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2013年1月

2013年1月30日 (水)

仙台2日目 あーーーーーあ、ついに!

ここのところ風邪気味で、薬で抑えていたのだけれど、夕べは蜜柑を10個くらい食べたのだけれど、今朝は辛くて辛くて、お昼頃、百貨店の保健室で休ませて貰った。

気がついただ夕方4時過ぎ。

熱を測ったら、38度4分。

どうしても医者に行けと言われ、嫌々云ってみると、「りっぱなインフルエンザです」だって。

 

こりゃあきまへん!!

そのまま帰ってきまして、家内と交代します。

インフルエンザなんて、生まれて初めてです。

2013年1月29日 (火)

From名古屋to仙台三越

急なことですが、名古屋三越栄店を終わりまして、私は家内と交代で仙台に来ております。

なんでか?という話しは置いておきまして、7階ホールの第16回全国職人技展に出展します。

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私は第1回目からのお付き合い。

父親を亡くしたときも、この催事に出展しておりました。

昨年は何故か来られなかったので、二年ぶりの仙台です。

お近くの方、どうぞお越し下さいませ。

2013年1月27日 (日)

名古屋5日目 

冬ですから、寒いのは当たり前ですが、会場が寒いのはちょっときつい。

セーターの上に、ウールのベストを着て仕事をしていますが、その上に、ホカロンを腰と背中に付けてようやく凌いでいる状態です。

喉が痛い。

風邪気味かなと思ったので、ゆっくり休むことにしました。

葛根湯と睡眠が頼りです。

2013年1月26日 (土)

名古屋4日目 捲土重来を期すについて

捲土重来を期すなんて書いちゃいましたが、今日も今日とて待ち人来たらず状態で午後7時。

朝から何故か、閉店間際に大きなものが売れる予感がしておりましてね、閉店は8時ですから、そろそろだなと思っていると、女性がベストジャケットをご覧になっている。

ご説明し、試着もなさり、お気に召した様子。

しかし、これじゃないはずだと思っていると、人形に着せたウールのコートに気がついて「あら!これ面白いわね」とおっしゃった。

コートを三着試着して、最後のものがぴったりお似合いだ。

「おいくら?」と聞かれたからお答えすると、「んーーーん、高いわねぇ」と、そこからご主人を交えて色々あって、「いただくわ」(^_^)v

本日は、無事終了いたしました。

2013年1月25日 (金)

名古屋3日目 酒を断つの4日目

名古屋はどういう分けか、全体は大順調のようです。

紺邑はちょぼちょぼですが、捲土重来を期す!と云いたいけれど、まだ2日終わっただけだ。
 

さて、断酒は続いております。

終了後、何となく5人集まって中華料理屋へ。

筆のナベさんが私に付き合ってくれて、飲む組三人と飲まない組二人に分かれて夕飯。

隣ののんべの田中さんが、「大川さん、日本酒が旨いよ」などとからかうけれど、相手にせずに黙々と夕飯を取りましたが、酒を飲まないと分かるけれど、彼らはあきれるほど飲んでおりますなぁ。

私もあんなに飲んでいたわけで、空恐ろしい位だ。

 
もっとも、もうすぐ復活する予定です(^^)/
 

2013年1月24日 (木)

名古屋2日目 酒を断つという話し

実は22日から、酒を一切飲んでおりません。

身体の芯に疲れを感じ、倦怠感に支配され、全くやる気が起きない状態が続いておりまして、何をやってもいけません。

「ヒョッとしたら飲み過ぎなんじゃないの!」という、私の内心の言葉が聞こえてきます。

「具合が悪いといったって、やめるものはもう酒しかないぞ!」という声もある。

そこで、酒を一週間経つことにしました。

 

今日も疲れ果てている。

そうみんなに言っても、だれも信用しない。

私は、内面が表に現れない性格なんです。

これは、損ですぜ。だれも同情しようとしませんから。

 

ところが夕方、突然元気になった。

そうはいっても、その前に比べてですが、面白い物で、お客様に対する態度も違ってきたようです。

 

そのまま、熊野筆のナベさんと夕飯たっぷりと取り、帰って参りました。

もちろん、今日も酒はありません。

さて、寝られますでしょうか?

