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2016年3月

2016年3月28日 (月)

講習会用のすくもの藍建て

 本建ての藍染を普及させるために、又は知っていただくために、藍建ての講習会を本格的に始めようとしていますが、それにはすくもが必要です。  そのすくもを家内が講習生代わりに藍建てしていました。  昨日、広島県、茨城県、長野県からお客様がお見えになり、その最後の貝灰とフスマを入れる作業を見ていただきました。 Img_0064  これがその藍甕ですが、藍建てそのものは終了しています。 Img_0065  この甕の色ですが、透明感に乏しく深みもありません。  そこで、貝灰とフスマを足して整えたのです。
Img_0066  これが今朝の状態。 Img_0067_2  良い色になりました。満足です。  これで、講習会を開催することが出来ます。

2016年3月25日 (金)

オーガニックコットンストール

 紺邑は藍染をしていますから、その作品もご紹介して行くことにします。本染めは何千年と云う歴史を持ち、人間の知恵が詰まっています。
 使ってこそ、生きるものです。

 今回は、オーガニックコットンストール 紺、縹(はなだ) 二色染め

Dsc_0195  
 彼岸を過ぎてようやく春めいてきました。藍染の映える季節ですが、驚くほどに柔らかなオーガニックコットンによって作られたストールをご紹介します。
 
 オーガニックコットンの柔らかさは、優しく肌や体を包みますが、その上に正藍が紫外線を防ぐために夏は涼しく、日焼けを防ぎますので、紫外線アレルギーの方に喜ばれています。
 藍が血行を良くするといわれ、肌寒い春の日も暖かく身を包んでくれます。
 幅が43センチと小さめですので、使い勝手に優れています。長さも半分に折れば、小さめのストールとして使えます。
 
 是非、お試しくださいませ。

 
*オーガニックコットンとは
 通常の綿花栽培には化学肥料、除草剤、殺虫剤、そして収穫時には枯葉剤を使うなど、大量の化学薬品や農薬が使われています。
 オーガニックコットンとは、3年以上薬剤を使わない畑で堆肥を使い、益虫による害虫対策など自然環境を汚さず栽培された綿花を指します。
 繊維の中に含まれる空気の量が多くなり、その保温性によって冬は暖かく、夏は汗の吸収に優れ、肌に触れる感触が非常にソフトです。
  
 綿は農薬を使ったとしても、綿糸や布に残留農薬が残ることはなく、製品からオーガニックコットンかどうかを計ることは出来ません。ですから、本当にオーガニックコットンかどうかを認めるには、それを証明する機関による認定を必要とします。
 
 紺邑の扱うオーガニックコットンは、すべてNOC(日本オーガニックコットン流通機構)の認定を受けた信頼された製品です。

2016年3月24日 (木)

バングラディシュの手織り綿 カディ

 東洋大学の小早川先生が、バングラデッシュの支援活動を20年続けている、サクラモヒラの平間さんをお連れ下さいました。

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 平間さんの活動は大変なものですが、その中に、ガンジーゆかりの手織り綿「カディ」をなんとか存続させたいという事があるようです。

 「カディ」はインド古来の綿織物ですが、ガンジーが広めたと言います。昔はバングラディシュもインドでしたから、ガンジーが来て伝えたもの。

 それが現在、織手はたった一人。

 織って売れれば、カディの存続が図れる。
 私たち本染めの藍染と、全く同じ状況です。
 そこで、日本の正藍染とバングラディシュのカディが結びついた。

Photo
 たった一人しかいない織手のカディを、私が藍染します。そして、小早川先生達のプロジェクトが関係してくる。そして、作品が出来上がる。

 日本の方々には、是非それを使っていただきたい。
 本染めの青と、伝統古来のインドの織物の風合いを楽しんでいただきたい。

 これからですが、そう思います。

 小早川先生は、「危機的なアジアの伝統文化を存続させるために具体的な仕組みを考えています」とおっしゃっています。

 少しでもお役に立てればと思いますが、「危機的なアジアの伝統文化」の中に、日本の正藍染もあると、再認識させられる出来事でもあります。

2016年3月20日 (日)

