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2015年6月 6日 (土)

犬伏の別れ

 「犬伏の別れ」とは、信州は上田城主真田昌幸とその長男の上州沼田城主信之と次男信繁(幸村)の三人が、関ヶ原の戦いを前にして、豊臣方につくか徳川方につくかを、佐野市の犬伏で密議した事をいいます。
 来年、NHKの大河ドラマは「真田幸村」だそうですが、果たして「犬伏の別れ」は取り上げられるでしょうか。

 

 産経新聞に「真田父子 虚飾かまことか 運命分けた『犬伏の別れ』」という記事があります。 そこに、佐野市の見解が書いてあります。
  
 「文化財を担当する佐野市生涯学習課は『(真田親子の別れが)犬伏とされるのは小説が始まり。古文書では確認できず、伝承の域を出ない』と説明する。同課によると、家老の日記には下野には行ったとしているが、詳しい場所については記載がなく、『あれだけの武将が来たなら地元にも何か記録が残るはず』」。  
 
 平家物語も小説だから、磨墨伝説が大切にされないのかな。小説が新たな文化を生み出すこともあるんですけれどね。水上勉の「越前竹人形」がそれです。
  
 そもそも伝承が歴史ではないと何故云えるのでしょうか。伝承を読んで聞いて、感動して涙して喜んで来た人の人生は、歴史ではないのでしょうか。

 こういう事は、役所が判断すべき事ではありません。判断するとしたら、市民に対して不遜で野暮ってもんです。

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