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2015年1月24日 (土)

一瓶塚稲荷神社

一瓶塚稲荷神社にお参りしてきました。

田沼町のどまんなか。駅から直ぐです。


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その昔、佐野荘百数十郷の総社として尊崇されたほどの神社です。

時折お参りしていたのですが、大和屋の池田さんのご尽力で、ようやくお札を頂くことが出来ました。


一瓶塚稲荷神社 御由緒

文治二年(一一八六年)佐野荘司讃岐守成俊公は、唐沢城再興の際に、富士村の稲荷大明神を今の地に遷し祀り、社領の地を寄進し、佐野荘百数十郷の総社として尊崇した。その折各地の人々は瓶に土をいれてこの地に運び塚を築いたので、塚を一瓶塚と呼び社を一瓶塚稲荷神社と称したと云う。
爾来武将庶民の信仰厚く、徳川五代将軍綱吉公は、館林尾曳城主の頃、毎月当社へ代参を遣わし崇敬特に深かったと伝えられ、延亨三年(一七四六年)には佐野荘の人々によって、見事な銅製鳥居(文部省認定重要美術品)が奉納されている。又寛政十二年(一八○○年)に、日本神祇総官領白川伯資延王より、「佐野総社一瓶塚正一位稲荷神社」の親筆の額を奉献された。
当社の境内は社殿の前面が非常に狭かったので、後方に土を盛り一瓶塚を延長して社殿を移し、境内を整備する事が、多年の宿願であった。昭和四十年境内模様替奉賛会を結成して、氏子信仰者の御奉賛により、社殿を始め一瓶塚、鳥居、社務所、神庫、その他一切の建物、工作物を移轉、改修或は新設して、境内の模様を一新し、昭和四十八年この歴史的大事業を達成した。





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