 

2013年1月23日 (水)

名古屋初日

名古屋三越栄店「全国職人の技展」が始まりました。

先回はエレベーターの工事中で、今回は耐震工事によって会場が狭くなり、その上真っ二つに区切られていて、とても入り難い感じになっています。

どうなるかと思いきや、午前中から賑わいが凄い。

会場が狭くなったからかと思いましたら、結果を見ても、どうもそんなことはなく、全体は、すばらしい成績だったようです。

紺邑は、こんな感じです。

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工事中で変則ですが、私としては精一杯の店作り。

DM出し忘れていますので、これをご覧になった方、是非お遊びに入らしてくださいませ。

 

2013年1月22日 (火)

名古屋三越栄店「全国職人の技展」

明日23日から29日まで、名古屋三越栄店7階で開催されます、「全国職人の技展」に出展します。

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是非、お越し下さいませ。

2013年1月18日 (金)

殖産興業政策と足利友愛儀団 そして田中正造 っというお話し

富国強兵とともに、明治政府は殖産興業政策をとりました。今風に言えば産業興し、またはイノベーションと云ってもいいでしょうか。
 
何故なら、日本には当時、近代的産業も技術も何もなかったからです。西欧的な船一つ出来なかった。
 
 
さて、我が両毛地区(群馬・栃木県南部)は、古くから繊維産業の一大産地であったけれど、それが明治になって、近代文明社会に対応して行かなければならなかった。
 
お隣の足利では若い経済人が集まり、「足利友愛儀団」を結成し、両毛の殖産興業に寄与しました。
 
そこで出来た足利銀行の初代頭取は、若干23才の荻野万太郎です。
 
現在、群馬県前橋市から栃木県小山市を結ぶ鉄道両毛線は、我が故郷足利市小俣町の木村半兵衛が作った。
 
その足利友愛儀団について、経済産業省の資料にはこう書かれています(「近代産業遺産群33」~近代化産業遺産が紡ぎ出す先人達の物語~55ページ)。
 
▽▽▽▽
足利においては1892 年に情報の交換による知識向上や同士の団結を理念とした「足利友愛義団」が織物産業等の青年経済人らにより設立された。
友愛義団は先端技術の研修や講演会の開催など、織物技術の研究にまい進するとともに、不正な商品の輸出といった道徳的退廃を厳しく諫め、品質の安定に取組むなど、産業人のモラル向上にも精力を注いだ。
これらの精神風土は友愛義団に結集した人々を軸として、社会改良運動のリーダー層を輩出し、両毛鉄道、栃木県工業学校や足利銀行などの産業インフラが次々と整備され、幅広い分野での近代化が図られた。
△△△△
 
両毛地区の民の力は凄いと思うけれど、渡良瀬川は農業だけでなく、産業の基本でもありましたから、彼らにとっても大切なものだった。

ですから「足利友愛儀団」は、田中正造の支援もしております。
 
そして、【田中正造翁小伝】という冊子もまとめました。
 
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両毛地区の産業を語るに、「足利友愛儀団」を欠かすことは出来ません。
  
彼らと田中正造の結びつきから、太田市、館林市、栃木市などの鉱毒の実害にあった地域と足利市も含んで、田中正造を考えられれば良いと思いますが、そういう話しは聞こえて来ません。

田中正造没後100年に当たって、我々が当時を思い起こし、何故今があるのかを考える良い機会になると思うのですけれどね。

2013年1月17日 (木)

富国強兵について っと云うお話しについて 田中正造のことも っと云うお話し

あるホームページ、それも我が佐野市生まれの偉人田中正造について書かれた若い人の物を見ていたら、「富国強兵に浮かれ、戦争ばかりしていた日本」という文言が出て来ました。

「しょうようがねぇなぁー」と、先ずは思った。しかし、なんでこれ程非常識なことが言えるのだろうかとも。

 

