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2014年5月12日 (月)

草創と守成

 昨日の投稿の最後に、「草創と守成いずれが難きや」なんて思わせ振りなことを書きましたが、藤村さんを思うにつけ、この言葉が浮かんでくる。

 私の立場は、どちらかというと藤村さん寄りなのだけれど、「職人展」という催事を始めるについては、「伝統工芸を世に知らしめ、存続を図る」という理念がありました。

 藤村さんは一時、柳宗悦の「手仕事の日本」を読めと盛んにおっしゃっていましたが、それは「こうやって我々は滅びて行くんだぞ。だから気を張れ!」ということだったんだと思います。

 それを忘れたところに、未来はない。そんな気がしなくも無いということです。

 以下「草創と守成」について、このブログで書いたことの再録です。

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「草創と守成といずれが難きや」という、帝王学(貞観政要)で有名な言葉があります。

「草創」とは、新しく物事を始めること。
「守成」とは、事業を固め保持してゆくこと。

中国の唐を作り上げた太宗が、臣下の房玄齢(ぼうげんれい)と魏徴(ぎちょう)に、「創業の時(草創)と、その後の守りの時(守成)ではどちらが困難か」と聞いたわけです。

房玄齢は「群雄割拠の騒乱を勝ち抜いて天下統一が出来たのですから、創業の時です」と答え、魏徴は「帝王が創業の為に立ち上がる時は、必ず前代の衰え乱れた後を受け、ならず者を打ち破り、討ち平らげますので、人民は喜んで推し戴き、万民はこぞって命令に服します。帝王の地位は天が授け万民が与えたもので、創業は困難なものとは思えません。しかし一旦天下を 手中に収めてしまえば、気持ちがゆるんで驕り気ままになります。人民は静かな生活を望んでいるの に役務は休まず、人民が食うや食わずの生活を送っていても、帝王の贅沢の為の仕事は休みません。 国家が衰えて破滅するのは、常にこういう原因に依ります。それ故、守成の方が困難であります」と答えた。

それを聞いた皇帝太宗は「房玄齢はかって私に従って戦い、九死に一生を得て今日がある。創業こそ困難と考えてもっともである。魏徴は、私と共に天下を安定させ、我がままや驕りが少しでも生ずれば危急存亡の道を歩む事を心配している。魏徴こそ守成の困難を体験したのである。今や、創業の困難は過去のものとなった。今後は汝等と共に守成の困難を心して乗り越えて行かなければならない」と語ったといいます。

つまり太宗は、創業時からの家来である房玄齢と、中途からの魏徴の双方を認め、感謝しつつ、現状を見て、「当に公等と 与にこれを慎まんことを思うべし」と、双方に今後の方針への協力を請うた訳です。
日本では「盛者必衰」と言いますが、「驕る平家は久しからず」であって、こういう太宗の様な姿勢があれば、滅びることもないと言うことなのでしょう。
 
創業の困難も認め思い起こし、守成の困難を乗り越えて行かねばなりません

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