂きました。

「見違えるようだよ」と、またまたうれしい御言葉。
 

入り口には、八女の石工・倉員さんが彫ってくれた石灯籠を置かせていただいた。

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曲がり角にも、看板を付け替えました。

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千葉から橋本さんがいらした。

「きれいになったろ!?」と私から言うと、「きれいになりましたね」と、今度は強制的に言わせたようになっちゃった。

  

今後は、これが当たり前の状態でなくてはなりません。

気を引き締めて、頑張ります(^_^)v

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