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2015年6月 8日 (月)

佐野市鉢木町

 佐野市に鉢木町というところがあります。鉢木とは謡曲「鉢の木」の鉢の木。

 あらすじをネットから頂いちゃいますと・・・
  
~謡曲「鉢の木」~


 ある大雪の夜、上野国佐野荘のあばら家に一人の旅僧が宿をもとめてきました。

 家にいた婦人は、主人が留守だったため断りますが、帰ってきた主人がその話を聞くと、旅僧を追いかけ呼び戻しました。

 主人は、いろりの薪がなくなると秘蔵の鉢植の梅・松・桜を囲炉裏にくべてもてなしたそうです。

 旅僧が主人の素性をたずねると、もとは佐野荘の領主だった佐野源左衛門尉常世と名乗ります。

 そして、「一族に土地を奪われ、今はこのように落ちぶれているが、「いざ鎌倉!」というときには、一番に鎌倉に馳せ参じ忠勤を励む所存である」と語ります。

 翌朝、旅僧は主人に礼を述べて家を辞します。

 それからしばらくして、鎌倉からの動員令が諸国の武士に下されました。

 常世もその噂を耳にし、破れた具足をつけ、錆びた長刀を持ち、やせ馬にまたがって「いざ鎌倉!」と馳せ参じました。

 みすぼらしい姿に集まった人々の嘲笑を買う中、幕府の役人から呼び出しを受けます。

 みっともない格好を叱責されるのかと思いながら、おそるおそる前に進み顔をあげると、そこにはあの大雪の夜の旅僧の顔がありました。

 その旅僧こそ前の執権北条時頼でした。

 時頼は一宿一飯の恩義を受けた礼を述べ、あの夜の話のとおりに馳せ参じたことをほめたたえ、佐野荘の安堵を約束しました。

 その上、常世が時頼のために薪として使った鉢の木にちなんで、上野国松井田荘、越中国桜井荘、加賀国梅田荘を常世に与えたといいます。

~~~~~~~~~~

鉢木町には、この佐野源左衛門常世の墓があるのです。

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