明治の日本が富国強兵策を取ったのは、国と国民を守るため。

当時の日本は弱小国で、黒船襲来に驚かされて開国をさせられ、不平等条約を結ばされ、薩英戦争や下関戦争で簡単に負けちゃって、西欧列強の強さを身に染みて感じた。

清国にだって、長崎事件で散々弄ばれても、警察官が抵抗して殺されても、結局は国としては何も出来なかったくらいです。

だから、明治維新を成し遂げ、仕方なく戦争をしたんであって、やりたくてやったわけじゃない。

こんなことは、書くのも馬鹿馬鹿しいことです。
 

元中学校校長の友人に、このことを話してみました。

彼はしばらく考えて、「大川さん、学校の歴史では、そう教えているのかもしれませんよ」という答えが帰ってきました。

「明治政府は富国強兵策を取り、日清、日露、第一次、第二次世界大戦と戦争ばかりしてきたと、教えられているかも知れません。それが、戦前の軍国主義に繋がっていると」と。

なるほどと思ったけれど、その教育は犯罪に等しい。

何故なら、日本人が、己のもつ歴史や先祖の行いを誤解させられているからです。これが世に言う、自虐史観そのものです。

その他に、ネット上で田中正造について書かれている物を見ると、多かれ少なかれ、彼が生きていた当時の日本の見方が変です。

まるで現在のように、日本が大国であるが如しだ。


驚きはしたけれど、実はこういう教育が為されているだろうとは思っておりました。

それは、GHQによる日本の弱体化・愚民化政策によるもので、それは「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」と言われる物だと知らないわけじゃありません。

しかし、そんなことは現在の教育を受けている人は、知るよしもないし、彼らはほぼ、無知に等しい。

 
それを利用して、または知らずして、田中正造とその時代を語り、己の主義主張実現に利用しようとしている人たちが佐野市に見受けられる。また、佐野市のやっていることにも、考えがあるようには見受けられませんし、ただただ街おこしになれば良いように思えます。

だから、栃木市、館林市、太田市などの、鉱毒の実害を受けてきた地域に、「田中正造没後100年記念事業」が受け入れられず、盛り上がりも広がりもないのでありましょう。

罪深いことだと、勇気を持って書いておくことにします。

早く気づいて欲しいが、まるで宗教の洗脳の如しのようだから、無理かな。

 
 
追記

私が子供の頃まで、足尾鉱毒事件はしっかりと生きておりました。我が生まれ故郷の直ぐ側の、群馬県太田市毛里田地区のことです。
その他、鉱毒は、ほとんど渡良瀬川の南にあり、谷中村も佐野市ではありません。
それら鉱毒に切実な地域が、何故田中正造没後100年記念事業に乗り気ではないのか、佐野市と市民は、少し考えた方がよいと思います。

▽▽▽▽
日本の公害の原点とされる足尾銅山鉱毒事件の解決に奔走した田中正造(1841~1913)の没後100年に向けた関係自治体の動きが鈍い。
(後略)
△△△△
2012年10月29日  読売新聞)
読売新聞は、色々田中正造について書いています。
命がけ郷土愛 政治家の理想」、「足尾植樹作家父子で継ぐ」、「母国の環境破壊気づく

2013年1月16日 (水)

アート街道66 新年会

午後6時から、アート街道66女子会の会合があり、その後、三々五々メンバーが集まって新年会をやりました。

今年の大きなイベント「アート街道66展at一乃館」のキーワードは「水」です。

佐野市は水が豊富できれいなところで、市水も全て地下水で美味しい。

その中でも、一乃館のある出流原町は、日本名水百選に選ばれているほどです。

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一乃館の玄関横にある水場から、水を汲んでいる人の写真です。

段ボールにペットボトルを沢山入れてきて、水を持ってお帰りになるわけですが、車のナンバーを見たら、東京から来た人。多分、料理屋さんなんでしょう。

一乃館は、無料でお分けしているわけですが、こういう人が引きも切らずに来ています。つまりは、それ程に美味しい水なんですね。

 

水は命の源。

それをテーマに、今年の「アート街道66展at一乃館」は開かれる予定です。

そんな真面目な話しもしてから、宴会!