「本建て」の講習会

 様々に、藍建ての方法はあることを書きました。藍を建てなければ、藍染は出来ません。

 しかし、「本建て」と云われる、すくも(蒅)を灰汁だけで建てる方法は、日本にはほとんど残されていません。ですから昨年(2015年)から、私は伝えることをしてきました。

 しかし、伝えることは簡単ではありませんでした。勘を頼りの藍建てを、言葉にしなければなりませんから。つまり、伝える勉強をしなければなりませんでした。

 大切なのは、建つか建たないかと云う結果です。どれほど本建てが素晴らしいものかを語ったところで、建たなければ何にもなりません。

 教えれば建てられるようになるかもしれないと気づかせてくれたのは、我が畏友、佐野の住人で先輩の金子庸三さんです。自分で作ったすくも(蒅)で、2014年5月、藍建てが出来た

P1030535_2_1(写真は、必死で藍を手で練っているところです。今から思えば健気ですが、これから、道具を使うことを考えられたのですから、経験は必要です。私も手のひらを痛めました。)

 それから私の勉強が始まりました。

 2015年4月12日には、藍建ての体験会を開きました。

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 私も経験を積み、何をどう伝えれば良いかがわかってきました。

 結果も出てきた。

 東京のマンションの一室で、45ℓのペールに藍建てをなさった増間さんも、この講習会の経験者です。

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 そして、ご近所の女性の高桑さんが、一人で藍建てをなさった。高桑さんも、この講習会を経験しています。

3(写真は130ℓのペールでふみ練りをしている高桑さんです。小柄だからできる事。)

 こういった経験から、本建てを伝えることが出来る自信のようなものが私にできました。

 そこで、機会あるごとに「藍建て講習会」をして行こうと思います(機会とは、すくも(蒅)が手に入ること)。

 ご興味のある方、本建てをしてみたい方、正藍染を生業にしたい方、伝統を引き継いでくださる方などなど、機会があればご参加下さい。

 募集など、詳しいことはG.i-Japan のホームページをご覧ください。

 

2016年3月16日 (水)

灰汁(あく)

 「灰汁」は、「あく」と読みます。
 
 木を燃やした灰を、容器に入れた熱い湯に入れ、激しく撹拌し、しばらく放置すると灰は底に沈み、残った上澄みが「灰汁」です。
 
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 写真はちょっと解かりづらいけれど、一番灰汁です(少し使った後です)。 これを使いきり、また同じ灰で二番目に取った灰汁が二番灰汁。その順で、三番、四番・・・となります。
 
 木は基本的に広葉樹、又は堅木です。例えば、楢(なら)、椚(くぬぎ)、樫(かし)、栗(くり)、桜(さくら)、桑(くわ)、椿(つばき)などなど。杉、松、檜、藁などの灰は使えません。

 藍の染液に使う液体は、全て灰汁です。 

 藍はすくも(蒅)と灰汁だけで建てます。これを、本建て、または地獄建てと云います。しかし、簡単には建ちません。良いすくもと良い水と良い灰が必要だからです。

 醗酵は、維持管理しないと止まります。それにも、基本的には灰汁を使います。その上で、貝灰と麩(ふすま・小麦の皮)を使いますが、貝灰を入れるときには灰汁も足し、麩(ふすま)は灰汁で炊きます。
 
 いかがでしょうか。灰汁は伝統的な藍染にとって、絶対的な存在なのです。
 
 灰を使うのが当たり前だった頃は、灰は田畑の肥料に、灰汁は洗濯洗剤、植物染めの所謂媒染材、灰汁巻などの食材などに使われて来ました。
 灰汁を取り切った灰は、焼き物の釉薬となった。
 
 このように、現在言われている「循環型社会」の典型が、日本の灰の文化にあります。
日本は昭和40年代以降、経済成長を目指し、大量生産大量消費の時代となり、日本の良き伝統は失われつつあります。その象徴的な存在として、灰の文化はあるように思います。
 
 
追記
 今の日本には、木灰がありません。だから、灰汁がとれません。これが、伝統的な藍染にとって、最大の問題であり続けてきました。十何年も前は、「すくも(蒅)は買えるけれど、灰は買えない」と、ちゃんとした藍染をしている人たちは云っていたものですが、現在は、すくも(蒅)も灰も手に入り難くなりました。
 
