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2014年8月25日 (月)

プロとアマチュア 教育の問題

 七年ほど前、ある小学校で、藍草を育て、刈り取り、すくも(藍染の原料)を作り、苛性ソーダと還元剤を使って藍建て(染め液を作ること)して、子供たちが一年がかりで藍染めをしたという報告を目にしました。題して「藍の栽培及び藍染めで輝くこども達」。 
 この報告を読んで、一瞬私は自分の仕事を疑った。子供にも出来ることをしているのだろうかと。私も子供の時代がありましたから、そこに思いを馳せてみると、出来はしません。
 
 藍草を畑で育てるには、土づくりからはじまるわけで、それをどうするか。藍草をどう育てるか。雑草の草取りをどうするか。水の問題。天気の問題。様々に農家は思い悩み、体を使い、藍草を育て、刈り取り、葉を乾燥させる。その一つ一つにもまた、いつどういう風にという問題がある。
  
 藍師はそれを、どうやってすくもにするというのか。どのようなすくもが良いとされるのか。書ききれないほどの問題がある。
 
 紺屋は、染め液をどう作るのか。またそれをどう維持し、染めるというのか。これもまた、書ききれません。
 
 これらのことを、この子供たちは出来ると教わってしまった。そして輝いたという。
 
 どんな仕事だって、一人前になるには、経験や修行が要るなんてことは、世の中に出れば当たり前のことです。だけど彼らは、出来てしまう。
 
 現在はこのように、なんでも「出来る」と教える。だから子供たちは、出来ないのはやらないからだと思う。やれば出来ると思っている。
 
 私たち職人が、この子たちに何を教えたところで、「藍染めしたことあるし、出来る」と思っているから、耳を貸そうとしないでしょう。親たちも、「あなたがやった藍染めよ」と、藍染め職人の私の前で言う。私がしていることを、その子がしたと。出来ると。
 だから、私たちはこの子たちに認められ、尊敬されることはありません。

 同じように、この子たちは誰も認めなくなります。それは、親も教師も同じ。
 
 こういう子供達は、世の中に出て、出来ないことに出くわして戸惑うことでしょう。 しかし、何故出来ないのかが分からない。そりゃそうだ、なんでもできると教わって育ったのですから。
 
Om3_2688_2染めたものを洗いますが、なぜ洗うかがわからなければ、洗い方もわかりません。
 出来ないことに出会い、出来るようになろうとするときに必要なのは、修業というか練習です。当たり前なんだけれど、それを分からなくされているのが今の教育。

   ギターを弾きたいと思ったら、練習しなければ弾けるようになりません。弾けるようになったって、人に聞かせるには、それなりに上手にならなきゃならない。

   プロになって、聴いてもらってお金をもらうには、実は練習だけではいけません。素質や適性が必要です。だから、いくら練習しても、上手くならない人は上手くならない。それは、個性だから、しかたない。足の速い人には、いくら練習しても追いつけないのと同じ。野球だって、キャッチボールができない人は、野球は出来ません。
 
  それを知れば、認め合うことが出来る。そう思います。

 

 

 

 

 

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コメント

こんな教育が、日本の将来を不安にさせている事を、教育に携わってる人たちにその自覚がない事は、何とかしないといけないですね。大川さん、これからもどんどん啓発してください。

加藤さん、恐縮です。

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