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2015年2月

2015年2月25日 (水)

哲学と藍染め

写真の本の作者ご一行が、2月23日に来店されました。

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最初から呼吸法の話になった。

私は発声を多少訓練していますから、それがきっかけで話が進んでいきましたが、とりあえず藍染の体験をなさった。

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手が青くなるのも厭わず、染め液の微生物と対話なさっているようでした。

  

終わってしばし歓談。

直観、または直覚の話から、どうも、共感するところが多い。

私は無学ですが、この方は哲学から呼吸法にたどり着いた方。

無学と哲学で、なぜ共感するのだろうと思いましたが、まあ、本質というのはそういうことなのだろうと。

なんて、ちょいと難しそうに書きましたが、このご本を手にしてみたら、読書体験が似ておりました。もちろん、私のそれは微々たるものですけれど。

それにしても、職人仕事も哲学と対話できるのですから、バカにしたものではありませんな。

  

皆様、ご来工、ありがとうございました。

またいつか、勉強させていただきたいと思います。

2015年2月23日 (月)

熊本からの若者

2月は、いつもなら熊本の鶴屋に出展しているのですが、今年は昨年からすくもが少なく、藍染も出来ず、商品が余りにも少ないのでご遠慮いたしました。

そんな熊本に居るはずの日に、なんと熊本からお客様が入らした。

熊本で正藍染を始めた西君の幼なじみの宮木君と田中君。

二人とも一所懸命、藍と向き合いながら染めて行きました。

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染めたい柄を宮木君に取られた田中君は、考えに考えて左側の柄に。

これはちと大変だったけれど、非常に個性的なバンダナが出来上がりました。

田中君は宇都宮在住。

近いですから、またいつでもおいで下さい。

2015年2月22日 (日)

佐野藍の会議

春が近くなりますと、藍の季節。

この二年の経験をふまえ、また今年も佐野藍の栽培が始まります。

そこで会合を開いて、この一年の行動を話し合いました。

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全く新しい人もいました。

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宴会ともいえぬ、お酒抜きの軽い懇談会。

さすがに農業の話だから、美味しいイチゴなどもいただきました。


今年は星野先生の指導を受けながら、無農薬でしっかり栽培します。

機械化も図るつもりです。

徐々にですが、佐野の新しい産業の創出に向けて歩き出しています。

2015年2月18日 (水)

新生「アート街道66」

2010年、佐野市から桐生市へ抜ける県道66号線沿いに集まる美術・工芸作家達をネットワークした、「アート街道66」が発足しました。

切っ掛けは、渡瀬通信の野村編集長が、この界隈に集まるものづくりの作家達を特集して下さったこと。野村さんは、最大の功労者です。

規約もない緩やかなネットワークでしたが、そろそろしっかりした形を世間に示そうと云うことになりました。5年以上経ちますと、弊害も出てきます。

たとえば、「アート街道66実行委員会」はあったのですが、その実行委員長は私で、会計が一人いるだけ。そして、様々にイベントが開催され、それぞれに実行委員長がいる状態で、全体の代表は、暗黙の内に私かな?っという感じで、「だれが代表?」と聞かれたときに、答えようもなかった。そんな状態でした。

   

年が明け、新年会を兼ねて総会を開きました。

そこで会則を決定し、役員も選出しました。

代   表  大川公一
副代表   谷中眞二
会   計  尾花幸枝  川田敦子
監   査   櫻井満
事務局   筒井童太
   
こういう役員体制で、任期2年運営して行きます。

また、各イベントに置いては、従来通り実行委員会をつくり、企画・運営をします。

これからも充実した活動を、出来る範囲で無理なく、頑張らず、楽しく、一所懸命やって行きますので、皆様よろしくお付き合い下さいませ。

   

早速、新年会という宴会。

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皆さんの持ち寄りの美味しい料理とお酒で、当たり前のことですが、全く気を使わない仲間内ですから、楽しい新年会となりましたとさ。

2015年2月17日 (火)

会議会議の日々

私は長らく染め師ですけれど、その前は、歌手で、企画屋で、イベントの演出や音楽のプロデュースや、企業のプロモーション・コンサルティングなどもやっていて、ある企業の上場のお手伝いなんかもしておりました。

本当のことですが、こう書くと、何がなにやら訳が分からなくなりますし、その上に選挙なんかに関わってもいたものだから、「お父さんは何をやっている人?」と娘に聞かれ、「これはいかん!」と、藍染と音楽だけをやる人になって二十数年。

企画書を書くのが仕事でもあったし、コンペのプレゼンで、日本最大手の広告代理店に負けたこともなかったのですが、それもまた20年以上も前のお話し。

 

私を一番よく知っている家内の仕掛けに乗せられ、「アート街道66」を始め、音楽と藍染だけの生活からまた違う道に入ってしまいました。

その上に、地域産業資源活用事業の認定などを受けたが為に、その昔の仕事を思い起こすようなことばかりが続いております。

 

たいした物ではないにしろ、企画書を書かなくてはならず、パワー・ポイントなるものも始めて見た。

これも何とか使いこなせるようになって、毎日、何か書いています。

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今や根っからの田舎ものが、こんなビルヂングの中に行くようになった。

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一つ云えることは、決して嫌いな世界じゃないということ。

ですから、今年からすこし生き方を変えることにします。

少し昔に戻るつもりなのですが、一つ分かったこともある。

頭の錆び付きです。

2015年2月16日 (月)