 灰は、買えるようになりました。しかし、高いです。それは仕方ないとしても、質の問題が出てきています。灰に針葉樹や建材が混じっていたら、何をしても藍は建ちません。
 私も紺邑を始めた頃、灰が足りなくてある銘木屋に頼んでいたら、突然建たなくなりました。質が悪くなったのです。

2016年3月14日 (月)

すくも(蒅)

 乾燥させた藍草の葉を、粉のように細かくして、水はけの良い土間に積み、水を打ち、ムシロを被せて寝かせ、何日かしたらムシロを剥いで切り返し、また水を打ち寝かせ、約100日の間にそれを17回ほど繰り返して出来上がったものを「すくも(蒅)」と云います。日本の藍染の原料です。藍草の葉を、堆肥状にしたものと言ってもよいと思います。

 (すくも(蒅)を杵で打ち固めて切ったものが「藍玉」と云われるものですが、「玉」と書きますから丸いと思われがちですが、立方体です。)
 
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 作る途中はものすごいアンモニア臭がしますが、出来上がると程よい土の香りがし、乾燥すると全く匂いがなくなります。堆肥も同じですが、アンモニア臭が残るものは未熟。完熟すると、アンモニア臭が消えます。
 
 表題に「すくも(蒅)」と、漢字をカッコに入れたのは当て字だからです。当て字にしろ、草かんむりに染としたのは、染物の代表格だからでしょう。
 
 青味が美しく、醗酵が良く、藍分(藍の量)を多く含み、長い間染められる(寿命が長い)ものが「良いすくも(蒅)」です。この反対が「悪いすくも(蒅)」。当たり前ですね(笑)。
 
 その昔、阿波の国(徳島県)では、良し悪しを決めて等級を付け、価格も変えていました。それを判断したのが「手板法」と呼ばれる方法です。
 
 
 手板法とは・・・
 
 出来上がったすくもを手のひらに少量乗せ、水を含ませて小さなヘラでよく練ります。その作業の間に、感触、色、ねばりなど、さまざまな角度から染料としての適度を見て行くわけです。
 そのすくもを手板紙と呼ばれる加賀和紙にすりつけ、日射しにかざして、藍の色相を観察します。 
 良質のすくもは赤味がさしていて、手板紙にすりつけると茶色です。逆に、質の落ちるすくもは青くなります。
 
 「正藍染」(昭和52年発行・泰流社)という本に書いてある手法を紹介しましたが、書けば簡単だけれど、当然のことながら、経験と熟練、勘が必要となります。
  
 昔はこのように等級が付いていましたが、現在は「すくも」の良し悪しを判断する方法がありませんから、等級もありません。
 
 では、染師は何を以てその良し悪しを判断するかといえば、まずは醗酵の具合、そして色の具合、寿命の長さ。しかしそれは、使った結果です。質の悪い「すくも」に出合えば、それこそ手遅れで手違いとなる。
 
Img025 (この本の記述には、職人の目を通すと異論が沢山ありますが、当時の日本の藍染の理解度と状況が良くあらわされていると思います。)
 
 
 
追記
 最近、簡単にすくもを作ってしまう風潮があります。例えば二週間で出来上がるというすくもに、ネット上で出会いました。
 本来100日、またはさざんが90日掛かるというすくも(蒅)作りが、なぜ二週間で出来てしまうかと云うと、醗酵が続かないで止まってしまうからです。こういう「すくも」は、程度がよろしくないから職人は使いませんが、苛性ソーダと還元剤を使う化学建てなら染液が作れます。
 この辺りが難しいところなんですが、なかなか理解されないのが今の日本の現状です。 

 

 

2016年3月13日 (日)

ふんどし

 正藍染のふんどしを作りました。

 この十年来のご希望に、ようやく答えることが出来ました。

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 和泉木綿のさらしを使用し、その上に正藍染をして紺邑でお仕立てしました。

、すばらしい肌触りです。

 ふんどしご愛用の方々、ぜひお試しあれ。

 大小あり、男女ともにお使いになれます。

 詳しくは、こちらをご覧ください。
 
 

