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2013年1月18日 (金)

殖産興業政策と足利友愛儀団 そして田中正造 っというお話し

富国強兵とともに、明治政府は殖産興業政策をとりました。今風に言えば産業興し、またはイノベーションと云ってもいいでしょうか。
何故なら、日本には当時、近代的産業も技術も何もなかったからです。西欧的な船一つ出来なかった。
 
さて、我が両毛地区(群馬・栃木県南部)は、古くから繊維産業の一大産地であったけれど、それが明治になって、近代文明社会に対応して行かなければならなかった。
 
お隣の足利では若い経済人が集まり、「足利友愛儀団」を結成し、両毛の殖産興業に寄与しました。
 
そこで出来た足利銀行の初代頭取は、若干23才の荻野万太郎です。
 現在、群馬県前橋市から栃木県小山市を結ぶ鉄道両毛線は、我が故郷足利市小俣町の木村半兵衛が作った。
 
その足利友愛儀団について、経済産業省の資料にはこう書かれています(「近代産業遺産群33」~近代化産業遺産が紡ぎ出す先人達の物語~55ページ)。

▽▽▽▽

足利においては1892 年に情報の交換による知識向上や同士の団結を理念とした「足利友愛義団」が織物産業等の青年経済人らにより設立された。
友愛義団は先端技術の研修や講演会の開催など、織物技術の研究にまい進するとともに、不正な商品の輸出といった道徳的退廃を厳しく諫め、品質の安定に取組むなど、産業人のモラル向上にも精力を注いだ。
これらの精神風土は友愛義団に結集した人々を軸として、社会改良運動のリーダー層を輩出し、両毛鉄道、栃木県工業学校や足利銀行などの産業インフラが次々と整備され、幅広い分野での近代化が図られた。
△△△△
 
両毛地区の民の力は凄いと思うけれど、渡良瀬川は農業だけでなく、産業の基本でもありましたから、彼らにとっても大切なものだった。

ですから「足利友愛儀団」は、田中正造の支援もしております。
 
そして、【田中正造翁小伝】という冊子もまとめました。
 
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両毛地区の産業を語るに、「足利友愛儀団」を欠かすことは出来ません。

彼らと田中正造の結びつきから、太田市、館林市、栃木市などの鉱毒の実害にあった地域と足利市も含んで、田中正造を考えられれば良いと思いますが、そういう話しは聞こえて来ません。

田中正造没後100年に当たって、我々が当時を思い起こし、何故今があるのかを考える良い機会になると思うのですけれどね。

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