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料理、飲み物、箸、皿、グラス、氷まで持ち寄り。

それぞれ個性のある料理を頂き、終わったのは0時を半分程過ぎておりました。

2013年1月13日 (日)

もう一つの初詣 弁天様

閑馬から一沢越えた所の佐野市出流原町には、「磯山弁財天」、通称弁天様があります。

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山の中腹に、赤くそびえているのが弁天様。
私は、幼い頃からここで遊んでおりました。
何十年かぶりに訪れましたら、随分きれいになっていた。

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こんな姿は思いも寄らないほど、何十年も前は寂れておりましたが、信者が沢山居るらしく、きれいに立派になっています。

階段をハーハー言いながら上がると、またまた美しい建物があった。

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驚いたことに、靴を脱いで上がるようになっていましたが、子供の頃は土足で駆け回り、裏の洞窟なんかにも入って遊んでいました。

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今年は12年に一度のご開帳があるんだそうです。

赤見温泉がありますので、是非、一度足を運んで見てください。

ご利益は何かというと、宝くじが当たるそうですぜ(^_^)v



 

2013年1月12日 (土)

氷!

布を染める前に、精練を致します。

糊や油や汚れを取るわけですが、灰汁で煮ます。

紺邑では、外でやる。

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この前やったまま、ステンレスの器に溶液を残したままにしておいたので凍っちゃった。

外へ出してみたら、何と20㎝くらいの厚さ。

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全然溶けずにいますです。

2013年1月10日 (木)

寒い寒い!染め場

寒い日が続いていますが、皆様如何お過ごしでしょうか。

昨日は、藍甕の手入れをしました。なにせ、ほぼ二週間使っていませんでしたから。

それでも、温めていたし、灰汁と貝灰も入れてありましたから、立派に色を出しています。

今日から染められますが、染め場にはいると寒いこと寒いこと。

薪ストーブに火を入れて、暖まるまで待ってから、お仕事と致します。

2013年1月 7日 (月)

日本橋三越終了

元旦に書いたきり、ブログをサボっておりましたが、娘のところに泊まっていてネット環境が良くなかったのが最大の理由です。

もうひとつは、飲み過ぎだ。

いつのまにか終わりまして、家に帰って参りました。
 

今回の日本橋はすこし感じが違い、いつもの三越本店のお正月の雰囲気が無かったように思います。

それでも、もの凄く高い目標予算を、最後の最後で達成したようで、化け物のような催事であることには違いありません。
 

紺邑はちょっと苦戦。

それは、洋服をあつかっている人たちはすべからくそうだったようで、まあ、悪いことがあればそれだけ良いことがあると云うことで、何故かやる気が起こった催事でもありました。
 

兎にも角にも、今年のお仕事が始まりました。

スケジュールも順調に入ってきています。

今年も、よろしくお付き合い下さいませm(_ _)m

2013年1月 1日 (火)

明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。

今年は滅多になく運気の強い巳年だそうで、たのしみな新年を迎えました。

昨年の暮れは、寒く暗く雨でもありましたが、元日はカラッとした晴天で、幸先良い出足となっています。

 

地元の唐沢山神社へ、初詣に行って参りました。

神社は山の上にあるのですが、ふもとの駐車場に車を駐められ、お正月から登山のような初詣となりました。

その分、景色をしっかりゆっくり楽しめることが出来た。

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日光連山が間近に見えます。左が男体山。

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遠くに見えるのが、国定忠司でお馴染みの赤城山。

この山並みの上に、4000mを越える頂があったそうですが、噴火で吹っ飛び、関東ローム層を作ったそうな。

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浅間山です。

私は子供の頃、大噴火を目撃しました。

栃木県の私たちの地方にも、火山灰が降り積もった。


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富士山です。

さすがに遠いけれど、肉眼でもクッキリと見えます。

手前は、佐野市の市街地です。

この景色の左側が東京で、スカイツリーも高層ビル群も見えます。

逆光で写真が撮れなかったのが残念です。

唐沢山神社のホームページには、ライブカメラがありますので覗いてみてください。

 
疲れましたが、気持ちの良い初詣となりました。

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