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2013年8月

2013年8月19日 (月)

薩摩おごじょ

 観測史上始まって以来という桜島の噴煙を被りましたが、無事帰宅致しました。

 鹿児島を最初に訪れたのは、もうかれこれ40年ほど前のことで、天文館にあった「太郎」(だと思う)というキャバレーに出演するためでした。 

 道が分からなくなって女性に尋ねたら、その対応に随分感激した覚えがあって、「嫁を貰うなら鹿児島!」と思ったけれど、時既に遅し、って、一般論として思った覚えがあります。
 
 山形屋のバックヤードの社員用のエレベーターで、私がボタンの前で操作をしていると、後から女性が乗ってきた場合、「私がやります」と云って直ぐに代わる。まるで、男性には仕事をさせないよ!っと決意しているかのようです。
 売場でも、女性達はテキパキとよく働き、そして皆さん大変仲がよい様子だ。
 鹿児島の女性を、「薩摩おごじょ」と云うそうな。男は薩摩隼人。

 男性を見ると、何となく西郷隆盛風に見えて、大久保利通風が少ない気がする。

 まあ、十日間ほどですが、お世話になりました。
 また逢う日まで・・・

 

2013年8月18日 (日)

火山灰

鹿児島最終日は4時終了。

5時には片付け終わり、外に出たら様子がおかしい。雲のようなものが空を覆いだし、雨のように灰が振りだし、目が痛いほど。

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「これが桜島の火山灰か」と思ったけれど、段々酷くなる。
私のガラパゴス携帯も、開けているだけで灰だらけだし、着ている物も同じ。

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先が見え難いほどになってきた。

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あっという間に、車はライトをつけなければならなくなった。

「鹿児島はいつもこんなに灰が降るんじゃ、傘が売れないわけだ」なんて馬鹿なことを考えながらコンビに入り、ちょいと買い物をしてレジで「いつもこんな?」と聞くと、「いえ、これ程の灰は、滅多にありません」という。

部屋に入り、窓からも一枚。

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テレビをつけたら、こんな画面が出て来た。

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なんと、昭和火口観測史上最大の噴煙だった。火砕流もあったと云います。

旅の仕事は、様々なことに出会う。

2013年8月17日 (土)

旅のことなど

 山形屋のお仕事は、淡々と進んでおりますが、毎日ホテルと職場の往復だけで、一度ご担当二人とブラシの内山さんとで宴会をしただけという、端から見ればつまらない日々を過ごしております。
 それでも、無意味というわけでもありませんで、時間があれば思いにふけることも出来る。しかし人はこれを、「ボーッとしている」と表現するかもしれません。

 そんなことで、ちょっと我が人生を振り返ってみたら、私は19歳の時から旅また旅の生活をしてきたなぁと。海外へも行ったけれど、観光旅行と云えるものは全くなく、何処か仕事がらみ。そんなことで、旅に対してはすれっからしです。

 叔父がワシントンにいたので、訪ねて行ったことがあります。
 当時彼は、週間読売に随筆の連載を持っていて、その時の私の様子を、「まるで長年そこに住んでいたかのように、自然に振る舞っていた」みたいに書いていましたが、何故そう思われたかと言えば、ただ単に旅に興奮していなかったからでしょう。

 その時、アムトラックを使って一人でワシントンからニュー・ヨークに行ったけれど、車中ほとんど寝ていて景色も見ず、現地で会った従姉妹には、「え!その格好で来たの?」と言われるくらいで、持ち物は肩に掛けるバッグだけってな具合です。
 パリに行って、ルーブル美術館に行かなかったといって家内にバカにされ、台北に住んでいたけれど、故宮博物館には遂に行かなかった。

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 日本国内でも同じで、観光地を知らない。
 知っているのは、行った町の本屋さん。
 
 歌のお仕事は夜ですから、昼間は時間があるので、本屋に行って何かを買って、部屋でそれを読むという日々だった。だから、七日間の旅なら七冊の本を持って帰っておりました。
 私には学問がないから、それを何とか補おうとしたのかもしれません。
 
 今は、本がパソコンに変わってしまったけれど、本質は何も変わりません。


(写真はアムトラックのホームページから頂きました。記念写真を撮る習慣も無いのです。)

2013年8月14日 (水)

鹿児島山形屋

 山形屋は「やまかたや」と読みます。九州以外の人にはお馴染みではないでしょうが、地方百貨店の雄と云われるお店で、山形の人が鹿児島に紅花を売りに来て、そのまま店を構えたので山形屋。

