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2015年7月 8日 (水)

祖父の市長選

 祖父は昭和30年、足利市長選挙に立候補しました。私が4歳の時で、これが選挙初体験。
 家族が選挙戦に夢中で、私が行方不明になったと大騒ぎをしたらしいけれど、その時の私の記憶に残る風景は、織姫神社の鳥居と逆さ川と足利市は西宮の風景。

 この選挙は妙で、対立候補の木村浅七氏(名誉市民・名市長として名高い)の選挙事務所には、英三の長兄で、地元自民党の大立者だった元県議会議長の大川信介が陣取り、片や英三の事務所には、父仁の友人だった木村浅七氏のご子息が毎日来ていたというものだし、そもそも木村さんと英三も仲が良かった。

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 当時を知る人は、「面白い選挙だった」と今でも言いますが、投票率も91.45%と、その成果が表れています。いろいろと思惑のあった選挙だと聞いていますが、これを機に、社会党の国会議員も生まれ、父も市議会議員となった。

 ちなみに自民党の木村さんも社会党の英三も、この選挙は共に無所属候補でした。木村さんは、このほかの選挙は自民党からの立候補です。

 この選挙を機に、祖父は故郷小俣町に帰り、トーションレースを創業することになります。

 

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