工房の藍染体験

東京から沼井さん達がご来工。イギリス人のお客様をお連れになって、藍染体験。
いつもはハーレーダビットソンにのっていらっしゃるのだけれど、この日は車で、あまり運転が慣れていないご様子。

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私の指導よろしきを受けて、染めはじめ。

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サンサンサロンから持ち帰って、手入れをして生き返った甕で仕上げ。

イギリスの方も、藍染を楽しんでくださっている様子。

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こんな風に仕上がりました。


お昼は近くのお蕎麦屋さんへ。

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いつもは閑馬の久保さんの所なのですが、この日はお休み。

そこで、「御所ノ入」にご案内しました。

「御所」とは天皇のお住まいのこと。

なぜここが「御所ノ入」と言うのか、由来はハッキリしないそうですが、どうも、後醍醐天皇所縁の場所らしい。

近くに「人丸神社」がありますが、これは柿ノ本人麻呂のことらしい。

  

またどうぞお越し下さいませ。


2015年2月15日 (日)

出張藍染体験

佐野市駅前のサンサンサロンでは、毎月一度、藍染体験をしています。

今月からは、体験者に自分で染めていただいていますが、その為には少し大きめの甕の若い染め液を持って行かなければなりません。それが重い!

無理して持って行きましたが、その昔、これ以上に大きくて重いホーローの藍甕を車に積んで、南は鹿児島から北は札幌まで運んでいましたので、運ぶ方法を知っていたのが幸いして、何とかやってきました。

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今日の主役。

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手袋をしていますが、最後にははずして素手で染めていました。

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母上も参加。
やはり、最後は素手!

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麻の葉の模様が染め上がりました。
この後水洗いしてきれいな藍染になりましtが、やはり、運ぶと藍が痛む。

もう一度、染め直しましょう(^^)/

来月3月は、13日(金)です。

2015年2月14日 (土)

珍客来訪

朝、ギャラリーのカーテンを開けると、何か白いものが外を駆けて逃げていった。
私は猫かな?と思った。

お客様が入らして話をしていると、家内が「アレ何?」と叫ぶ。

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目をこらしてよく見ると・・・

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ウサギだ。

こいつが住み着きました。

薪を割っていると、その横を通って行く。

どうも、工房の北側に住み処を作っている様子。

野ウサギじゃありませんでしょうから、どこからか逃げてきたのかな。

とりあえず、餌付けしちゃおうっと!

2015年2月 9日 (月)

紺邑の藍染体験

紺邑の藍染体験は、ご自分で染めていただくようになりました。

本日茨城からおいでのお客様は、素手で藍染めをなさった。

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手が青くなると、「キャー、かっこいい!」とおっしゃる。

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何も道具は使わない藍染めで、こういう柄だしをするのが紺邑の藍染体験の特徴です。

そして、素手で染めても、手が荒れることもなく、かえってスベスベする不思議も体験できますよ。

匂いもね(^ _ ^)v

群馬県の大胡へ 上泉伊勢守のことなど

所用で、ヤギの橋本さんと群馬県は赤城山の麓、大胡(おうご)へ行ってまいりました。側は良く通ったのだけれど、街中に入るのは初めて。結構大きな町で、今は前橋市の一部になっているらしい。

大胡といえば剣聖上泉伊勢守だけれど、橋本さんに話したら「知らない」という。「柳生流はご存じ?」と聞くと、辛うじて知っていました。だけど、塚原卜伝も知らなかった。

  

上泉伊勢守は剣の大名人。新陰流の祖。

柳生の里に立ち寄り、柳生宗厳と宝蔵院胤栄へ印可状を与えています。「バカボンド」という漫画がありますが、それ以前のお人。熊本の丸目蔵人も弟子。

袋竹刀を考えた伊勢守は、今の剣道の大元かもしれません。

  
  

柳生宗厳は、伊勢守の新陰流を学び、柳生新陰流を生み出した。

将軍の指南役となった宗厳の息子宗矩は政治家だけれど、尾張柳生の柳生兵庫助が剣を継いだとする人もいる。

  
戦国時代の兵法(剣法)は、鎧を着ていかに戦うかと教えた。

だから、上段が今の中段。中段が今の下段。

そりゃそうで、鎧を着たら、今の上段は無理ですから。

だから、今から見れば、猫背のようなかっこ悪い構えになるし、そういう絵が残されています。

鎧を脱いだ剣法に変えた革命児が、宮本武蔵と柳生兵庫と云われる。

武蔵が二刀を構え、すっと立っている絵は有名ですが、ああいう姿は武蔵以降で、あれを「すったちの構え」と云うのだそうです。

もう一人、これを編み出したのが柳生兵庫。

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男は、こういう話が好きだと思っていたけれど、まあ、人それぞれです。

帰ってきてから、剣道をやっていた息子と話をすると、さすがに上泉伊勢守は知っていましたが、柳生兵庫と「すったちの構え」は知らなかったな。

2015年2月 1日 (日)

モーガンの三輪車

東京から、9名のお客様。

二人の子供達に、ハンカチを染めてしばし歓談。

珍しい車があると思ったら、なんと、三輪のモーガン。

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かっこいいなぁ~!2気筒2000cc

これを乗る精神がうらやましい。

そう思えるほどに、段々元気が出てきました。

今までだったら、そんな希望的感想など出なかったでしょうけれどね。

良かった良かった(^_^)v

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