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 最初のお付き合いは15年前の「職人の技展」からです。その時は父と母が来た。
 
 フェリーを乗り継ぎ、自動車に藍甕を積んで山形屋に着いた時、右も左も分からない父母への社員の対応に感動した父は、懇親会で、「今まで我々に対するホスピタリティは熊谷のY百貨店が一番だと思っていましたが、山形屋に来て、ここが日本一だと申し上げたい」と演説をしたらしい。

 帰ってきてからも、しきりに「山形屋はすごいぞ」と私にも言っておりました。もちろん父の発言は、日本中の百貨店を知った上でです。
 
 Y百貨店はともかく、山形屋は今でも良き伝統は引き継がれているようで、社員の皆さんの対応に一々感心します。優しいし、気配りが細やかだ。
 
 紺邑になって、私が初めて山形屋に来たとき、統括部長のHさんが懇親会で私になにか話せとおっしゃる。仕方なく、亡き父の話しをさせていただいたけれど、それも良い思い出としてありますが、個人的な事情でお仕事をお断りしてから、すっかり縁がなくなっていました。
 
 久しぶりにお話しを頂いて来させていただきましたが、初日の朝、偉くなったHさんが顔を見せてくださいました。ありがたいことです。

2013年8月13日 (火)

お盆 地球温暖化

 お盆を鹿児島で迎えていますが、どうも落ち着きません。この歳になって、お盆の墓参りが出来ないことが、心に引っかかる。それを、言葉で表せば、「慚愧」となるかもしれません。辞書には「自分の見苦しさや過ちを反省して、心に深く恥じること」とあった。

 

 それにしても暑い残暑となりました。「地球温暖化対策のため、室内温度を27℃から28℃に設定させていただいています。ご協力下さい。土屋アンナ」というアナウンスが、百貨店に流れています。それでも百貨店の中はエアコンが利いていて涼しく感じる。
 我が家は、エアコン無しですが、この間の展示会はさすがに暑かったと、家内が告白しておりました。

 さて、「地球温暖化と二酸化炭素は無関係」という意見が、つい最近、FBのコメントにあった。「ちょっと考えれば分かること」なのだそうですが、それが何かは書いてありません。そしてCO2利権があるのだとも。京都議定書を初め、国連でも指摘されていることを随分簡単におっしゃるけれど、ちょっと考えてみた(暇なんです)。

 いつぞや「朝まで生テレビ」で、地球温暖化について論じあっていたのを見たことがあります。
 地球温暖化は、二酸化炭素を初めとする温室効果ガスが原因だと主張する東北大学教授達のグループと、地球は寒冷化に進んでおり、この温暖化のような現象は、その経過の小春日和の様な物だという東工大と東大の物理学者が討論しておりました。さすがに学者同士で、政治討論のようなグチャグチャにならずに冷静な議論をしていて、ついつい見入ってしまいました。

 それを見て、太陽の黒点の周期から、地球の寒冷化を説いた学者達の方に、私はシンパシーを持ちました。それに対して、地球温暖化を主張する人たちは、すこし感情的で、説得力に乏しかった。
 まあ、私の理解の限界がそこにあるけれど、しかし、言葉を聞いて感じ、判断することくらいはしても良いでしょう。

 さて、本当に「地球温暖化と二酸化炭素は無関係」と言い切れるのでしょうか。
 我々は酸素で生かされていますが、酸素は、植物の光合成によって作り出される。その元は二酸化炭素だから、地球上に二酸化炭素が増えれば、植物が喜ぶはずだ。という論文を読んだことがあります。

  
 【揺れる地球温暖化科学】
 http://www.shimbun.denki.or.jp/news/special/20100720_01.html
 
 「ちょっと考えれば分かる」という答えがこういう事かどうかは知りませんが、そうかもしれないとは思います。

 では、二酸化炭素排出規制についての利権ってなんでしょう。そんなことを書くと長くなりますんで、その内にという事で・・・<(_ _)>


 

2013年8月10日 (土)

鹿児島「匠の技三人展」初日

気が付くと、お盆休みで、鹿児島はどうなるかなと思いましたら、一日、お客様で賑わいました。

しかし、どうも自らの店作り・レイアウトが気に入りませんで、初日から直しました。

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余計な人が写ってますが、この三人展を企画したことになっている佐分利さんです。

某大手百貨店外商担当で、知る人ぞ知るアイドル。

職人や物づくりの作家が大好きな人です。

2013年8月 9日 (金)

二つのイベント 紺邑と鹿児島山形屋

先ずは紺邑で、染めと織りの二人展が始まりました。

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田尾さんは、私が藍染めをしている原因を作った人で、染めの達人。
今回は、暖簾、タペストリーに、Tシャツや日傘などを展示。

小野えつこさんは、本来はウールの草木染めと手織りの人。そして、地元田沼の作家です。
今回は、裂き織りのバッグを主体に展示しています。

11日午後5時まで、紺邑の2階ギャラリーでの二人展です。

入場無料、駐車場完備!