2016年3月 7日 (月)

「紺屋」とは

 このブログのタイトルは「紺屋の白袴」ですが、「紺屋」とは元々は藍染屋のことです。しかし現在は、染屋の総称となりました。

 何故か・・・。

  

 合成藍が日本に入ってきた明治30年ころは、日本の藍染の全盛期でした。阿波藍の生産量は、江戸時代の二倍ほどもあったくらいです。日本人の7~8割は藍染を着ていて、店の暖簾も幟もみな青い藍染。ですから、ジャパンブルーなどと呼ばれたわけです。

 それは農村でも山間でも同じで、野良着も布団も手甲も脚絆も半纏も手ぬぐいも何もかもが藍染。ですから、日本中どんな小さな村にも、藍染屋としての「紺屋」があるのが当たり前の社会でした。

 私の住む佐野市は厄除け大師が有名ですが、その近くに流れる秋山川の川沿いには、ずらりと紺屋が並んでいました。つい最近までです。

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   さて、藍染が滅びたのに、なぜ紺屋が最近まであったかと云いますと、先に書いたように、紺屋は日本中に沢山あった。しかし、彼らが合成藍に手を出したがために、日本人は藍染を使わなくなってしまった。しかし、紺屋も商売は続けていかねばなりません。

 ちょうどその頃、合成染料も輸入され、当時の日本人は、初めて藍染以外の色に出合うことになります。これもまた、藍染が衰えた理由でもありましょうが、それまで藍染屋だった紺屋が、赤や黄色など、様々な色を染める「染屋」と変貌します。 
 
 しかし、名前だけが残って、それまでの「紺屋」は染物屋の総称となったというわけです。

 

 因みに「紺屋」は、「こうや」とか「こんや」と読みます。
 鹿児島では「くや」。そして、「どん」が付く。つまり「くやどん」。
 「どん」とは「西郷どん」の「どん」で「殿」のこと。つまり尊称です。
 ありがたいことです。

2016年3月 6日 (日)

合成藍

 18世紀の中ごろにイギリスで産業革命がおこり、蒸気機関が発明されて、鉄を溶かして機械や船や機関車を作った。そのエネルギー源が木材だったために、イギリスの鬱蒼たる森林がなくなりかけた時に、石炭からコークスが発見されて森林の伐採が止んだ。

 コークスの発見は、かの競馬に名を遺すダービー卿だそうだけれど、石炭からコークスを取った後に、コールタールという副生成物、つまりゴミのようなものが残った。

 何か入っていないかと調べてみたら、インディゴが見つかり、抽出して合成したのが「合成藍(人造藍)」です。ほぼ100%の純粋なインディゴですから「インディゴピュアー」と呼ばれています。

 

 合成藍も藍(インディゴ)には違いがありませんから、水に溶けません。しかし、純粋なものですから醗酵させられません。そこで人類は、苛性ソーダと還元剤を使った「化学建て」を発明し、インディゴピュアーを使った藍の染液が簡単に作れるようにしたわけです。
 これによって、藍染の世界も大量生産が可能になりました。

 19世紀の終わりごろ、この合成藍が日本に輸入されました。

 藍草の葉にある藍の成分は、多くても3~4%と云われています。化学的には100%の方が優れていますから、日本中の紺屋(藍染屋)が合成藍を使用するようになり、藍草の相場が大きく崩れ、合成藍は、瞬く間に日本の伝統の藍染を滅ぼしました。

 私の住む佐野市も藍の産地でしたが、明治42年には全ての藍農家が消えました。
 日本の資本主義の父ともいわれる渋沢栄一は、藍玉をあつかう藍商でしたが、彼が生まれ育った埼玉県の深谷市周辺も、瞬く間に藍農家が全滅し、その後の畑を使ったのが「深谷ネギ」です。

 

 ところが、当時の藍染の消費者たちは本物しか知りませんから、合成藍の藍染を拒否してしまい、藍染そのものが日本から消えた状態になってしまいました。なぜかといえば、合成藍は色が黒いし、臭いし、色が移るからです。

