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2014年6月 2日 (月)

佐野と「麻」のことなど

佐野藍を育てていますが、その関係の事を少し調べていますと、面白いことがたくさんある。

佐野から無くなってしまった物は、藍だけではありません。

麻、楮皮(こうぞ)、ゆり、たばこ、そして綿、などなど。 

万葉集に

上毛野(かみつけの) 安蘇(あそ)の真麻群(まそむら)かき抱(むだ)き  寝(ぬ)れど飽かぬを  何(あ)どか吾(あ)がせむ

「上毛野の安蘇でとれる麻の束を抱くように あの子を抱きかかえて寝るけれど 満ち足りない いったい私はどうしたらよいのだろうか」

こういう歌があります。
 
なんとなくわかるような気がする歌ですが、私の住む旧安蘇(あそ)郡は、栃木県だから、「上つ毛野(群馬県)」ではなく、「下つ毛野(栃木県)」のはずなんですが、今でも県境ですから、当時は何かあったんでしょう。

それはともかく、万葉集の昔から、「安蘇の
真麻群(まそむら)」と云うくらいで、麻が栽培されていたことがわかります。

嘉永元年(1848)に書かれた「下野国誌」に・・・

「安蘇郡はすべて山畑にて麻をおほく作る地方なり。おしなべて下野は麻を作る国なれども、安蘇郡より出るを第一とす。安蘇のまそむらと読めるも、真麻群にて、安蘇といえるも麻よりい出し名ならんといえり」。
 
という記述がある(田沼町史)。
 
つまり、「安蘇」の名は「麻」由来だと云うことですが、それも「安蘇郡より出るを第一とす」というくらい、品質が良かった。



いつぞや紺邑に入らした安蘇郡の葛生のご老人にこの話をすると、「私の子供のころは、秋山川で麻を洗って小遣い稼ぎをしたもんだ」とおっしゃった。

つい最近まで、安蘇の麻栽培はあったのです。

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