ぜひ、お越し下さいませ。

 

さて、私めは、鹿児島山形屋2号館2階特設会場で、「匠の技三人展」に出展をします。

明日10日(土)から18日(日)までの長丁場です。

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久々に、鹿児島に参りました。
 
晩酌は、言わずと知れた「さつま島美人」!

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天才バカボンじゃないけれど、「これで良いのだぁ〜!」!!

 

2013年8月 5日 (月)

仁と礼

 私の父親の名は「仁」と書いて「ひとし」と読ませました。時折、「じんさん」と呼ぶ人も居た。その兄は「信夫」といい、齢90才にして未だ健在です。

 「仁」と「信」は、仁・義・礼・智・信という、人の常に守るべき五つの徳目、儒教の「五常」というものだと、我々世代は何気なく教わってきた。謂わば、道徳として常識の一つです。
 
 孔子の弟子の顔淵(がんえん)が、その「仁」について孔子に尋ねた。
 
顔淵(がんえん)仁(じん)を問(と)う。
子曰く、己(おのれ)に克(か)ちて礼(れい)に復(かえ)るを仁(じん)と為(な)す。一日(いちじつ)己(おのれ)に克(か)ちて礼(れい)に復(かえ)れば、天下仁に帰(き)せん。仁を為なすは己に由(よ)る。而(しこう)して人に由らんや。
顔淵曰く、其その目(もく)を請(こ)い問う。
子曰く、非礼は視(み)ること勿なかれ、非礼は聴(き)くこと勿なかれ、非礼は言(い)うこと勿なかれ、非礼は動(うご)くこと勿なかれ。
顔淵曰く、回(かい)不敏(ふびん)なりと雖(い)えども、請(こう)斯(こ)の語を事こととせん。

顔淵が仁の意義をたずねた。
先師はこたえられた。己に克ち、礼に帰るのが仁である。上に立つ者がこの道に徹底すれば、天下の人心もおのずから仁に帰向するであろう。仁の実現はまずみずからの力によるべきで、他にまつべきではない。
顔淵がさらにたずねた。実践の細目について、お示しをお願いいたしたいと存じます。
先師がこたえられた。非礼なことに眼をひかれないがいい。非礼なことに耳を傾けないがいい。非礼なことを口にしないがいい。非礼なことを行なわぬがいい。
顔淵がいった。まことにいたらぬ者でございますが、お示しのことを一生の守りにいたしたいと存じます」(現代訳論語)。
 
 父親も、随分重い名を付けられたものだけれど、ここで孔子は、「礼」と言った。
 
礼を学ばざれば、以って立つことなし。
礼を知らざれば、以って立つことなし。 
 
 「礼を知らないと人格形成が出来ず、人間関係がうまくいかないよ」っという教えでしょうか。「礼」を知らない「無礼者」になるなと。
 
 「礼とは「『礼儀作法』のことだ」という人もいる。「礼儀」は「マナー」と「エチケット」。「作法」は「ルール」。これらがなければ、人間社会、人と人との付き合いが乱れることになります。
 
 そこで儒教は、人間関係を規律する五つの徳目として、父子の親,君臣の義,夫婦の別,長幼の序,朋友の信の「五倫」を説く。
 身近なところで言えば、「長幼の序」など何処に在りやと、情けなくなることもあります。
 
 
 足利市は足利学校のある街。そこには孔子廟もある。

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 良い町です。


 自戒を込めて。

2013年8月 4日 (日)

桐生祭り 八木節

 8月4日日曜日、染め仕事が一段落して、所用で桐生に行きましたら「桐生祭り」の真っ最中で、盛んな人出で賑わっていました。

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 八木節は足利の八木宿が発祥だと、しきりに足利の人たちが強調するのは、本場が桐生に取られてしまったからで、このお祭りの八木節は、各通り々(謂わば町内)で行われる盛大なものです。足利で云えば、通り1丁目から7丁目までが八木節ばかりになるという位で、足利と桐生では、誰が何と云おうとスケールが違います。
 我が故郷の小俣の人たちも、駆け付けて出演しているに違いありません。

