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2014年8月24日 (日)

プロとアマチュア

 藍染めを教えるのは、難しいと私は思う。「そんなことはない。教室もある」という意見もあろうかとは思いますが、プロを育てるには、それなりのことを伝えなければならないと、私は考えています。

 確かに、藍染めの液があれば、だれでも藍染は出来ます。染液に、糸や布を入れればいいんですから。問題は、どのように染め液を作り、どのように染め、どのように染め上がり、それを人がどのように使ってくれるかです。

 それが、大きく言えば、文化だと思います。 
 
 歌も同じで、声の出る人なら、曲を覚えればだれでも歌えます。だけど、お金を取って人に聞かせるには、体を作り、声を出す訓練をして、曲を覚えて練習し、聴いて頂くために人に集まってもらわなければなりません。そして、その人の歌を聞きたいと思う人が多くなければ、人は集まりません。その上に、素質が必要です。

 それが、本来のプロの姿。
 
 今は、ずうずうしく人前で歌えれば、ひょっとすると歌手に成れる。自分を歌手だと言えばいいんですから。どうしてかといえば、歌を聴く人の耳が育っていないから、上手い下手が分からないのです。
  少し前までは、プロとアマチュアにははっきりとした隔たりがあったものですが、昨今は、これが分からなくされていて、アマチュアの文化になってしまった。   
 
 高校野球の季節ですが、あの選手たちの中で、何人がプロに成れるでしょうか。成れたとしても、レギュラーになり、そしてオールスターに選ばれるのはどれくらいかと考えれば、プロで活躍している選手の凄さが分かるというものです。
 しかし、これが現在、分からない。分からなくされている。プロ野球の選手に対する尊敬が、昔とはずいぶん変わりました。まるで、タレント扱いだ。
 
 これが、今の日本の文化の程度。
 どうして?と考えると、教育の問題に行き着きます。  
 
(つまらない話かもしれませんが、書いて置かなければと思っていますので続きます。)

Photo_101
ウールの広幅を藍染。
石灰や薬品を使う藍染めでは、染めることはできません。
または、難しい。
本染めは、綿を染めるようにウールも染まります。
 

 
 

 

 

 

 

 

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コメント

カラオケで、英語の歌詞のフリがなをなぞって、得意になって歌ってる人がいます。俺はPOPsが歌えるんだと、聞いてるほうが引いてしまうほど過信たっぷりです。これだけ情報が溢れて、本物に触れる機会があるのに、なぜかこんな人が増殖しています。英語が読めない人が、英語の歌を歌う・・・何のためにこの人は歌っているんだろうと思います。自分のために歌うのは構いませんが、人に聞かせようとして歌う・・・何時からこんな錯覚が許されるようになったのでしょうか。本物のプロが、少なくなったという事なのでしょうか。間違った歌を聞かせられるのは、耳の毒ですね。本物のプロの活躍を期待します。

加藤さん、カラオケならまだしも、人を集めて歌っている人がいますから困ったものです。問題は、聴衆にもある。
そこまで書ければよいけれど、加藤さんのような方がいらっしゃると、張り合いがあります。

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