 現在の藍染は、ほとんどが合成藍で作られていますが、日本人は本物を知りませんから、黒くて臭くて色が移る藍染を、なんの疑問もなく使っています。そして、細々と生きている我々本染めの世界が、また滅ぼされようとしています。

2016年3月 5日 (土)

藍草

 藍は古来、藍の色を持つ草の葉から色を取り出してきました。

 その種類は100以上とも言われていますが、日本の藍は、鹿児島から青森までは蓼科の藍草を使っています(「いました」と過去形で書いても良いくらいなものですが)。蓼科の藍草ですから、「蓼藍(たであい)」と言います。「蓼食う虫も好きずき」の蓼です。
 一年草ですから、毎年種を蒔いて畑で育てます。

702872_909764472453021_595122597_n                                          (蓼藍)

 奄美大島から沖縄では、キツネノマゴ科の「琉球藍」が使われます。
 多年草ですから、野生のものもあるかも知れません。

 

 北海道では、アブラナ科の「蝦夷大青(えぞたいせい)」が使われていました。ヨーロッパの藍も、この大青(たいせい)で、これを「ウォード(woad)」といいます。二年草です。

 ウォードが北海道やヨーロッパで使われたのは、寒さに強いという特性があったからと言われています。

 

 藍は英語でインディゴと言いますが、その名も示すとおり、インドが昔から盛んだったようです。それを「インド藍」と言います。
 インド藍は、藍分の含有量が多く、これによってヨーロッパのウォードは滅ぼされ、日本の蓼藍の衰退の原因の一つともなりました。インド藍はマメ科の植物ですが、世界中をみると、マメ科の藍草が多いようです。アフリカの藍草のガレも、マメ科です。

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 植物の葉は、普通枯れると茶色になりますが、藍の色を持つ植物の葉は、写真のように枯れると藍色になります。人間が藍草を見つける目安になっていたのかも知れません。

 

 とにもかくにも、世界中に藍草はあり、藍染が行われていました。

 

2016年3月 4日 (金)

藍染と染色

 染色はなんであれ、染め物に色を染み込ませます。色を染み込ませるから「染色」です。
 藍は、染み込みません。だから「染色」ではありません。

 禅問答のようですが、染液に溶けている藍は粉体で液体ではありません。つまり、染料と云うより顔料と言った方が正しいのです。

 水に溶けない藍を、人の力で無理矢理水に溶かすことが藍建てですが、藍にしてみれば余計なお世話。溶けていること自体が、自分の性格に合いません。

 そこに、糸や布が入ってくると、「これでようやく元の姿に戻れる」と喜んで糸や布に藍が着くのです(父がいつもこう言っていました)。ですから藍染は、「染め」ではなく「付着」なのです。

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 写真は、岩手県の私の友人が作った箒です。箒草は全くの無農薬で作られていますが、全てを自然由来のものにして、化学物質アレルギーの人のために作った特別の箒です。
 その糸と布に私の藍染を使ってくださったのですが、平成27年度いわて特産品コンクールの工芸品部門で県知事賞を取りました。
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 切った糸の先をアップしてみればお分かりでしょうが、藍が中に染み込んでいません。
 つまり、藍が糸の表面に着いているのです。これが、藍染です。

2016年3月 3日 (木)

様々な藍建て

 藍建てには「本建て」と「化学建て」があると書きましたが、現実はそれだけとは言えません。様々な藍建てがあります(そもそも、「本建て」など、滅多にお目に掛かりません)。


 

 本来の藍建てに必須なのは“すくも”と“灰汁(あく)”ですが、現在は木を燃やしませんから灰汁(あく)の元となる木灰(きばい)がありません。
 そこで、灰汁の代わりに苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)と石灰やソーダ灰(炭酸ナトリウム)を使って強アルカリ性の溶液をつくって醗酵させる方法があります。これを「醗酵建て」と云います。


 本建ての場合は醗酵するとは限りません。“すくも”に灰汁を入れただけでは、うんともすんとも反応してくれないでしょう。ですから、醗酵させるにはそれなりの方法があります。
 しかし、醗酵しなくても、灰汁に“すくも”を入れ、石灰などを入れてアルカリ性にしてから最後にブドウ糖を入れると藍が建ちます。ブドウ糖の代わりに水飴をつかっても同じです。これを「ブドウ糖建て」と云います。