 その上、屋台が出ている。
 
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 それも、大きくて各々歴史のあるもので、この辺りのお祭りとしては出色です。子供の頃は、毎年行っていたものですが、久しぶりにこの祭りに出会って、昔を思い出してしまいました。
 足利の花火大会と一日必ずぶつかりますが、こちらは三日間ですから、是非一度、参加なさることをお勧めしたい。
 
 
 足利も桐生も、旦那衆の街。この祭りも花火大会も、その歴史を色濃く残していますが、そんな話しはまたにしましょう。だって、長くなりますから(笑)
 
 

2013年8月 3日 (土)

足利花火大会

8月3日(土)は、栃木県足利市の花火大会。毎年8月の第一土曜日開催ときまっています。

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「わたらせサマーフェスタ」とあるけれど、私はその昔実行委員の一人で、前夜祭のプロデュースをしていましたが、そんなお話しはいつかするときがくるかもしれません。

明治36年に始まり、戦争による中断もあったでしょうが、110年の歴史を持ち、ことし99回目という、日本を代表する花火大会だと思います。

大げさなようですが、長い歴史の持つ独特のノウハウがあるのです。
 

第一に打ち上げの間の取り方にそれがあって、見るものを飽きさせません。

そして、日本で一番観客席と花火が近い。その臨場感もたまりません。

東京のある花火大会を見た人が、物足りなく感じる程です。

 
足利市は、日本の小京都と云われます。佐野市も同じ。

全国の小京都の人たちの親睦会がありまして、その会長が私の父でした。

随分昔ですが、全国から小京都の人たちが、足利の花火大会に来たことがあります。

皆さんそれぞれ古都ですから、自慢の花火大会がある。

たとえば大分県日田市の人は、「うちの花火大会はすごいよ。四方の山に音がこだまして、それはそれは幻想的なんだよ」と、私に自慢していらした。

花火大会が終わると一言、「ここはすごい!」と、感嘆していらっしゃいました。

人知れずですが、世界的な企業の人も来て、桟敷で花火を見物していたこともある。

足利出身の人が、接待に使っていたのです。
 

今は知りません。

私は実行委員でもなければ、足利市民でもない。

久しく、見ていないのです。

2013年8月 1日 (木)

渡良瀬通信と旧友達と先輩

 夕方、足利に行きまして、渡良瀬通信の野村編集長に「アート街道66展」の資料をお届けしました。

 すると、 「ちょうど良かった。話があるんです。まあ、お上がりください」と野村さんは言うけれど、こちらは飲み会が控えておりまして、「すみません、ちょいと時間が・・・」といっても、「時間なんか作ればいいじゃありませんか」と、無理矢理の打ち合わせ。
 
 渡良瀬通信は以前、「みにむ」という雑誌だった。「みにむ」とは足利の郵便番号が326だった事に由来します。対象が桐生・太田・館林・佐野・みどり市と広くなって、326だけじゃなくなったので、たぶん「渡良瀬通信」にしたんじゃないかな?っとおもいます。

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 「地域とともに400号」!随分長く続いています。

 野村さんは館林出身だから、先ずは足利を知ることから始まりました。それを伝えたのが我が父で、「仁さん(父)には足利を教えていただいた」と今でも言ってくださいます。インタビューコーナーは今でも続いているけれど、その最初が我が父・大川仁だったし、私も随分と長く、時には深くお付き合いしてきました。

 9月号が記念第2弾。渡良瀬通信周辺のアーティストを取り上げるのだそうですが、その中に私を入れたいというお話しだった。私の第一声は、「勇気ありますねぇ~!」というもの。それを聞いて野村さんは大笑い。この辺の呼吸は長い付き合いがあるからで、これだけで通じ合うのです。
 

 そんなこんな頼まれまして、渡良瀬川の向こう側にある飲み会の店に向かいました。会場に入って行くと、十何年ぶりに会う懐かしい顔が揃っていました。

 中心は清水さん。我がふるさとの大成功者で先輩で、いろいろご面倒を掛けてきた方。他は全員後輩だけれど、足利の様々な事に深く関わり合ってきた人たち。

 気の置けないメンバーだし、共通の体験がたくさんあるものだから、ちょいと羽目を外して飲んで食べて、久しぶりに楽しい時間を過ごさせていただきました。誘ってくださった清水さんには、大感謝<(_ _)>。

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