 

 現在の日本には木灰もありませんが、“すくも”の生産量もわずかです。
 そこで、“すくも”の代わりに藍草の茎で作った「茎藍(くきあい)」を使い、苛性ソーダなどで強アルカリ性の溶液をつくり、還元剤を入れて無酸素状態の溶液を作って合成藍を入れる建て方があります。これを「割り建て」と云います。「割る」とは「足す」ことです(茎には藍はありません)。「醗酵建て」で染液を作り、合成藍を足すのも「割建て」の一種です。

 本建ての場合、染液に藍が少なくなると全て棄ててまた新しく藍建てをします。「割り建て」は、合成藍を足せば染め続けられます。
 
 
 
 化学建ての場合は、原料を選びません。藍を含むものなら、なんでも染液にしてくれます。
 すくもでも、藍の生葉でも、乾燥葉でも、合成藍でも、染料屋で売られている藍のすべてから簡単に染液が作れます。
 

 
 その他に「天然灰汁醗酵建て」、「澄まし建て」、「濁り建て」などがありますが、これらは建てている方々だけの呼び名ですから、一般的なものではありませんので、書けるようになったら書きます。

 本建てと、それ以外の藍建ての違いについても、改めて書く予定です。



 

2016年3月 2日 (水)

「本建て」と「化学建て」について。

 藍の染め液を作ることを「建てる」と言います。現在はいくつも方法があって、藍染に興味を持つ人たちを混乱させていますが、日本の本来の建て方を、「本建て」と言います。

 藍(インディゴ)は、藍草の葉の中に入っています。
 茎や花にはありません。

 
12399122_909764469119688_754524187_                                       (藍草)
                        
 日本では、藍草の葉を乾燥させ、それに水を打って醗酵させて堆肥状態にした「すくも」と呼ばれるものを藍染の原料に使ってきました(杵で搗いたものが藍玉)。
 
Sukumo                                         (すくも)

 “すくも”は醗酵していますから、微生物が住んでいます。
 堅い木(雑木)を燃やした灰からとった灰汁(あく)を使い、“すくも”に住んでいる微生物を利用してもう一度醗酵させ、水に溶けない藍(インディゴ)を水に溶かす方法が「本建て」です。

20150415091211                                       (灰汁)

 

 化学は、この方法を分析しました。

 灰汁で建てた染液は、強アルカリ性だった。
 藍は酸化して発色します。だから、染液の中は無酸素状態。
 だから、強アルカリ性で無酸素状態の溶液を作れば、どんな藍でも水に溶けるとわかった。

 強アルカリ性の溶液を作るには、苛性ソーダか石灰があれば良い。
 溶液から酸素を取るには、化学的には還元(酸素を取ること)させれば良いわけですから、還元剤を発明し、簡単に無酸素状態の液が出来るようになりました。

 これによって、どんな藍でも簡単に染液が作れるようになった。これが、化学建てです。

2016年3月 1日 (火)

藍を「建てる」とは。

 藍染の世界で「建てる」とは、染液を作ることを言います。建てて染めるので、藍染は「建て染め」の一種ということになります。

 「建てる」とは、そもそもは醗酵させることでしたから、これを「醗酵建て」と、近年はわざわざ「醗酵」と付けなければならなくなりました。一方に「化学建て」があるからです。

 さて、何故藍を建てる(醗酵させる)のか。

 藍の特徴は、水に溶けないことにあります。ですから、所謂草木染のような煮出しが出来ません。藍染は藍草から色を取りますので、草木染と間違えられますが、性質上、草木染の範疇に入りません。

 水に溶けない藍を、水に溶かさなければ染められませんから、建てて可溶性にするわけです。

 日本の藍の建て方は、本来一つでした。本来の建て方を「本建て」と呼びます。
 
Img_1313_2                                   (建った藍甕です)
 
 化学的に染液を作るのが、「化学建て」です。
 
 次回からは、「本建て」と「化学建て」について書いてみます。

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